第5話 分け身(2)

「……さて」


 ここからが問題だ。

 ガストンとアンリは、よくやっている。ベルが抜けたことで竜に見られている時間が長くなったにも関わらず、散発的に攻撃を与えることに成功していた。


 遠距離から注意を引くことができるアンリが、主に囮役を買っている。加えて、単純な腕力はガストンの方が上だ。彼は竜の警戒の隙を縫っては、先程アンリが仕掛けた右の前脚に攻撃を集中させていた。鱗には傷が走り始めている。

 たまに、思い出したようにアンリが一気に前に出ることもある。ガストンはそれを敏感に察知し、上手く竜の視線を誘導して援護に回っていた。

 双方とも、即興とは思えない連携を発揮している。


 しかし、決め手がない。このまま一日中戦っていれば、脚の一本は奪えるかもしれないが、いくらガストンやアンリといえど、その前に体力が尽きるだろう。


 それは彼ら二人もわかっているはずだ。それでも、彼らは時間稼ぎと大差がない戦況の維持に努めている。


「考えるのは僕がやれ、ということか……」


 竜は既に、僕の方を一顧だにしていない。その間にどうにかしろという、言外の要求に思えた。


 僕は少し考えてから、ジョゼットが立っているところまで後退した。


「どうした、マルク。恐ろしさに耐えきれなくなってきたか」


「打開策を検討中だ。僕にしては珍しく、前向きにな」


「それは結構。で、何故戻ってきた」


 ジョゼットはガストンたちの戦いから目を離さないまま、そう尋ねた。


「今から独り言を垂れ流す。何か引っかかったら教えてほしい」


「……ふむ。構わんが、何を期待している」


「あんたは、僕とは違った思考をしているからな。僕からは出ない閃きがあるかもしれない」


「私は暴力性が竜と似ているしな」


「それは忘れてくれ」


 意に介していないと思っていたが、浴びせた皮肉はきっちり覚えているらしい。あまり迂闊なことを言うと、後が怖いかもしれない。


 ともあれ、彼女は僕の頼みを承諾してくれた。

 後は、知恵を絞るだけだ。


「竜の外皮は堅牢だ。奴自身の力を利用した攻撃でも、ほとんど損傷が見られない。目に対する攻撃は効いていたように思えたが……」


 右側から接近するガストンに、身体を捩じって尾を振り払って対応する竜。ガストンはすんでのところで踏みとどまり、風を切る尾から身をかわした。


「……もう、機能は回復しているな。あるいは、目を潰しても別の感知能力がある。それなら、腹はどうだ?」


 ガストンが全体重をかけた渾身の一撃ではあるが、腹側には刃が通っていた。背面より防御が薄いことは間違いない。


「腹への攻撃が有効なら、もう一度引っくり返すという手はある。先の攻撃のように剣を深く入れずとも、一定のダメージは通るかもしれない。仰向けの状態で拘束できればいいが、僕の手持ちの呪紋具でもつかどうか……」


