【創作企画】刀神・参加作品 蛇ノ泪

@GAU_8

第1話 時は儚く過ぎ去れど


ざくっ…ざくっ…


目を閉じれば、土の匂い。田畑を起こす人々の声がする

人は笑い合い肩を叩き、時に怒り、時に悲しむ

その全てが音となり匂いとなって私の下までやってくる


あゝこれは良いものだ。


そう思った。この良いものの為に私はあるのだとさえ感じた

私の目の覚めた時。いや、あれは私が初めて見る景色であった

それは暗く閉ざされ、僅かに隙間光の差す宝殿だったが…この声が聞こえてた

やがて時が過ぎ、自分は神として崇められているのだと知った

雨の季節になれば祭儀が執り行われ老若男女問わず舞を踊り幸を願う

その様を見るのが好きだった。舞を見て傾ける酒で喉が焼けるのも悪くなかった

いつからだろうか。私は私がホンモノではないと分かっていながらニセモノになろうとしたのだ

人の為にあるべき物ならばそれはすなわち神であろうと己を決め付けた


その日から私は宝殿を降り、人に添うことに

雨が近くなってくれば、そっと燕を呼んでそれを知らせ。風の強い時には雨戸を叩いて回り、家の中にいるよう伝え。雪が降れば畑の雪を掻き。嵐の日にはもっとも丈夫な私の宝殿へと彼らを集めた

私には大層な力はなく、精々が眠らぬとも良く空をずっと見ていられることだけだったが、それでも力になれるならばと飽きもせず人を見守ったものだ


ある時、酷い病が西からやってきた。作物は病に冒され、水は濁り、人は飢えに苦しみ渇きに喘いだ。人達は私に助けを求めた。「これは悪鬼の仕業に違いない。鬼を斬って下され。我らを救って下され。」と

私には…どうすることもできなかった。私はただの刀であり、日がな空を見上げるだけの物だったのだと、とうとう思い出す日が来たのだ

日に日に弱り、その息を潜めていく姿を…ただ見ているのは耐えられるものではなかった

ある日、渇きに耐えかねた子が雨水を貯めた水瓶を飲もうとしたを見ることがあった。井戸は既に病に冒されこの水を飲んだものは軒並み倒れていった。だからであろう。雨水を貯め、彼らはこうして渇きを満たしていたのだとようやくに知った無知を私はあれ程恥じたことはない

ただいけないと。子の手を払い除け、されどその時私にとっての幸運が訪れた

水瓶に触れた私の手は不思議と光放ち水は透き通り、その時初めて私にはある力が宿っていると知ることとなった。私には水を清める力があった。手を触れ、念じれば不浄を祓ってやることが出来る。ようやく、ようやく助けになれると喜んだ。我を忘れ家々を回り水を清め、立ち直った者に私を井戸へ沈めるよう頼んだ

かの者達には酷なことしたと今でさえ思うことがある。井戸の底でじっとしているのは穴の開いたようで目を閉じていたくなってしまったが…水だけで飢えを凌ぐよう伝え、見事それを成した彼らほどではなかろうと己を律した


しかし…それも今はない。ここにあるのはもう人の息のしない家々と荒れた畑

彼らは滅したのではない。病は過ぎ去って、私は一層の信仰を得ることとなった

あの日飲んだ酒は良いものとは言えないものだったのかも知れないが、私にとってはあの酒こそ最も旨い酒だと思えた

では何故か。…結局の処、時の流れは止められぬというだけだ

日が昇り、人は働き。日が沈み、人は眠る。実りがついて、雪を掻き分け、種を蒔き、稲を育てる。変わらぬ日々が続くものと思うていた

風の知らせに都を聞き、夢見た若人わこうどが旅に出る。背を叩き送り出した者は多かった。戻らぬ者もあったが、皆口々に言うのだ


「都は良いものだった。食うに困らん。旨いものばかりだ。鬼に怯える必要もない。お偉い様方が風水ってのをやっておいでで、お侍様が鬼の首を持ち帰ったと皆が喜ぶのだ。お前さんらも来い。都は良いところだ。」


私は引き止めようとはしなかった。其れ故だろうな。何もない毎日に飽いた者。手を引かれ離れていった者。嫁を貰い、新たな道として歩む者。残る者もいた。しかし、それはもう長く歩けない者や旅に出られぬ子を持つ者ばかりであった

村は寂れた。もう耕さぬ畑が目立ち、若い者の居なくなった田には水も引かなくなった。薬師くすしの娘が嫁に立った日を境にこの村は終わったのだろう

幸いと飢饉に悩むことはなかった。その日を過ごすだけの作物は取れた。狩りの得意な老骨が居った。川には魚も居った

私といえば、とうに忘れ去られていた。それもそうだ。私が井戸に沈んだ日はもう昔。あの日母の乳を飲んでいた子らが皆、土の下で眠っている程の話だ

荒れて崩れた宝殿で。ここへ続く道さえも木々に遮られ途絶えたこの場所で私は見ていた。私を井戸から引き上げた者がここを歩いたのはどれほど前の話であったろうか

それでも人を愛していた。過去の賑わいはもう無い。面白く可笑しい舞も灯す火も無い。喉を焼く痛烈な酒も無ければ実りを届ける者も居ない。それを咥えて去っていく狸はこの場で雨を凌ぎ、茸を食む

人達の活気は賑やかな鳥の声となって、私を拝む者は虫達だけとなってもそれでも人を愛していた

木登りに遊ぶ子が居れば蛇の身となって高く登らぬようにし

川に遊ぶ子が居れば深みに行かぬよう手を引いた

熱に苦しむ者があれば往って清い水を飲ましてやり

寒さに凍える者があれば藁を積んで火を熾してやり

最期を迎える者があれば必ず往って夢枕に立った


最後の一人を看取った後は時間も昼夜も全て忘れて歩き回った

土を掘り、また埋めて、その後は皆に別れを告げて回った

村を歩けば未だ耳に残った声が聞こえ振り返ってしまうことも少なくなかったな

皆、手を伸ばせば儚く掻き消えてしまう煙のような日々だった

どれほどそうしていたのかは分からない。見てきた全ての人を思い出し、別れを告げた頃には村の最後となった男の墓に埋めた種が苗となって確かに息吹いていた


「大きく育ち、見事な樹となってこの者達を覆ってくれ。」


願いを託して村を去った私はその後を知らない

言葉を介したなら今頃神様気取りをしているやも知れぬ

不思議と悲しみはちいさく。別れを告げる度に軽くなっていったように思う。あの子らが私の憂いを少しずつ持って行ってしまったのだろう。私は十分に愛された神様ニセモノであった


それからの私は人の姿を真似たまま果てなく歩き、時には人の為にわたしを振る事もあった。良き縁を得て心安らぐ日もあった。人とは添えぬが心を交わすとはなんと素晴らしいものなのかと改めて思うたのだ



ざくっ…ざくっ…


土の匂い。目を開ければ、畑を起こす私の姿がある

畑とはむつかしい。時に笑って肩を揉み、時に怒り、時に悲しむ

潰れた肉刺まめが痛み、硬くなった手が土に汚れていく

人は笑顔。恥じらい。敬いをもって私の下までやってくる


あゝこれは良いものだ。


そう思った。この良いものの為にやはり私はあるのだと感じた




供物は要らぬ。対価も要らぬ。忠義や信仰すらもはや必要でない。

愛し、救おう。好こう。見守ろう。支えよう。導こう。それこそが私だ。

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