幕間0.2話 去りゆく者達



 ※



 オヤブンが帰って来なくなってから1年ぐらいが過ぎた。同じ季節が来たのだ。


 オヤブンのカクレガはすっかりボク、じゃないオレの、家だ。


 オヤブンがいなくなってコブンじゃなくなった、だから、『オレ』なんだ。


 家って言っても、廃屋としか言えない屋根や壁があるだけマシのものだけど。オヤブンの残してくれたガラクタも色々あるので、オレはこのスラム街での生活に、少しずつでも何とか適応出来ているようだ。


 それがいい事なのか、悪い事なのかはよく分からないけれど。




 また、日課になりつつあるガラクタあさりに行くと、オレより少し年上の、顔のバランスが、なんか変な子供が、そのガラクタの一つに腰かけて、うつろな目してボーっとしていた。


 オレは余り関わりたくなかったので、違う方に行こうと向きを変えた途端、


「おい、チビ!」


 と怒鳴られた。


「なにか用ですか?」


 うるさそうなのに絡まれたかな、とオレは気落ちしながらも、一応丁寧な言葉で返事した。


 ところで、なんでオレはいつもチビ呼ばわりされるのだろう?大きくはないかもしれないけれど、そんなに小さいか?


「なんだ、随分言葉遣いがヤワいチビだな。まさかどこかのお坊ちゃまか?」


 オレは対応を間違えたらしい。


「……なんの用だ?クズ」


 一応言い直してみる。


 すると、何故かキョトンとした顔をした後、腹を抱えて大笑いし始めた。


 そうか、目が、左右で大きさが違う?嫌、なんか斜めになってる?


「……用がないなら行くけど?」


 無視した方がいい気もするけれど、一応年上だ。(オレより年下は、めったにこのスラムで見た事ないけど)暴力でこられると多少困る。まあ、いつもの様に逃げればいいだけか。


「ああ、すまんすまん、ちょっと人探してたんだが。俺と同じぐらい……一つは上か?な年頃の奴をこの辺で見なかったか?いつもこの辺にいる筈だったんだが?」


「まさか、オヤブンの事?!」


 思わず大きな声をあげてしまった。


 相手はまたキョトンとして、あいつそんな名前だったのか?と聞いてくる。あれ、違うのかな……じゃない、これはオヤブンの名前じゃなかったんだった。


「オレがそう呼んでるだけ……。名前は……忘れたよ」


「そうか、俺も実は名前聞いてなかったんだよな……」


 それから髪の色や背格好などを、身振り手振りまじえて説明してくる。


 あ、やっぱりオヤブンの事だ。


「その……人に、なにか用なの?」


「いや、会ってちょっと渡す物があったんでな。本人いないと……」


「……ここにはもういないよ。多分、孤児院にいると思う……」


「はあ!あいつまさか、教会の連中について行ったって言うのか?本物かどうかも分からんのに!」


 ああ、この話って、スラムだと常識なのかな。……弱い者同士の助け合い……よりも化かし合いの方が、合ってる場所な気がするけど。


「……足を悪くして、食べていけなくなりそうだったから、それで行ったんだよ」


「そ、そっか、なんだか悪いな、無理やり言わせたみたいで……」


 ?あれ、そんなに悪い人でもないのかな。まあ、どうでもいいか……。


「じゃ、そゆ事で……」


「あ、待て待て。オヤブンとか呼んでたって事は、身内みたいなもんなんだろ?」


「……子分だったのは事実だけど、だから?」


「じゃあ、お前に返すよ。ほれ」


 なにか投げてよこして来た。これは……??分からない。赤茶のかたまり?何故か不思議と見え覚えあるような?


「なにこれ?」


「は?このスラムにいて知らんガキがいるのか。ヒポグーリンとかいう魔物の糞だよ」


 げ!思わず手からこぼれ落ちた、いや、落ちていいんだ!


「なんて物持たせるんだよ!バッチィ!」


「うわ、なにもったいない事を。お、セーフだ。ガラクタの上だった。これならまだ食える」


 食う?これを?うわ、臭いが手についてる!


「本当に知らないのか。ヒポグーリンつー魔物は、消化器官が独特なのか、これは、食うといろいろ栄養のなんたらがいいとか、なんだっけな。ともかく、いい栄養になるから、栄養不良みたいな奴が食うと、結構元気になれる物なんだよ」


 栄養……?思い出した!これオレが、最初にオヤブンにもらった、謎の食べ物じゃないか!


