第二の人生
伊藤 孝
第二の人生
あるところに男がいた。その男の名前はNといい、Nは「現在働いておらず、また今後働く気もない」という、この時代、この国では珍しくも何ともない存在であった。
昼過ぎに起きて適当な食事をとり、身の回りの電子機器から適当な情報や娯楽を得る。それを基に適当に「考え」、それを適当な媒体で発表する。そうしていると日が沈み、いずれまた昇り始める。そのくらいの時間になると勝手に眠りに落ちる。
学生時代、勉強や人間関係の問題を経験してからというもの、Nの生活はずっとそのようであった。年齢的にはまだ若い部類に入ることだけは、客観的に彼を好意的に見ることが出来る部分であった。
”技術的なブレイクスルーが起き、人工知能が本質的に人間の脳に近づく可能性が具体的に議論されはじた。多くの人々は「単純労働が代替され、創造的な仕事が出来る」と好意的に捉え、一部の人々は「人間が社会にとって必要なくなり、人工知能との対立が起こる」と批判的に捉えた。
様々な議論が先だって行われたものの、結果としては人工知能は人間の代替とはなり得ず、企業含め社会全体の混乱に巻き込まれる形で、特定の世代の就業率は低くなってしまった。
だから、現在自分に職が無いのは社会情勢によるものである。”
これは、自分の生活に対する変化を求める母親を説得するためにNが用意した論理であった。「社会の混乱」という曖昧な事象は、他に頼れる人もおらず、社会情勢に明るいとは言えない母を言い負かすためには非常に有効に働いた。
今日もNは、それを存分に振るってきたのであった。母親が深刻そうな顔をして説得する。最近はとんとそのようなことが無かったために、Nは少々戸惑ったが、どうやら武器はまだ錆びついていなかったらしい。
「今国会の本会議において、いわゆる『ニート救済法』が、与党の賛成多数によって可決しました。この法案が成立したことにより、我が国の低い若年層就業率向上につながることが期待されます。ただ一方で、『特定の個人に対する人権侵害となり得るのではないか』と野党関係者は反発を続けており・・・」
ふと目にしたインターネット系メディアで、アナウンサーが淡々と原稿を読み上げる。そのニュースを扱った時間は短く、すぐさま別の文字列がテロップになったが、Nの頭には前のものがこびりついてなかなか離れなかった。どうやら、母親という一個人は説得出来ても、社会という大きな存在に関してはそういう訳にはいかないらしい。
画面端の時計を見ると、時刻はすでに午前4時を過ぎていた。どうせいくら悩んでも、どうにもならないのだ。Nはそう考えて、寝ることにした。
しばらくして、Nは目を覚ました。いや、そのような状態にあるかNは判断しかねていた。なぜならNは白く無機質な空間におり、Nの目の前には見ず知らずの老人が立っていたからであった。
聞けば、「自分は全能の存在であり、現在報われていない者に望んだ『第二の人生』を提供する」らしい。ただ、今の人生は捨てざるを得ず、『第二の人生』も別の社会であるだけで、完全に自分の望んだ通りにはならないという。
その話を聞いて、ほとんど間を置かずNは言った。
「今までの自分の人生は最悪でした。どうか自分に『第二の人生』を与えて下さい。与えて頂ければ、自分は必ずや満足いく人生を歩むことが出来るでしょう」
老人はそれを聞くと、Nに「第二の人生」を強くイメージするように言った。Nは自分が愛好している「欧州中世風ファンタジー」の世界を思い浮かべた。Nはそのような小説の中に描かれる、文明にまみれた現代には無いような風習、そして人々の情緒を好んでいた。
しばらくすると、Nの意識は再び深く潜っていった。
再び意識を取り戻したNが目にしたのは、石畳の街路で往来する、Nが生きている時代の常識とは異なる服装に身を包んだ人々であり、その中には明らかにヒトとは異なる姿かたちをした者もいた。また視界の端に捉えた石と木からなる建物も、やはりNの時代の常識とは大きく離れたものであった。
Nの目の前に存在している世界はまさしくNが想像し望んだものであり、Nは歓喜した。
