幕間107.5話 朝帰りの朝☆



 ※



  翌日の早朝、まだ日が昇る前に、サリサは目覚めるとゼンのベッドから、なるべく彼を起こさない様に、そっと動いて抜け出した。


 多分起きてしまっただろうとは思うものの、だからと言って、乱暴に動いていいというものでもないだろう。


 床に落としたままだった認識阻害のマントを拾って、一度ほこりを落とそうかとやりかけて、直前で思いとどまり、そのまま羽織った。静かに行動しているのが無駄になる所だった。


 一度だけ、ベッドで身動きしないゼンを見ると、意味もなく手を振ってから部屋を出た。


 暗い廊下には、常夜灯の灯かりがついている。


 サリサは無人の廊下を速足で歩き、リュウの部屋の隣り前を抜け、隣りにある自分達の部屋へと移動、ドアノブに障れば魔法の鍵は外れ、そっとドアを開け、薄暗い部屋の中に入る。


 そこでも音しないようにそっと中を進み、自分のベッドのある奥まで行くのだが、


「初朝帰り、おめでと~~~!」


 寝ている筈のアリシアがいきなり起きて、部屋の灯かりも灯り、アリシアはパーティーグッズのクラッカー(使い捨て魔具)を鳴らして、紙吹雪と紙テープが舞う中、サリサは、


「『睡眠(スリープ)』」


 準備していた術の発動で、アリシアはクラッカーを持ったまま、ベッドから上半身乗り出したような恰好で眠りこける。


「絶対そういう事すると、思ってたのよね……」


 サリサは大きな溜息をついて、認識阻害のマントを脱ぎ、一回バサリとホコリを払うと、所定の位置にかけ、ついでにアリシアの上体も、重量軽減の術をかけてから持ち上げて、ベッドの上まで戻す。


 今は暖かい季節なので、寝冷えはしないと思うが布団をかけ直し、手から紙テープの伸びたクラッカーも取り上げてゴミ箱に入れる。


 アリシアが術で明るくした部屋の灯かりも、サリサの術で元の暗さになる。


 色々あって、幸せな気分だが、それでも眠気には勝てない。


 自分のベッドにもぐりこみ、横になると、冷えた枕の感触が、火照った額に気持ちいい。


 でもうつぶせでは眠れないので、仰向けになって、暗い天井を見上げる。


 今夜、自分に起こった出来事が、現実かどうか、ゼンではないのだが、疑わしく思えてしまう。夢だったんじゃなかろうか、と。


 母親譲りの美貌、等と言われていたが、魔術にばかり興味が集中して、恋だの愛だのは馬鹿にしていた自分に、こんな事が起きるだなんて……。


 目をつぶると、ゼンの「好きだよ」とささやく声が何度も頭の中で繰り返され、ゆるむ口元はさぞだらしなくニヤけている事だろう。


 今は誰の目もないのだから、それでいいのだ。


 サリサは、とても幸福な気持ちで眠りの園へと旅立つのだった。



 ※



 ゼン達は、早朝の訓練を終え、朝食を済ませた後、また中庭で訓練をしている。


 遅めに起きたサリサとアリシアは、二人だけで2時間遅れな朝食だ。


 テーブルの下で、ゲシゲシと人の足を容赦なく蹴ってくるアリシアを、サリサは無視してパンを食べている。


 アリシアも不機嫌顔だが、一言も口を聞かずに朝食を雑に食べている。


 二人が話さないのはかなり珍しいのだが、それは会話をしていないからではなかった。


 術士同士の念話と同じような、秘匿通話をしていたからだ。


<なんでいちいちこんな会話形式なの?人にお祝いもさせず、強制的に眠らせておいて~~>


<ここだとあの子達、ゼンの従魔に聞かれるかもしれないでしょ?普通に五感が獣人並みにはある筈なんだから、ヒソヒソ小声で話しても無駄なのよ>


<あ~、あの子達、ゼン君にぞっこんだものね。でもそれなら、匂いとかもマズいんじゃないの~~?>


<……私、シアを起こす前にお風呂行ったから>


<え!そうなの?でも、髪、全然濡れてなかったような~?>


<温風で、髪を乾かす術、ようやく上手く調節出来るようになったの。完全に成功したのは、こっちに来てからで、お風呂のある所に来てからなんて皮肉で、嫌になる……>


<どうして教えてくれなかったの~?私にも使って欲しいのに~~>


<前、実験段階で、シアの髪先焦がした事があったでしょ。あれから、他人の髪では実験しないと決めたの。2系統の属性を同時発動で微妙な調整するのって、凄く難しいんだから。


