第18鬼 ОGRE KILLING ORGANIZATION

 二人が俺の方を見つめる。俺はその視線を逸らしながら、黙ることしかできなかった。


 俺が素直に首を縦に振ることが出来ないでいたのには理由がある。それは、メイのことだ。仮にこのまま舞草に協力し、鬼を討伐し続ければ、メイに再び会えるかもしれない。


 だけど、今度は立場が違う。鬼と戦うのだ。完全に人間サイドに立つことになる。

つまり、次にメイと再会した時には、今までの関係でいられなくなるだろう。それが気掛かりでならなかった。


 メイに会った時に、俺はどうしたいのか、どうするべきなのか、しっかりと考えてから答えをだしたかった。


 だが……


「ま、私たち、あなたたちに協力するわ。もちろん、舞草さん個人の慈善事業ってわけじゃないんでしょ」



 強引にかつスピーディに話は進められていた。俺は逡巡する暇もなく、舞草に肩入れすることになっていた。


まあ、どうしても不都合があれば、その時はその時だ。そんな風な考えもあった。


「OKO(ОGRE《鬼》 KILLING《殺し》 ORGANIZATION《機構》)、あーしのいる組織の名前。なんかよく分かんないけど、鬼をやっつける的な意味らしいよ」



 口の軽そうな隊員がいても大丈夫なのかと不安に思いながら、さらに、舞草から話を聞いていた。


「鬼を倒すって言っても、どうやって倒すんだ……」


 俺は日本刀のような刃で、鬼の首を掻っ切るものだと勝手に想像をした。海和が持ってきた小刀もあり、きっとこの組織にも鬼を討伐するための切れ味の良い太刀が、刃が、存在しているものとばかり思っていた。


「これよ」


 舞草はポケットからハンドガンを取り出した。


「銃?」


 一体こんな小銃で鬼を退治できるのかと言うのが、率直な感想だった。こんなもので倒せたら、今までの丁々発止の戦闘は、苦労は、なんだったのだと言いたくなる。目の前のそれは心もとない、拍子抜けの武器だった。


「あ、今こんなので倒せるのかって思ったでしょ」


――あーしも思ってた。


 舞草にはすっかり心の声が聞こえていたようだったが、


「でも、これであーし、やってきたから。案外やれるよ、これ」


 話を聞けば、この銃で少なくとも舞草は十以上の鬼を葬り去ったらしい。


「でもまあ、これ二つしかないんだよねー」


 そう言って二つ目の小銃を取り出した。名前は頭幻響とうげんきょうと言うらしい。


「これで、額をぶち抜く!」


 できなかったら、反撃にあって、あーしみたいになる。そう言って舞草は自分の足をぽんぽんと叩いていた。


「舞草さんは引き分けって言ってたけど、もしも、仮に、負けたら……どうなるの?」


 山内さんは何気なく質問を投げかけた。俺たちもあの鬼に敗北したことは一度もない。


「あーそれね。完全に死んで負けちゃったら、みんなの記憶から消えちゃうっぽい」


 記憶から消える。つまりは自分と言う存在がなかったことになる、と言うことか。


「それって流石にキツくない……まあ、実際死んだら終わりな訳だし、一緒か」


 海和の言う通り、死んだら終わり、そうならないように尽力すべきだろう。


 この時の俺たちには、まだ自分が危機に瀕したらなどという想像が十分にできていなかったこともあり、あっさりこの話題は流れた。後のことを思えば、俺はこの事の重大さに気が付くべきだった。もっとこのことを深刻に受け止めるべきだった。


 だが、それは転ばぬ先の杖、後悔先に立たずと言うものだ。


「あと……鬼は何体いるのかは分かっているの?」


 海和がまた俺の気になっていたことを舞草に質問してくれた。あと数体ならば、やる気も出る。逆にあと百体だとか言われれば、現実的に全討伐は無理だろう。


「んー、今も増え続けてるらしいから、はっきりとした数が分かんないみたい」


 まあ、数がはっきり分かっていれば、苦労もないだろう。


「増えるって、鬼の世界からやってくるって言うのか?」


「ま、それは近々分かるんじゃない」


 初めて舞草が話をはぐらかした。このことは、俺たちに伝えてはいけないと言うことだろうか。俺たち三人は、この質問が、禁則事項に触れてしまったことを瞬時に理解した。


「近々ね……」


「じゃ、三人とも、これからよろしく~」


 そう言って舞草の連絡先を交換した俺たち。これから俺たちは鬼殺隊として活動することになるのか……


 一度あの海和の小刀で討伐した山内さんはまだしも、俺は鬼と対峙して一度も勝てていない。むしろ窮地に立たされるばかりだ。


 だからこそ、俺は、あの鬼に敗北しないようにすることで頭がいっぱいだった。


 メイがいない、その事実が俺の不安な気持ちを大きなものにしていた。


 俺は一人で懊悩する。自身の力が足りないのを恨めしく思った。俺にもっと力があればなんて言うよくいる月並みな主人公の如き悩みを抱えていた。


「赤在くんは、メイに会った時、この銃の引き金を引くことができる?」


 帰り道、海和は残酷な質問をしてきた。


「今、それは関係ないだろッ!」


 俺はついカッとなってしまい、強い語気で即答していた。他にあたったって仕方ないと分かっている。痛い所を突かれて言い返す言葉がないだけのくせに、こんな言い方したって意味がないのも分かっている。


 でも、自分でも解決していない問題なのだ。答えたくても答えられないんだ。


「いきなり言ってごめん。でも、赤在くん、迷ってたでしょ。無理なら私たちだけで、やるわ、鬼退治。武器あいにくも二つしかないみたいだし。どうする?」


 どうやら海和は俺の心中を察して、この戦いからリタイアする道もあるということを示してくれた。


「俺は……」


 この蒼守市を守るヒーローなんかじゃない。俺がやらなくても誰かが町を守ってくれる。俺がここで降りたって、物語が大きく変わることなんてない。


 俺の思いは、俺の願いは……


――もう一度、メイに会うこと。


 そのために、他の悪い鬼ならやっつけてやる。でも、音新乃萌生は? 鬼のメイは?


 俺は殺すなんて、できない。鬼だろうが、敵だろうが、俺にとってメイは大切な存在なんだ。せっかく出会えた大切な仲間なんだ。


「できない……」


 正直な気持ちを海和と山内さんに伝えた。それ以上二人は何も言わなかった。


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