「元気……?そうか、だからあの時、オレに……」


 そういえば、あの時オレは、雨水しか口にしてなかったじゃないか……!えー、でも糞?正直言って、複雑だ。……


「なんだ、お前ももらったクチか」


「……でも、なんで魔物の糞なんかが、スラム街に?」


「あー、俺の聞いた話だと、なんかその空飛ぶ魔物は、決まったコースを決まった季節に周回する、とかなんとか。凄い上空らしいけど。で、それがこのスラムの上らしくてな」


 スラムにとっては恵の糞か。なんか嫌な響きだなぁ。


「だから、このスラムだと、病気の時とか食べ物が足りない時とかは、かなり重宝するみたいだ。まあ、間違っても平民街の奴らなら、絶対に食べないだろうがな!」


 少し意地の悪い笑みを浮かべてる。気持ちは分かるけど……


 成るほど、栄養かぁ。でも今はとりあえず大丈夫かな。


「やっぱり、いいよ。そういう、食べ物で困ってる奴にあげたら?オレ、今なんとかなってるから……」


「そっかぁ。まあ確かに、本人に返せないなら、意味ないよな……」


 残念そうだけど仕方ない。でもオヤブンは、もしかして人助けが趣味だったのかなぁ。オレにはこき使うためだとか、最後に言ったクセに……!


「じゃ、もう行くよ」


「ああ、うん悪かったな手間取らせて」


「別に……」


「俺はガンガ。お前は?」


 げ、名乗らないと駄目なのか?いい奴そうだし、まあいいか……


「コ……」


「コ?」


「コブ……だよ」


「そうか、コブ。またな。ここ、時々使えそうな物あるし、また来るわ」


「……勝手に、すれば」


 用、済んだんじゃないのかよ。


 それから、なんでかガンガは頻繁にここに来るようになる。



 ※



「また来た……」


「おうコブ。どうだ、なんかあったか」


「……ナベ。水を汲み置き出来そう。穴がなければ……」


「いいな」


「……ところでガンガ」


「なんだなんだ」


 なんでそんな楽しそうな笑み浮かべてるんだ?


「なにか探してるようでもないのに、何しに来てるんだ?」


「お前と話に」


「なんでだよ!」


「いや、なんかお前、面白いじゃん」


「はぁ!どこが!」


「そういうとこが。うん、やっぱり面白い」


 そしてケラケラ笑う。何が面白いんだか。


 でも、いつのまのかオレも、そんな意味不明な会話をするのが、嫌いじゃないのかもしれなかった。




 とか思っていたら、急に来なくなった。


 なんだか胸騒ぎがして、前に聞いていた、住んでるボロ屋敷とやらに行ってみる。


 屋敷じゃなくてあばら家だった。


「おい、ガンガいるか?入るぞ」


 中に入ると、ガンガがボロに包まれて寝ていた。ボロに血が、凄くにじんでる。


 横でシクシク泣いてる子供がいる。オレも子供だけど。


「なんだ、なにがあった?」


「……あ。コブか。なんだ遊びに来てくれたのか?嬉しいなぁ……」


「何を呑気に。それ怪我か?どうしたんだ?」


「どうもしてもねぇ、転んだんだよ……」


 シクシク泣いてた子供が急に説明をしだした。


「ガンガ、奴隷商の奴らに連れてかれそうな子供、かばって、私も……」


「かばって、何で怪我?」


「ガンガ、顔が変だから、売り物にならないし、こいつは殴っても大丈夫だ、とか言って、何人も集まって、蹴って殴って、みんな怖くて、でもお陰で逃げられた子が多くて……」


「……お前も人助けが趣味かよ……」


 勝手にボロ布はがして、様子を見ると、ひどい怪我だ。アザもひどい。折れてる所もありそうだ……。


 スラムに薬なんかない。大抵、とにかく物食って、寝て治るの祈って我慢するしかない。


「食べ物は……なんだ、ロクに物もないな。ガンガ、前のヒポなんたらの糞はどうした?」


「あれは、やった。死にそうな爺さんに。凄く、喜んでたぜ」


 バカ、今お前が死にそうだろうが!


「そうか、良かったな。で、あれってどこに落ちるんだ?今の季節にいるんだろ?」


「……少し、時期ズれるかな。でもまだあるかも……」


 とにかく落ちる場所を聞いた。行ってみれば、あるかもしれない。


 その場所を目指して歩いてると、道端で爺さんがグッタリしてる。


「おい、大丈夫か?」


 話しかけると目を開けて、


「食べ物ないなら用はねえ、話しかけるな……」


 なんだ演技かよ、やな爺!


