第4話 側仕えの舞踏会、そして暗殺
忙しなく朝の準備を行う。
今日は舞踏会があるため、レーシュの服装を整えるサリチルの側でどのように着飾っていくのか勉強する。
今後は私がすることになるので、少しでも早く覚えないといけない。
しかし、ただ衣装が変わっただけで見る目が変わってしまう。
普段の言動でかなり採点が辛口になっているのだが、それでもかっこいいとは思ってしまう。
今日の舞踏会はレーシュにとっても大事なイベントらしく、かなり気合が入っているなと思っていたら、レーシュと目が合った。
「何を呆けている? ただでさえ田舎臭いのに馬みたいに見えたぞ」
カチンと来る物言いに心を揺らせられることなく、私は愛想笑いでうまく流した。
毎日のように人を馬鹿にしないと気が済まないみたいなので、いい加減慣れてくるものだ。
レーシュは一度自分の服を見直してから満足気であり、そしてまた私へ目を向けるのだった。
「さて次はお前の番だな」
「──えっ?」
みんなで別室に移動してクローゼットの中からドレスを何着か取り出す。
どれも魅力的なドレスで、私が着ている側仕え用の衣装よりも高価なのは見て取れる。
その中から緑のドレスを選んで、私へと差し出された。
「これを着ろ」
レーシュから渡されたドレスを貰い、平民の私がこんなのを着てもいいのだろうか。
普段は田舎娘と罵るのにこんな高価な衣装を渡すのは、おそらくはそれほど失敗できない会合なのだろう。
「サリチル、化粧を施して恥をかかない程度にしろ」
「かしこまりました」
レーシュはそれで言うことは終わって自室へと戻っていった。
早速私もそのドレスを身に纏う。
近くにある鏡で自分の姿を見るとまるで別世界にいるように感じた。
おそらく農村にいては一生無関係な世界だったからだろう。
初めてこの仕事で良かったと思える瞬間かもしれない。
「では化粧を私が担当させていただきます」
サリチルは慣れた手つきで私に化粧を施していく。
男なのに慣れた動きなのは、前にもやったことがあるからだろうか。
どんどん私が整えられていき、仕上がった後を鏡で確認した。
「うわ……」
先ほどまでは衣装に負けていると思っていた顔だったが、やはり化粧をすると変わるものなのだ。
まるでどこかの令嬢に見え、サリチルも私の仕上がりに満足していた。
「お美しいですよ。エステルさんは素材がよろしいので、仕草や言葉遣いを練習すれば平民とは気づかれないでしょう」
見た目は誤魔化せても流石にすぐに教養は身に付かない。
しかしできないからといって、それを言い訳にはできない。
サリチルから一通り基本的なことは教えてもらったので、今回の舞踏会でも下手なことをしなければバレることはないだろう。
「少しはマシになったようだな」
レーシュの部屋で私の姿を見せる。
多少褒めているつもりなのだろうが、彼にこれ以上の褒め言葉を求めるのも無駄であろう。
時間も迫ってきたため馬車へと入る。
レーシュと向かい合う形になって不快だったが、この狭い場所では仕方がないだろう。
馬車が私が乗るとすぐに出発となり、外を見てみるとサリチルが腰を折ってこちらに礼をとっていた。
「サリチルさんは行かれないのですか?」
「あいつは俺の留守を守らんといかん。それに今日は男のお供を連れて行くわけにはいかないからな」
「なかなか厳しいのですね。そういえば行き先はどこになるのですか?」
レーシュは半眼で呆れた顔をしていた。
まるでそんなことも知らんのかと言いたげだが、残念ながら貴族社会の常識なんて全く知らない。
「これから向かうのは領主の城だ」
「お、お城!?」
素っ頓狂な声を思わずあげてしまった。
かなり大きな声が出てしまいレーシュから厳しい目を向けられ、慌てて手を口にやって塞いだ。
サリチルからも令嬢らしい仕草を心掛けるように何度も念押しされているのに、なかなかこれまでの習慣を改めるのは難しい。
「城では喋るな」
「はい……」
私も自信がないためそれが一番だと思うので願ったり叶ったりだ。
しかし本当に貴族社会はめんどくさい。
私はこの世界に足を踏み込んだが、本当に上手くやっていけるのだろうか。
馬車が止まり、私は外へ出ると目の前の光景に思わず驚愕してしまった。
人生で初めて見るお城は壮厳な建造物として、私の眼へ強く焼き付けるのだった。
後ろから咳払いが聞こえてきたことでやっと現実に引き戻され、またもやレーシュから鋭い視線を向けられる。
その目は田舎者のような馬鹿面をするなと言っていた。
改めて周りを見ると、着飾った男女がどんどん入場していく。
「いいか、ここでは俺の側をなるべく離れるな、そして何があっても肯定しろ」
「えッ──?」
私を追い抜いていく時にその言葉を残していく。
一体どういうことなのか分からないが、私はすぐにその言葉の意味を知る。
