5.惨禍

 戦闘が始まってから数時間が経ち、両軍ともに中間地点付近に到達しつつあった。

 敵味方の距離が近づいたため支援砲撃はほとんどなくなり、今は戦線のあちこちで近接射撃による戦闘が行われていた。


 定時狙撃からそのまま戦闘に参加した僕は既に狙撃銃の弾丸を撃ち尽くしていたが、狙撃銃は一般兵士の小銃とは口径が異なるため、弾丸を融通してもらうことが出来ない。

 僕はスコープを外して懐にしまい狙撃銃を背中に背負うと、負傷して離脱する兵士から借り受けた小銃を手に部隊とともに前進を続けた。

 しかし敵と100メートル程の距離を挟んだところで、僕の部隊は再び動けなくなった。

 遮蔽物も起伏も少ない地形のため、地面にへばりついて撃ち合うことしか出来なくなったのだ。

 迂闊に頭を上げた兵は敵の銃撃の餌食になった。

 マルコ少尉が這って僕の側までやって来る。

「このままでは埒があかん。その銃で狙撃は出来るか?」

「この距離なら問題ありません」

「よし、では撃てる敵は片っ端から撃て。敵が躊躇したらその間に突撃する」

「わかりました」

 僕は寝そべるようにして体を露出させずに撃てる姿勢をとる。

 敵の兵士の1人が、こちらを窺うように頭を上げた。

 すかさず引き金を引く。

 頬のあたりから血を吹いて彼は視界から消えた。

 もう1人。またもう1人。

 続けざまに僕は引き金を引く。

 狙撃されていると気付いたのだろうか。敵からの銃撃が弱まった。

「よし、今だ。突入するぞ!」

 マルコ少尉の声に、部隊は一斉に敵めがけて走りだした。

 これからは乱戦になる。もう狙撃は出来ない。

 僕はチラリと周囲を見渡した。


 あちこちで上がる硝煙。

 焼けた鉄と肉の臭い。

 敵味方関係なく、千切れて折り重なった兵士の死体。

 撃ち合い、刺し合いに狂奔する兵士。

 ああ、もしかして僕が最後に目にするかもしれない光景がこれか。

 まさに曾祖父ひいじいさんの言ってた泥まみれの殺し合いだ。

 出来ることならマチルド。君の笑顔を見てみたかったな。


 僕は小銃を手に部隊に続いた。

 先頭付近の兵士は、既に撃ち合いの間合いも越して銃剣で敵に襲いかかっている。

 先を取ったことが功を奏したのか、僕の部隊は優勢に敵を制圧しつつあった。


 ――いける。このまま勝てる。


 そう思った僕の視界の端に、血まみれの敵兵が拳銃の銃口を木箱の中に押しつけようとしているのが見えた。

 箱の中には、茶色い筒状のものがびっしりと並んでいる。


 爆薬!?


 僕が銃を向けるのと同時に、その兵士は引き金を引いた。


 その瞬間、轟音と衝撃と閃光が同時に巻き起こった。

 僕の体は一瞬にして宙に弾き飛ばされる。

 上も下もない状態から、僕は激しく地面に叩きつけられた。


 ――ああ、なんてことだ。これで最後なのか。


 見上げた空は、硝煙で汚れてはいるけれどどこまでも青かった。

 体の感覚はない。

 おそらく、いろんな所が折れてるのだろう。

 手足はまだあるだろうか。


 そんなことを考えている僕の近くで、耳慣れない言葉が飛び交うのが聞こえてきた。

 どうやら敵のただ中に取り残されたらしい。

 僕の最後は、銃剣のめった刺しかな……。


 その時、僕を取り囲む兵士を割るように1人の将校らしき人物が現れた。

 金髪を結い上げた凛々しく美しい青い瞳の女性。


 ――マチルド!


 声にならない声で僕は叫んでいた。

 マチルドが何か言っている。

 何を言っているのかはわからないけれど、僕が思っていた通りだった。


 マチルド、君の声はなんて素敵なソプラノなんだろう。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る