第15鬼 これで良かったのだろうか。
「…………」
これで良かったのだろうか。俺たちの選択は間違ってはいなかったのだろうか。
俺は、色々と頭の中で考えを巡らせたが、答えは出なかった。足取り重く、俺は出口へと向かう。煮え切らない結末、こんな別れもあるんだ。全てにきちんとした終わりがあるとは限らないんだ。自分が大人になれば、物分かりの良い人間になればすむことだ……
階段をゆっくりと下りながら、俺は考えていた……
二匹の鬼だけが存在する静かな教室で、メイは怒鳴るような声で言った。
「教えて! あたしは一体何者なの!?!?」
ゾウダ・ロベルジュリアと名乗った鬼は、あたしのその言葉を聞いて、
「まさかとは思っていたが、何も覚えてないのか……」
憐憫の情が籠った表情で、あたしを見つめていた。得心がいったようで、大きな腕を組みながら、ゾウダは続ける。
「道理であんな人間連れて歩いているはずだ……」
――何やってんだよ。俺たちはこの地の生き物を殺しに来てるんだぞ。
冷ややかにそして、力強く、彼は言った。
うっすらとは感じていた。あたしはそのために来たんだろう。噛みついて鬼を増やして侵略するんじゃない。
噛みついて、噛みちぎって、噛み殺さないといけなかったんだ。
「今からでもまだ間に合う。周りの人間を殺せ」
――もちろん、さっきの人間もだ。
あたしは、人間を殺すためにやってきた。そんなこといきなり言われたって、はいそうですかと頷けるわけがない。
ゲンも、湊も、緋莉も、せっかく仲良くなったのに。
殺すなんて、できない。
「人間に情が移ったか……」
あたしの目を見て、ゾウダは言った。
「今、死ぬか?」
役目を果たせない鬼は切り捨てられる。これは、この鬼なりの優しさなのだろうか。迷いが生じて殺せないのなら、今、楽にした方がお互いのためだと判断されたのだろうか。
――否。優しさなどではない。
「純粋な鬼の血って、人間の薄い血よりも美味いんだよなあ」
本当の鬼は強欲で、貪欲で、無慈悲なのだ。
だから、優しさなんて、情愛なんて、微塵もない。
「あたし……殺すよ」
どうしてそんな言葉が出たのか分からない。
自分でなんとなく分かっていたからなのかもしれない。
心の奥では自然と理解していたからなのかもしれない。
最初はこの鬼に言われたことが信じられなかった。
だけど、自分でも抑えられない残忍性、残虐性、凶暴性。
自分の中にある「本当」が、なんとなく分かっていたから。
だから、「殺す」なんて言えたんだ。
「なんだ、つまんねえの」
ゾウダは不服そうに頭をぼりぼりと掻き毟っていた。血のにおいで充満した教室、その匂いが心地よく感じるのを、メイは不快に思った。
「俺、やっぱりメイを助けに行く!」
これは、ただの我が儘だと分かっていた。もっとメイと一緒にいたいと言う自己中心的な考えだと分かっていた。やっぱり、まだメイとさよならをしたくない。これが、自分の「本当」の気持ちだ。
「赤在くん、死にたいの? あんな鬼、倒せっこない」
「ま、恋した女の子のために無謀な戦いを仕掛けるのが、男の子だもんね」
――でも、九十九%負けるなんて言わないよ。百パーセント負ける。
海和が俺の特攻を止めようとしているのに対し、山内さんは俺の気持ちを少しは理解してくれたようだ。
「私、まだ死にたくないんだけど……」
まあ、仕方ないかと言って渋々海和湊も俺と共に、再び鬼の元に出向いてくれることになった。
「何か、策はあるの?」
当然なかった。だけど、メイを助けたい! その思いは十分にあった。まあ、思いだけじゃなんともならないかもしれないんだけど……
「ま、とりあえず私たちがサポートするから、赤在くんは全力でメイを助けてあげて」
俺たちが急ピッチで仕上げた杜撰な救出案。案と呼べるほどのものではなかったけれど、俺たちはなんだかやれそうな気がしていた。
「さあ、俺たち人間の力を、鬼に見せつけてやろう!」
鬼は一人、俺たちはメイも含めて四人。桃太郎だって一人と三匹で鬼を退治したんだから、きっとやれるはずだ。
――なのに……
「噓、だろ……」
俺たちが予想に反して惨めにやられただとか、俺たちの攻撃がまともに効かなかっただとか、そう言う話ではなかった。
「教室がなくなってる……」
たしかに、階段を上った突き当りに、教室があったはずなのに、その道が存在しなかった。まるで俺たちの記憶が塗り替えられたように。
「どうしてだよッ! 俺が……あの時ッ!」
言いようのない後悔が俺を襲う。あの時、扉を出る前に、あの鬼に立ち向かう覚悟があったなら。本当の気持ちと向き合っていたなら……
判断を誤った。後悔先に立たず、俺は行き場のない闘志、憎悪を抑えることができずにその場で叫んでいた。
「赤在くん落ち着いて」
「そうよ、今私たちにできることを考えないと……」
二人は俺に声を掛ける。だが、俺はどうすることも出来ずにその場で立ち尽くすことしかできない。
「きっと鬼は、私たちの記憶まで操作できる、もしくは幻覚を見せることができるってことね」
「だから、私たちがこの地曳学院について考えることもできなかったと言うことね」
二人は消えた教室について真面目に考察している。鬼につままれたあの感覚はやっぱり気のせいではなかった。人知を超えた謎の力がはたらいていたことはたしからしい。
「だけど、どうしてあの鬼は自分のことまで記憶から消さなかったのかしら」
「消せなかったと言うことなんじゃない? その何かを使うにも限界があるってことね」
「つまり……どういうことなんだ……」
俺は二人に問いかけた。二人から帰って来た答えはこうだった。
――メイには、もう会えないかもしれない。
その言葉が深く心に突き刺さるのが分かった。まだ、「かもしれない」とつけてくれたのが二人の優しさ、配慮だろう。まだ、完全に断定はできないが、あの鬼たちには会えないそう二人は考えていた。
「メイが、そんなわけ……またきっと、お腹がすいたら戻って来るって……」
自分で言っていても分かる。これは詭弁だ。なんとなく、自分自身でも、もう会えないことは分かっていた。
自分が「本当」はどうしたいのか、どうしたかったのか、向き合うのが少し遅かった。
だから、こうなった。
でも、俺は、メイに特別な感情を抱いていたのか。いや、あいつはただ突然、空からやってきて、俺を鬼にして、散々なことをしただけじゃないか。俺にとって、メイは、ただの余計なやつじゃなかったのか。いなくなって清々するはずじゃないか。
これで欲しかった元の日常を、取り戻すことができるじゃないか。メイは元の仲間のところに戻って、喜ばしいことじゃないか。
それなのに……どうしてこんなに哀しいんだ。
メイとの記憶を、思い出を、消し去ってくれと願った。
そうすれば、俺は、俺たちは、元の生活に戻れる。
こんな後味の悪い最後があってたまるかよ……
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