第3話 竜洞(2)
* * *
「ちょっと雰囲気が変わってきましたね」
ベルがきょろきょろと周りを見回しながら呟く。前を歩くアンリが、「そだねぇ」と気の抜けた相槌を打った。
竜洞に飛び込んでから、随分と経っているように思う。地下では陽の傾きを知りようがないが、体感では、もう夜も更けてきた頃合いか。短い竜洞であれば出口に至っても良いものだが、今のところその気配はなかった。
「マルクよ、これはコケか?」
「ん? ……ああ、その仲間だよ。綺麗だろう」
ジョゼットに声をかけられ、僕も淡く発光する岩肌に目を移した。
竜洞に飛び込んでしばらくは、ずっと植物の気配はなかった。これは竜が掘ってきた穴なので、当然である。竜が通るまでは、隙間のない岩盤だったところなのだ。
「この穴の中は、植物もよく育つのか? 竜がどれくらいの速度で掘り進めるのかは知らんが、この程度の距離で季節が幾度も巡ることはあるまい」
「そもそも、この地域は植物が育ちにくいって言ってましたよね。考えてみれば、確かにちょっと不思議です。竜が通った直後なら、余計に影響が大きい気がするのですが……」
リンドブールの竜は土と岩を好む。そのため、大地を痩せさせる植物の成長を阻害している。
地上での僕の説明を思い出してか、ベルがジョゼットに同調する。
「竜はマナを垂れ流してるからな~」
「それは聞いた。だが、地の竜が垂れ流すのは地のマナだろう」
「えっとねぇ、マナがいっぱいだと、皆元気いっぱいなんよ。人も虫も草も石も」
「う……ん?」
揃って首を傾げるジョゼットとベル。間違ったことは言っていないのだが、感覚派のアンリに物事の説明は向かない。
「マナが集まると現象が起こる。それはさっきの話でも出てきたよな」
「うむ。それがどう繋がるのだ」
アンリの言を引き継いだ僕の方に、二人の注目が集まる。
「逆にいえば、あらゆる現象はマナを必要とする」
「えっと……万物の最小単位、でしたっけ?」
「そうだ。火が燃えるのも、風が吹くのも、そういう性質を持ったマナが一定濃度を迎えることで起こっている」
それを人為的に起こしているのが魔術である。説明したとおりだ。
「本来、これらの現象は自然に発生するものだ。人が手を加えずとも、水は湧くところには湧くし、風だって吹く。雷が落ちれば山火事が起こる」
「……言いたいことがわからん」
「マナは、巡る」
僕は足を止めると、岩肌に張り付くコケを一つまみ削ぎ落とした。
「植物は燃える。灰は土に還り、土は鉱物を宿す。鉱物や金属には露が降り、清浄な水は緑を育む。東方では、そういう循環の思想を五行などと言うそうだ。……細かい部分の解釈は置いておくとして、僕はこれを、なかなか現実に即した考え方だと思っている」
「変換は、確か呪紋の得意分野でしたよね。これも自然に起こること、ということですか?」
「そういうことだ。まあ、自然に起こりやすいものには、方向性があるけどね。マナは元々、一つに決まり切った属性を持つのではなくて、変わりゆくものなんだよ」
そこまで言うと、「そうか」と、ジョゼットは得心したようだった。
「土の性質を持つとはいえ、竜はとにかく大量のマナを放出しながら活動している。即時的には環境が……なんだ、土臭くなるわけだが、その後は水も植物も豊富になる算段だ。何せ、マナ自体は濃いのだから」
「そして、土のマナの恩恵を特に受けるのが鉱物類だ。リンドブールで豊富な鉱物資源が取れるのも、僕たちが竜洞で採掘をするのも、そういう理由によるわけ」
「竜は植物の成長を阻害すると言っていましたけど、そもそもの生まれる基盤自体は十分整ってるんですね。それに、竜洞には普段、竜は戻ってこない……だから、短期間でこんなにコケがもっさりと……」
ベルが一際大きなコケの塊をもふもふと揉みしだく。キラキラと黄色っぽい粉が舞った。
「時期によっては毒があるから気をつけろよ」
「はぇ!?」
「この辺りのは大丈夫だ。光り始める前のは触らない方がいい。……すまない、僕がさっき触ったからだな」
「き、気をつけます……」
「ベルよ、もう少し慎重にな」
手に付いた粉を払いながら、ベルはしゅんと肩を落とす。その背中を、ジョゼットがうりうりと肘で突っついていた。彼女にだけは言われたくはないと思うが。
「それにしても、幻想的な光景だ。これはこれで観光資源になるのではないか?」