「それも、あまり期待できんようだ。見てみろ」


 ジョゼットが指し示した方を見ると、先程竜の腹に突き刺さったガストンの長剣が転がっていた。

 いや、正確には、その柄のみが残されている。

 刃の部分はごく一部を残し、溶けてしまっていた。それで腹から抜け落ちてしまったのだろう。


「毒……というか、溶解液だな。そうか、腹側に詰まっていたのか」


「我々の装備は多くない。アンリの二振り、ベルの一振り、そして私の剣がなくなれば、単純に攻撃手段を失う」


 そうなってしまえば、たとえ竜から逃げたとしても、その後の下山に支障が出る。腹への集中攻撃は、武器の損耗を考慮すれば、諦めざるを得ない。


「……」


 やはり、今の手札のみでは打開は難しい。

 新たなカードが必要だ。


「少し前に行ってくる。あんたはこのまま、監視を継続だ」


「どうするつもりだ?」


「奴の右前脚は傷が入り始めている。鱗の一枚くらいは頂けるだろう」


 アンリとガストンに事情を伝えれば、協力してくれるはずだ。

 奴の身体の一部が手に入れば、突破口が見つかるかもしれない。僕の推測が正しければ、だが。


「鱗など取ってきてどうする」


「それを別のものに変換する呪紋を描く。地面をぬかるみに変えたようにね」


 理屈の上では同じ手順だ。

 竜の外皮の構成がわかれば、それを別の物質に変換することは可能である。


「即興で、できるものなのか?」


「多分な。奴の外皮は、この辺りの岩石と似た構成の可能性が高い。それなら、今の手持ちの薬品でどうにかなるかもしれない」


「わかった。……呪紋は、武器に描くのか?」


「そのつもりだ」


 そこで、ふと気付く。

 ジョゼットが持っている剣は、刃の部分にも装飾が多く、呪紋を描く下地として適していない。アンリの双剣は、既に呪紋が施されたものだ。

 呪紋を描くなら、ベルがガストンに貸している無地の長剣が最も望ましい。


 それをジョゼットに話すと、彼女は「ふむ」とひとつ頷いて、あっさり剣を渡してくれた。


「貴様が呪紋を描く間、これをガストンに使わせておけば良いのだな」


「ああ。話が早くて助かる」


「構わんさ」


 僕は彼女から剣を受け取ると、念のため火消しのヴェールを生成する粉薬を忍ばせつつ、戦場に戻った。


「旦那ァ! 手は見つかったかい!」


「試したいことがある! ひとまず奴の鱗が欲しい!」


 アンリの呼びかけに答えると、彼は大きく右手を振って応じた。


「ガストンのおっちゃん! 陽動頼む!」


「承知した!」


 ガストンは、ベルがしていたように盾と剣で音を立てながら、竜の視線を誘導する。放たれた炎を横っ飛びにかわし、さらに挑発。アンリから竜の注意を逸らしていく。


「よ~し……いくぞぉ、バン」


 アンリが風の長剣の名を呼びつつ、丁寧な所作でそれを鞘に納めた。感触を確かめるように、幾度か柄を握り直している。

 そこで彼の視線が、僕を呼んだ。


 僕はできる限りの早さで、彼の傍に駆け寄る。


「どうした?」


「大玉で削り取る。近付くまで、剣を抜きたくないんよ。援護がほしい」


 僕がアンリの長剣に施した風の呪紋は、非常にシンプルなものだ。鞘から抜けば、風が吹く。それをアンリは、抜刀の力加減や速度、角度、その他様々な調整により、多彩な技法を実現している。

 大玉をぶつけると言った。余程繊細な調節をしているのだろう。先ほどまでのように、軽々と竜に接近するのが難しいらしい。


 僕はアンリに頷いてみせると、鞄から呪紋符を三枚取り出す。

 それをまとめて黒曜石の杖で刺し貫いた。


「行くぞ」


 杖を中心として、風の層が球状に展開される。

 内側から、一層目は音消し。二層目は光逸らし。三層目は粉塵纏い。大盤振る舞いの迷彩結界だ。


 ガストンは今、竜と一対一での戦いを強いられている。あまり時間をかけるべきではない。僕とアンリは、早足程度の速度だが、一直線に竜へと向かった。


 竜はガストンとの戦闘に集中している。こちらに気付く様子はない。尾の攻撃範囲に入った。それでも、竜はこちらを見ない。


 ガストンに向かって、竜がまたも炎を吐く。間一髪、彼は身をかわしている。その勢いのまま走り出すガストン。いい方向に行った。竜が身体の方向を変え、右側面を僕たちの方に向ける。


