切り替えられた……か?

「……よし」


沈むようにぐっすりと寝た翌朝……ラストよりも早く目が覚めたティール。


(諦めるんじゃなくて、砕けたのは二度目だけど…………ぐっ!! そうだ……今回に限っては、仕方ないんだ)


これまでの経験から、仕方ないという言葉で諦めるには良くないと考えるようになったが、それでも今回の件はこれまでの内容とは状況が違う。


相手に気になる人がいるのではなく、悪くないと思っている婚約者がいるのだ。


そんなの知るか!!!!! といった気合で乗り越えてゲットするという方法は……あまり好ましくない。

それは倫理的な問題ではなく、ティールの感覚的な問題である。


(というか、もしそんなことして……もしアキラさんの婚約者がその大陸でお偉いさんの一人だったら……俺の無責任な行動のせいでせ、戦争に…………うん、駄目だ。絶対に駄目だ。それは……いや、そもそも俺がアキラさんの気を引けるわけがないんだけど、それは駄目だ)


女性の取り合いで戦争に発展……という、あまりにもくだらな過ぎる理由で国同士の喧嘩になった例は……実際にある。


ティールはそういった各国の歴史などには詳しくないが、事実として……そういった事情で国同士の殴り合いに発展した例は存在する。


「普通に……普通に、いつも通りにしてれば良いんだ」


「…………もう起きたのか、マスター」


「おぅ、おはよう。ラスト」


「あぁ、おはよう…………もう、切り替えられたのか?」


顔を見れば、どういった変化が表れているのか、ある程度解る。

とりあえず……先日の様に顔から生気が消えているということはなかった。


「そうだな。完全に切り替えられたとは言えないけど、それなりに前を向けるようにはなったよ。こういうのは初めてじゃないしな」


「そ、そうか……まぁ、俺としてはマスターが前を向けるようになってなによりだ」


前を向けるようになった理由が少々痛々しいが、それでもその痛みにマスター自身が耐えられているなら、特に何も言うことはなかった。



「やぁ、昨日ぶりだね」


「お、おはようございます」


「おはよう」


「二人共おはよう。何か依頼でも受けるか?」


「えっと……そのまま森に入っても良いかと」


「分かった。それじゃあ、そうしようか」


ギルド前に集合した三人は中には入らず、そのまま森へと向かって共通の目的であるエルダートレントを探し始める。


ギルドに向かっていた冒険者たちにやや嫉妬の目を向けられることはあったが、そういった視線には既に慣れており、ティールはそこに関して特に思ったり感じたりすることはなかった。


「……解ってはいたが、ティールは精神力の方も並ではないんだな」


「? 急にどうしたんですか?」


「街を出るまで、多くの者たちが君に視線を送っていただろう。君ぐらいの年齢であれば……貴族の出身でなければ、そういった状況に慣れていないだろう」


「……そうかもしれませんね。でも、俺は冒険者として活動を始めた頃から多くの視線を向けられる機会が多かったんで、あまり気にしないというか、もう慣れたというか……とりあえず、気にならなくはなりましたね」


多くの意味で目立つ機会があり、最初の頃は面倒な思いをしてきたが……冒険によってそういった部分も成長したのか、もう自分がどう思おうが後数年は経たないと変わらないのだと諦めた。


「そうか、凄いな」


「そ、そうですか?」


「あぁ、本当に凄いと思っている。君ぐらいの年齢でそこまで実力を高められると……昨日も言った様に、横柄な態度になりがちなんだが、ギールにはそういった部分がない。それは単純な強さだけではなく、心も強くなければ謙虚ではいられない」


ティールとしてはそういった態度を取る気にならないだけで、ただ自然体なだけなのだが、そこを褒められると……それはそれで嬉しい。


「だから、本当に凄いよ。尊敬の念すら抱いてしまう」


「そ、それは……どうも」


(ふむ……気付いておらず、からかっているわけではない。だからこそ質が悪い、か)


二人のやり取りや様子に、どうしたものかと頭を悩ませるラストだった。

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