「本日はアビ・ローゼンブルクのお招きにより参上させていただきました。レーシュ・モルドレッドの入場の許可を頂きたい」
レーシュは招待状を豪華な鎧を身に付けた兵士に渡す。
騎士と呼ばれる貴族の兵士なのだろう。
騎士は招待状の中身を見ることなく侮辱した目をレーシュへと向ける。
「ふんっ、少しでも怪しい動きをすればすぐにでも追い出すからな」
「もちろんでございます」
礼を取られることなく首だけを動かすだけだった。
かなり性格の悪い男だが、それだけでこんなにもひどい態度を取られるものだろうか。
中へ入ると別の騎士から私の手荷物の中身を確認させられた。
「何だこれは?」
いくつかの香水が瓶の中に入れてある。
騎士はそれを無造作に手に取ってすぐに中身を噴射させて匂いを嗅いだ。
近くの私もその匂いが漂い、甘い苺のような匂いがした。
「商人から紹介された逸品でございます。本日はこちらを紹介させていただく予定です」
「ほう、前は茶葉で今回は香水か。まるで商人の真似事だな」
まるで小馬鹿にするように鼻で笑われた。
レーシュはにこやかな顔を崩さずに頭を下げる。
その態度が面白くないのか、騎士は手を振って先へ行けと言われる。
私は荷物を預けて、レーシュと共に大きな広間へと入った。
少なからず人数はいるのに部屋の隅っこに正装を身に付けた者たちは集まっていた。
扉から奥の方に向かうほどテーブルに置かれている食事や置物が豪華になっているので、地位によって場所が決められているのかもしれない。
立食のため椅子がないが、人数が多すぎて部屋に余剰がないのだろう。
「お前は壁の方に張り付いておけ」
他の側仕えたちも同じように壁の近くにいるため、どうやら私の定位置はあそこになるようだ。
しかしあの場所ではなかなかサリチルから依頼された件の対処が難しい。
どんどん入場者も多くなっていき、着ている服も豪華になっていく。
我先にと挨拶行く者が多い中でレーシュはただ遠くから傍観しているだけだった。
──何だか周りからの目が厳しいような。
一人ポツンと立っているレーシュは逆に目立ち、後から来る者でもすぐに視界に入るのだ。
どれもこれも侮辱か怒りを含んだ目であり、ここは敵地とも言える場所のようだ。
──私もみたいだけど。
貴族たちからは注目はされないが、同じく壁際に立っている側仕えから似た視線を向けられる。
決定的に違うのは、隣で大きな声で嫌味を言われるくらいだ。
「あの方の従者なんて可哀想なこと」
「可哀想なのは私たちよ。何か命令されているかもしれないし。普通なら側仕えも控えさせるでしょう」
遠巻きに言われるくらいならありがたいものだ。
レーシュから喋るなと言われているので、私としても話しかけてこないことを祈るのみ。
突然ざわめきが多くなっていった。
それは一際豪華な紫のドレスを身に付けた令嬢が入場したからだ。
まるでこの世の美しさを凝縮した洗練された女性だった。
自信に満ちた顔で優雅に足をゆっくりと進め、歩くたびに髪に纏う宝玉が映える。
腰まで伸びる長い金髪はまるで宝のようであった。
みんなが口々に名前を出すのですぐに誰か分かった。
──あれが領主様……!
ほとんどの平民が領主の顔を知らない。
男性か女性かすら私たちでは知ることはなく、勝手な想像では男だと思っていたくらいだ。
それほどまで遠い存在であり、顔を見たことがあるのは裕福な大店の商人くらいだ。
アビ・ローゼンブルク。
王から授かった爵位を持つ領主はアビの名前を冠する。
まだ年齢も若い領主であったが、その雰囲気は少女ではなく、領主としてのカリスマを備えた支配者の顔だった。
一番前まで進み、一段上がった祭壇の前で彼女は全体を見渡した。
「ようこそお越しくださいました。今宵は紅き月を乗り越えて六年目の記念すべき日です。皆様の誇り高き忠誠によって、あの辛き日々を忘れ、数多くの成果によって、この国を統べるドルヴィからの声もおめでたい。皆様も本日は日頃の疲れを忘れて、一時の夢をお楽しみくださいませ」
領主が頭を下げると、全員が拍手を送る。
そして手に持つワインの入ったグラスを天へ上げてから口に付けた。
貴族たちは我先にと、領主へ挨拶をしていく。
並ぶ順番は位の高い順のようで、レーシュは一番後ろであった。
私の立つ位置からはあまりにも遠く、挨拶の言葉などは全く聞こえない。
だが領主を守る騎士は明らかにレーシュに対して警戒していた。
少しでもおかしなことをすればすぐにでも切り捨てそうであり、他の貴族と比べても挨拶する位置が後ろだ。
それが終わるとレーシュはこの前やってきたジールバンと呼ばれる太った貴族へ挨拶をしていた。
それからこちらへ戻ってくるため、私は側仕えとして主人の空のグラスを替えようとテーブルにある新しいグラスにワインを注ぐ。
「貴女、レーシュ様の側仕えですか?」
「はい!」
急に声を掛けられたことで、ドキッとしてしまった。
