第5話 間話、暗殺者視点
俺は新米の暗殺者。
今日はレーシュ・モルドレッドという、貴族社会の嫌われ者を暗殺する任を受けている。
だが俺は戦闘のシロウトではなく、十年以上冒険者家業をやっている戦闘のプロだ。
それなのにどうして暗殺者になったかというと、冒険者で稼ぐよりも金がいいからに他ならない。
器用なこともあって、ヴィーシャ暗殺集団と呼ばれる、この国で最も恐ろしい人殺しの組織へ試験を受けることができた。
まだ下っ端だが俺はいつかこの組織のトップになって、使っても使いきれないお金で豪遊しようと思っている。
この任務はそこまで難しくないのであまり評価も上がらないが、何事もコツコツやるしか出世の道はないだろう。
しかし報告では屋敷を守るサリチルとかいう側仕えが強いらしく、何人かの新米はやられてしまったので油断はできない。
ここ最近にも若手の実力者たちが、寝込みを襲おうとレーシュの屋敷を襲ったが捕まってしまった。
幹部である三分衆の一人が牢獄まで助けに行ったらしいが、いつの間にか捕まっていたと言い訳をしたら最後、全員皆殺しにしたと聞いた時は肝を冷やしたぜ。
──だがその幸運もここまでだな。
俺は決して失敗しない。
もうすでに中に協力者も入れており、もしものために壁に偽装して援護をするつもりだ。
──おっと来たようだ。
お目当ての対象が警戒した様子でやってきた。
嫌われているだけあって、周りへの警戒心は強いようだな。
──ん?
レーシュの後ろには見慣れない女がいた。
お金がないため、大勢の使用人を追い出したと聞いており、サリチル以外には誰も残っておらず、募集をかけても誰もやって来なかったと聞いている。
しかし歩き方が洗礼されておらず、貴族にしては少し優雅さがない。
顔は悪くないが、貴族特有の嘘っぽい雰囲気もないため、今日のために数合わせで平民を連れてきたというところだろう。
──報告のない平民の女か、本当にあの貴族は没落しているようだな。
貴族のゴタゴタには興味がないが、昔起きた事件のせいで厄介者扱いされているらしい。
わざわざ俺が殺さなくてもいいと思うが、目にするだけで不快という理由だけで暗殺の依頼が来たほどだ。
本当に貴族というのはわがままな生き物だと思う。
俺の協力者は早速動き出した。
側仕えのふりをして、レーシュの側仕えに毒入りのワインを渡そうとする。
しかし袖から注がれた毒に気づかれて、またワインを注ぎ直していた。
──何やってやがる。
昔教育を受けたことがある貴族ということで俺も大金を払ったのに、あんな平民なんかにバレるとは役に立たない。
さらには用心してなのか、そのワインすら飲んでくれない。
しょうがない、俺がプロとして手本を見せないといけないようだ。
タイミング良くレーシュは別のお貴族様とお話をしていた。
そこでかなり良い方法を思い付く。
──あの貴族を殺したのはあいつのせいにすればいいじゃねえか!
俺は吹き矢を懐から取り出す。
長い筒に息を吹き込むことで遠くにいる敵も狙える。
そして長針状になっており、少しでも擦れば毒が全身を回って麻痺してしまう。
──あんたに恨みはないが金のために犠牲になってくれ。
俺は誰もこちらに気付いていないことを確認してから思いっきり吹き出した。
名の知らない貴族の首元へ吸い込まれていった。
仕事は終わって、どうやって逃げ出そうか考えていたが、一向に騒ぎにならない。
俺はもう一度狙った貴族を見てみるとピンピンしていた。
──まさか外したのか?
暗殺者が一撃必殺に失敗するなんてのは最悪なことだ。
犯行に使った道具がどこかに落ちていたらどこで足がつくか分からない。
あまりにも簡単すぎて油断した自分を諌めて、冷静にターゲットに吹き矢を吹き出した。
その時、レーシュの側仕えの腕が動いた気がした。
──俺の目もおかしくなったか?
一度目を擦ってもう一度見てみると、女の二本指が俺の吹き矢を止めていたのだ。
ありえない。
目で追うことすら難しいのに、それを振り向きもせずに止めているのだ。
そんな化け物は今まで出会ったことがない。
しかし現にその手には俺の長針が止められている。
もう一度狙いを定めて放つと、腕を動かして余った指で止めていた。
毒が滲んでいるはずなのに涼しげなため、これは夢か何かだと錯覚してしまう。
だが背中にゾワっとした危険な信号が流れて、考えるよりも先に逃げるべきだと足を動かす。
風を切る音が聞こえた。
俺の首元ギリギリで俺が放った長針が刺さっていた。
まるでそこに狙ったかのように正確に放たれたのだ。
足が震え、心臓がありえないほど爆速で動き出した。
こいつがうちの若手を捕まえたのだと俺は確信する。
そしていつでも殺せる俺を逃すのは警告なのだ。
自分の主人を決して狙うな、そして口外するなと。
任務に失敗した以上は俺の加入も見送られるだろうがそれでいい。
あんな化け物を倒せる気なんてしないからだ。
真面目に働こう。
貴族に手を出すなんて馬鹿だった。
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