第6話 信仰(1)

「……まあこれくらいにしておいてやろう。目的は達成したしな。ここで話し込んでも埒が明かん。」


 ジョゼットが僕を弄るのを切り上げ、撤収の算段を入る。

 ようやく解放された。僕はジョゼットに見えないように、小さくため息をついた。


「ガストン、その首は運べそうか?」


 ジョゼットが示したのは、ベルが落とした竜の首である。

 比較的小さいとはいえ、大熊に倍するサイズの分け身である。その頭部も巨大だ。


 ガストンは一応確認をしてみたようだが、すぐに首を振った。


「戦利品でしたら、角か何かにしておきましょう」


「まあ、仕方がないか」


 ベルの剣を使って、ガストンが竜の右側の角を切り落とす。それだけでも、そこそこの重量物だ。


 方針はどうあれ、ジョゼットは今後も竜と関わるつもりでいる。こういう現物は、象徴として必要なのだろう。

 まあ、持ち出して問題になるものでもない。

 僕は特に意見することなく、その様子を眺めていた。


「ところでマルクの旦那。この辺り、おいらはあんまり見覚えないんだけど、帰る道はわかりそうかにゃあ」


 アンリの問いに、そういえば、と我に返った。

 竜洞から出てすぐ戦闘に入ったので、現在位置の確認を忘れていた。


「そうだな……」


 改めて見ると、随分と開けた場所だ。元々『竜の腹』には高木が生え辛いのだが、ここは輪をかけて緑に乏しい。草花すら疎らだ。

 そして、今立っている場所から、ぐるりと全周の大地が盛り上がっている。なだらかな窪地にいるのだ。


 リンドブール側に、こういう禿げた窪地はない。この規模の窪地があれば、多くの場合水が溜まっているし、低木も見られる。水場には竜の分け身があまり来ないためか、植物の生育がそこまで阻害されていないのだ。


 聞かれていないので伝えてもいないが、地の竜デュラテールの本体がいるのはこちら側――つまり、リンドブールの裏側である。リンドブール側よりも植物が少ない傾向にあるのはそのためだろう。

 こちら側には、リンドブールの住人達はほとんどやって来ない。単純に遠い上に、狩りをするならリンドブール側の方が豊かだからだ。裏の方が鉱石は多く取れるものの、竜洞の中ほどではない。敢えてこちら側にやってくる理由がないのである。


「リンドブールって、ヴォルド王国の最北端ですよね。ってことは、この先は領土の外ってことでしょうか」


 かいつまんだ僕の説明を聞いたベルが、ジョゼットに尋ねる。


「国境自体はもう少し先だ。しかし、『竜の腹』の先と王都では、ほとんど交流がなくてな。迂回しようにも、大規模な断層地帯が邪魔して、道が作れんらしい」


「それって、私たちの領土と主張していいんでしょうか」


「ネーメアが文句を言わんからいいのだろう。向こうからしても、陸の孤島といった感じと聞いた」


 ネーメア公国はヴォルド王国の北に位置する友好国である。しかし、両国は地続きであるにも関わらず、交易には専ら船を用いる。多くの荷物を運びやすいというのも理由の一つではあるが、単純に陸路が険しいのだ。


「何にせよ、こちら側で見るべきものはない。僕が先導するから、ついてきてくれ」


 概ねの位置は把握できたので、僕は話を切り上げる。

 『竜の腹』は高くはないが広い山なので、リンドブールに戻るには丸一日以上かかるだろう。今日中に、ある程度は緑のある所に到達したい思いがあった。雲行きが良くない。即席の屋根が作れないわけではないが、こんな何もないところで雨に打たれて野宿というのは、不快以前に危険である。