「シッ!」


 短く息を吐いて、アンリが猛然と飛び出した。鞘走りと共に溢れる暴風。アンリの一撃は、極小の竜巻であった。


「づぁりゃぁぁ!」


 アンリの長剣が竜の右脚を捉える。ゴウゴウと響く風鳴りと、めきめきと岩が軋むような異音。それに、耳をつんざくような竜の咆哮が重なる。


 パン、と呆気なくも聞こえる破裂音が最後に鳴った。


「散ったぜ、旦那ぁ!」


「文句なしだ! ガストン、こっちへ!」


 竜の右前脚が、小さく抉れた。その鱗とも肉とも言えない砂礫のような破片を、僕は二、三個受け止めながら、ガストンに呼びかけた。


 竜は打って変わってアンリを標的にしている。

 その隙にガストンと合流するのは、比較的容易なことだった。


「大した攻撃だ。しかし連発できるのか?」


 ガストンの問いに、僕は首を振る。


「あれで仕留めようってわけじゃない。この竜の欠片を分解する呪紋を描いて、竜本体にぶつけてみようと思う」


「そんなことができるのか」


「可能性は十分にある」


 そうして、僕はジョゼットから受け取った剣をガストンに渡した。


「呪紋を描くなら、ベルのその剣が一番やりやすい。しばらく、こっちで戦ってくれ」


「……これは本来、儀礼用の剣なのだがな。まあ、無いよりはマシか」


 何やら不穏な発言が出たが、ガストンが拒否しないならば、僕から言うことはない。無理かどうかの判断は、僕よりもガストンの方が正しく下せるだろう。


「すまないが、もう少しだけ陽動を頼む」


「心得ている」


 やり取りを終えると、ガストンはすぐさま竜の方へと走り出す。

 もはや老境に差し掛かろうというのに、本当にタフな男だ。近衛隊の隊長たる所以を、まざまざと見せつけられた気分である。


 いや、そんな悠長なことを考えている場合ではない。

 ガストンとアンリが如何に優れた戦士でも、体力は消耗していくのだ。早く、有効な武器を届けなければならない。


「……」


 少し迷ってから、僕はジョゼットの方ではなく、ベルが休む即席の岩陰に後退した。呪紋を描くのに集中するならジョゼットに見張ってもらっていた方がいいのだが、単純にベルの状態を確認したかった。毒消しが効いていればいいのだが――


 そんな僕の心配をよそに、豆岩の陰に飛び込んだ僕の前では、既にベルが身を起こしていた。


「マルクさん」


「よかった、その様子なら大したことはなさそうだな」


 ベルはこくこく頷いてから、深く頭を下げた。


「ありがとうございます、本当に」


「気にするな。それより、少しこのまま見張りを頼まれてくれないか」


 僕は鞄の中から、黄土色や黒紫色をした呪紋用の薬品と調合皿、大小の絵筆を取り出し、ガストンから預かった長剣の横に並べていく。


「あれ、それ私の剣ですね。どうするんですか?」


「竜に通用する呪紋を描く。すまないが、君の剣を使わせてくれ」


「それは構いませんが……そんなことできるんですか?」


 都合三回目の問いだが、僕は同じように、可能性が高いことを告げる。


「わかりました。どうぞ、見張りは任せてください」


 ベルは素直に頷くと、豆岩の陰から戦場の様子を確認し始めた。


「さて……と」


 改めて、僕は竜の破片を手に取って鑑定した。

 僕の目には、マナの属性が色彩となって映る。僕は神経を集中させて、その構成を解明していく。


 初めの印象は、やや橙に染まった深い黄色。予想通り、それはほとんど純粋な地のマナの結晶だ。結合を強固にしているのは、混在した火のマナか。『竜の腹』に転がる、ごく一般的な岩石とほぼ同一の構成である。

 よくよく見ると、微量の水のマナも含んでいる。曲がりなりにも、生物を模しているからだろうか。小雨の後の岩盤のような印象だった。


「それなら、これと……これか」


 三つの瓶を取り上げ、栓を抜く。

 方針は決まっている。先ほど使った地面をぬかるみに変える呪紋具、石溶の液の流用だ。

 粉や液体に呪紋の効果を乗せる際は、呪紋を施した専用の容器を用いる。しかし、今回は剣に直接描けばよい。仕事としては簡単になっている。


 入力要素は無論、この竜の外皮を構成するマナである。刃が触れることで、呪紋が起動するように、薬品の調合には細心の注意を払う。今回の場合、竜の体組織を破壊することが目的だ。入力に一切の妥協はできない。

