譲れない部分

「……マスターは、本当に大人だな」


食事を終え、宿に帰る道……ラストはぽつりと零した。


「急にどうしたんだ?」


「いや、何となくそう思ってな…………マスターの言う事の理屈は解る。ただ、俺は軽く受け流せない」


「……でも、俺はそれはそれで嬉しいって言っただろ」


嘘ではない。


本当に……ラストが自分が馬鹿にされた件で怒ってくれるのは、心底嬉しいと思っている。


「そう言ってくれると助かる。しかし、このままではいられないだろう」


真の意味で強くなるとはどういう事なのか。


ラストに武士道精神みたいな考えがある訳ではないが、それでも単純に実戦的な力……戦闘力だけを鍛え上げれば本当に強くなれるとは思っていなかった。


(俺の心は…………まだ弱い)


ラストが誹謗中傷されたわけではなく、行動に移して問題が起こったわけでもないので、メンタルブレイクはしてないが……それでも、自分はまだまだ未熟だという強い思いがあった。


「あぁ~~~~……えっと、あれだ……うん、あれだよあれ」


ティールは少しもじもじしながら、照れながら言葉を続けた。


「ラストの中で、譲れない部分なんじゃないか?」


「俺の中で……譲れない、部分」


それ以上は何も言わなかった。


それ以上説明しようと、自分の考えを伝えようとすると……恥ずかしさで顔が爆発してしまう。


(マスターが馬鹿にされるのは……そうだな、とても嫌だ。多分、この先一生……どこかで、別れてしまう日が来ても……どこかでマスターの悪口が聞こえれば、怒りは止められないだろう)


ラストにとって、マスターは……ティールは、まさしく命の恩人。


自分を買い、大金を簡単に支払い、完全に自分の傷を癒してくれた。

それどころか……幼少の頃から憧れていた生活を送らせてくれている。


(そう、か………………そうだな。そこは、俺にとってどう悩んでも譲れない部分だ。相手が誰であろうと関係無い…………マスター的には、あぁいった場で直ぐに手を出さない、戦るなら乗せて相応しい場で戦れば特に言うことはないのだろう)


ティールは大人な対応が出来るだけであって、聖人の様に悟りを開いて怒りを抱かなくなってるのではない。


一応……得たギフトこそ特別だが、ちゃんと人間である。


「…………そうだな。マスターの言う通りだ。この感覚は……俺の中で絶対に譲れない部分だ」


「そうか」


「だから……これからも、変えない」


「……それで良いんじゃないか? まっ、今日みたいに殺意をぶつけるのは構わないと思うぞ。侮蔑や暴言っていう言葉の…………ナイフ? 刃? を飛ばしてきたのは向こうだからな」


目に見えないだけで、凶器であることに変わりはない。

凶器を投げるのであれば、感情という凶器をぶつけられても、文句は言えないだろう。


「言葉のナイフ、か。言い得て妙というやつだな」


「振るう物が実在する武器から見えない言葉って物に変わっただけだと俺は思う。ん~~~~……あれだ、褒められて伸びる奴、駄目なところを駄目だと怒られ、もっと頑張ろうとテンションを上げて伸びる奴の差?」


「……同じ言葉であっても、受け取る側の感情は様々、ということだな」


「偉そうな事を言えるほどの経験は積んでないけど、個人的にそれは間違いないと思う」


「間違ってないと思う。少し違うかもしれないが、マスターは我慢出来て俺が我慢出来ないのと似た様なことだろ」


「はは、そうかもしれないな」


もう、迷いも焦りもなかった。


ラストの考えていた事は……人によるとも言えるが、決して間違ってはいない。

それでも、変えなくて良い部分というのはある。


よっぽど無謀で意味がない事でない限り、何かに挑戦する勇気、気合など最たる例だろう。


自分の主を侮辱する相手は…………誰であろうと怒り散らす。

舞台が整えば死なない程度に叩き潰す。


その気持ちが、考えが……今ラストの芯の一部となった。

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