睨まれるのは嫌だ

「いや、俺たちは岩窟竜と戦ってないんで」


「……はっ?」


ティールに何故そこまで防具が綺麗なのかと問うた男は、頭の上に疑問符を浮かべて首を横傾げた。


他の戦闘者たちも、ティールが何を言ってるのか……理解するのに数秒かかった。

そして数秒後、一人の戦闘者が声高らかに笑い出す。


「はっはっはっはっはっはっは!!!!! とんだ腰抜け野郎だな!!!!」


一人の戦闘者が二人を笑い始めると、また一人……また一人と笑い始め、二人を腰抜け野郎とバカにし始めた。


(ん~~~~……この状況で岩窟竜と飯を食べながら話してたと説明しても、だから何なんだと笑われそうだな)


説明したところで意味無しと判断し、ティールは自分を笑う者たちをスルーしようとした……が、汚い声でマスターを笑う者たちを……奴隷が許せるはずがなかった。


(一発殴るぐらいは、許されるよな)


闘気が爆発的に膨れ上がる。


「「「「「「ッ!!!!」」」」」」


無視出来る圧ではないと判断出来るあたり、全くのボンクラたちではない事が窺える。


「ラスト、止めろ」


「…………マスター、こいつらは今マスターを完全に侮辱した。つまり……喧嘩を売ったということだろ」


「かもしれないな。でも落ち着けって。お前がまだガチの臨戦態勢でないにも関わらず、この人たちは慌てて表情

、顔色を変えて武器に手をかけた……俺が言いたい事、なんとなくは解るだろ」


「……」


解らなくはないため、そっと斬馬刀の柄から手を離す。


「俺だってお前が馬鹿にされるのは悔しいよ。けどさ、こうしてラストがその気になった瞬間、ようやく馬鹿なことをしたって気付いて慌てたんだ……相手にするだけ、馬鹿らしいと思わないか」


「「「「ッ!!!!」」」」


ティールの言葉に、幾人かの戦闘者たちから怒りのオーラが零れる。


しかし、武器の柄に手をかけていようとも、武器を抜かないのは……ラストの戦意に冷や汗をかいたから。

実際に本気で戦えば、無傷で済まないと本能が察知したからであり、ティールの言葉は間違っていないと解らせられた。


「マスターは、相変わらず心が広いな」


「よせよせ、別にそんな人格者じゃないっての……だって」


次の瞬間、ラストの戦意を越える強烈な殺気が濁流の様にティールを中心に放出。


「俺だってやれるなら、とりあえず一人か二人ぐらい殺して、色々と解らせてやりたいと思ってるからな」


疾風瞬閃と豹雷を抜刀し、身体強化系のスキルを全て発動。


どれだけラストをバカにした者たちに物理的に解らせたいか、体で表現。


「まっ、そんな事してもギルドから睨まれるだけだから、殺るわけないけどな」


「……ふっ、そうだな。ギルドから睨まれるのはよろしくないな」


「そうだろそうだろ。それじゃ、さっさと帰ろうぜ」


二振りの名剣を納め、強化系スキルも解除。

戦意や殺気も霧散させ、二人はウリープルへと戻る。


「な、なんなんだあいつら……」


二人が去った後、岩窟竜に挑むために順番待ちしていた者たちは、数分の間その場から動けなかった。


(どう考えても、こけおどしの圧じゃない。本物の強さを持っている……それなら、何故挑まなかった!!??)


当然、何故岩窟竜に挑まなかったのかという疑問が浮かぶ。


臆病者……と言われても仕方ない結果。

それでも実力は実際に手合わせせずとも、先程の圧や気迫などだけで十分に強者の部類に入ることが解かる。


何はともあれ、彼らは無駄な怪我を負わすに済んだことにホッと一安心。

ただ……何人かは、ホッと一安心した自身の弱さに苛立ち、周囲の木々を殴り倒す者もいた。



「はっはっは! やはり謙遜だったか。あれほどの圧を放つ子供など、まずいないだろう……久しぶりに、楽しみだと思える人間と出会えたな」


山中で次の挑戦者を待っていたところに、いきなり飛び込んできた強烈な圧。


それらが誰のものなのかを瞬時に理解し、岩窟竜は小さな笑みを浮かべた。

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