第16鬼 行くって、どこに……
次の日、母さんにはメイが元のところに戻ったことを伝えた。クラスも突然のメイの転校の知らせを聞き、最初は驚いた風だったが、程なくして誰も気にすることはなくなった。
メイの机と椅子だけがポツンとそこに残されている。たしかにメイはそこにいたし、俺たちと楽しく過ごしていた。それを思うと何だか切なくなる。
昨日あれほど話をしていた、海和も、山内さんも、今日は俺と一切話すことはなかった。いつも、三人の中にはメイがいた。そのメイがいない今、俺たちが集まる理由もない。そう思っているのだろうか。
メイは鬼の世界に帰った。これからは、この奇天烈な数週間のことを忘れて生きていけばいいことだ。
今までの趣味読書、帰宅部の赤在煉に戻ればいい。なんてことはない、変わり映えのしない日常だって、かけがえのない大切なものだ。
そうやって思えば思うほど、自分がメイと過ごした非日常の数日間のことを大切に思っていたことを感じる。
でもきっと、それさえも少しずつ忘れていくのだろう。ああ、そんなこともあったなあなんてくらいの些事に変わる。記憶の隅に追いやられて、終いに、完全に消去される。
それを考えるとまた、辛くなった。
図書館に向かった。完全な静謐、今回もまた読書のために訪れたのではない。気持ちの整理だ。湧き上がる感情、抑えきれない心情を鎮めるために、この静寂が必要だった。適当に棚から本を取り、適当にページを開く。もちろん、内容は頭に入ってこない。
これでいい。どこか心に空いた穴を塞ぐ必要がある。ただ漫然と、時の流れに身を任せる。ただ、無駄な時間を過ごすだけ、時が経てば、自然と記憶も薄れていく。人間の脳は、忘れたくなくたって忘れるようにできている。こうやって辛い思いをしないように、嫌なことを忘れることができるように、都合よく作られている。「本当」にうまくできていると思う。
ほーんだけに……
あいつのつまらないギャグを思い出す。こんなつまらないことから真っ先にデリートされていくだろう。乾いた笑いをする俺、それに対して反応する者は誰もいない。
虚しい思いだけが募る。
日が暮れだした。
そろそろ、帰ろうとカバンを手にする。夕焼け空を見ると、あの日のことも思い出す。メイと一緒に帰ったあの日、メイと一緒に血を吸った日。
俺はこんなに過去のことを引き摺ってメソメソするタイプの女々しい人間だったのか。これじゃまるで、元カレのことをずっと忘れられない女じゃないか。
ははっ、馬鹿らし。
少し、感傷的になりすぎた。
家で、黙々と夕飯を食べる。完全に日が暮れて寝る時間になっても、俺の家の玄関に鬼が訪問することはなかった。
この間買ってきた菖蒲の花は、すっかりしおれ、生気を失っていた。
次の日、いつものように登校した。メイの机と椅子は撤去されていた。いなくなったんだから、当然だ。メイはもうこのクラスにはいない。それだけだ。
「赤在くん、ちょっといい?」
海和だった。困惑した表情で、俺を見つめている。
「昨日はごめん。私……どうすればいいか分からなくて……私たち、どうすればいいんだろう……」
俺は海和の首筋の黒子に目がいった。山内さんに噛まれたところもすっかり傷がふさがっている。どうやら海和も昨日、俺と同じように悩んでいたらしい。
「俺も……分からない……」
二人でこれからの展望について考えてみたが、良いアイデアが全く浮かばなかった。
「お困りかね……二人とも」
山内緋莉が紙切れ一枚携えて、俺たちのところにやってきた。その紙切れをチラチラとわざとらしく俺たちに見せつける山内さん。紙には一体、何が書かれているというのか。
「さ、みんなで行くよ!」
俺は瞬時に期待した。メイの居場所だと、山内さんは独自の情報網で鬼の居場所まで突き止めることができてしまうのかと感心した。
「行くって、どこに……」
――
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