幕間107.6話 朝帰りの昼前☆



 ※



「うわ、サリー、その顔はズルだよ、反則だよ……」


 サリサの涙目で恥じらう姿に、何故かアリシアは嬉しそうに身悶えしている。


「何がどう反則なの?」


 本気で疑問に思ったサリサが問う。


「それだけ素晴らしい、という事です!ああ、私のリサは尊い……。そう簡単にケダモノに身をゆだねない、気高く清き乙女よ。ずっとそのままでもいいんですよ?」


 唐突に現れた麗しの精霊王(ユグドラシス)は、アリシアと同じ様に身悶えしていて、気持ちが悪い。


「……来る時は、なにか合図してからって約束はどうなったの?」


「ああ、すみません、つい、うっかり……。反省を込めて、その美しい髪に口付けを……」


「しなくていいから。もしかして、この頃シアが変な言葉覚えたりしてるの、ドーラのせいじゃないでしょうね?」


 サリサが怖い顔で睨んでも、精霊王(ユグドラシス)はまるで動じない。


「いえ、わたくし全然。普通の人間の十代女性が話題にする事しか話してませんよ」


「うんうん。ユーちゃんの話は勉強になるよ」


 どうやら確定で頭が痛い。


 人間でも、世界の何処かでマセた子がそういう話を、普通にしてても不思議はないのだから。


 精霊王ともなると、下手に虚偽の誤報を巫女的な者に託宣したり出来ないように、神から制限されている筈だが、回りくどい真実でこちらをあざむく事など訳ないのだ。


「あなたのせいで、私とゼンの仲がややこしくなりかけたのに、その話題でよく顔を出せるわね……」


 ゼンなどは、『神モドキ』と言って本気で攻撃していたのだ。あれは本当に怖かった。


「あらあら逆でしょう。絶対に好かれないと思い込み、更に自分の想いを封印している子供と、自分の初恋の自覚すら定かではない清き乙女では、あのままの状態で、5~6年経っても何も進展しなかったのでは?」


「……ック」


 残念ながら、精霊王(ユグドラシス)の言葉の方が真実だろう。パーティー内で意識し合いながらも、何も進展せず月日が流れるリアルな自分達が想像が出来てしまう。


「だから、遠慮なくわたくしに、お礼を言ってもいいのですよ、リサ。そうすれば、あの子供の不敬も、私は寛大に許しましょう!」


 素直に礼を言おうかと思った矢先に、妙な条件をつけられ、サリサは戸惑う。


 普通に礼を言えば、ゼンも許してもらって一挙両得……じゃない。こんな変なやり方は、友達に言う礼では断じてない、とサリサは思う。


 だから―――


「……友達として、礼は言うわ。ありがとう、ドーラ。


 でも、ゼンは許さなくてもいい。


 ドーラは友達の恋人にひどい事すような、悪い精霊じゃないと信じてるし、確かに結果的にうまく行っていても、あなたがゼンの心の秘密を暴いてしまった事は、私にはいけない事だと感じられたから」


 精霊王(ユグドラシス)は、意外な事を言われ、目をぱちくりと開き、それから艶やかに微笑する。


「ああ、あたしのリサ、気高き乙女よ、貴方は確かに私の親友です。フフフ。人の子に、そんな風に切り返されるなんて、今まであったかしら?多分ない。うん、きっとないわ。貴方は自分がどれだけ特別なのか、わかっているの?」


