1部4章 フェルズ改革編

幕間:今ある日常☆



 ※



「……サリサ、ちょっと出かけるのに、つき合って欲しいんだけど」


 婚約して以来、こんなにモジモジ遠慮をしているゼンを見るのは、久しぶりな気がするサリサだ。


「出かけるって、どこに?」


「お酒を飲むお店。酒場じゃなくて、バーって言うのかな」


「ゼン、お酒余り飲まないのに、どうしてその店に行きたいの?」


 サリサは、純粋に疑問に思う。


「師匠が、そこによく行ってたらしくて、料理も美味しいらしいんだ」


「へぇ。ラザン……さんが、ね」


 なるほど。尊敬する師匠が褒めていたお店に行ってみたいのだ、とサリサは理解する。


「で、俺一人で行くと、まだ成人してないから、店から追い出されかねないかな、って思って」


「ふむふむ。付き添いの大人がいた方がいい訳ね。でも、どうして私なの?」


「余り二人で出かける機会もないから、丁度いいかな、と」


 その気遣いは、正直嬉しい。


 ゼンは、冒険者稼業の他に、ギルマスからギルドの用事を言いつけられたりするので、とにかく多忙なのだ。まだ時々従魔研にも呼ばれる事がある。


 少ない休日を、なるべく二人で過ごす事にしているが、婚約者はもう一人いるので、その機会はどうしても二分の一になるし、他の婚約者候補もいる。


「ザラさんの方が年上だけど?」


 なんとなく、言わなくていい事をつい聞いてしまう。


「ザラは、お酒は駄目なんだ。水系統の治癒術士だから」


「え?駄目って……そっか、お酒は、正確には毒物に分類されるからだ」


「そう。お酒は人の平衡感覚を狂わす、毒物。だから、身体に入って来た毒物をザラは、無意識にでも、分解浄化してしまうから、お酒で酔えないんだ」


「そうなの。職業病とでも言うのかしらね」


「うん。ザラの師匠のマルセナさんぐらいになると、それをちゃんと抑制出来るって言ってた。ザラは、まだその域には達してないらしいね」


「一人前になったら、ちゃんとお酒を楽しめるようになる、と」


 本能的、無意識に使ってしまう力を制御するのだから、中々大変そうな感じだ。


「まあ、俺も余りお酒に酔う感覚は好きじゃないから、似たようなものだけど、そういうお店には、まだザラを連れては行けないんだ。行っても意味ないから、逆に悲しい思いをさせかねない」


