第4話 ジルと暴漢


 ジルは一度人の姿から剣の姿に戻ると三日は人の姿に戻れないそうだ。ジルを三日間も抜き身のまま小屋の中に置いておくわけにはいかないので、ジルには申し訳ないが、俺が持っていた古布で剣身を包んでおいた。ジルの話では本来ジルのために作られた鞘は既に失われているそうだ。


 ジルが俺の小屋にやってきて三日が過ぎた。その間俺は小屋の裏手の畑を耕し、村長から分けてもらった苗を植え付けたり、近くの雑木林で薪になりそうな小枝を拾ったりして過ごした。



 深夜にはジルが人の姿に戻ることができるという。待っていても仕方がないので俺は早めにベッドで横になった。



 翌朝。外が明るくなり目覚めるとジルが人の姿に戻って、ベッドの端に座っていた。ジルの横には俺がジルを包んでいた古布が畳んで置いてあった。


「おはよう。あるじどの」


「おはよう。ジル。人の姿に戻って夜の間ずっとそこに座っていたのか?」


「立っていようが座っていようが疲れはせんのじゃが、あるじどのの近くに居たくて座っておった」


「そうか。朝メシの支度をするから、ちょっと村の井戸から水を汲んでくる」


わらわも手伝うぞ」


「一人で十分だからジルは待っていてくれ」


 ジルは恐ろしいほどの美少女のうえ、着ている服は最初に着ていた銀色のワンピースだ。連れ歩いたとして、これでは村娘という訳にはいかない。村娘の着るような服をどこかから調達する必要がある。ジルを村人たちにどう紹介するかも問題だが、紹介するのは普通の服を手に入れてからのほうが無難だ。



 俺はジルを小屋に残し、小屋にあった一番大きな桶を持って村の井戸の方に歩いていった。


 村には井戸が三カ所ほどあり、俺の住む小屋から一番近い井戸は、小屋から歩いて五分ほどだ。


 朝の支度をするため、村の奥さん方が順番に井戸から汲み上げた水を桶に移してそれぞれの家に持って帰っている。


 俺は奥さん方に挨拶しながら井戸から水を汲んで桶に移してそれを持って帰ろうとしていたら、俺の今いる井戸からも遠くない村長の家から男の怒鳴り声と、『た、助けてくれ!』という村長の叫び声が聞こえてきた。


 村長の家を見ると、いきなり扉が開いて村長が転がり出てきた。


 村長の後を坊主頭の大男がこん棒を持って現れた。ここからでは大男の人相ははっきり分からないが、ただ事ではない。水を汲みに井戸端にきていた奥さん方は急いで自分の家に逃げ帰っていった。


 俺は水の入った桶を抱えてこぼしながらも、村長の家に向かって走り出した。


 地面に転げて後ずさる村長に向かって大男がこん棒を振り上げようとしている。


「大男、何してる!」


 大男の注意を俺に向けさせようと、俺は大声を出した。


 大男は俺を認めたようで、いったん振り上げたこん棒を下ろし、何も言わず俺の方に一歩、二歩と近づいてきた。


 俺は近づいてきた大男に向かって桶に半分ほど残った水を浴びせてやり、空の桶を持って自分の小屋に向かって走り出した。顔を真っ赤にした大男はこん棒を振り上げて俺を追ってきた。



 ジルのおかげで若い時以上に足腰が強くなっていた俺は、追ってくる大男をあまり引き離さないよう振り返りながら走る速さを調節して小屋に戻った。


「ジル、大男の暴漢が追っている。また剣に戻ってくれるか?」


「主どの。主どのを追ってくるのはタダの大男なのじゃろ? 妾が剣に戻らなくとも軽くあしらってやるので安心して見ておればよい」


 そう言ってジルは先になって小屋を出た。


 大男はもうすぐそこまで迫ってきていたのだが、ジルの姿を見ていったん立ち止まった。


「小娘でも女は女。殺しはしないがいずれ死ぬかもな」


 大男が下卑た笑い顔をして、持っていたこん棒をその場に投げ捨て、両手を開いてジルに向かって突っ込んで行った。


 ジルは軽く横に動いて大男をかわし、行き過ぎた大男を振り向きざまに後ろから蹴飛ばした。


 軽く見えたジルの一蹴りだったが、それだけで大男は前のめりに転び、顔から地面に突っ込んでいった。


 ジルは、大男が両手をついて立ち上ろうとしているところに後ろから近づいて、大男の片足の膝の裏を右足で思い切り踏んづけた。次にその右足を上げ、大男が振り向こうと上げた頭に向かって回し蹴りした。


 ジルの回し蹴りが見事に決まり、大男の頭が左に倒れそれにつられて大男の巨体が半回転し仰向けに。ジルは半回転する大男の体が軸足の左足に当たる直前に飛び上がって、仰向けになった大男の股間に両足、それもかかとから着地した。


 俺は音にならない音を確かに聞いた。


 大男は白目を剥いて、口から泡を吹き出して動かなくなってしまった。


「たわいもない」


 ほんの数瞬のできごとだった。


「ジル、スゴイじゃないか」


「ただの大男じゃ。褒められるほどのことではない」と、ジルは謙遜してはいたが、顔は嬉しそうだった。


 俺が大男を小屋まで引き連れていた間に、井戸端あたりにいた奥さん方は全員家に逃げ帰っていて、家の中から様子を窺っているのかもしれないが、辺りには誰一人いなかった。



 大男が地面に伸びているうちに縛りあげておきたいが、縄など俺は持っていないので、大きな声で、


「こいつを縛り上げておかないとまた暴れ出すかもしれない。だれか、縄を持っていないか?」


 そう叫んだら、しばらくして数人の村の男たちが家から現れた。


「オーサー、スゴイじゃないか」


「さすがは、王都で冒険者やってただけのことはある」


「縄を持ってきたぞ」


 俺は気を失っている大男の上体を起こして、手渡された縄で大男を縛り上げながら、


「大男を倒したのは俺じゃないんだが」


 と言って、周りを見たらいつの間にかジルがいなくなっていた。




[あとがき]

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