この世界で生きるための糧を得なければ。ひとしきり喜びを噛みしめた後、Nはそう考えた。突然常識と異なる世界に放り出される。普通の人間なら困惑してどうしようもなくなる状況だが、Nは違う。なにしろ自分で望んだ世界なのだ、辺りを今一度見回すと、目的の施設はすぐに見つかった。
「冒険者ギルド」。それを表す看板上に書かれた文字は読めなかったが、意味は分かった。あの老人がその辺りは解決してくれたのだろう。Nはすぐさまそのように理解した。
生活の糧を得るだけならば、他の選択肢も存在したであろうが、その時のNにはそのようなことは思い浮かびもしなかった。「冒険者」という、Nが想像しうるロマンを詰め込んだような言葉に、Nは自然と惹かれた。
木製のスイングドアを勢いよく開け、Nは「冒険者ギルド」へと入った。
すると突然、Nにある種の、違和感のようなものが襲ってきた。Nが建物内に入るまでは騒いでいた、おそらくは冒険者であろう人々が、Nを見るや否や話を止め視線を向けてきたのだ。それは完成した料理に付いた虫を見るような、不快な異物に対する視線であった。
Nはわずかに後ずさりするものの、なんとか踏ん張り、一歩一歩と正面に存在する受付に向かって歩いていく。その間も、問題の視線はNに浴びせられ続けた。
目的地に辿り着いたNは受付の女性をほとんど見ることなく、「仕事が欲しいのですが」と、ささやくように言った。Nはすっかり、雰囲気にあてられてしまっていた。受付の女性は間を置いた後、「どこかの紹介はありますか」とNに尋ねた。Nは何のあてもなくこの世界に来た身。そのようなものがある訳が無い。Nは更に小さな声でそのように答えた。
それからは、「どこかで武器の扱いを習得した経験」、「使用することが出来る魔術の種類」、「薬草、そしてそれから作る薬品の知識」などを次々に尋ねられたが、Nの答えは全て同じであった。「念のため」、と魔術に利用する生体内の物質(魔力とでも言えばよいのだろうか)の保持量を、水晶のような六角柱を用いて測ったが、結果は平均を大きく割るものであった。
結論としては、Nにはこの世界で役立つモノを、何も持ってはいなかった。Nはこの世界において、何者でもなかった。
一通り情報を書類にまとめた後、受付の女性は短くため息をつき、早口に「ギルドが仕事を依頼する、正式な冒険者として登録することは出来ないが、ギルド全体としては経歴を問わず人手を募集しているので、その仕事を紹介することは可能」ということをNに伝えた。ほとんど消え入りそうになっていたNであったが、わずかに上向きその提案を受け入れた。
ギルドの案内人は、Nの2倍はあろうかという背丈の大男であった。大男はNの体を上から下まで一通り見回すと、自分に付いてくるように言った。
見定めるような視線を気にしつつも、街の外れに向かう道を歩く最中、Nの中では僅かな希望が芽吹いていた。
すんなりとはいかなかったが、これで自分はこの世界において生活の糧を得ることが出来た。この世界にいさえすれば、いずれチャンスは来る。こんな方法だってあるはずだ。自分はこんな扱いを受ける人間ではない。そんな考えがNの思考を支配していた。
突然、Nの頭部へと、横殴りの衝撃が与えられた。そのままバランス崩し、Nの体は地面と激突した。体中の痛みで、Nは現実へと引き戻された。頭上からは罵声が浴びせられるが、どうやら目的地に到着したらしい。Nが視線を上にあげると、石と木で建てられた、しかし、街に存在したそれに比べるとずいぶんみすぼらしい小屋が見えた。
その日から、そこがNの職場となった。
街の外れに広がる森を拓いた空間の中心には、食堂や集荷場を兼ねた大型の建物が存在し、周りにはそれよりも小型の建物が散らばっている。
ギルドに納入された様々な素材を種類ごとに分け、それぞれの小屋で管理する、というのが「倉庫」で働く労働者の主な仕事となる。
ほとんどの素材は、生物そのままの状態で冒険者から納入される。生物をそれぞれの素材へと解体、処理する作業は中心の広場や別に拓かれた空間で行われるため、「倉庫」一帯は、様々な動植物の不要な部位が腐敗した臭いで包まれており、労働者はその中で仕事や食事をする。「倉庫」に来たばかりの新人は、強烈な臭いにやられ嘔吐しながらも、粗末な食事を無理やり押し込むことになる。
