第22鬼 ――明日、絶対勝ちましょうってことです。


 指定された場所は、この公園のすぐ近くにあった。三階建ての小さなビルの二階に、OKOの事務所がある。俺たちは扉の前で深呼吸した。


「いくぞ」


 二人に目線を合わせる。二人とも、何も言わなかったが、準備はできている様子だ。


コンコンコン。


 扉を三回ノックすると、中から清潔感のある中年の男が出て来た。


「舞草羽凪の紹介で来ました。赤在煉です」


 俺は舞草に言われた通りに自身の名を告げた。


「舞草さんから話は聞いているよ。よく来てくれた」


 歓迎を受け中に入ると、既に俺たちの他に、三人の女子が椅子に座っていた。年は俺たちと同じくらいかもう少し上のようだった。


「紹介が遅れたね。私は、染矢戮そめやりく。OKOのリーダーをしている者だ」


 どんな人間が組織を動かしているのかと思っていたが、どこにでもいそうな男性、良く言えばとっつきやすい、悪く言えば平凡な身なりをした人間だった。


「山内緋莉です」


「海和湊です」


 二人がサッと自己紹介を済ませた。俺は、もう一度染矢戮と言う男性に挨拶をする。


「赤在煉です。よろしくお願いします」


 その後、俺たちは先に到着していたメンバーの紹介を受けた。三人の少女は、染矢夢会そめやゆあ細砂都麦ほそすなつむぎ遊塚享ゆうづかきょうと言うらしい。一人はこの染矢戮の娘のようで、鬼に殺されそうになったところだったが、なんとかに一命を取り留めたことを聞いた。


「鬼の大将、いわゆる純鬼がいるのは、濁池にごりいけダムだ。その中にある管理棟確実に奴がいる。奴を退治すれば、蒼守市に平和が戻るだろう」


 やはり内容は至極単純なようだった。勝つか負けるか、それだけだった。


「お父さん、私たちがその鬼を倒すことができたら、本当に、終わりなんだね……」


 染矢夢会がもう一度、確認の意味を込めて言った。その言葉はゆったりとしていたが、静かなる闘志のようなものが感じられた。この三人も鬼を長らく狩ってきているようで、細砂、遊塚の両名も落ち着いた表情で染矢戮の話を聞いていた。


「俺たちが勝つ可能性はあるんですか?」


 随分と馬鹿げた質問をしていることは自覚していたが、あの純鬼を一度目の当たりにしていることもありこの言葉を口にするしかなかった。


「それってどういう!」


 俺の言葉が遊塚と言う少女の逆鱗に触れたようで、彼女は即座に机を強く叩き、俺を睨みつけた。


「享、落ち着いて。この人たちは純鬼に会ったことがある。だから言ってる」


 細砂が逆上気味の遊塚を制した。その一言ではっと我に返った遊塚は再び椅子に座り直した。


「勝つ見込みはある。だからこうして集まってもらっている」


 染矢戮は俺たちに鬼を倒すための策を提示する。荒唐無稽なものもいくつかあったが、あの無策で戦おうとしていた時よりも勝算はありそうだった。


「今日は休んでもらって、明朝、純鬼リグを討伐する」


 ここで対策会議が幕を閉じようとした、その時だった。


「あの……」


 染矢夢会だ。手を挙げてか細い声で言った。


「みんなで、ごはんとか……食べませんか?」


 最期の晩餐、と言うことだろうか。今までの鬼とは違う、計り知れない力を持つであろう鬼の王。そんな傑物と戦うのだ。無事でいられる保障はない。


「みんなで過ごせるのも最期かもしれないし……」


「ちょっと! 夢会! なんてこと言うのよ!」


 細砂がすぐさま言った。皆、心の中では分かっていたことだ。それ以上、何も言わなかった。


 俺たちが食事をしたのはいたって普通のファミリーレストラン。あんまり大仰な食事をすると本当に死んじゃいそうだからと言う遊塚享の意見でこの場所に決定した。


 俺も異論はなかった。俺たちは明日を手にする、未来を手にする、勝利を手にする、そう信じているからだ。これが、最期になんてさせるか、そう言う思いだった。


 俺たちはひたすらに他愛のない会話をした。談笑し、歓談し、それぞれに銘々に話をした。周りから見ても、俺たちがまるで明日、この日常を取り戻す一世一代の戦いをする人間には見えなかっただろう。俺たちは時間も忘れて笑い合った。


「赤在さん……神っていると思いますか?」


 唐突な染矢夢会の言葉。染矢はこう続けた。


「私は、この世に神はいると思うんです。神によって死ぬ人間はそこで死ぬように設定されているし、逆に生き残る人間はそうやって決められている。生きる人間って、死ぬようなことをしていたって、絶対に死ぬような状況にいたって、生きることができるんです」


 俺はその言葉の真意を掴めないでいた。


「それってどういう……」


――明日、絶対勝ちましょうってことです。


 適当に誤魔化されてしまった気しかしなかったが、なんとなく言いたいことは伝わった。自分が死ぬかもしれない、そして、この中の誰かが死ぬかもしれない。だけどそれは、運命だ、宿命だ、そう割り切って戦う。悲しむ暇だって、落ち込む暇だってない。


「そうだな……頑張ってこの戦いを終わらせよう」


 俺たちはそう意気込んで解散した。明日、俺たちの戦いが終わると思うと清々しい気分になった。

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