 私、大雑把な威力で術を撃つ、攻撃型の魔術師だって、嫌という程分かってしまう……>


<まあ、攻撃術に、微妙な調整なんていらないもんね~~。


 で、次は私に使ってもらえるの?>


<……成功率8割ぐらいだから、まだシアの綺麗な銀髪には……>


<そんな、変な気遣いしなくても~。髪ぐらい、少し痛めたからって、私は別に~~>


<私の罪悪感のが半端ないの!>


<ぶーぶー。じゃあさ、サリー、そろそろ昨夜の事、話してよ~~>


<……食事終わってからって部屋で、って言ったでしょ?>


<私もう食べ終わったよ~~~>


<……あからさまな早食いして、消化に悪いわよ>


<色々一緒に考えて、作戦実行案まで考えてあげた親友にお預けなんて、サリーは酷いよSだよドSだよ!>


 アリシアは、黒のドレスで不敵に微笑み鞭を持つサリサの姿を送ってよこす。


<変な事言って、妙なイメージまで添えてこっちに送らないで!シアの作戦のせいで、私までゼンに変な風に誤解されかけたって言うのに!>


<え~、なんで~、どうして~?>


<あの魔具でグルグル巻きにしたせいよ!しかも、ほとんど意味なかったし!>


<お~、ゼン君あれから抜け出せたんだ、凄いね~>


<色々な危機に備え過ぎてておかしいのよ。あいつは。私に振られた後の事まで考えてた……>


<??ほえ?サリー、ゼン君の事、振ったの~?>


<ちっがう!あいつが勝手に、私に振られる事を、最初から想定してたの!>


<ふむう?それは、例の悲観主義的なところから?>


<それを言うなら悲観主義というより、自己評価の低さじゃないの?


 う~~ん、どうも、私はゼンを好きになる訳ないと強く思い込んでたのと、後、私が、あいつの恋愛観みたいなので、説教みたいな事してたから、かなぁ……>


<なんか面白そうな~。そこんとこ詳しくよろしく!>


<……ワクワク波動を飛ばさないで。食べ終わったから、部屋にもどりましょう>


 丁度他のテーブルを拭いていた子供達に後を頼み、二人は2階の自分の部屋へと戻って行った。


 それを、厨房から伺っていた従魔のミンシャは首をかしげる。


「珍しくあのお二人、会話が弾まなかったようですの」


「……あれは、弾む弾まないの前に、会話がなかったでしょうが。多分、私達の念話みたいな秘密の会話をしてたんですよ。


 ううぅ、嫌だなぁ。起きてから悪寒が止まらない……」


 リャンカは実際青い顔をして、ブルっと震える。


「……風邪なら薬でも飲んで寝るですの」


「治癒術士に言う事ですか。チーフ、分かってる癖に、知らんふりするんですか?」


「……あ、あたしは、ご主人様の幸せが第一、ですの」


「それは……確かにそうですが……」


 日常の変化を敏感に感じ取る二人は、小さな違いも見逃さないのだ。


 それが、自分達の望まない方向のものでも……



 ※



「さあさあさあさあ。もう勿体ぶらないで早く話してよ~~」


 アリシアはサリサを押せ押せで部屋の中に押し込み、強引に部屋のソファにサリサを座らせると、満面笑顔がこぼれんばかりの様子で、話を催促する。


「……じゃあ、さっきの、思い込みの話を…」


「あ、その前に、成果報告~~~」


「………うまく行った、と思うわ。ちゃんとゼンから、封印の事とか、その意味とかも教えてもらえたし」


「それでそれで」


「それで、なんか変な思い込みしてたから、改めてあいつの気持ちを聞いて、それで私の気持ちも、ちゃんと伝えた。はい、おしまい!」


 サリサはそこで乱暴に話を終わらせようとするが、さすがにそれでは許してくれない。


「そこで終りじゃないでしょ!サリー、アリシアちゃんは、サリーをそんな悪い子に育てた覚えはありません!」


「私も、育てられた覚えはないわよ」


「だ・か・ら!その後どうなったのか、聞いてるの~~」


「ど、どうって、まあ、どうにか、よ……」 


 ごにょごにょ言うサリサ。


「具体的な、情景描写や行動描写と、サリーのその時の気持ちも詳しく!」


「シア、目が血走ってて、怖いんだけど……」


「なら早く!」


「だ、だから、その、しばらくイチャイチャしてた……」


 サリサは物凄い小声で、耳まで赤くなってそれだけ言った。


「全然詳しくない!もう!とにかく、あんなに帰って来るの遅かったんだから、最後もでしちゃったんでしょ?」


「……シアって、結構この頃、下世話というか、露骨過ぎると思うんだけど、何かあったの?」


「誤魔化さないで!」


「……シアが期待しているような意味の事は、なかったから」


「……え”?」


 アリシアの目が点になる。


「だから、最後までは、その…してないから……」


 サリサは涙目になりながら、ようやくそれだけは言えた。












*******

オマケ


リ「なんか今朝は、獣王国の二人が、妙に元気だな」

ラ「……俺は、ゼンの方がもっと凄い気合いを感じるんだが……」

リ「朝食、サリサ達出てこなかったな」

ラ「ああ。二人でまた夜更かしでもしたのかと思ったんだが」

り「まさか…」

ラ「まさか…」

リ「ゼンを取り合いの喧嘩になったとか」

ラ「……嫌、それはないだろ。そこにゼンが元気の意味がないから」

リ「ああ、そうか」

ラ「狼と虎の二人は、夕食の時から元気だったろ?ゼンと一緒で遅かったし、そこで何かあったんだろ」

リ「そう言えばそうだな」

ラ「だから、ゼンには夕食後、夜中になんかあったんじゃないのかね」

リ「そうなのか?」

ラ「思いつかないなら気にするな。アリシアでなく、サリサの事だろうしな」

リ「ふむ」

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