笑いを堪えるのに必死

「ふん、口だけは一人前か。別にイグラスさんの眼は疑ってねぇが、俺はそれでも信用出来ねぇんだよな……理由ぐらいは自分で解るよな、クソガキ」


イギルは多少分が悪い状況になったとしても、一向に強気な態度を崩さなかった。

間接的に自分を馬鹿にされたとしても、この程度で暴力に手を出すイグラスではない。


それを見越してか、変わらずティールを見下す。


「そりゃまだ十二歳ですからね。そう思われるのは仕方ないですが……それでは、自分は相手の力量を見極める力がないと言っているのと同じですよ。それぐらいは解りますよね」


サラッと毒舌で返すティールを見て、静観しているCランクの冒険者たちは小さく笑った。

Cランクの者たちは事前にティールが圧倒的な速さでDランクまで駆け上がり、隣に座っているラストも同じく短期間でDランクに昇格した。


それだけではなく、自分たちと同じランクで将来を有望視されているニーナたちを助け、ヴァンパイアを倒したという情報を得ている。


観察眼が鋭い者は、この状況で全くイギルに怯えていないティールの態度から、話が本当である確率が高いと確信を深めていた。


「てめぇ……先輩への礼儀ってもんを知らねぇみたいだな」


「尊敬する、もしくは礼儀を通すのに相応しいと思う先輩には普通に接しますよ。ただ、イギルさんは自分が後輩から慕われるのに相応しい先輩だと思ってるんですか? 個人的な考えですが、後輩に怒鳴り声を上げて虐めようとする人は物語に出てくるチンピラ冒険者役にピッタリだと思いますよ」


「「「「ブハッ!!!」」」」


暴力に身を任せず、口による攻撃をコンビネーションで叩きこむ。

ティールのナイスコンビネーションを聞いたCランクの冒険者たち……だけではなく、全く関係無いDランクの冒険者たちまで吹き出してしまった。


「殺す!!!!!」


基本的に冒険者同士の殺し合いは禁止。

にも拘わらず、イギルは殺すと断言しながら立ち上がり、テーブルを飛び越えてティールに殴り掛かろうとした。


「ゴハッ!!??」


しかしイギルの拳がティールに届くことはなく、隣に座っていたラストが空中で蹴りを腹に叩きこみ、そのままとんぼ返りとなった。


「マスターに近寄るな。息が臭い」


「「「ブフッ!!!」」」


ラストの言葉にまた数名が耐え切れず吹き出してしまった。


「イグラスさん、これは正当防衛になりますよね」


「そうだね。今の流れはどう考えてもイギルが悪かった」


ティールの平然とした挑発もあって思わず席を立ちあがって殴り掛かったイギルだが、そもそもティールに咬みつかなければこうはならなかった。


それはこの場に居る全員が……ティールに良い感情を持っていない者であっても、理解していた。


「イギル、いくら相手の容姿に不満を持っているとしても、殺すって言いながら殴り掛かるのは良くないぞ。口に出してしまったら、同じ様にやり返されても文句は言えないからな」


イグラスの言葉にCランクの冒険者たちが同意するように頷く。


確かにイグラスの言う通りなのかもしれない。

だが、その場から全く動かずラストに解決させたティールが増々気に入らないと感じた。


「ちっ!! おい、てめぇ。仲間にやらせておいてそれで満足なのかよ。ビビッて自分じゃ何も出来ねぇのか!!!」


「……あんた、凄いですね。この状況でまだそんなセリフが出てくるなんて……自分は物語に出てくる勇者や英雄の様に、何かが起こってどう転んで絶対に勝つと思っているんですか? あっさりやられるチンピラ役が似合ってるのに」


もう勘弁してくれと言わんばかりに、Cランク組は笑いを堪えるのに必死だった。


「大きな声を出すことでしか相手を脅せないのは、自分の力に自信がないから……そう思われても仕方なくなると思うので、今後は何でも怒鳴って解決するのは止めた方が良いと思いますよ」


「ッ!!!!!」


ティールの言葉は棘こそあれど、間違ってはいない。

しかしその言葉をゆっくり飲み込めるほど、今のイギルに余裕はなかった。

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