「うん、分かったわ。私は、強くないお酒なら程々に飲めるから、行っても大丈夫、と」


「納得してもらえたかな」


「ええ、充分に。時間は、夕食前ぐらいかしら?」


「そうだね。ああいうお店が開くのは、そのれぐらいの時間からだろうし、料理目当てだから、お腹空かして行きたいからね」


「分かった。フェルゼンじゃなく、外食なんて、本当に久しぶり」


「討伐任務、行ってなかった?俺が従魔研に通ってた時」


「大体日帰りだったわよ。だから、お弁当作ってもらってる。泊りの時は、ゼンいないと適当なものだから、もうただお腹に詰め込んでるだけで、食べてるって気がしないの」


「そっか……。……もうフェルゼンって、普通に呼ぶんだね」


「うん。皆もそうだし、そういう名称って受け入れちゃったから。ゼンは気にし過ぎよ」


「そう、なのかなぁ……」


 サリサにとっては、フェルズの文字がかかっているので、普通にフェルズの建物の名称、として受け入れたのだが、ゼンはそういう訳にはいかない様だ。



 ※



 ゼンと、飲食の店が多い商店街の、裏手の道に入る。


 暗くて治安が悪そうな感じがするが、ゼンと一緒ならどこでも不安にならない。


 二人は仲よく手を繋いで、夕暮れの日が落ちかけた暗い道を歩く。


「こんな裏手の方に、そのお店があるの?見た感じ、お店っぽい建物がなくなってるけど」


「うん。知る人ぞ知る、って感じのお店なんだ。もしかしたら、常連以外、お断りだったりするかも」


「それだと、行っても無駄なんじゃ?」


「一応、師匠の紹介で、と言ってみるつもり」


「そっか。常連の紹介が、お店の客が増える仕組みなのね」


「常連以外お断りな場合は、大体そうらしいね。ただ、今行くお店がそうだ、とは聞いてない。だから、大丈夫だと思うんだけど」



「ここだ」


 ゼンが指さしたのが、何の看板もない普通の建物だったので、サリサが戸惑う。


「その、右横に、地下に降りる階段がある。そこから行くんだ」


 確かに、建物の右わきに行くと、地下に降りる階段があり、魔具で薄っすらと光らせている看板が、ドアの前にあった。


 これは、ある事を知らなければ、気づかないお店だ。


 客を増やそう、という気がまるでないのだろう。


 看板には『荒くれ者の巣窟』と書いてある。


 二人は階段を下りて、ドアを開け中に入ると、一人の老人がバーテンダーの恰好をして、小さな箒で掃除をしていた。


「おや、可愛いお客さん達だ。ここはバーだと分かっているかい?」


 とても温和そうで、にこにこと笑顔の老紳士だ。


「はい。お店は、もう開いてますか?」


 もっと気難しそうな、岩の様な風貌のマスターがいるのでは?と予想したサリサは肩透かしだった。


「ああ、開いてるよ。二人は、冒険者だよね。ここは一応冒険者用の店なんだ。完全にじゃなく、同行者が一般人でも、構わない程度にね」


 常連制ではなく、冒険者用のお店だった。


「私達、同じパーティーの冒険者です」


「ここは、師匠に教えられて来ました」


「ほう。どこの物好きかな。まだ開いたばかりだから、席は好きな所に座って下さいな」


 二人は、テーブルではなくカウンターの方に座った。


 最初から、ゼンがマスターの料理する所を見たいと言ってあったので、そちらを選ぶのが当然だった。


「おや?カップルなのに、テーブル席じゃなくていいのかい?」


「はい。その……マスターの料理が見たいんです」


「その左端のカウンターで、わしの料理を見ながら、くだを巻いてた奴がおったよ。自己紹介が遅れたな。わしはこの“荒くれ者の巣窟”のマスター、元冒険者のゴルビック。ゴル爺と呼ぶ者もおるな。好きに呼んでくれ」


「『西風旅団』の魔術師、サリサリサです。サリサで呼ばれる方が好きです」


「同じPTの剣士、ゼンです。……『流水』のラザンの弟子です」


「おお、やはりそうなのか。わしの勘も、まだまだ衰えておらんな」


 ゴルビックは、笑顔でゼンを見る。


「君が店に入って来た時、何か危険がないか、店の中を感知しておったじゃろ?その鋭い感じが、ラザンそっくりじゃったよ」


「そう、ですか?」


 ゼンは、尊敬する師匠に似ている、と言われてご満悦らしく、照れながらも笑顔を隠せない。


 サリサとしては、あんなダメ剣士に似て欲しくないのだが。


「『流水の弟子』の噂も、よく聞いておったが、あ奴が、わしの店の話をしておったのは、意外じゃな」


「そうですか?旅の最中は、従者ですから俺が食事その他を受け持ってましたが、最初の方は俺の作った料理を黙って食べてましたが、その内、マスターの方が美味かった、あのマスターの味が恋しい、とか、ちょっと違う、とか言われる様になりましたよ」


「それは、随分と心を許してるもんじゃのう。あやつは、粗食でも食べられればそれでいいと、フェルズまで来る旅の話をしておったのじゃよ。


 それが、食事に文句をつけるとは、大したもんじゃな」


 ゴルビックは感心して言う。ゼンは照れて恐縮しているが、サリサに言わせれば、ダメ男が好き勝手にわがまま言う様になっただけで、全然いい事ではないと思う。


「しかし、わしの料理は、基本的に単なる酒のつまみで、素人料理に毛が生えた程度じゃよ」


 そうゴルビックは謙遜すると、サリサの注文を聞く。


 まず、お酒ありき、でゴルビックはそれに合わせて料理を作るようだ。


 サリサが、口当たりの良い、余り強くない果実酒を、と頼むと、それに合わせて、サラダやパスタ、芋の揚げ物等を手早く調理し、お酒と共に出された。


 とても美味しかった。


 料理としての完成度や、技術等では、ゼンの料理の方が勝っている感じだったが、ゴルビックの料理は、完全にお酒に合わせた料理で、それと合わせて完成品となり、酒を飲み、料理を食べると、むやみやたらと美味しくなる。