 そういうわけで僕はせかせかと歩き始めたのだが、この目論見はすぐに挫かれることとなった。


「マルクの旦那、あれは人じゃあないかぁ」


「む……?」


 アンリの言葉に、ジョゼットが不審そうな顔で眉を吊り上げる。言っていたことと違うじゃないか、と言外の抗議を感じた。

 今更ジョゼットにどう思われようが構わないのだが、アンリの発言の方は聞き逃せるものではない。


「…………」


 よりにもよって、そう来たか。

 僕は心の内で天を仰ぐ。


 これは、地の竜デュラテールとの対面に次いで避けたかった事態である。


「二人、みたいですね。こっちに歩いてきますよ」


「……人が全く通らないということもないだろう。僕たちには関係ない。さっさと行こう」


「貴様、何を焦っておる」


「焦るさ。早く、安全に野宿できるところまで出たいんだ」


「そういうことなら、彼らが近くに家を持っているかもしれないではないか。一晩くらい厄介になる手もある」


 食い下がるジョゼットに、僕は歯噛みする。

 言い分は正しいが、目的は僕への反発のような気がしていた。僕が隠し事をしていることを察しているのだろう。何を言っても突っかかってくるに違いない。


「挨拶くらいよいのではないか?」


 そして、何気ないガストンの言葉も至極もっともである。


 逃げ場はない。

 僕は肩を落とし、俯くことしかできなかった。


「ああ、やはりマルク殿ではありませんか。そうではないかと思ったのです」


 そうこうしているうちにやってきた二人組のうち、年配の男が僕に声をかけた。

 それ見たことか、というジョゼットのしたり顔が、実に腹立たしかった。


「ニコラさんだったんだな。フードでわからなかった」


 観念して、僕は、二十は年上の顔見知りに挨拶した。

 ニコラは薄茶色のフードを外し、穏やかな顔で礼をする。彼の後ろに控えた小柄な少年も、同じように頭を下げた。長い前髪から覗く瞳は、静謐な湖面を思わせた。


 二人とも、白の長衣にサンダルという格好であり、山歩きには不適当に見える。しかし、僕はこの格好の理由も知っていた。ますますもって状況が悪い。


 どうにか話を切り上げて別れることができないかと頭を回転させるが、一向に良い案は浮かばない。


「ええと、マルクさんとお知り合いなのですか?」


 ベルの言葉に、ニコラは改めて僕たちの一行を見渡す。

 そうしてから彼は、一行で一番小綺麗な格好をしたジョゼットに向かい、恭しく膝をついた。


「これは挨拶が遅れて申し訳ありません。わたくし、この山間の寒村で祭司を務めております、ニコラと申します」


「ヴォルド王国第十四王女、ジョゼットである」


「なんと、王女様でいらっしゃいましたか。拝謁に賜り、誠に嬉しく思います」


「よい、楽にせよ」


 ここしばらく敬意を払われるようなやり取りと無縁だったせいだろうか。ふんぞり返っているジョゼットの表情は、心なしか満足げだ。いいぞ。そのままいい気分にさせて帰らせてくれ。


「山間の村といったな。王族として恥ずかしい限りだが、私はネーメアとの国境付近に疎くてな。この辺りで暮らしておるのか」


「そうですね。ここから二時間ほど下ったところでしょうか。あまり外界との交わりがないもので、王女殿下がご存じないのは無理もないことかと」


「あの、村ってことは、宿なんかもあるのでしょうか」


「ええ、もちろん。と言っても、基本的には村の者が羽を伸ばすために使う温泉宿ですので、あまり大きなものではありませんが」


「温泉! ジョゼット様、温泉ですって!」


 ベルがパッと顔を輝かせる。丸一日以上埃っぽい洞窟の中を歩いた上、たった今竜との死闘を演じたのだ。水浴びを挟んだとはいえ、暖かい湯で身体を洗い流したいという欲求はよく理解できる。ジョゼットは言わずもがな、口には出さないが、ガストンも乗り気に見えた。


「よろしければご案内致しましょうか。わたくし共も、帰路の途中なのです」


「うむ。そうさせてもらおう。マルク、文句はないな」


「あるけど、貴方が聞かないのはわかってる」


「ならば良し」


 何も良くない。

 しかし、穏便に誘いを突っぱねる材料がない。


(誤魔化せるのか……? いや、無理だろう……)