「お前、ガンガの家にいたな。あいつ、もうクタばったか?」


「まだピンピンしてるよ!」


 俺が強がって言うと、爺は凄い嫌な笑い声をあげた。


「いいか、坊主、このスラムはな、いい奴から死ぬんだよ。だから、いい事なんてしようとするんじゃねえ!」


 そう怒鳴ると、また弱ったふり。こんなのに構ってる暇なかったんだ。


 急いでガンガの説明してくれた場所に行ったが落ちてねぇ!つーか、周りに数人いる。あれ狙いで争奪戦かよ、暇人どもめ!


 オレは、カクレガに戻ってボロを取ってきた。それと多少の食べ物。あの場所でしばらく待つしかない。


 あれが拾えたら助かるとか分からないが、それでもないよりマシだろう。


 オレは、またその拾えるらしき場所の、少し離れた所で待つ。神経研ぎ澄まして、そうだ、オヤブンが鳥を斬っていたように、自分の存在を殺して、で獲物を待つんだ。




 ……何時間待っただろうか。何か、上空から落ちて……俺はすぐ走り出した。


 落ちたのが分かってから取りに行くんじゃ遅いんだよ!


 前に目にした、赤茶の物体が落ちてくる。結構大きいな。大きい方が、食う量が増えるんだからいいのか。


 俺は、走ってあの糞が落ちる寸前の場所に!そしてボロ広げて受け止め、取ったら、いつも通り走って逃げた!


 周囲で怒声をあげる奴がいるが無視する。独り占めするな、とか言ってるのもいるが、分けるつもりなんかねーだろうが!


 走ってそのままガンガの家に。また道端に爺がいるが無視だ。


「おい、ガンガ。取ってきたぞ!これで栄養取れば……」


 返事はなかった。


 にじんだ血で真っ赤になったボロの中、ゆすっても起きない。もう冷たくなっていた。


「少しくらい待てよ……」


 何故か奥の方で物音がした。


 俺は、よく分からないが用心して奥へ行くと、シクシク泣いてた子が、ガンガの家を家探しして荒らしてた。


「お前、ガンガに助けられたんじゃなかったのか?」


「もう死んじゃったら、何もいらないでしょ!」


 泣きながら、家を荒らしてる。そうだな、その通りだ。死体は何も食わない、いらないんだ。


 オレは嫌な気分になってガンガの家を出た。


 またあの爺が目に付く。


「爺さん、いるか?前もガンガから貰ったんだろ」


 声をかけ、揺すると、爺も反応がない。大した演技だ。


「今度は食えるもんあるぞ、起きろよ」


 そこでやっと、この爺も死んでるのに気づいた。


 爺さんの言ってた事を思い出す。


『いいか、坊主、このスラムはな、いい奴から死ぬんだよ。だから、いい事なんてしようとするんじゃねえ!』


 そうだなその通りだ。オヤブンはいなくなって、ガンガは子供かばって死んで、で爺さん、あれって忠告だったんじゃないのか?だから死んだんじゃないのか?クソッ!


 ここは、そういう場所だ……


 オヤブンは生きろって言ったけど、この先いい事なんてあるのか?


 絶対ないって断言出来てしまうのが嫌だ……



 カクレガに戻る途中、妙に冷えてきた。


 空からチラホラと白い物が降ってくる。


「やばい、雪だ、食べ物の備蓄、あったか?」


 そして右手を見る。あのヒポなんたらの糞だ。


「ないよりマシか。でもまたあれを、食うのか……?」


 暗鬱な気分で、これからの辛い冬越えを考える。水、噴水は冬止めるみたいで、凍り付いたら水が汲めなくなる。


 あ、そうだ。鍋に雪つめて置いておけば、溶けて飲めるようになる?


 ともかく試してみよう。壁の隙間とかも、なるべくふさがないと、去年はひどかった。オヤブンは、どうやって冬越してたんだろうか?


 戻ろう。死んだ奴に構っている暇なんかない。立ち止まるな!




 でも俺は、なぜかまたガンガがヒヨッコリと現れて、笑いながら話に来てくれるような、あり得ない日常を思った。


 顔を乱暴に振って、その妄想を振り払う。


 悲しんでる暇さえないからな……

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