先ほどから会話に参加してこなかったガストンが、呟くようにそう零した。その声音には、素直な感嘆が含まれている。
竜洞は、入って来たところよりもかなり広くなってきていた。幅は両手を広げた大人が五人は入りそうだし、長身のガストンを3人重ねても天井に手が届かない。
天井から壁にかけては、先程から話題に上がっている光るコケが不規則に散らばりながら群生している。ランプはそろそろ消してしまってもいいかもしれない。目を慣らすのに多少の時間は要するが、歩くには十分な明るさがある。
普通、ヒカリゴケというのは自力で発光するわけではない。僅かな入射光を、ガラスのような組織で反射しているだけである。
しかし、この竜洞で育つコケは違う。どういった合理によるものかは不明だが、ホタルのように自ら光るのだ。その光はどこか現実離れした雰囲気を醸し出す。ガストンが言うように、この光景に魅力を感じる者はリンドブールでも少なくない。
「マルクさん! 何か、何か飛んでませんか!?」
ベルが急に騒ぎ出す。声を弾ませる、と言った方がいいかもしれない。
彼女の指さす先では、周囲のコケと似たような薄緑色の光が、ゆったりと飛び回っていた。
「ありゃあコウモリだぁ。ここのコケを食うからか知らんのだけど、竜洞の中でだけ光るんだよなぁ」
「食べたら……光る……? 何故……?」
ベルが戸惑いがちに僕の方を見るが、そんな目をされても困る。僕だって知りたい。
「僕も詳しくはないが、彼らは竜洞で余生を過ごすんだ。子育てを終えたもの、つがいを見つけられないまま衰えたもの、怪我や病気をしたもの……とにかく、死期を悟ったコウモリたちが、竜洞の中に集まってくるらしい。そして何故だか、外では持っていなかったはずの発光器を獲得する。いつの間にか」
「何のために……?」
「知らん。僕が言えるのは、竜洞には不思議な生態系があるということだけだ」
残念ながら、それ以上のことは不明である。調べたことがない。
「しかし、なんだ。ガストンではないが、これで儲けようという者はいてもおかしくなかろう。私は様々な土地を回っている方だが、他ではこんな景色を見たことがない。何なら、私が王都で大々的に喧伝してもいいぞ。村の経済も回るだろう」
「あのな……どうしてそこまで楽観的なんだ。ここは竜が棲む山だぞ。他所から来た奴らをそんなところに放り込めるわけないだろう」
「だから、私が討伐すると言っているではないか」
さも当然のように、ジョゼットはそんなことを言ってのける。やはり、相対した時のことをもう覚えていないのだろうか。僕は真剣にそう思ったが、それ以前の問題があるため、そちらを先に指摘することにした。
「竜がいなくなれば、この景色に先はない。できたばかりの竜洞は生命に満ち溢れているが、この状態は有限だ。この竜洞だって……そうだな、少なくとも貴方よりは早く死ぬだろう」
「死ぬって……そんな、大袈裟な……」
「死ぬんだよ、ベル。コウモリが寄り付かなくなり、コケは枯れ、最後は崩れる。どういうわけだか知らないけどね」
「おいらの爺さんたちが石を採ってた穴は、もう一個も残ってないんよ」
アンリの言葉は事実である。竜洞には寿命があるのだ。竜が作った洞窟ゆえの特異性かもしれない。
「じゃあ、この光るコケも、いつかはなくなっちゃうんですか!?」
「竜を殺せば、恐らくね。他で生息していないなら、ここで絶滅するんだろう」
僕が竜の討伐に消極的な理由の一つである。
この地に古くから住まう竜は、既に自然環境の一部と言っていい。竜の存在ありきで暮らしている動物だっているのだ。そもそも、リンドブールの経済が竜の活動に支えられている。
「…………」
てっきり、「雑草など消えても構うまい!」くらいの勢いで来るかと思っていたが、ジョゼットは神妙な顔で黙り込んでしまった。
彼女は向こう見ずだが頭はいい。例え討伐を成せたとして、リンドブールの住人に大きな負荷がかかるという事実は理解してくれたようだった。
このまま真っ直ぐ帰ってくれればいいのだけど……と考えていた僕の眼の端に、もぞりと大きな影が動くのが見えた。
「マルク、何かいるぞ」
「ああ、見えている。しかし、困ったな……」
ガストンが影に気付き、一行を手で制止する。
現れたのは、リンドブールの民には馴染み深い動物だった。
「ウサギ……? いやいや、ちょっと待って! でかくないですかコレ!?」
「ベルちゃんは声が大きいねぇ」
「いや、だって……ええ……?」