 一方で、出力の方は多少ぶれても問題ない。呪紋形状はそこまで拘らなくていいだろう。


 小瓶の中身を慎重に小皿へ垂らし、竜の破片と並べながら、マナの動きを探る。はじめはざっくりと混ぜ、微調整は布に染み込ませた薬液を指で絞り、目的の色に寄せていく。

 竜の欠片の構成は、この山の岩石と近しい。つまり、似たものを僕は過去にも作っている。故に、この作業にさほどの時間はかからなかった。


 薬液が完成すれば、後は呪紋を描くだけだ。絵筆を手に取り、僕はベルの剣へと向かう。

 水を成す呪紋は流線型に寄る傾向にあり、砂や岩なら鈍角の多角形が使われることが多い。泥を作るのであれば、その相の子だ。

 薬液は鋼の上に落とされた瞬間、小さな煙を発して刀身に定着していく。ギクシャクした蛇が這い回っているような、見ようによっては愛らしい形の呪紋だ。なんとなく、ベルはそんなことを言って気に入ってくれるような気がした。


「……よし」


 元より、ゼロからの開発ではない。

 呪紋がかたちになるまでには、大した時間はかからなかった。

 最後に、採取していた竜の欠片を刃に当ててみる。ろくに力を入れずとも、その欠片はあっさりと割れた。切断面は、どろりと溶けている。上々だ。


「もう終わったんですか?」


「ああ。アンリとガストンはどうだ?」


「さっきまた毒液を吐いていたんで、距離を離してますね。アンリさんが何度か炎の球をぶつけているくらいでしょうか」


 ガストンは、一度も斬りかかってはいないらしい。やはり、あまりジョゼットの剣を信用していないと見える。


「では、決めに行ってくる」


「私も行きます。マルクさん、剣はからっきしなんでしょう」


 僕が荷物を鞄に詰め込んで立ち上がると、ベルが袖を掴んできた。

 ベルの指摘通り僕は、剣はおろか、およそあらゆる武器に精通していない。決めに行くなどと格好つけたが、僕は剣をガストンに届けようと考えていただけだ。


 ベルの様子は健康体に見える。一度は立てなくなるほど衰弱していたはずだが、どうも強がっているわけではなさそうだ。


 僕はしばらく思案したが、彼女の申し出を受けることにした。


「わかった。ガストンは対竜呪紋の件を把握している。アンリも察していると思う。その剣を持って動けば、二人とも援護してくれるはずだ」


 ここまでの戦いで、機に応じた二人の判断力はよく見せてもらった。何も言わずとも、ベルを攻撃の主軸に組み込んで、陣形を展開するだろう。

 こうなれば、僕にできることはあまりない。状況を見て支援をするくらいだ。


 僕は、駆けていくベルの背中を見送りながら、黒曜石の杖を握りなおした。


「おりゃおりゃおりゃー!」


 ベルの動きにいち早く気付いたアンリが、竜の頭に向けて小さな火球を連発する。ダメージはないが、竜の神経を逆なでする、効果的な牽制だ。


 その動きで、ガストンもベルの存在に気が付いた。

 露払いを引き受けるつもりだろう。ベルと同じく竜の右側に回り込み、先行して強襲をかけた。


 二人は首を狙っている。頭に近づくのは危険だが、竜は今、アンリの方を見ている。


 いや、気づいた。


 竜の小さな目玉が、ぎょろりとガストンを捉えた。

 傷を負った右前脚が、それでも強大なパワーでもって振り払われる。ガストンは後続のベルを守るように、神がかった盾捌きで竜の爪を受け流した。間髪入れずに剣を降り抜き、竜の伸び切った前足を斬りつけるガストン。竜の前脚は付け根から切断され、宙を舞った。