「……なんか、ゼンにも似たような事言われたけど、私はド平民の、ただの人間よ。


 前言ったように、友達同士だから、変な貸し借りを作ったり、返したりとか、あなたとの間で作りたくないの。加護を受けてて今更なんだけど」


「フフフフ。加護はあの“お祭り”のお礼です。ですから、そこは気にしなくてもいいわ。


 本当に、貴方達と話していると、何の損得も考えていなくて、自然に話せるから、私はとてもこの時間が好きなの。


 ……珍しく、他の王達が私を呼んでいるから、今日はここまで。また会いましょうね、リサ、アーちゃん」


「うん、まったね~~」


「またね、ドーラ」


 また精霊王(ユグドラシス)は艶やかな笑みを残し、その姿を消した。


「……時々、試されてるのかと思うわ」


「どうだろう~。ユーちゃんは、サリー大好きだから、困らせたいだけな気がする」


「……そうかもね」


 王様と友達なんて、色々違って面白がられてるだけな気もする。


 対等に話す人間なんていなかったからだろう。対等に話してる自分達の方が異常な気はするけれど。


「さて、じゃあ話の再開だよ~!」


「忘れてくれなかった!」


 サリサはアリシアのしつこさに頭を抱える。


「でもまあ、ゼン君まだ子供だし、最後まで求めたりしないか。私の方が考え過ぎだったかな~~」


 それを聞いて、サリサは不自然に顔をそらす。


「……あれあれ。何その反応は~?私の目をまっすぐ見るのだ、サリー~」


「いや、なんていうか、その……ガッツリ、求められてました……」


「お~~、ゼン君、両想いと分かったら、凄いね!積極的だね!旅なんかしてると、そういうの教えちゃう悪い人とかいるのかな?」


 何故か嬉しそうにアリシアは言う。


「……ラザンと、パラケスが懇切丁寧に教えたみたい。普通に娼館に誘われたって、言ってたから……」


「え~~!ゼン君じゃあ、もう経験者なの?」


「いや、その誘いには応じてないって。自分も初めてだって言ってたし……」


 なんでこんな恥ずかしい話を続けなければならないのか。アリシアに助けを迂闊に求めた自分が悪いのか……。


「ふむふむ。じゃあ、なんで最後まで行かなかったの?」


「わ、私が止めたのよ!キ、キスだって初めてで、もういっぱいいっぱいなのに、そんな事まで出来ないわよ!許容限界!」


「ありゃ~。まあ、そうか。サリーだもんね。でも、ゼン君に文句とか言われなかった?その気になった男の人って、止まらない、とか聞いたけど」


「(それもドーラからなのかしら)そんな事ない。私が、お願いだから待って、て言ったら、凄く謝ってた。私の嫌がる事はしない、したくないから、言ってくれれば何もしないって……」


「うわ、さすがゼン君。紳士だねぇ。聞き分けいいねぇ。愛されてるねぇ~」


 またアリシアがニマニマと笑っている。


「だ、だってゼンはまだ成人してないんだし、子供とか、駄目でしょ……」


 サリサはモジモジ意味もなく指で指を突いている。


「そういう時の為に、避妊魔具があるんじゃない~」


「え、そんなのあるの?……でも、使うの怖くない?」


「うわ、サリー、本当に、興味ある事以外は無視するんだねぇ~。避妊魔具は、盗聴防止魔具みたいに、据え置き型の小さい物だよ。自分の身体とかにつけないから」


「へー、そんなのあるんだ」


「貧乏子沢山って言う言葉は、貧乏で何も家に楽しみがないから、ついそういう行為をしちゃって、子供がどんどん出来て、子育ての費用でどんどん更に貧乏になる事を言うんだよ~。


 負の連鎖だね~。だから、教会とか国でも貧乏なところには、それを無償で配給したりしてるの」


「ああ、教会。だからシア、知ってたんだ」


「まあね~。仕組みはしらないけど、組み込まれてるのは、大した術でもないらしいから、費用も全然安いんだって。それがあると、密閉した空間内。つまり、部屋だね。その中では妊娠しないんだってさ~」