大まかな作業は日が出ている間に終わるものの、それだけでは終わらない。労働者はそれぞれの担当の小屋に分かれ、眠る。価値あるものが収容されている都合上、警備の人間を置く必要はあるものの、傭兵や魔術で守る程の経費は掛けることが出来ないためだ。小屋には最低限の機能しか備わっていないため、夏は暑さにうなされ、冬は寒さに震え、更には、常に盗賊や魔獣による襲撃の恐怖に晒されている。
ところで、Nがそんな「倉庫」に来てから、既に10年が経っていた。
10年という歳月は、自分が全くユニークな存在ではないということをNに自覚させるには十分であった。
傭兵や騎士団等の、この世界において「花形」の仕事に就くために、リザードマンに武器の扱いを教えて貰ったことがあった。そのリザードマンは片腕を無くし、仕事を求め「倉庫」にたどり着いたそうだが、武術の腕は確かだった。ただ結局Nの望みは叶わなかった。Nは、武術の才能が無いことを知った。
訳の分からないクスリを常用しているジャンキーから、なけなしの給料をはたいて、「魔力を底上げするクスリ」を買ったことがあった。三日三晩熱にうなされ、寿命は幾分か縮めただろうが、それだけだった。Nは、魔術の才能が無いことを知った。
この世界に存在しない技術や考え方を利用し、社会進出を考えたことがあった。Nは頭の中に存在しているそれらを一切形にすることが出来なかった。Nは、実業家の才能が無いことを知った。
そうしている中でNが痛いほど理解したのは、「第二の人生」を歩む前の自分が家族、技術、社会システムなど、様々なものに如何に守られていたかであった。
何も言わなくとも、毎日温かい食事が用意され、適温に調節された室内で好きなように情報を得ることが出来る。病気になれば、高度な治療が比較的少ない負担で受けられる。
これらを感謝もなく当たり前のように享受していたこと、そしてそのような生活を捨てたことをNはひどく後悔していたが、だからといって、現在の状況を変えることなど出来ないことも同様に理解していた。Nに出来ることと言えば、重労働に耐え手に入れた僅かな給料を使い、この世界に存在する低レベルな娯楽を享受することくらいであった。
ある日の昼下がり、Nは街の中心部へと繰り出していた。Nの目的は雑貨屋、そしてその店に売っている、不味いが安く、すぐに酔える自家製の果実酒であった。
その道すがら、Nは道行く人の流れが不自然なことに気が付いた。Nが今歩いているのは街の中心から広がる大通りの一本で、そこから細い道が枝分かれしているが、そのうち一本を人々が避けるように移動しているのだ。
その路地を覗くと、小さな占い小屋が目に留まった。
個人で発揮し得る奇跡である「魔術」が存在するこの世界において、「占い師」はれっきとした職業として存在する。その地位は実力、要するにどこまで正確に未来を見通せるかによって異なるが、少なくとも街で営業をしているような占い師が出来ることは、心理学や統計学を駆使している元の世界の占い師と大して変わらない。
そのような事実を知っていながらも、なぜかNの体はその占い小屋へと吸い寄せられていった。
Nは、もはや見慣れた木製の、建付けの悪い扉を開く。そこには薄暗い部屋の奥に、魔術書の山に囲まれた占い師がいるはずであった。
ただ、今回Nの目の前に現れた景色は、思い描いたそれとは大きく異なっていた。
外から見えた小屋の大きさとはかけ離れた、白く無機質な空間の中心には、一人の老人がたたずんでいた。その景色はいつかNの運命を決定づけたそこと寸分違わなかった。
老人は、Nを見ると、ゆっくり「お前の願いを叶えよう」と言った。
なぜ自分を今のような状況に追いやったのか。「望んだ第二の人生」が自分には与えられたはずではないのか。目の前の「全能の存在」に訴えたいことは様々あったが、すぐさまNは老人に跪き、「ここでの自分の人生は最悪です。どうか自分を元の世界に戻して下さい。戻して頂ければ、自分は必ずや満足いく人生を歩むことが出来るでしょう」と言った。
「お前はいつか同じようなことを言った。お前の願いは一体どこにあるというのだ」と老人はNに問い詰めた。Nはたじろいだものの、「ここに来るまでの自分がいかに恵まれていたか、離れて改めて分かりました。今の自分は心底反省しています」と更に頭を下げ続けた。