 そこで、バランスを崩しながらも、竜がベルの存在に気付く。その口から赤々とした光が漏れた。


 炎がくる。しかし、ベルは止まらなかった。


 熱線と形容した方がいいような、指向性の炎が竜の口から放たれる。

 ベルは限界まで身を落とし、その凶悪な熱量をかいくぐる。常人ならあの距離でも丸焼けだが、ベルは違う。火の竜ラーヴァの余焔は、分け身の炎程度では侵略できない。


「でぇぇぇい!!」


 腰と足、そして腕の力を全て連動させ、ベルが渾身の斬り上げを見舞う。

 鋼と鱗がぶつかり合う、硬質な音が響くようなことはなかった。

 ベルの剣は、阻むものがないかのような滑らかな軌跡をもって、速やかに竜の首を落としていた。


 竜の巨体が、遂に音を立てて倒れ伏した。


「やった……やりましたー!」


「うおぉぉ! ベルちゃんすげぇー!」


 動かなくなった竜の前で、両手を挙げて喜びの声を上げるベル。駆け寄ってきたアンリと一緒に、飛んだり跳ねたりの盛り上がりようだ。


 僕はそんな二人を見ながら、自分の眉間に深いしわが寄っているのを感じていた。


「……おかしい」


 今の攻防はどういうことだ。

 一体全体、何が起きた。


 竜の屍の横で立ち上がったガストンは、僕と同じく異常に気付いたようだった。


 そしてもう一人――


「ガストン、それを寄越せ」


 早足で竜のところまでやってきたジョゼットが、半ばひったくるように、ガストンから剣を受け取った。そのまま、倒れている竜の体、その背中に刃を向ける。

 彼女は口を引き結ぶと、無造作に剣を振った。


「……やはり、見間違えではなかったか」


 ナイフを当てたバターのように、竜の背中がぱっくりと割れていた。


 ジョゼットの手にあるのは、対竜呪紋を施したベルの剣ではない。

 彼女が携行していた、儀礼用だという装飾剣である。


 そう、おかしかったのはそれだ。


 ガストンがとっさに振った剣が竜の前脚を斬り飛ばすなど、本来は有り得ないのだ。先ほどまでの攻防を思えば、異常という他ない。


 ジョゼットは、今度は手頃な石や岩を叩いていた。カンカンと乾いた音がするばかりの剣をしばらく見つめ、ジョゼットはベルに顔を向けた。


「そちらも貸せ」


「え、あ、はい」


 戸惑うベルから手渡された剣を振り上げ、ジョゼットは同様に岩に叩きつける。

 滑らかに、とはいかないものの、剣は大きな抵抗なく突き刺さった。


「……原理は、違うな」


「えっと、これはどういう……」


 ベルは、いまいち事情が呑み込めていないような顔で、ジョゼットの握る二本の剣を見比べる。


「僕が描いた呪紋は、竜の体組織を破壊するものだ。竜は外皮だけじゃなく、中身まで、この辺りの岩石と似た構成でできていた。逆に言えばその剣は、この辺りの岩や石に対しても、ある程度の効果を発揮する」


 その点をジョゼットが理解していたのは驚きだったが、今重要なのはそこではない。


 問題は、ジョゼットの持っていた剣が一体何だったのかということだ。


「こちらは、この辺りの岩石には反応しなかった。しかし、竜の身体はやすやすと切り裂いてしまう。私とて、マルクの呪紋だけが竜に有効な唯一の手段などとは思わんが……」


 それでは、何故竜に効いたのかというのが疑問である。

 目を凝らして見てみても、ジョゼットの剣がマナに特別の影響を与えているようには見えなかった。


「儀礼用の剣だとか言っていたな。何か……王家に伝わる秘宝とか、そういうものだったりするのか?」


「宮廷剣術礼法を修めた際に、父から贈られたものだ。歴史の古い剣ではあるが、一点ものではない。私の兄姉にも持つ者はいるし、秘宝とまでいえるかは微妙な線だな」


 ジョゼットの説明を聞いて、なんとなく思い当たるものがあった。

 しかし確証がない上、説明には踏み入った情報を開示する必要がある。ややこしいことになりそうなので、僕はとりあえず無言で頷くにとどめた。


 そこに、揃って黙り込んでしまう僕たちを見比べていたアンリが、のんびりした声を投げかけた。


「もしかして、マルクの旦那の武器いらなかったん?」


「…………」


 おい、やめろ。

 結果的にそうなのだが、それはやめてくれ。


「くっ……はっははは! 確かにその通りだ! 残念だったなマルクよ! 骨折り損とはよく言ったものだ!」


「うるさい! あんな高価そうなだけの剣が竜に効くなんて、予想できるか!」


 一転してイキイキと僕を煽りだすジョゼット。だから、やめろと言うに。

 勝つために最善を尽くしたというのにこの仕打ち。理不尽である。


「そ、そんな無駄なんてことないですよ! 見てください、これ! 部隊の支給品が、もう竜殺しの魔剣ですよ! 宝物庫に納められちゃう! すごい! 私嬉しいなー!」


 ベルの涙ぐましいフォローが逆に痛い。

 やっぱり、慣れないことをするべきではない。僕は額に手を当て、深くため息をついた。

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