 お酒が料理を引き立てている。料理がお酒の美味さを更に上のものに押し上げている。


 もうお酒が進み過ぎて、危険な感じだ。


 ゼンも、サリサから小皿で料理を少し分けてもらい、お酒も少しだけもらって試したが、凄く驚いているのが分かる。


 それからゴルビックは、ここでよく出される料理とお酒を、色々と試せる様に二人で分けて、少量づつになる様に、量を調節した様々な料理を出してくれた。


 ゼンは、その調理風景も、目を皿のようにして見つめ、火加減や調味料、香辛料の事などを聞き、楽しそうに二人で話している。


 恐らく、ラザンが心許せる数少ない友人がゴルビックであったように、ゴルビックもラザンの事を気にかけていて、その弟子であるゼンと話すのは、孫が尋ねて来たようで、とても嬉しい出来事だったようだ。


 その少年が、自分の料理を誉め、その事で色々質問したり、逆に提案されたり、議論になったりと、それはそれで楽しい内容の会話なのであった。


 そうして、小量だけ、試飲の様に飲んだお酒なのだが、それでも様々な料理と一緒に飲んでいたので、いつの間にかそれなりの量になっていたのだろう。


 ゼンは少し顔を赤くして、それでも普通に見えなくもないのだが、会話の内容が愚痴の様になって来て、心中にあった不安を吐露しているのだった。一人称も変わっていた。


「僕は、時々自分が、上手くいかない剣の修行から料理に逃げている様な気がするんです。


 ポーター荷物持ちをしていた時に様に、人がやっていない事をやって、その事を自分の居場所にして、逃げている様な気が……」


 ゴルビックは、チラとサリサの顔を伺う。


 サリサは溜息をついて、老マスターに頷いて見せる。


 ゼンは、頭が良いせいで、色々考え過ぎている。自己評価の低さも、そのせいだと思える。


「それで、誰かが困っているのかね。わしの聞いた限りでは、君はそれでも立派に剣の修行を終えて戻って来たのじゃないか。剣の修行も料理も両立させた、それが今の君じゃろ?」


「そう、なんでしょうか……」


 ここまでゼンが、自分の弱音を初対面の他人に晒すのは、多分ひどく珍しい筈だ。


 それは、お酒のせいと、師匠も心を許した老マスターの、頼りになる聞き上手な人格だからなのかもしれない。


 サリサは、ちょっと不謹慎なのだが、可愛い、と思ってしまう。


 彼はいつも平静をよそおい、いつでも最善の行動をしている様に見えるし、実際、彼が致命的な失敗を犯していないからこそ、自分達は今生きて冒険者を続けていられるのだと思う。


 それなのに、彼はまだ自分の力が足りない、と感じているのだろう。


 だから、もし料理の労力がなく、自分が剣の修行一筋に生きたら、もう少し強い自分になれていて、仲間が楽出来たのではないか、との可能性を考えている。


 考え過ぎて、すぐ自分にもっと何か出来たのでは、と自分が背負う物ばかりを増やそうとする。そんな彼が、とても愛おしい。今すぐ抱き締めて、その勘違いを正してやりたいが、それは今のサリサの役目ではない。


 ゼンは、ゴルビックに話しているのだから。


「その料理は、君以外の仲間達を喜ばせ、次の戦いへの活力を、大いに与えているんじゃないかね?君自身だって、美味い料理を食べて、自分を奮い立たせている。それは、全然悪い事じゃない。単純に、君が少し強くなる事よりも、ずっと大事な事じゃよ。


 クランの仲間全員の栄養管理を出来るのも、その料理の知識があってからこそ、じゃ。


 剣一筋の、専門馬鹿は、確かに強いのかもしれんが、他の知識がない分、歪んだ戦力になる可能性の方が高い。君は、料理に逃げている、と言ったが、つらい修行や苦しい困難の息抜きに、料理という趣味を持つ事が悪い事、とはわしは思わんな」


 ゴルビックはゆったりと、ゼンに言い聞かせる様に自分の考えを言う。


「まあ、これは元冒険者なわしの私見じゃて、絶対に正しいとは言い切れんかもしれんが、君は色々考え過ぎじゃ。今の自分に不安があっても、その正しさを、自分で認識してもいる。


 じゃが、それが間違った事までも考えておる様じゃが、自分の正しさを信じ、それを貫く強さを君は持っておる。君の隣りには、そんな君をいつでも支えてくれる仲間も、恋人もおる。大丈夫じゃよ」


