現実逃避

シオン

深夜0時を回ったところ、布団に潜ったは良いけど上手く寝付けず思わず起き上がる。何か腹に入れようと思い冷蔵庫を開けるが文字通り何もなかった。冷蔵庫の空虚な音だけが響く。


僕は上着を羽織り外へ出た。すると野犬の鳴き声が聞こえた。近くにいるのだろうか?近くのコンビニで肉まん辺りを買おうと思ったが、少し用心する必要があった。季節は春だが外はまだ肌寒い。しかし冬よりはマシだ。


コンビニへ行く道中端に髪の長い女性がうずくまっていた。調子でも悪いのだろうか。しかし僕はその場を通りすぎた。何故かその女性から何か嫌なものは感じていたからだ。不吉で、直感的に近寄りたくないと思った。


五十メートルほど歩いた後、後ろを振り返った。女性はいなかった。


コンビニに着いた。中に入るが客はおろか店員もいない。これでは万引きしてくれと言っているようだ。仕方ないので店員が現れるまで雑誌を立ち読みした。


また野犬の鳴き声が聞こえた。ここに住んで一年ほどだが、ここまで野犬の鳴き声が気になったことは初めてだ。近くに人もいないのでなにやら不気味だ。


雑誌のページをめくるとネチャリと何かが親指に付いた。確認すると粘り気のある赤黒い液体だった。なんとなく血を連想される。何故赤黒い液体が指に付いていた?どこで付いたんだ?


雑誌を汚してしまったのでそれも買い取ろうと思い雑誌を片手にレジまで歩くが、一向に店員は現れない。声を上げるが返ってくるものはない。不審に思いバックヤードらしき部屋を除くと誰もいなかった。


すると急にコンビニの電工が切れて真っ暗になった。僕はパニックになって外に出ると外灯が切れて真っ暗だった。月明かりすらなかった。


おかしい、おかしいと頭は疑問でいっぱいだった。とにかく家に戻らなくては。そう思い雑誌を持っていることも忘れて走った。


しかし走っても走っても家に着かない。おかしい、家とコンビニはせいぜい百メートルしかないのに。こんなに距離があるはずがないのに。


しばらく走ってふと立ち止まった。周りを見渡すと風景に見覚えがなかったのだ。真っ暗でよく見えないのはあるが、どう見ても家の近所ではない。方向感覚さえ狂っていた。


息が上がる。汗が止まらない。人がいない。なのに野犬の鳴き声だけが空に響く。何故人がいないんだ。車一台さえ通らない。人はどこへ行ったんだ?


孤独は人を不安にさせる。異質な世界に自分一人しかいない。その事実が僕を途方もなくさせた。


僕は走ることを止めてとぼとぼと歩いた。どうせ焦っても家に着かない。そんな気がした。すると前方に髪の長い女性がうずくまっていた。今度は端ではなく道の真ん中で待ち構えていた。


思えばこいつと出会ってから全部おかしくなった。話しかけるのは怖いが、やるしかない。震える唇を舌で潤して、やっとこさ声を出した。


女性は立ち上がり、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。うずくまっていたときはわからなかったが、腹部の辺りが血で赤く染まっていた。僕は足がすくんで逃げることもできず女性が近付くのを待つしかなかった。


「君、何をしている?」


後ろから声をかけられて身体が飛び上がった。声をかけてきた男はこちらにライトを向けてきて不審そうにこちらを見る。


「そんな道の真ん中で立っていたら邪魔だろう。気を付けなさい」


僕は謝罪をした。男は満足したのか僕を通り抜いてその場を去った。女性はいなくなっていた。野犬の鳴き声も聞こえなくなり、気がつけば外灯はついていた。


僕の手には赤黒い血で汚れた雑誌だけが残されていた。僕は気味悪くなって雑誌をその場で捨てて、急いで家に帰った。


おわり

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