のほほんとしているアンリと対照的に、取り乱しぶりを隠そうともしないベル。
まあ、他ではあまり見ることのないサイズだ。ガストンも何とも言えない気まずい表情を浮かべていた。
一方ジョゼットは比較的冷静な様子で、巨大ウサギを指差しながら僕を見た。
「どう見てもイノシシくらいの大きさがあるのだが」
「クマみたいなやつがいることもあるから、まあ幸運な方だ」
「おかしい……何なんですか、この洞窟……」
巨大ウサギは前歯でゴリゴリと岩を削って食べている。その姿が、ますますベルの表情を引きつらせていた。
「こやつらも、竜洞特有の種というわけか」
「そうだ。こいつらは、ここで子育てをする」
このウサギたちは、親離れしてからしばらくは外で暮らすが、繁殖できるようになると、育ったところとは別の竜洞に入ってつがいを探す。劇的に大きくなるのはこの頃で、外にいる時は普通の大きさをしている。そして、竜洞の中で一度このサイズまで大きくなると、もう外には出てこないと言われている。
子育て中の彼らは、縄張り内に入った者に対して非常に攻撃的である。
もっとも、近づかなければ無害な上、ある程度の距離になるとものすごい鳴き声で威嚇をするので、見つけることは簡単だ。リンドブールの民で巨大ウサギに攻撃された者など、ここしばらくは一人もいなかったはずだ。
そういったことを説明し終えた頃には、ようやくベルも落ち着いていた。ジョゼットなどは、近くのコケをむしって投げては、ウサギの反応を楽しんでいる。
「まあ、いささか驚いたが、無害なら問題なかろう。よく見れば愛らしい顔をしておる」
「おい、話を聞いていなかったのか。僕は、縄張りに入らなければ無害だと言ったんだ」
ジョゼットの眉がぴくりと動く。
それだけで察したのか、ガストンは荷物を降ろして長剣を抜いた。
「……あやつの縄張りというのは?」
「ここから向こうしばらく。竜洞の幅側に隙間はない」
彼らは子育ての際に、竜洞の道を塞いでしまう習性がある。普段なら来た道を戻ればいいだけだが、現状、僕たちには退路がない。
そして、進むのであれば仕留めるしかない。竜と比べるような動物ではないが、適当にあしらうには危険な獣なのだ。
「炎か何かで追っ払えんのか」
「後ろには子供がいるんだ。彼らにも後退はないさ」
「……あまり、いい気分はしませんね。勝手に入って来たのは私たちなのに……甘いこと言っているのは、わかるんですけど……。ほら、気絶させるとかは?」
「おいらたちがやらなくても、竜がここまで来たらおしまいだぁ。せめて、今晩のおかずに食ってやるってもんだにゃあ」
アンリがガストンに倣い、長剣に手をかける。ベルも観念したように剣を抜き、小盾を構えた。
敵意を察したのか、巨大ウサギが身構える。後ろから、もう一頭が姿を現した。二回りほど小さいが、恐らくはつがいだろう。
「そォいっ!」
アンリが長剣を抜き放つと共に、その刀身から強烈な風が吹く。圧縮された不可視の塊は巨大ウサギの目の前で地面にぶつかり、粉塵と礫を弾き飛ばした。
ギィィ! と軋んだ戸のような鳴き声を上げる二頭の巨大ウサギ。その隙を見逃すことなく、ガストンは迅速にウサギに肉薄していた。
「ふんっ!」
ウサギの太い首に長剣を突き立てるガストン。すぐさまその背に足を添え、体重をかけて首を落とす。手慣れた、鮮やかな動きだった。
立ち直ったもう一頭がガストンに飛びかかるが、既にベルがフォローに入っていた。腰を落として左腕の小盾を突き出し、正面からその突進を受け止める。小さい方とはいえ大型犬程はある獣の突進だというのに、大した安定感だ。ベルはその体勢のまま、逆手に持った長剣をウサギの首に押しつけた。
「……ごめんね」
剣を持った右手に血がしぶく。赤で揃えたベルの甲冑が、より鮮やかな血色で染まった。
ウサギが力を失うのを確認して、ベルは剣を抜きながら立ち上がった。
「おつかれさん、二人とも。ここからはおいらがやるよ」
「いいタイミングだし、食事にしよう。余裕がありそうなら、交代で少し寝た方がいいかもしれない」
直感だが、竜との距離はかなり離れている。というより、竜が今現在も本気で追ってきているかは不明だ。本来ここの竜は、人の存在など歯牙にもかけない。竜洞を遡っているうちに何をしていたか忘れ、岩石を食べながら横道を作っている可能性もある。
