第8話 再びの王都


 強盗団の首領と幹部を捕まえて三日経った。俺と人の姿に戻ったジルは、村長始め村人たちに見送られて王都に向かった。王都に向かうと言ってもまずは駅馬車に乗らなくてはならないので俺たちはいったん街まで出て駅馬車に乗り込んだ。そこからは十日の馬車の旅となる。


「主どの、王都で懸賞金をいただいたら、わらわの鞘を作ってもらいたいのじゃ」


「それはそうだな」


「それほど立派なものでなくてもいいからの」


「そうはいっても、ジルに似合いの鞘となるとそれなりのものを用意しなくちゃならないだろう。とはいえ、出せる金は、今度頂く金貨二百枚と、この前の金貨百枚。合わせて金貨三百枚までだけどな」


「主どの済まぬ」


「何を言う。強盗団の二人を捕まえたのは俺じゃなくてジルじゃないか。遠慮するな。王都にはそれなりの鞘職人がいるはずだ。ジルの本当の姿を見せれば、きっと立派な鞘を作ってくれると思うぞ」


「主どの、ありがたや。わらわを引き抜いてくれたのが男前の主どのでわらわは幸せじゃ」



 王都への駅馬車旅は何事もなく、二度と訪れることなどないと思っていた王都に俺は戻ってきてしまった。あのときは肩だけでなく腰も痛めて、落ち武者のように都落ちしたのだが、今は腰も肩も若い時以上に快調だ。なにより今はジルが一緒だ。


 ジルの鞘を作るのにどの程度時間がかかるかわからなかったので、宿は二日間だけ取っておいた。その二日で賞金を貰い、鞘職人を探しだして鞘の製作を頼んで出来上がりまでの日数を聞いて、その分延泊するつもりだ。


 宿をとった後大きな荷物だけ置いて、警邏隊の本部にジルを伴って赴いた俺は、証書と引き換えに懸賞金をいただいた。行き帰りの旅費も一人分ではあるがちゃんと加算されていた。


 懸賞金を手渡してくれたのは、警邏隊本部の本部長だった。


「ほう。きみがあの二人を生け捕りしたというオーサーくんか。恐れ入った。

 強盗団一味の隠れ家を包囲して警備隊と冒険者で盗賊団を一網打尽にする寸前で、とある冒険者の三人組がこちらの指示に従わず抜け駆けしおって、あの二人に逃げられてしまっていたんだよ。きみのおかげで強盗団を完全に壊滅させることができた」


「その三人組の冒険者はどうなりました?」


「一人は盗賊団の首領にあっさりやられ、もう一人は利き腕を失った。最後の一人は無様に逃げ出してきた。それも、背中に卑怯傷を受けてな。生き残った二人は冒険者資格をはく奪だ」


「そうでしたか」


 どこの三人組かは知らないが、指示を無視した挙句あげくの暴走で返り討ちか。


 いまの話からすると本人たちだけ痛い目に遭ったようだが、もしその三人組のせいで、警邏隊員や他の冒険者に犠牲者が出ていれば、生き残った二人は冒険者資格のはく奪だけでは済まなかったろう。


 生き残った二人も大ケガをした以上まともな冒険者稼業は無理だ。それでも冒険者資格さえあれば俺のように仕事にありつくことはでいきたろうが、資格がなければ、街の口入れ屋で中抜されるのを覚悟で簡単な仕事を請け負うほかなくなる。



 警邏隊本部の建物の前で俺を待っていたジルに合流して、


「ちゃんと懸賞金を貰ってきたから、鞘職人を探しに行こう」


「ならば、急ごうぞ」


「当てはあるのかい?」


わらわは数百年あの地で刺さったままじゃったし、主どのに引き抜かれてたあとしばらく王都を彷徨さまよった末、主どのの気配を追って王都を去ったので、王都のことはさっぱりじゃ」


「俺も出来合いの剣しか買ったことはないから、鞘職人の当てはないが、とりあえず俺がよく使っていた武器屋にいって尋ねてみるか?」


「そうじゃの」



 警邏隊本部からジルを連れて俺が冒険者時代に使っていた武器屋にいこうと通りを歩いていたら、汚れた身なりの男が、通り沿いの溝の泥さらいをしていた。男は片腕がないようで慣れない手つきで長ひしゃくを使って泥を浚っている。男は片腕しかないため、浚った真っ黒い泥の入った長ひしゃくがフラフラして、泥を台車に移す前に道に何度もぶちまけていた。


 そのせいで、辺り一面が黒い泥だらけになって異臭を放っている。通りを行き交う人は顔をしかめながら男の脇を通り過ぎていくのだが、とうとう堪えきれなくなった通行人の一人が男に向かって、


「いい加減にしろ!」そう怒鳴って、男を蹴飛ばした。


 男はフラフラとよろめいて真っ黒い泥水の溜まった溝に顔から突っ込んだ。


「フンッ」男を蹴飛ばした通行人はそう言って歩き去っていった。


 見るに見かねた俺は、なんとか片手で立ち上がりかけていた男に駆け寄って、溝から引き上げてやった。


 男の顔は、泥水で真っ黒だ。


「大丈夫か?」


 俺は男に声をかけたが、男は俺の顔を一度見て目を見開いた後黙って横を向いてしまった。


 ケガはしていないようだったので、俺は男を置いてジルと一緒に武器屋を目指した。


「どこかで手を洗いたいな。さっきの男を引き上げた時に手に泥がついてしまった」


「主どのは優しいのう。どこかに綺麗な水はないかの?

 おっ! あそこはどうじゃ? あそこに見えるのは運河ではないか?」


 確かに少し先に運河が流れており、橋が架かっていた。橋の脇には運河に向かって下りていけるよう階段があるようだ。


 運河の水をあまり汚すと怒られるが手を洗うぐらい許されるだろう。


 階段を下りて運河の水に手を入れて泥だらけだった手を洗った。


 ジルが渡してくれた布で手を拭きながら周りを見ると、俺が手を洗った場所は運河を行き来する小舟の船着き場だった。


「ジル、小舟に乗ってみないか?」


「面白そうじゃの」


 船頭に小銭を渡して、ジルと二人で小舟に乗り込んだ。船頭が竿を突いて小舟が船着場から離れていく。


「〇△までやってくれ」


「へいよ。

 それにしても、若い奥さんだね」と、船頭。


「夫婦に見えるのかや?」と、ジル。


「夫婦じゃないのかい?」


「夫婦じゃよ」


「なんだよ」


 などと、ジルは機嫌よく船頭と話し始めた。


 俺は二人の会話を聞きながら空を見上げていた。


――ジルは最初、自分を手にした者は、その者を中心に世の中が勝手に動き、必ず王となる。と、言っていた。アレよという間に悪党を捕まえて法外な賞金を手にすることはできたが、まさかな。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る