 無論、項垂れる僕を気遣う者もいなかった。



* * *



「失礼ながら、王女殿下」


「ジョゼットでよい」


「では、ジョゼット様。この度は、どういったご用件でいらしたのでしょう。このような山奥まで、さぞ大変な道中だったのでは」


 一行を先導しながら、ニコラが尋ねた。


「端的に言えば、竜のと……」


「竜の調査に来ていた。僕も、協力を要請されたんだ」


 強引に言葉を遮った僕に、前を歩いていたジョゼットが不満げな表情で振り返る。

 しかし幸いなことに、ジョゼットが更に口を開く前に、ニコラが朗らかな声で返した。


「それはそれは。わたくし共の村では、古くから竜を信仰しております。もしかすれば、調査のお役に立つ資料など、お見せできるかもしれません」


 ジョゼットがハッと目を見開いた。どうやら理解してくれたらしい。

 竜の討伐などと口にすれば、ややこしいことになっていた。


「信仰対象になっているとは……知らなかったな」


「強大なものには、心の拠り所を求める者が縋ります。海や山、雷に神性を見出すようなものですね。成り立ち自体は、そう不自然なものではありませんよ」


「…………」


 反論したそうな顔をしているが、デリケートな問題であることは理解しているジョゼットである。今から世話になるというのに、ここで自らの竜に対する認識を説いたところで、お互いに何のメリットもない。

 それでも、竜洞を抜ける前のジョゼットなら、頭ごなしに否定して、ご高説を垂れていたであろう場面である。あのやり取りも無駄ではなかったと考えると、幾分報われた気持ちになる。


「……でも、良かったんですか? 私たち、分け身とは言え竜を……」


 ベルがもごもごとそんなことを尋ねる。

 僕たちが倒した分け身については、隠しようがない。そもそも、僕たちがニコラと会った場所のすぐ脇に、その遺骸というか残骸が転がっていたのである。

 今まで話題に挙げなかったが、ベルはそれについて悶々としていたらしい。自らがとどめを刺したというのも負い目に感じているのだろう。


 しかし、それについてのニコラの返答はあっさりとしたものだった。


「わたくし共は、竜に対して不可侵を定めているわけではありません。そもそも、分け身が相手ですからね。戦い、貴方がたが勝ったというのであれば、それだけの話です」


「……ままあることなのか? 分け身が人の手で狩られるというのは」


「わたくしの知る限り、初めてのケースです。とはいえ、目的を持って接触するということまで、我々が止める権利もありますまい。山を丸ごと焼いて炙り出すというならともかく、そういった非常識な御方ではないとお見受けします」


 合理性を見つけてしまえばジョゼットならやりかねないと思うのだが、その辺りは流しておく。ニコラに問いを発したガストンも、黙って頷くきりだった。


「そういえば、マルクよ。急場ゆえ納得のいく説明は後回しにしていたが、結局分け身とは何なのだ。地の竜本体が作り出す、ということまでは聞いたが」


「……そうだな」


 ニコラに説明を丸投げする方が楽なのだが、下手な方向に話を展開されても困る。

 気は乗らないが、僕はざっくりと説明をすることにした。


「竜がマナを撒き散らしながら生きているということは、前に話したね」


「うむ。ゆえにこの山は草木が少なく、鉱石資源が豊富な、竜の好む環境になったということであったな。もっとも、あの時は分け身の方が本物の竜だという認識だったが……」


「分け身もマナを放出しているのは確かだからな。ただ、竜の本体が発するマナは桁が違う」


 それは、竜自身が一歩も動かなくても、この巨大な山全体に影響を及ぼす程のものである。

 竜洞のような局地的な地形は、分け身の活動で出来上がる。しかし、山そのものの性格を決めているのは地の竜デュラテール本体だ。


「デュラテールはほぼ一年中、ねぐらの中から出てくることはない。つまり、岩と土でできた竜のねぐらは、奴が放つ高濃度のマナを長期に渡って受け続けることになる」


「……まさか、それって」


 続く言葉を察して、ベルが引き攣った笑いを浮かべる。

 そう、仕組みとしては、僕たち『竜気憑き』と同じだ。


「時に命無きものさえ活動させ得る竜のマナ……それを受けて動き出した岩石が、竜の分け身というわけだ」


 僕が即興でも対竜呪紋を作れるだろうと推測したのは、こうした分け身の成り立ちゆえだ。細かく解析する機会は先ほどの戦闘までなかったが、ある程度仮説は立っていたのである。