 ゼンはゴルビックの言葉で、酔って隣りのサリサを失念して、自分の不安を見せてしまった事に、激しい動揺を見せたが、そんなゼンをサリサは優しく包み込む様に抱き締める。


「大丈夫よ、ゼン。私達がこうして生きて、ここにいる。それが貴方の正しさの証明なんだから。自分を信じて、私達も信じて。


 もし貴方が間違った事をしている様な事があれば、私が魔術でどやしつけてあげるから」


「それは、凄く怖いなぁ……」


 人はいつでも、正しくありたいと願う。


 だが、正しい道を選択し続けるのは難しい事だ。時には、間違った選択をしてしまう事があるかもしれない。それでも、正しくありたいと願うのは、決して間違いではない。


 そして人は、一度間違ったとしても、決してくじけず、次の選択で挽回出来る事もある。


 ゼンは、一つの間違いが、致命的なものとなった世界を見た事がある。


 だから恐れる。常に自問自答している。自分は今、“正しい”選択をしているのかを。


 今、感じている暖かなぬくもりを、失わない為に………





 酔って醜態をさらした事に、ゼンは凄く恥ずかしいと思っている様だったが、そんなゼンにゴルビックは言って聞かせる。


「お前さんの師匠も、よくここで酔いつぶれてやっておったから、余り気にする事はないと思うぞ。ハッキリ言って、もっと派手で酷い事をやったりも……。


 まあそれは、あ奴の名誉為に黙っておくがの」


「ありがとうございます。ゴル……さん。……その、また来ても、いいですか?」


「勿論、歓迎じゃよ。まあ今度は、酒は程々にしておこうかの。わしが捕まるかもしれんて」


 老紳士は、悪戯っぽく笑って、友人の弟子を送り出す。


「ゼンの事、本当にありがとうございました。今度、他のパティーメンバーなんかも誘って来ますね」


 サリサも深々とお辞儀して、感謝の意を示す。


「ああ。じゃが、小さい店なんで、余り大勢では困るぞ。常に二人か三人ぐらいで、静かに飲むぐらいが、わしの店には丁度いいんじゃよ」


 常連が来る事もあるだろう。確かに、大勢で押し掛けるのは迷惑になるかもしれない。


「はい。それじゃあまた……」


 二人は、暖かな気持ちになって、その小さな店を後にした。







*******

オマケ


ア「はい、ゼン君の分~~」

サ「あら、こっちの方が美味しいわよ」

ゼ「……だから、飲まないってば!何でこの間から、俺にお酒を飲ませようとするの?」

ア「だって、私、まだちゃんと『僕』なゼン君、見てないし~~」

サ「この間ので分かったのよ。ゼンは、お酒飲んで時々、自分の内に抱え込んでいるものを吐き出すねきだって。あの後、胸が軽くなってたでしょ?」

ゼ「……いや、まあ、そうかもしれないけど。あれから。そんなに経ってないんだし、いいよ。俺、お酒苦手だし」

ア「苦手は克服すべし!好き嫌い言ってると、大きくなれないよ~~」

ゼ「う……。いや、それは、野菜とか、食べ物の栄養の話で、お酒は関係ないよ」

ア「そうかな~~。牛乳飲んで、胸を大きくなったって言う人もいるよ~~」

サ(それはやったけど、ほとんど効果なかったわ……)

ゼ「……お酒で、背が伸びるなんて、聞いた事ないよ」

サ「もう仕方ないわね。じゃあ何を飲む?水?果実水?」

ゼ「じゃあ、果実水を」

サ「はいはい。今日は暑いから、氷たくさん入れるわね」

ゼ「ありがとう、サリサ」

サ「どういたしまして」(ニコニコ)


(しばらくして、果実酒の氷が溶けて、元の果実水に混ざっていく)

ゼ「……だから、こういうの息抜きで、強制するものじゃないと、僕は思うんだ」

ア「うんうん、そうだね。ゼン君の言う通りだよ~~」(ニコニコ)

ゼ「本当に分かってる?アリシアは、昔からそういうとこあるから、リュウさんが苦労してると、僕は思うんだけどなぁ…」

サ「そうねぇ。シアは、そういうとこ反省しないとね」(ニコニコ)

ア「は~~い。ゼン君、話して喉乾くでしょ?はい、おかわり」(ニコニコ)

ゼ「ありがとう。何でか身体も暑くて。季節柄かな……」


そのまま、夜は更けて行くのであった……


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