第13鬼 どうする……行く?
「って言っても、正門で追い返される未来が見えるけどね……」
山内さんの言うように文字通り、門前払いと言うオチもある。最悪の場合、門の前で鬼同士のバトルが勃発する可能性だってある。地曳学院、一体何が起こるのか、想像もつかない。
「準備は……良いか……?」
放課後、俺たち四人は地曳学院の正門前に集合し、内部への潜入を試みた。その前に、今一度、みんなの意思を確認する。ゲームで言えば、最終セーブポイントのような気がしたからだ。海和も山内さんも神妙な面持ちで黙って頷いていた。覚悟はできているようだ。
「さ、みんなでレッツゴー!」
メイは遠足に行くような軽い気持ちで、右手を上げて意気揚々としていた。
彼女に恐怖とか不安とか言う感情はないものなのだろうか……
「ま、ここで止められるんだろうけど……」
大きな門を抜けて、守衛が常駐しているであろう建物の前を何食わぬ顔、素知らぬ顔で通り抜けようとした。自分たちはここの生徒だと、おどおどせずに堂々と、通り抜けようとした。
「あ……れ……」
守衛は俺たちの年相応の風貌を見て校内の生徒だと思ったのだろうか。別段、違和感を覚えることはなかったようで、完全にスルーだった。
「余裕で通れちゃったんですけど!」
まさか、難なく地曳学院に行きつくことができるなんて想像しなかったため、俺たちは動揺した。
「セキュリティは大丈夫なの?」
この怪しい建物に入る者は物好きだけなのか、はたまた来るもの拒まずと言うことで迷える人々皆に開かれているのか。なんにせよ、俺たちにとって都合が良かったのはたしかだった。
「って言っても、鬼なんてどうやって探すんだ?」
よくよく考えてみれば、舞草の知り合いの生徒を特定しなければ、この地曳学院に来た意味がない。
「ん~感覚で?」
メイは楽観的だった。
「ま、においとかでなんとかなるんじゃない?」
海和も成り行き任せの雰囲気だ。たしかに、類は友を呼ぶ、感覚で自分たちの仲間だと分かるかもしれない。俺たち四人は、しばらく当てもなく校内を散策する。校舎の内装は俺たちの過ごす学園のそれとは異なりどこか異質な雰囲気が付きまとっている。やっぱり風変りしている施設なのは間違いないようだ。
俺たちが探索する途中で、ぼそりと、山内さんが呟いた。
「にしても、この校内……変じゃない?」
校内を歩いている間、常にどこか湿っぽくて寒々としている。妖怪屋敷に入り込んだかのような不気味さ。霊感ゼロの俺でも感じるこの異様な空気。
「なんかひんやりするよな」
「違う、そうじゃないわ」
即否定された。山内さんが感じていた異変はこのことではなかったようだ。勝手に俺が脳内で気味悪がっていただけなのかもしれない。
「ほら、湊も分かるでしょ……」
山内さんは、海和も当然異変に気が付いている口ぶりで言った。
「まあ、緋莉の言いたいことは分かる」
二人は頷きながら俺の方を見て言った。
――だれ一人……人がいないのよ……
たしかに、下駄箱を通って廊下を歩き、階段を上っているのに、人と会わない。人の声が聞こえない。人がいる気配が、一切感じられないのだ。
そう考えると、そもそも、守衛さんだってあの建物の中にいなかったのかもしれない。
「あー今日は創立記念日とか?」
そんなはずない。仮にそうだったとしても教職員の一人も見かけないというのは無理がある。
「人じゃなくて幽霊ばっかりの学院だったり?」
「だから、私たちには見えないって?」
そんなわけないじゃん、なんて冗談を言いながら校内を歩き続けた。物音一つしない教室、机や椅子が三十近く用意されているものの、ロッカーや棚には物が配置されていなかった。空っぽの学院、この建物内には何かが潜んでいる、そう確信できる材料が徐々に揃っていく感じがした。
歩いていると、入口から一番遠い教室が見えてきた。長い廊下の一番奥、入口の最深部に位置するこの教室までの距離を考えると、随分大きな校舎だと言うことが分かった。
「こんなところまであるんだ……」
素直に驚きを隠せないメイだったが、その言葉を遮るように海和湊が言った。
「ちょっと、待って。あの隅の教室、妙だわ」
今、見えている、突き当りの教室。3-4と書かれた教室。そこから謎の液体が漏れ出しているのが見えた。俺たちはそれが何なのか、感覚的に理解した。
――血だ。
鬼が突然現れた時とは異なる異臭もした。肉が腐る臭い、血液にまみれてそのまま肉が放置され腐った臭い。鼻を刺す強烈な異臭。
あの部屋の中に、確実に何かいることだけが分かった。あの中にはきっと鬼がいる。それも、日中でも生きている鬼、日没でなくても存在できる鬼。
「どうする……行く?」
メイがわざわざ俺に確認を取ってきた。心の準備が出来ているかどうかを尋ねているようだった。
「そりゃ……行くに決まってるだろ」
ここまで来て引き下がるわけにもいかない。前進あるのみ! と言いたいところだったが、実際のところ、とても怖かった。一体どんな鬼が潜んでいるのか、全く見当もつかなかったからだ。
「負けイベントで、全滅エンドのバッドエンドってこともありそうね……」
山内さんが不吉なことを言っていた。俺も少しそんな気もしたが、言葉に出さないようにしていた。
「帰ったら、またみんなでご飯食べましょう」
海和は海和で、知らないうちに定番の死亡フラグを積み上げていた。いや俺、まだ死にたくないんだけど……
「さっさとみんな、鬼になっておきましょう。湊、少し我慢してね」
山内さんがそう言って、海和の首から血液を摂取した。
「ちょっ、良いって言ってないんだけど!」
海和は最初、少し抵抗したものの、今はそんなことを言っている場合ではないと理解していたため、最後は大人しく血を吸われていた。
「湊は良いの?」
山内さんが問いかけたが、海和はこの状況でも人間としての矜持を重んじて、鬼になることはなかった。ただ、家宝の刀、知心剣を強く握りしめていた。
「ゲン! あたしたちもいくよ!」
この間のように、お互いの首筋に噛みついて、お互い頭から太くて立派な角を顕現させた。メイの心情がうっすらと伝わってくる。メイには真相を知ることができる喜びがあった。それ以上に強いのは、真実を知ることへの不安、自分が何者かが判明することへの恐怖。そう言う感情がゆっくりと俺の中にまで流れ込んできた。
俺たち四人が、扉の前に立つ。曇りガラスの向こうから、うず高く肉塊が積まれていることが分かった。その肉塊から染み出た血液が飽和し、扉の外へと流れ出ている。俺たちの予感した通りの惨状だった。
俺は勇気を持って扉に手を掛けた。扉を横にして開こうとした。
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