第21鬼 鬼同沙昏


「……リグ、純鬼。ОKОの人たちはずーっと居場所を探っていたみたい」


 舞草に昨日のことを伝えると、あっさりと、頷いていた。あれは言っちゃダメって言われたからの一言で終わった。口が軽そうに見えて、どうやら、秘匿義務は順守できる人間らしい。


 加えて、舞草に市内の鬼を一掃する方法について質問したところ、先の回答が返って来た次第である。


「純鬼ってのを倒せば、鬼が増えるのを止められるってこと?」


「まあ、たぶん。なんせ、純鬼って強すぎて倒せないらしいし。昨日ちょうど協力要請がきてた」


――まあ、あーしは、誘われたって絶対参加しないけどさ。


 鬼の王、「本当」の鬼。俺たちがあの化け物に敵うのだろうか。しかし、結局のところあれを倒さない限り、根本的な解決にならない。


「やっぱ文字通りラスボスだったわけね」


「せっかく全滅エンド回避したのに、また死に向かうってことよね」


 山内さんは口ではそう言いながら、随分やる気が漲っているように見えた。一度みすみす逃した敵だ。今回は作戦を立てる時間もある。勝機を見出そうとしているのが分かった。


「言い忘れたけど、リグってのは、仮に呼称してるだけ。あなたたちが出会ったって言う鬼かもしれないし、音新乃さんかもしれない。はたまた、全然違う鬼かもしれない」


――そんなに強い鬼がうようよしてたら嫌なんだけどさ。


 舞草はぶつくさと言って、俺たちにその協力要請のあった人物の連絡先を手渡してきた。


「ま、せいぜい健闘してきて。あーしはまだ死にたくないし」


 ダウナーな姿勢を貫く舞草は俺たちとは少し違っている気がした。今まで少しずつ、それが仕事だと言わんばかりに孤独に鬼退治してきた人間だ。きっと彼女なりの考えがあるのだろう。俺たちは、それ以上、舞草に何も言わずに病室を後にした。


「赤在くん、私、なんだかやる気満々なんだけど……」


 海和は目を大きく見開いて言った。初めて鬼になった時感じたが、どうやら鬼は好戦的になってしまうらしい。失敗することよりも戦って勝った時の悦びを想像してしまう。蛮勇だと分かっていても、どうも楽観的に脳が、思考してしまう。冷静になる自分を常に心に置かないと、突拍子もなく突っ走ってしまいそうになる。


「とりあえず、明日、この双川そうかわ第二公園に集合」


 俺たちは、もう鬼を殲滅するしかない。罪のない人たちを守るため、一刻も早く、鬼を滅ぼすしかないのだ。俺はその使命を胸に刻みつけた。もうあんな哀しい鬼を見たくないし、これ以上犠牲者を増やすわけにもいかない。


 たとえ分が悪い賭けだと分かっていても、親玉の鬼を打倒するしか、俺たちに残された道はないと悟った。


 この時既に、俺の中には鬼は倒すべき敵であるということが、しっかりと認識できていた。


 だからこそ、次は迷わずにやれる、そんな自信が満ちていた。


 日が沈んだ後の街路には瀟殺とした空気が漂う。冷たい風がやけに頬を撫でてくるような気がした。





 特別な境遇、不遇、不幸、不条理、そんな要素が一つでもあったのならば、悲しいことにも納得がいく。嘆くことだって落ち込むことだってできる。


 でも、本当に哀しいのは平凡であることだ。自分は何者でもない、いたって普通だと知ることだ。自分は何の取柄もない人間だと知ることこそが「本当」の不幸なのだ。


 鬼同沙昏が死と言う道を選んだのは、この普通と言う檻に閉じ込められた自分を知ったからだった。ごく一般的な家庭に生まれた鬼同、時には家族と喧嘩したり言い合ったり反抗したりすることもあった。だが、それは思春期特有のもので、いたって普通のことだった。


 自分の能力を鑑みる。人並みに足が速いわけでもなく、勉強ができるわけでもない。少し秀でた国語の点数がなんだ、数学の点数が平均点より五点低いことが何になる。そんなの誤差だ。大体の人間が、平均点前後で生きている。個体差はあれど均されて、普遍化され、一般化され、型にはめられていく。個性なんて言っても、大元は変わらない。人である限り、一握りの人間でない限り、皆、有象無象だ。


 自分がこれから未来永劫、替えの利く部品として使い潰されていく未来を想像するだけで嫌気がさした。


 皆、どうして普通の生活に満足しているのだろう。


 劇的なドラマを期待しないのだろう。


 つまらない人生を変えようとしないのだろう。


 行動を起こすことは生きることだ。何かを変えたいと願うだけでは変わらない。自分にできることなんて、凡人が考え付くことなんて、たかが知れている。でも、やってみるしかなかった。


 物語で一番心に残るのは死だ。キャラクターが死ぬだけで誰かの心に残る、残り続ける。それはただ無為に過ごしているだけでは享受できない栄光だ。


 しかし、こんな、自死と言う考えだって平凡だろう。周りと比べて、自己を相対的に、俯瞰的に捉えた結果、劣等感に苛まれただけだと決めつけられる。崇高な意思があって死を選ぶのではなく、逃げ場のない心の弱い人間だったと処理されるだけだ。


 だけど、きっとニュースくらいにはなるだろう、一時的に自分の事を色々と皆が考えてくれる。自分のために緊急会議が開かれ、心に傷を負う者だって多少はいるだろう。自分の存在を知らしめることができる。自分が生きた証を残すことができるだろう。


 こんなことを願っていた鬼同が、こうして、鬼同沙昏は鬼と同化して、人間の生きた証を消し去っているなんて、なんて皮肉なことだろう。


 自身があれほど残したかった生きた証、それを無造作に無分別に無差別に奪い続けているのだ。


 無意味に生きている人間に価値はないとでも言わんばかりに、鬼同沙昏もとい、メイ・ジャドジュールは人間を殺める。


――命ってなんのためにあるんだろう。



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