逆に、竜洞を出てみたら別ルートからやって来ていた竜と鉢合わせするという展開だって無いでもない。来た道を戻るというのは流石にリスクがあるが、コンディションを犠牲にして進み続けるのもまた危険を伴う。
「すみません、助かります。ジョゼット様、私たちはこっちに行ってましょう」
血を拭ったベルが、ジョゼットを伴って、一際明るいコケの群生地の方へと離れていく。
やる前は乗り気ではなかったようだが、いざ仕留めるとなったら、ベルの手際は淡々としていてそつがなかった。穏やかな性格をしていても、彼女は紛れもなく戦士だ。獣どころか、人を殺めた経験もあるのだろう。
一方でジョゼットの方は、血を流し動かなくなったウサギを、複雑な表情で見つめていた。一連の動きを止めも咎めもしなかったが、慣れないことを飲み込むのには時間がかかっている様子だ。
そしてここからは解体だ。姫君に見せるようなものではない。
ベルの従者としての気遣いに、僕は心の中で頭を下げた。
「こちらも捌くか?」
ガストンが、自分の仕留めたウサギを指し示す。僕は小さく首を振って答えた。
「いや、食べるのは小さいメスの方だけで十分だ。そっちは僕が見る」
「何か確認することがあるのか」
「舌や歯、毛皮の一部が呪紋を描く薬品に使える。それだけでも有効活用してやったほうが、捨て置くよりはいいだろう」
普段あまり採取できない材料でもある。確保しておいて損はない。
「ガストンのおっちゃんも休んでていいよ。洞窟歩きって、けっこう疲れるもんにゃ」
「ならば火でも……と思ったが、それも問題ないのだったな。ここは甘えておくとしよう」
「ういうい。遠慮せずなぁ」
コケを避けて腰を下ろすガストンだったが、甲冑を外す様子はなかった。リラックスしているように言おうかとも思ったが、余計なお世話だろう。恐らく、こういう状況で身体を休める術なら、僕やアンリよりもずっと長けているはずだ。
ふぅ、と彼にしては長めのため息をついているのを見ていると、目が合ってしまった。
「作業はしないのか?」
「まあ、急ぐことでもない」
何となくバツが悪くなり、僕は彼の視線を避けて、ウサギの濁った眼に向かう。
「……手を動かしながらでいいのだが」
「ん?」
「率直な意見を聞かせてほしい。所感で構わん」
ああ、と続きを促す。このタイミング、ジョゼットがいるとまずい話なのだろうか。
やや構えた心持ちで、僕は彼の続く言葉を待った。
「ジョゼット様に、成し得ることだと思うか」
何についてなのかは言わずともわかった。
無論、竜殺しのことだ。
「……」
意外――というほどでもないのかもしれない。
彼はジョゼットの腹心だ。彼女の望みに沿うよう全霊をかけるというのが基本姿勢だろう。
しかし、ガストンが盲目的なだけの男でないことは既に理解している。柔軟な思考の持ち主だ。主の暴走を止めるのもまた、彼に期待されている任の一つと見える。
であれば、この質問は妥当なものである。
即ち、そもそもこれは可能性のある試みなのか――
「……無謀だよ。残念ながら」
僕の答えは決まっていた。
そこらの人間が束になったところで、敵う相手ではない。こんな方法でどうにかしようとするのがおかしいと、はじめからそう言っていたはずだ。
しかしガストンは、落胆するでもなく、品定めするように僕を見ていた。
「無理や不可能とは、言わんな」
「……どんなことにも、絶対はないからな」
「誤魔化すのなら、もう少し上手くやれ」
ガストンが呆れたように笑った。枯れ木を擦り合わせたような掠れた笑い声だったが、思っていたより柔和な表情をしていた。
「倒す手段について、何か知っているだろう。確証はなくとも、見当くらいは」
「いや……」
「ああ、言わんでいい。仮に策があったとして、ジョゼット様に伝えるのが良いことかどうか、俺もわからん」
今度のこの発言は意外だった。
ジョゼットを抑えるならともかく、判断材料自体を制限するというのは、配下という立場上良くないだろう。もちろんそういう輩もいようが、ガストンがそうかといえば首を傾げるしかない。
僕が返事に窮していると、ガストンの方が言葉を繋いでくれた。
「ジョゼット様も、今は迷っているように思う」
先ほどの、竜の恩恵の話をしていた時のことを思い出す。彼女の神妙な顔つきは記憶に新しい。
「もっと手に負えない傍若無人ぶりを発揮するかと思っていた」
「まあ、おまえの引き込みはいささか乱暴だったからな……だが、本来優しい気性の方なのだ」
あれが、優しい?