「ふ~~ん。そうなんだ」


 サリサ棒読み。


「気のない返事しちゃって。ギルドでも、女性冒険者が子供を作りたくない人いるから、カウンターで言えばくれるよ?」


「え、嘘!ギルドまで?」


「これも、術士保護法や、女性保護法に含まれるらしいから」


「そ、そうなんだ……」


「でも使う気なし、と」


 アリシアはサリサの様子を、面白そうに眺めている。


「だ、だから、時間が欲しいの!せめて、ゼンが成長して、成人するまで、とか」


「わー、2年もお預けさせるんだ。やっぱりサリーはドSだよ」


「そ、そんな事言って、そりゃあシアはもう、リュウって恋人とずっといるんだから、経験なんて、とっくに終わってるんだろうけど……。


 あれ?私、そういう話、シアから聞いてないけど、もう済ませてるんだよね?」


 アリシアはニコニコ笑っている。やっぱり済ませているようだ。


「黙秘します」


「……え?それって確か、昔の勇者が、どこかの王女に言われなき罪の濡れ衣を着せられようとした時に、主張したという権利……」


「黙秘権だよ~~」


「な、なんなのよ、それ!人の事聞いてるのに、自分は話さないとか!


 さては、シアもまだなんでしょう!」


「もうサリーったら。私は、ずーっとリュウ君の恋人なんだよ。リュウ君が望めば、何だってするよ~~」


「そ、そう。リュウは幸せね。そんなにシアに愛されていて。……で、初めてはいつなの?」


「黙秘します」


 ニコニコ笑顔。


「あんた、さては、『求められない様にしてるんでしょう』!」


「黙秘します」


 ニコニコ。


「あ、悪女~!聖女候補なのに、男心もてあそんで~。私なんかより、ずっとひどい!」」


「そんな事してません~。聖女とかって教会が勝手に言ってるだけなんだから、やめてよね。


 私はちゃんと、献身的に一人の人に尽くしてるんだから。


 ただ、まだその時じゃないだけだよ~~」


「なんか、リュウが可哀想に思えて来たわ……」


「変なサリーだなぁ~」


 ニコニコ無邪気に笑ういつも通りのアリシアだが、見かけ通りの天使ではないらしい。


 親友であるサリサは、それを知ってはいたのだが、ここまでとは……












*******

オマケ


ハ「ゼン、毎日従魔研来てるよね?」

エ「当り前じゃない。毎日会ってるくせに、何言ってるの?」

カ「確かに、なんででしょう。ずっと会えないみたいに寂しい。ねえ、シラユキ」

シ「ガウ……」

ハ「……ところで、なんでこのトリオなの?」

エ「ハルア、本気で言ってる?私達、同郷よ?会った事あるでしょ?」

カ「印象薄くてすいません……」

ハ「……あー、そっか、ハーフの、耳が普通なカーねぇだったんだ!」

カ「少しだけ年上ね」

エ「よく遊んでもらったけど、私達が大きくなる前に里を出てたから」

ハ「なんでか、微妙に3人、時期ズレて里を出てるね」

カ「そうなの?」

エ「はい。ある程度大きくなって、ずぐにハルアが。私は、その2年ぐらい後だったかなぁ」

ハ「こんな所で再会してるなんて、ビックリだよね。ボク、カーねぇが冒険者とか知らなかったよ」

カ「研究棟にこもっているから(クス)」

エ「私は、実は何度か街中で見かけてたけど、上級冒険者って、なんだか怖くて……」

ハ「あ、なんか分かる。最初4人とも怖い顔してた。あ、あの狼は地顔か」

カ「そうね。上級は、競争意識高いから。でも、何故か従魔を得てから、不思議に落ち着いているのよね」

エ「従魔効果ですか?」

カ「かもしれない。ゼン教官に教えなきゃ」

ハ「里が同じエルフって、好みも似るのかな?」

エ「わ、私は違うでしょ!」

ハ「そのうろたえ方で?素直に認めた方が早いのに~」

カ「あの人は……本当に特別ね」

シ「ガウ!」(肯定らしい)

エ「す、凄い冒険者だとは、思っているわよ……」

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