第3話 2人の嫁
その夜。
「オーディン様はわたしのことはすぐに助けてくれたのに、魔王だって倒してくれたのに。なのに今日はちょっと冷たい気がしました」
ベッドで並んで横になっていたエルフの神官嫁がそっと小さくつぶやいた。
「俺はお前が好きだ。だからお前を嫁にしてスローライフするために魔王を倒したんだよ。誰かのためじゃない。世界のためでもない。俺はな、俺のためだけに生きると決めたんだ。そう決めたんだ。俺はもう誰かのために生きたりはしない」
「そんなこと言っても、わたしはやっぱりオーディン様は優しいと思います。でも優しいオーディン様にそう言わせてしまうような辛い過去が、きっとおありなんでしょうね」
「……色々な。ま、もう終わったことだ。はい、この話はしまいだ。さっさと寝るぞ」
「おやすみなさい、オーディン様」
明かりを消すと俺は眠りについた。
「オーディン様の行動は確かに自分のためだったのかもしれません。でもエルフの村も王国の人たちも、オーディン様のおかげで多くの人が救われたんです。だからやっぱりオーディン様は世界を救った勇者なんです。そしてわたしはそんな勇者の嫁として、オーディン様に代わって魔龍を倒しに行こうと思います」
エルフの神官嫁が隣で何ごとか呟いた気がしたけど、俺はその言葉の意味を深く考えないまま眠りに落ちてしまったのだった。
翌日。
「あいつが魔龍を倒しに行っただと!? あいつは平凡なエルフの神官だぞ! 魔王をも超える魔龍を倒せるわけねぇだろうが!」
「お止めしたのですが、奥方様にどうしても行くと言われれば、私どもでは止めることはできず……」
「くっ、あいつ勝手なことしやがって! だから世界はクソなんだ! どいつもこいつも俺を困らせようとして――!」
俺はエルフの神官嫁が俺の代わりに魔龍退治に向かったと知って憤慨した。
「お前は俺のものだって言っただろう! 俺のもののくせに、俺に断りもなく勝手にいなくなるんじゃねぇ! 連れ帰ってこんこんと言い聞かせてやる! 『グングニル』発動!」
俺は世界最強のチートスキルをフルパワーで発動すると、黄金の光を猛烈に噴射しながら飛びたった。
西にある魔龍がいるという火山に向かって――。
俺が魔龍のいる火山に着いた時、すでに勝敗は決しつつあった。
エルフの神官嫁と赤髪の少女は追い詰められ、もう後がない状態だった。
「つまりまだ生きているってことだ!」
俺は2人を守るように降りたった。
「オーディン様……どうして……」
「話は後だ、まずは魔龍をぶち殺す。おまえにひどい目を合わせたこのゴミカスクソザコ魔龍をな」
「くっくっく、威勢がいいな小童。魔王をも超えるこの伝説の魔龍をぶち殺すなどと片腹痛い――ゴファッ!?」
「『
俺はイラつく元凶である魔龍をサクッと処分した。
一方的かつ圧倒的な勝利だった。
「魔龍は倒した。ほらとっとと帰るぞ」
「は、はい……」
「なぁ、お前は俺のものだと言ったはずだろ。俺の許可なく2度と勝手なことはするな。俺は信じてたやつに裏切られるのが何よりも嫌いなんだ」
「オーディン様……勝手をしてすみませんでした……」
「だからこれからはちゃんと言ってくれ。他でもないお前の頼みごとだったら、たいていのことは聞いてやるから」
「……え?」
「だけど勘ちがいするなよ? これはあくまで俺の心の安寧のためであって、決してお前が居なくなると悲しいとかそういうことじゃないからな。あくまで俺のためだ、分かったな。約束だぞ」
「はい、約束します。……そしてオーディン様はやっぱり優しかったです」
「俺はさ、スローライフにならないことは極力したくないんだ。だけどお前に勝手されてイラつくくらいなら、俺が出てって軽く捻り潰した方がよほど早い。だから頼む、もう勝手に俺の前からいなくならないでくれ――」
「オーディン様……あなたはやっぱり本当の勇者様です」
こうして魔龍を討伐した俺は、エルフの神官嫁(とあと何故か赤髪の少女)を連れて屋敷に戻ったのだった。
翌朝。
「なんでまだお前がここにいるんだよ? ここは俺の屋敷だぞ。邪魔だからとっとと国に帰れ。俺の屋敷にお前の滞在を許可した覚えはない」
「なんでと言われると、私もオーディンの嫁にしてもらおうかなって思ったの」
「は? そんなもんはいらん、俺はこいつさえいればいい」
「オーディン様、えへへ……」
俺に抱き寄せられたエルフの神官嫁が、にへらぁと嬉しそうに笑う。
この笑顔を見ただけで、まるで前世から愛し合っていたみたいに、俺はどうしようもなく幸せな気持ちになれるのだった。
「どうせ俺の強さを利用しようとか考えてるんだろ。全部お見通しなんだよ。俺はな、そういう打算的なヤツが何よりも嫌いなんだ」
「そんなわけないでしょ」
「じゃあどんなわけなんだ? 言ってみろよ?」
「そんなの決まってるじゃない! なんだかんだ言って魔龍を倒して助けてくれたあんたのことを、好きになっちゃったからに決まってんでしょ!」
「はぁっ!?」
その後、生産性ゼロのクソどうでもいい押し問答が延々と続いて。
決して引こうとしない赤髪少女に根負けした俺は、最終的にこの赤髪少女を2人目の嫁にすることにしたのだった。
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