老人はそれを聞くと、「分かった」と呟き、望んでいるものを思い浮かべるようにNに言った。
Nは強く目をつぶりながら、自分の元居た世界の風景を必死に思い浮かべると、次第にNの意識は遠くなっていった。
Nが次に目を覚ました時、視界には白い平面状の板があった。天井と照明が一体化したそれと、人間を効果的にリラックスさせるように、人工的に調整された香りで、Nは自分が元の世界に戻ってきたことを理解した。
Nが目覚めた施設は病院であるようだった。
眠った後、Nがいつまでも起きてこないので、母親が通報し病院に運び込まれたらしい。断定することが出来ないのは、Nは目覚めてからというもの部屋の外に出ることが許されず、たまに世話をしに来る看護師から情報を僅かに得ることしか出来ないためであった。症状が深刻であったため、仕方が無いと看護師は言っていた。
Nは今日、こちらに来てから何度目かの「診察」で部屋の外に出ることになった。
看護師に連れられて診察室に向かう道すがら、Nは周囲の風景を軽く見回した。Nは病院の構造や内装にあまり詳しい訳ではないが、何らおかしいところは無いように思えた。ただNはその風景の中に、今まで自分が晒されていた過剰にそうであろうとするような違和感を感じ取っていた。
「どうかしましたか?」
「いえ、何でもありません」
Nは看護師に声を掛けられるとすぐに目線を前に戻し、診察室に歩いて行った。
「診察室」と表札が掲げられた部屋のドアが、看護師が近づくと自然と開いた。
「お入りください」
看護師は軽く頭を下げ、部屋の中を腕で指し示した。Nはそれに従い診察室の中へと足を踏み入れ、丸形の椅子に腰かけた。正面には白衣を着た30代位の男が同じような椅子に座っていた。
「体の調子はどうです?」
白衣を着た男は、脇に置かれたパソコンに何やら入力しながら、早口にそう尋ねた。
「別に・・問題ありません・・・」
「そうですか。記憶の混同などは?」
「特には・・」
その後も白衣を着た男は、早口にいくつかの質問を重ねた。
「何か、今したいことはありますか?」
これで最後にしますが、と前置いて白衣を着た男はそう質問した。
「どうなんでしょう。これといっては無いかと。しなければならないこと、せざるを得ないことはあるとは思いますが」
Nの返答を聞き、白衣を着た男は顔をしかめ、Nの方向に向き直った。
「その、なんでしょう、『自分が違う存在であった』ような、そんな記憶はありますか?」
白衣を着た男は、今度はゆっくりと、今までほとんど動かさなかった視線を横にやりながら、質問した。
「・・どういう意味ですか・・・?」
「いえ、別に、他意はありませんよ」
はぁ、と溜息を一度つき、白衣を着た男はパソコンの画面に視線を戻す。
「では、体調は問題無いということで、希望通りNさんにはご自宅の方に帰って頂こうかと思います」
病院から手配されたタクシーを降りると、Nが母親と住んでいた一軒家が、変わらずに存在していた。Nが眠っていたのは、ほんの数日間らしいので変わらないのは当たり前のことであるはずなのだが、Nはその光景に心底安心した。
タクシーのドライバーに向かって軽く頭を下げ、家の扉の前に立つ。機械によるセキュリティが終わると、扉のロックが開いた。
家と同じように、Nの母親も変わらずに家にいた。変わったことと言えば、母親の顔が、Nが最後に見た時よりも多少やつれていたことくらいだろうか。
「母さん、元気だった?」
玄関先でNが母親にそう話しかけると、母親は驚いたような顔をした。
「ええ・・あなたの方は何も無かった?」
「意識不明だったんだから、何も無いってことはないよ」
「ああ・・そうね・・・。ごめんなさい。とにかく元気そうで良かったわ」
母親はNを急かすようにリビングに案内した。
「お腹空いたでしょ、今何か作るからね」
Nがリビングの椅子に腰かけると、母親はそう言って仕切られたキッチンに入っていった。料理と言っても、昔のように一から人間が準備するわけではない。様々な自動化された調理器具によって、大部分が完了する。人間がやることと言えば、最終的な手順と盛り付け位だ。それでも、母親は好んで手順を増やして調理する。
