第19鬼 無殺のアカザイ


 あたしが、何者であるかの違和感の正体が分かった。私はメイ・ジャドジュールであり、そうではない。なぜ、こんな曖昧な表現をしなければならないのか。それは、あたしが人間の体を器にして、苗代として、依り代として、生き長らえているからだ。


 あたしは、この世界にやってきて、一番に、鬼同沙昏きどうさくらと言う少女と出会っていた。そして、彼女と言う器の中に、あたしと言う存在が紛れ込んだ。だから、純粋な鬼なのに、人間の様相を呈し、現代の知識を身に付けていたのだ。


 先ほど、「鬼同沙昏と言う少女」と言ったが、実際には「鬼同沙昏だったもの」だ。あたしが出会った頃には死んでいた。だから、死体が勝手に外を歩いて出て行ったと言うことだ。彼女と一体になった時、意識が混濁する何かを感じた。あの感情が一体何だったのか、あの時は分からなかった。


 だけど、今ならはっきりと分かる。


 彼女の意思が、彼女の思いが。


 彼女、鬼同沙昏は生まれ変わろうとしていた。彼女は自殺と言う方法でしか救われなかったが、必死に、愚直に、変わることを望んでいた。だから、彼女はあたしを受け入れた。彼女はこうして新たな魂を受け入れて、生まれ変わったのだ。


 あたしはゾウダと共に死屍を貪りながら、記憶の断片を紡ぎ合わせる。血の匂い、血潮の色、血液の感触、血だまりの温度、血肉の弾力、それら全てが、昔のあたしを教えてくれた。ああ、あたしはこうやって生きてたんだ。こうやって殺して、壊して、心地よくなっていたんだ。


 ゾウダは臭いであたしだと判断できたらしいが、見た目はやはり大きく変わっていたらしい。既に鬼同の肉体は朽ち果て、自我と呼べるもの、魂と言われるものは昇華していた。


 あたしはまだ、気持ちの整理ができないでいた。


 自分だと思っていたものは、自分ではなかった。自分の所在が、身元が、明らかになったようで結局は自分が何者なのか、証明できるものはない。ただ、今、ここで、人間を貪り食っている鬼としての自分だけが、存在しているとはっきり言える。ゾウダから話を聞いてあることを知った。


 殺したら、存在が無に帰すということだ。あたしたち鬼が殺したら、命だけでは飽き足らず、その人間の生きた事実すらも奪ってしまうらしい。


 安心した。


 殺した人間の家族、友、仲間が悲しむこともできないのだ。認識することができないのだ。そう考えると、楽になる。いくら殺したって、結局は初めから無かった、存在しなかったことになる。


 だとしたら、その人間の生きた意味、生きてきた証は全て否定されるのだろうか。全て初めから意味のなかったものとして世界が書きかえられるのだろうか。


 驕りだ。


 自分が何かを変えただとか、自分のおかげで何かが変わっただとかは、ただの勘違いだ。おめでたい妄想だ。一人の人間がいなくなったって、世界は変わらない。世の中には何の意味もなさない人間で溢れている。大抵の人間は、意味なく一生を終える。そいつがいなくても支障をきたすことはない。


 あたしの中の鬼同沙昏が訴えかけている。この世は意味のない人間ばかりだと。こうして自分のように無念に無力に朽ちる人間が大半だと。


 その鬼同が、背中を押してくれる。意味のなかった自分の人生に意味を与えてくれと。人間たちを食らう化け物でもいい。自分が何かを成したと言う、痕が欲しいと。


 だが、これは本当に鬼同の願いなのか、自分メイ・ジャドジュールの悲願なのか分からない。あたしと鬼同沙昏は一体だ。彼女の思いもあたしの思いもまぜこぜになって、余計に訳が分からなくなる。


 だから、今日も、あたしは……


――人間を食らう鬼で在り続ける。


「良い顔になったじゃねぇか……」


 ゾウダが横で口角を上げて笑っている。


 あたし、良い顔をしてるんだってさ。



「七時、海和神社集合。鬼が出るよ」


 翌日、舞草から突如、用件だけが俺たちに伝えられた。俺たちに課せられた初のミッションだ。


「さて、赤在くんはくるのかしら。それともビビッて尻尾撒いてにげるのかしら」


 山内さんは挑発的な態度で俺に向かって言った。


「そ、そりゃ行くに決まってるだろ!」


「討伐数ゼロ、無殺のアカザイは言うことが違うねー」


「勝手に不名誉な二つ名を付けるんじゃない! 俺は殺せないんじゃない、俺が手を下すまでもなかっただけだ。無限に殺せる、略して無殺だ!」


 山内さんに揶揄われて、久々に意味の分からない言い訳をしてしまった。


「いやはや、これは失敬しました。てっきり、鬼に遭遇しているのに殺せないジンクスがあったりするのかと思ってた」


 ズバリ正論を突きつけてくる山内さん。その通りだ、その通りだけれども……


「や、やってやろうじゃねーの!」


 まんまと挑発に乗ってしまった俺。心のどこかで恐怖を感じていたところもあり、山内さんのおかげで、少し楽になったように思えた。


「湊ももちろん、来るよね?」


「来るって言うか、実家なんだけど、私、そこに住んでるんだけど」


 海和は少し困り顔だった。それもそうである。今までなら俺の家の玄関にのみ出没していた鬼が、自分の家の敷地内に現れると言うのだ。


「赤在くんの家の玄関が良かったー」


 毎回玄関が破壊されてたまるか、と言う思いだったが、考えてみると、妙だった。今までは玄関だった。それが、海和の家の神社である。鬼が現れる場所はやはり特定の場所と言うわけではないのだろうか。それともいくつかのパワースポットが存在するのだろうか。


「あのゾウダって鬼みたいに会話できたら、少しずつ謎とかも解明されるのに……」


 海和は肩を落としながらそう言っていた。話が可能ならば、和解や懐柔も可能なのかもしれない。そんなことも考えていた。


「あの頭幻響ってのも使ってみないとね」


 俺たちには余裕があった。鬼と戦ったこともあれば、鬼を倒す武器もある。三対一なら、余程の強敵でない限り、楽に倒すことができるだろうと、高を括っていた。


「じゃあ、また!」

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