「分け身が複数いるというのも、そういうことか。定期的に発生するのだな」


「そんでもって、本体がいる限りは分け身が完全にいなくなることはないってわけねぇ。だからマルクの旦那も、倒すことに強く反対しなかったんか」


 ガストンとアンリは、それぞれの疑問を解消できたらしい。


「分け身に寿命はあるのか?」


「わからない。僕はあると思ってるけどね」


 ジョゼットの質問に対する正答を僕は持っていない。分け身を識別して観察し続けたことはないし、寿命があるとしても人のそれより長いだろう。


「それにしても、やっぱりとんでもないんですねぇ、竜って……。火の竜も、こんな感じで仲間増やしてるのかなぁ」


「可能性はあるが、こことは違った形態のような気がする。そもそも本体が動き回っているからな。長期間活動を続けるような分け身は発生しないだろう」


「竜にも多様性ってやつはあるんですね……うーん、難しい」


 ベルがこめかみを押さえながら唸る。

 それを横目に、今度はジョゼットが口を開いた。


「多様性か……竜にそれを認めるというのも妙な話だ」


 首を傾げるベル。ガストンも、趣旨を図りかねているように見える。


「そうだろう。多様性とは、種が生き残るための戦略だ。目指すところは群れとしての繁栄だ。違う者同士が交わりあってこそ、そのメリットが現れる。……だが、竜は個体間での関り自体がないだろう。そもそも子供をつくる機能があるのか? 火の竜も地の竜も、竜とは呼ぶがそもそも同系列に扱って良いものなのか? 手に負えない脅威に、共通の名前を付けているだけではないか……?」


 それぞれの竜は同種ではなく、そもそもが別物ではないか。彼女の考えは、なかなかに本質的な部分を捉え始めている。

 まず、生物の枠に入れるかどうかさえ、彼女は悩ましく思っているようだ。


「竜は子孫を残しません。この国に棲む竜は、何百年も前から同一の存在です」


 ジョゼットの自問にも似た言葉に応じたのは、ニコラだった。

 どこまで喋る気だろうか。僕はニコラに視線をやったが、風に薙ぐ柳のように受け流されてしまった。


「浅薄な知識を披露するようで気が引けるが、私は生物の定義とは増えることだと思っている。繁殖でも増殖でも構わんが、とにかく世代を重ねるものだと。そういう意味では……」