主人から喋るなと言われているので、少しでも口数を少なくしようと最小限の言葉を返す。
話しかけたのは先ほどまで隣にいた他の貴族の側仕えだった。
しかし嫌味を言っていた人ではないので安心する。
顔は笑っており、全ての貴族がこちらに敵意があるわけではないことにホッとした。
「もしよろしければこちらのワインの方がいいのではないですか? レーシュ様はこちらの銘柄も好きと聞いておりますので」
「えっと……」
サリチルから指定された銘柄以外は決して注がないように言われている。
どういう意味でそういったことを言ったのか分からないが、私としてはトラブルなく終わってくれさえすればいいのだ。
──何があっても肯定しろ。
先ほどレーシュから釘を刺された言葉だ。
どうしたものか考えていると、私の返事を聞く前にワインを注ぎ始めていた。
ここは事情を説明しようと考えていると、袖から白い粉がワインの中に降り注いでいることがわかった。
あまりにも一瞬だったため、もしかしたら気付かずに袖の中の何かが溢れてしまったのかもしれない。
「あの、袖から何か溢れていますけど、もしかしたら破れていないですか?」
オドオドと尋ねると相手の表情が急に変わった。
だがすぐに元の笑顔に戻り、自分の袖を確認した。
「あら、本当ですね。代わりのワインを入れますね」
今度は特に袖から溢れることなく、ボトルの中身がそのまま入れられた。
上品な注ぎ方は惚れ惚れするほどだ。
私もこんな上品に入れられるようになりたいと思う。
「ありがとうございます。ではこちらをレーシュ様にお持ちいたします」
もらったグラスをトレーに乗せて腕に乗せて片手で持つ。
両手で持つと品がないと怒られたため、慣れないながらもバランスを保ちながらレーシュの元へ向かう。
「レーシュ様、替えのグラスです。あちらの方がお好きだろうからと入れてくださったものです」
私が先ほどの側仕えへ指を指そうとすると、それよりも早くレーシュから叩かれた。
怖い目つきで睨まれてから、指を指すのは良くないと言われたことを思い出す。
手のひらを上向きにして地面と平行させて相手を示す。
レーシュは作り笑いをして、側仕えに会釈をした。
そして口元を動かさずに、私にだけ聴こえるように話し出す。
「おい、あいつは敵の派閥だ。そんなもの飲めるか」
「ぇッ──!?」
またもや大きな驚きの声を出し掛けて手で抑えた。
ギロッとレーシュに睨まれたが、まだ許してもらえる範囲だったようだ。
あれほど優しそうな顔をしているから、珍しくもレーシュのことを快く思っている稀有な人物だと思っていた。
「お前、今失礼なことを考えただろ?」
「べ、別に思ってません!」
心の中を読まれたため、私は慌てて首を横に振って否定した。
まるで頭痛があるかのように頭を押さえるレーシュは、私へはっきりとした言葉を送る。
「お前はもう二度と喋るな」
私もそうしたいい気がしてきたので、空のワインを受け取って、他のワインを取りに行こうと思う。
「やあ、レーシュ君!」
ちょうど離れたタイミングで他の貴族がレーシュに話しかけていた。
今度も相手は笑顔であるが、あれも本当は偽った笑顔なのだろうか。
貴族社会はよく分からないものだ。
一度飲んだグラスを置く場所は決まっているので、空のグラスと結局飲まなかったワインを仮置き用のテーブルに置いた。
すぐに新しいワインを注ぎ直して持っていく。
私は言われた通りに何も喋らずレーシュの隣に立つと、チラッとグラスを見てからすぐに受け取る。
──ふぅ、また元の場所に戻ろう。
その時に風を切るような僅かな音が聞こえた。
私はその方向に合わせて手を向けてタイミング良く掴む。
それは長針であった。
──えぇ……。
こんな人の多い中で暗殺しようとするなんて、なんて貴族社会は怖いのだろう。
毒が塗ってあるようでチクッとした痛みがあり、もし体の中に入れば死に至らしめる可能性がある。
サリチルからレーシュを守るように言われていたが、まさかこんな直接的なやり方をされるとは思ってもみなかった。
──貴族の側仕えってこんなに大変なんだ。
サリチルから騒ぎを起こさないように注意されたので、この暗殺者を直接捕まえに行けない。
どうしたものかと考えていると、また連続で二撃目、三撃目の長針が飛んできたので全て掴む。
流石にイライラしてきたので、一本だけ来た方向に投げ返した。
もちろん当てると騒ぎになるので、首元から少しズラしたところへ手首だけで投擲した。
それからしばらく攻撃が止み、諦めてくれたようで安心する。
「おい、まだ終わってないからな」
レーシュから気が抜けたことを見抜かれ、レーシュの本命である販売会を行うため別室へと移動した。
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