Nは既に心に決めていることがあった。もう少し病院にいることも出来たが、いち早く自宅に帰ろうとしたのは、それを母親に伝えるためでもあった。
Nは、拙い操作で調理器具の調整をしている母親を見た。久しぶりにみたそれは、Nが思っていたよりもずっと小さかった。今までその背中に背負わせてきたものを下ろしてやらなくては、とNは強くそう思った。
実際のところ、「別の世界」に関するNの記憶は実に曖昧であった。
「何者かに導かれ、別の存在として生きていた」ことは、何となく感覚として覚えていたが、その他詳しいことは、Nはほとんど思い出せない。
ただ、今のNにはそんなことはどうでもよかった。自分が今やるべきで、過去にやってこなかったこと、それのみがNにとって重要であった。
「母さん、俺、働こうと思うんだ」
「・・・」
「あんまり給料とかは期待できないとは思うけど、それは自分の責任が大きいし、こだわらなきゃ見つかると・・って、どうしたの母さん?」
「ごめんなさい・・嬉しいのか悲しいのか、よく分からなくって・・・」
「悲しいって、そりゃあ今までろくに親孝行もしてこなかったことは悲しいかも知れないけど、せっかく息子が一人立ちしようって時なんだから」
「そうね。でもあなた、今まで『母さん』なんて言ったこと無いじゃない。急に大人になってしまった気がして・・」
その時Nは、自分の口を無意識に右手で覆っていた。
「先生、『患者』の容体についてご報告したいことが」
「ああ。でも、もう気にしなくても問題ない」
「?」
「呼び方のことだ」
「・・はい。それでは、『被験者』のことで報告があります」
「『診察』の問診のことか? 『調整』の結果を、念のため直接確認したかったのだろう? あんなに、こちらを窺わなくてもよい。相当不自然だったぞ」
「あれはそういうことではありませんが、先生にお話ししたいのはそのことについてです」
「言ってみたまえ」
「これまでの被験者達に施した『調整』前後のパーソナリティデータ、簡単に言えば性格のことですが、その変化が、何といいますか・・」
「ああ、そのことか・・」
「?」
「つまり、『突然活力を失ったようだ』と言いたいのだろう?」
「そうですね・・『調整』後の被験者達は依然と比べて社会性をより重視するようになり、そのかわり積極性が異常に無くなっているように思います」
「ええと、君はここに来たばかりだったな?」
「はい。この春からです」
「それでは、疑問を持つのも仕方ない・・・聞くが君はこの、いわゆる『ニート』と呼ばれる若者に、脳外科的なアプローチから『調整』を加える計画についてどう考えている?」
「はい。社会に出る勇気を持つことが出来ない若者に対しては、そのようなアプローチも有効であると考えています。ですから私は・・」
「そこだね」
「どういうことでしょう?」
「この計画、もうすぐ国が主導する事業となるだろうが、その目的のことだよ。君はそれを、若者を元気づけて社会に送り出してやること、だとでも考えているんじゃないか?」
「・・・」
「『若者』というやつは、元来夢見がちなものなのだよ。夢を見るだけの活力があるとも言える。ただ、その性質は時に厄介に働いてしまうことがある。現実から離れたような夢を見させることで、逆に何も出来ないようになってしまう」
「そのような状態に陥った『若者』にはどのように対処すればいいか。それは、彼らが見ている夢を現実にした上で、そいつを壊してしまえばいい。そうすれば彼らは次は現実を見ざるを得なくなる」
「それが、『第二の人生』だと・・・」
「ああ。そうやって時間を稼げば、夢見る『若者』は、良く言えば現実を見据えた、悪く言えばつまらない『大人』になる」
「・・・それは、許されることなのでしょうか」
「この方法が正しいのかそうではないのか、そんなことは政治家や哲学者が考えることだ」
「ただ、私は思うのだ。『人々に夢を見せること』が職業として成立し、尊敬され、必要とされているのなら、『夢を壊すこと』もまた、同じように必要ではないのかと」
第二の人生 伊藤 孝 @takashiito66
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