「竜を生物と呼ぶのは誤りかもしれませんね。事実、我々のように神体と見る者もおります。……ああ、足下にお気を付けください」


 ニコラは、苔むした岩でできた段差に注意を促す。


 彼に続いて進むうちに、次第に緑が増えてきた。疎らながら、高木も見える。竜の影響力から離れてきた証拠だ。


「諸説ありますが、竜は自然発生したものではないという認識が、我々の村における主流です」


「……神が遣わしたとでも?」


「どうでしょう。あるいは、そういった超常の力が働いたのかもしれませんが」


「あるいは、か……」


 神の奇跡がなくとも説明できる。そういうニュアンスを掬えないほど、ジョゼットは間が抜けていない。

 少なくとも形式上は、人智の及ぶ範囲で誕生している。ニコラはそう言っているのだ。


「マルクさんは、その辺りのこともご存じだったんですか? あんまり、竜の起源とかの話題って挙がりませんでしたけど」


 ベルに水を向けられ、僕は返答に迷う。


「……多少はね。詳しくはない」


 悩んだ末、結局当たり障りのない言葉を返す。ベルは「ふぅん」と訝しげな顔をしたが、無理に喋らせるつもりはないのか、それ以上追及することはなかった。


「ベルよ、貴様はマルクに甘いな」


「え? いや、そんなつもりは……」


「こういう手合いは、甘やかしても心を開かんぞ。ぐいぐい行け。さあマルク、詳しくはないという貴様の知識を披露してみろ」


 ジョゼットの方は、僕が喋りたくないのを理解した上でこういうことをしてくるので、本当に性質が悪い。最早清々しいほどである。


「おおい! それより、村が見えてきたっぽい!」


 しかし、そこでアンリが会話の流れをすっぱり断ち切ってくれた。狙ってやっているわけではないだろうが、今はそのタイミングの良さに感謝する。


「あ、ほんとです! 結構大きいですねぇ」


 ベルの方もそちらに気を取られたので、ジョゼットは舌打ちをして引き下がる。どれだけ僕を弄りたかったんだ。


 ともあれ、暗くなる前に村に辿り着けた。それは喜ばしいことである。

 ジョゼットらを連れてここに踏み入るのは心底嫌だったが、最早止めることはできない。

 大人しく、穏便に滞在を済ませる。そして、速やかにここから出ていく。それが今取ることができる最善策だ。


「楽しみだなぁ、温泉……」


「貴様は時間をずらした方がいいだろう。他の客が驚く」


「うぇ!? そ、そうですかね……えー……」


「ジョゼット様、あまり意地の悪いことをなさらないでください」


 ガストンがたしなめるが、ジョゼットはニヤニヤするばかりである。

 火傷のことをこんな風にからかうのはどうかと思うが、二人の関係に気安く口を挟むのは気が引けた。

 しかし、ベルは本気で消沈している。気休め程度のフォローは入れても問題ないだろう。


「……小さい宿だとニコラさんは言っていた。それに、時期が時期だ。多分貸し切りだよ」


「そうなんですか? よかったぁ……」


 ベルがほっと胸を撫で下ろす。やはり、火傷を衆目に晒すのは避けたいだろう。

 彼女の安心した表情を見て、僕も小さく息をついた。


 そこに、ジョゼットがわざとらしく眉間にしわを寄せながら、僕の顔を覗き込んできた。


「時期ぃ?」


 しまった、口が滑った。


「……祭りの前のはずだ。多分、みんな慌ただしくしてる」


 迂闊な自らの舌に辟易とするが、冷静になれば、村についた時点で発覚することだ。誤魔化しても意味がないので、僕は正直に答えた。


「何故わかる?」


「ニコラさんがこんな子供と山を歩いていたのは、祭りの……準備のためだからだ」


 彼のすぐ後ろを歩いている、フードを被った少年を指し示す。

 彼はさっきから一言も発していないが、水を向けられると、控えめに振り返って会釈をした。


「竜信仰に関わるものだ。『竜の腹』で行う祭事もある」


「……忙しい時期に邪魔するようで、申し訳ないな」


 大きな段差でまごついた少年に、ガストンが手を貸す。

 それを見て頬を緩めながら、ニコラは控えめに手を振った。


「いえ、お気になさらず。村が活気づいております時に、どうして来客を無下にできますか。まして王族の訪問とあれば、喜ぶ者もおりましょう」


「ニコラさんはこう言ってるけど、明日にはさっさと村を出るからな。」


 これについては、きっちり宣言しておく。長居はしない。それは絶対だ。


「……まあ、よい」


 ジョゼットは、僕が仕切ることに関しては不満げだが、必要以上に厄介をかけるつもりもないようだった。

 そして、さしものジョゼットといえど、顔に疲労の色が見えてきた。人里が近くなってきたことで、ようやく気が緩んできたのかもしれない。ここまでの行軍を思えば、よく今まで音を上げなかったものだ。


「さ、あとひと踏ん張りです!」


 ベルがぐっと両手を握って、ジョゼットを激励する。

 石造りの聖堂が目立つ山間の集落、タラスコ村はもはや目と鼻の先だった。

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