むしろ対極にある言葉ではないか?
そんな思いが露骨に表情に出ていたのか、ガストンは少し悩んでから言葉を続けた。
「……民を己の血肉と思う方だ。我を通すに躊躇いはなく、時には酷使もするが、それらが傷つき、失われることを本気で憂えている」
王族の器量だ。ガストンはそう言い切った。
「そういう苛烈な献身は、国の運営には向かないんじゃないか?」
「人はついてくるさ。それに、ジョゼット様は第十四王女だ。指導者をせっつく、良い火種となることだろう」
なるほど。その微妙な位置が、彼女の性質には合っているということか。
盲信する臣下どころか、まるで猛獣使いだな、と僕はぼんやり思った。
「……話を戻すぞ。俺の感覚だが、地の竜について悪評はそう聞かん。最初の討伐対象として奴を選んだのは、あくまで北の果てに住むおまえの噂を聞いていたからだ」
要は、地理的に手頃な竜だったわけか。恐れ知らずな発想だが、論理の飛躍はない。
「つまるところ、地の竜は火急の案件ではない。……息巻いて王都を出立した手前、そう簡単に引くとは言えぬかもしれん。しかし、この遠征で竜の首まで獲るという気は失せているように思う」
竜による被害だけではなく、竜による恩恵についても調査する。そのために、討伐自体は一度中断する。
どうやらガストンの中で、方針は決まっているらしい。
そして彼は、ジョゼットもその結論に至ることを信じているようだった。
「……となると、さっきの質問は」
ジョゼットに、竜討伐は成し得るか――そこに長期的な観点を求められているということに、僕はようやく気付いた。
「もしかして、今後も僕に付き合えって話なのか?」
ここで、はじめの質問に対する返答を誤ったことに気付く。
いっそ不可能と答えていれば突っぱねることもできようが、僕は「このままでは駄目」くらいのニュアンスで返してしまった。そしてガストンは、竜に依存するものへの配慮が必要だという僕の主張を呑んで、譲歩する姿勢を見せている。
だから、今後とも指南をよろしくということなのでは……?
「王都での暮らしは、俺が算段しよう」
「勘弁してくれ……」
僕がガクリと肩を落とすと、ガストンはまた、声を上げて笑った。
「……人にものを頼む態度じゃない」
「いや、失礼。あまりにも予想通りな反応だったものでな」
僕の抗議の眼差しを受け、ガストンが含み笑いを残しながら謝罪する。
「しかし、俺が勢いでこんなことを言っているわけではないのは理解してほしい。今更言うまでもないが、ジョゼット様は先を急ぎ過ぎるきらいがある……おまえのような周到さを是とする男が、重石として近くにいるべきなのだ」
「それこそ、あんたの仕事な気がするけど」
「俺は駄目だ。つい背中を押してしまう。そういう意味ではベルも役に立たんのでな」
なんとなく理解ができるので嫌になってしまう。
人を惹きつけるカリスマも善し悪しということか。
「返事は急がん。どちらにせよ、一年や二年で済む案件でもない。ただ、本気で竜を殺させたくないのであれば、ジョゼット様の近くにいた方が説得もしやすかろう」
どうも上手く転がされている気がするが、一応筋が通っているのが厄介なところだ。
「……あんたみたいな忠臣をもって、ジョゼット王女も幸せ者だな」
「どうだろうな。そう思って頂けていればいいが」
僕の言葉に、ガストンは少しだけ悩む素振りを見せた。
「ジョゼット様も、求めているのは異を唱える者だと思うよ。あの方が勇み足を止められなくなっているのは、俺たちが後ろから押してばかりだからなのかもしれん」
それでも、彼女が拓く未来を見ていたいのだとガストンは言った。
その気持ちも、その葛藤も、なんとなく理解できる気がした。
ただ、僕の説教程度で止まるジョゼットではない。どうすれば、彼女を繋ぎ止めることができるのか――その答えは、僕もガストンも持ち合わせていなかった。
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