第5話 暴漢移送


 気絶から覚めた大男を引っ立てて、村長の家まで連れていこうとしたが、よほどアソコが痛いらしく歩けないようだった。


 仕方ないので、近くの木の幹に大男を縛った縄ごと括りつけておいた。そうこうしていたら、村長がやってきた。


 村長は先ほど家の中から転げ出た時に、ケガはしなかったようで普通に歩いていた。


「オーサー、よくやってくれた」


「村長、この大男は一体何者だったんですか?」


「どこの誰かも知らんが、この男がいきなり儂の家の中に入ってきて、『腹が減っている、食い物を出せ!』と言ってきた。

 当然断ったら、儂を突き飛ばして、台所をあさり始めた。後ろからこん棒で殴りつけたら逆にこん棒を奪われてすんでのところで殴り殺されるところだった。

 こいつは代官所に突きだそう。オーサー、悪いがこいつを代官所まで引っ立てていくのを手伝ってくれ」


 代官所は村から6マイルほど離れた隣街にある。


「わかりました。こいつ歩けないみたいですが、どうします?」


「そこまで痛めつけたのか?」


「股間を踏んづけたのが悪かったかも」


「うわっ。わかった。荷馬車に乗せよう」


「今からですか?」


「まだ儂も朝めしを食べてないから、もう一時間くらいしたら出発するか。

 オーサーもまだ朝飯は食べていないんだろ? 良かったらうちで食べていってくれ。それからだな」


 ありがたいが、ジルを小屋に待たせているので、


「ありがたいんですが、うちに連れを残しているもので」


 そう言って朝食を断ったら、


「うん? おまえ、女房がいたのか?」


「いえ、女房という訳じゃ。……」


 村長は小指を立てて、


「これか? まあ、その歳で独り身はな。よしわかった。お前さんの女も連れてこい。じゃが女がいるならいるでちゃんと挨拶にこんかい。名まえは何というんじゃ?」


「ジルといいます」


「良い名前じゃないか」


 物わかりの良い村長だが困った。あの格好のジルを村長に紹介していいのか?


 とはいえ、先ほどのジルの活躍を見ていた者もいるかも知れないので、腹をくくって。


「いったん帰って連れていきますのでよろしくお願いします」


 と言っておいた。


「女房と食べずに待っておるから、急いでこいよ」





 大男の見張りを男衆に任せ、俺はいったん小屋に戻った。


「ジル、村長が朝飯を食べさせてくれるそうだ。二人でこいと言っている。村長にジルを紹介しなくちゃいけないけどどうしようか? 連れがいると言ったら、村長は俺の恋人かなにかと勘違いしたんだが、ジルと俺の見た目は父親と娘だから、全く似てはいないが娘ということにしておくか?」


「主どの、村長が恋人だと思っているならそれでよいではないか」


「いやいや、これほど年の離れた恋人同士など、どっかのお大尽とおめかけさんくらいだろ」


「主どのはわらわと恋人同士のフリをするのがどうしても嫌というわけではないのじゃろ?」


「それはまあな」


「なら、良いではないか」


「ジルが嫌でなければそれでもいいが。

 あと、ジルのその格好なんだが、少し派手じゃないか?」


「村で生活するには少し派手かも知れぬな。なら村娘の格好をすればよいか?」


「そんな服を持っているのか? というか何も持っていないように思えるが」


「主どの、服のように見えておるこの格好なのじゃが、実はこれはまやかし・・・・なのじゃ。服を着ているように見えはするが、実際のわらわは真っ裸なのじゃよ。真っ裸で街中や街道をうろつくことはさすがにはばかられるじゃろ? じゃから、いかようにも服の見え方・・・は変えられるのじゃ」


「そうだったのか。なら話が早い。ジルは適当な村娘の格好をしてくれればいい。

 ところでジルは食事できるんだよな」


「食事が必要ということはないが、食事することはできる」


「そうなんだ」


 ジルの着ている服装がぼやけたかと思ったら、そこらの村娘の格好になった。衣服にツギが当たっているわけでもないので服装だけでもそれなりに裕福なうちの娘に見える。


「村長夫婦が俺たちを待ってくれてるから急ごう」


「わかった」




 二人そろって朝食をごちそうになるため村長のうちにやってきた。


「村長、ジルを連れてきました」


「妙に若いがえらい美人さんじゃの。

 儂がこの村の村長じゃ。オーサーをよろしくな」


「はい。任せてください」ジルはそう言ってニッコリ笑った。確かに美人というか美少女である。


 村長の奥さんを交えて四人で食事した。村長の息子は俺も知っている男だが、今は結婚して隣街の代官所に勤めているとかそんな話を聞いた。


 食事の後、お茶を飲み終わり、


「それじゃあ、いくかの」


「「はい」」


「ジルさんもついてくるのか?」


「はい。いちど隣街に出てみようと思っていたのでいい機会ですから」


「なるほど」




 村長が納屋から荷車を引き出して、馬をつなげた。


 荷馬車を引いて、男を括り付けた場所に行くと、男は周りで見張っている村人たちに向かって大声で威嚇していた。


「主どの、この男少しうるさいから、静かにさせても良いかな?」


「そうだな。だが、どうやって?」


「こうやって」


 ジルは木に括り付けられたまま怒鳴り散らしている男に近づいていき、平手で男の頬をはたいた。


 男が目をむいてジルをにらみ大声で喚き散らすのだが、男が声を上げるたびにジルがビンタする。男の顔は腫れ上がっていき、奥歯を何本か血と一緒に吐き出した。十数回ビンタの音が響いたところで男はやっと大人しくなった。村の連中は最初ジルの容姿に見とれていたようだが、今は引き気味にジルを見ている。


「お前さんの連れ、すごいの一言じゃ。オーサー、大丈夫なのか?」


 俺はあごを右手で掻き掻き、


「まあ、なんとか」


 大人しくなった男を村の連中と一緒に木からほどいて、荷馬車に向かわせた。いつの間にか、ジルの右手に木の棒が握られていて、男がちゃんと歩かないと容赦なく男の尻を棒で殴りつけている。そのたびにいい音がするのだが、なんだかこっちの尻までムズムズしてきた。


 荷車に男を乗せ、男を縛った縄を荷車の出っ張りに括り付けて男が勝手に動き出さないようにしてから荷馬車は出発した。村長が荷馬車の馬を引いて、俺とジルが荷馬車の後をついて歩いていく形だ。




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