第17鬼 自分の「本当」の気持ちがそこにあった。
山内さんは担任の左貝から聞き出した病院の名前と病室が書かれたメモを掲げて、意気揚々と言った。
俺の想像していた目的地とは違い少し落胆したものの、地曳学院の子と一緒だったと言う、舞草に話を聞くことができれば、鬼についてまた何か分かるかもしれない。そうすれば、もう一度、メイに会えるかもしれない。舞草のいる病院はとても魅力的な場所のように思えてきた。
止まっていた俺の心が、また動き出したのが分かった。もう一度、メイに会って、
一緒にごはんを食べたり、勉強したり、一緒に過ごしたい。
自分の「本当」の気持ちがそこにあった。
「じゃ! 放課後、
俺たち三人が病室に到着した。そこには、右足にギプスをした舞草羽凪の姿があった。物憂げな表情で、ぼんやりと窓の外を見つめている。
「遅かったね。待ってたよ……」
突然意味深なセリフを吐いた舞草に、俺たちはドキリとさせられた。彼女は一体何者だ? 彼女は一体何を知っている? 俺は彼女がこの物語を牛耳り、操作する神なのだと錯覚した。
「なーんてね。言ってみたかっただけ。でも、ま、なんとなく、来るかなーとは思ってたよ」
どうやら俺の考えすぎだったようだ。だが、舞草は、俺たちが来ることを予見していたようだった。
「あれ? 音新乃さんは?」
「ワケあって、転校したよ……」
そう、と一言だけ言って、舞草はもう一度、窓の外を見遣った。
「だったら、話は早い。何から聞きたい? 音新乃さんのこと? あーし(あたし)のこと? 地曳学院のこと?」
この舞草と言うクラスメイトが、一体何を知っているのか全く予想がつかなかったが、俺はまず、クラスの中で噂になっていたことを確認したかった。俺はクラスの中で言われていた通りのことを、舞草に伝えた。
「地曳学院の子と一緒にいてたことは、事実。そこで事件があったのも……事実。でも、遊んでたってのは違う」
一つ一つゆっくりと、確認する舞草。
「遊んでたってより……戦ってたって感じ?」
「戦っていた?」
俺は、舞草が言ったことを繰り返した。戦っていた? 何と?
「あーし、鬼退治してたらやられちゃった感じなんだよねー。赤在とか鬼でしょ」
――実は、あーしも鬼。
そう言って舞草は俺たちと同じように、角をひょいっと出して見せた。
「鬼が鬼退治って変かもだけどさ、しゃーないんだよね。なんか頼まれてさ。あんま、他の人に言うの良くないっぽいし、どうしようか悩んでたんだけど。ってか、鬼になるのは高校生までっぽくてさ、大人は無理らしいよ。ってか……」
「ちょっと、待った、待った!」
知らない情報が次から次へと提示される。舞草が俺たちと同じ鬼? 頼まれて鬼退治をしている? 大人は鬼になれない? 俺たちは舞草の言うことを必死に聞き逃さないように努めることしかできなかった。
「音新乃さん? あの子、純鬼でしょ? さすがに一発で分かったわー」
あれにはあーしは勝てない、と言って舞草は怪我をしたと言う右足をさすりながら言った。
「ってことでさ、あーしに協力する気、ない?」
どうやら、舞草が言いたかったのはこのことだったようだ。舞草は今までの雑然とした態度とは違い、必死に俺たちがどう出るか窺っている。
「俺たちが協力?」
「そ、あーしだけじゃ限界。ってか、せめて怪我が治るまでちょっと手伝って欲しいかなーって」
また軽口に戻った舞草はこう続けた。
「音新乃萌生に捨てられたんでしょ? 力を持て余してるならさ、貸してよ、力」
「捨てられたわけじゃない……と思う」
そう思いたかったが、はっきりとそう言いきれなかった。
「ま、なんでもいいけどさ」
舞草はさらに、自分が知っていることについて話をしてくれた。
話を聞けば、舞草羽凪はこの蒼守市に出没する鬼を、せっせと狩っていたらしい。その途中で、地曳学院に辿り着き、一人で鬼と戦い、引き分けたということだった。
「舞草が、このことを伝えたってことは、俺たちが協力しなかったら……」
きっとこの場で処分される、俺たちも鬼側の人間とみなされて、跡形もなく殺されるだろう。これだけの秘密を一挙に暴露したんだ。俺たちが協力することを前提に、舞草は語ってくれたに違いない。
「ま、無理ってんなら、別にいいよ」
俺の予想に反する言葉が返ってきたため、俺は絶句した。
「待って、それなら私たちにこんな重要な秘密を伝えた意味が……」
同じことを考えていた海和が、俺が言いたかったことを代弁してくれた。
「あ、それは大丈夫。今ここで、鬼の力を無くして、鬼についての記憶を失うこともできるからさ……」
「鬼の力を無くす……?」
俺たちが切望していた平穏を手に入れる方法が存在した。このまま、何も知らなかったことにできる。今までの全てを無にできる、そんな方法があったなんて。即座に、俺の心は激しく揺れた。
「本当に、そんなことができるのか……」
メイとの思い出を全て消し去ってまた一からやり直すことができる。こんな嫌な思いから解放される。あれほど、迷って悩むこともなくなる。
だけど、本当にそれでいいのか……
俺が脳内で必死に自分と対話をしていることも気にせずに、舞草は続けた。
「ま、その場合は、ここで、終わりってことになるけどイイ?」
終わりになる、それは一体何を意味するのだろうか。やはり殺されて人生が終わると言うことか?
「葉勢森未森、瑠璃垣彩蘭、あの二人に会ったでしょ」
「あれが、終わったってこと」
舞草の口から、予想もしなかった人物の名が語られた。あの二人も鬼だった? あの二人はただの被害者だと考えていた。
二人は、ただの一般人などではなかった。どこにでもいる普通の高校生だと、誤認していただけだったのだ。
まさか、あの二人も鬼だったとは。
「つまりは意識不明の重体になって初めて、鬼のことも忘れて楽になれるってことね」
「そう。それがお望みなら、それはそれで、止めないよ」
どういう方法を駆使すれば鬼の力を喪失できるのか、気になるところだったが、その選択肢は海和と山内さんにはなかったようで、
「鬼の力を持ったまま、舞草さんに協力しないって選択肢はあるの?」
「まぁ、あれを見たらそう言う考えも出るよね……」
それも当然のことか、と言って、舞草は渋々言い出した。
「あー、まあ、別にあーしたちに協力しなくても、鬼は来るって言うか……形式上の問題だけって言うか……」
煮え切らない答えの舞草に対して山内さんが言った。
「つまり、あなたが戦わなくなった今、あなたに協力するしないに関わらず、鬼は私たちのところに現れるってことよね」
「まー、そんな感じ」
つまり、この市内を守護していた舞草羽凪がいなくなることで、今まで抑えられていた鬼たちが放出されるということだ。だから舞草は俺たちに事情を伝え、協力を求めた。
「少し考えさせてくれないか……」
「イイけど次は、三人の家に鬼、来ちゃうかもよ」
舞草は嫌な予見をした。そんなの一刻も早く、節分の豆まきのように、鬼は外でお帰りいただくしかない。
「迷っている時間はなさそうね……」
海和の言う通り、この件を一旦持ち帰って議論する時間はないようだった。
「……私は協力しようと思う。緋莉は?」
「まぁ、私も、どうせ戦うなら一応協力するべきかなーって思うかな」
海和と山内さんは舞草に力を貸すつもりらしい。
「赤在くんはどうする?」
「…………」
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