第12鬼 私、そんな悪い子になったから、鬼になったのかな……


 今まで、真面目に生きてきた。謹厳実直、清廉潔白、誤りのないように過ごしてきた。


 学校と言う場を荒らす連中が嫌だった。授業中に私語をするやつが嫌いだった。彼らはどうしてそんなに人に迷惑をかけて平気でいられるんだと思っていた。

だけど、彼らは迷惑なんて考えていないんだ。自分さえよければ良いと言う利己的な考えで、こうして彼らの自己中心的な行動に頭を悩ましている存在がいることなんて一生気が付くことがないのだろう。


 いつだって傷を付けた奴は、自分がしでかした過ちについて考えもしない。そのくせ、一つ良いことをしたくらいで殊更に盛り上がる。


 真面目にやってきた人間の方が、よっぽど良い行いを続けているのに。大人しくやってきた人間の方が、善行も、徳も、うず高く積み重ねているのに。正直にやってきた人間の方が、よっぽど正しく生きていると言うのに。


 世の中は理不尽でできている。そんな世界では、自由に生きた方が楽なことは分かっている。頭の中では、心の奥底では、理解している。


 みんな休み時間に放課後の予定を話し合って、自由を謳歌する準備をしている。きっとこの学校と言う拘束から解放された後の自由にこそ意味があるのだ。


 それを羨ましいと思った。友達なんて必要ないなんて思っていたこともあるけれど、やっぱり一人は辛い。


 真面目な人間は友達としては不適当なのだ。融通の利かない友なんて需要がない。

あの時、ルールを破り、掟を無視し、赤在煉の元に家宝を持ち出した時、気持ちが良かった。悪いことをして叱られ罰せられるはずなのに、その背徳感を楽しんでいるはずなんてないのに、楽しかったんだ。


 私、そんな悪い子になったから、鬼になったのかな……



「来週から中間テストです。テスト範囲は後ろに貼っておくので確認しておくように」


 教室では担任の左貝さかいが朝から最低限の連絡を行っている。俺はそれらを右から左へと聞き流していた。


「テストなんて、心配しなくても大丈夫でしょ」


 海和は余裕綽々の表情で俺の方を見る。当然、学年トップの海和湊にとってテストは己の実力を誇示する手段にすぎない。


「はー出た出た、湊、そう言うのって嫌われるよ。勉強ができたとしても、そう言うのを口に出さないのが良いんだよ」


 山内さんも山内さんで、実は成績上位者の一角である。普段から目立たずひっそりとやっているので、このことを知らない人も多いが、俺は知っていた。彼女の態度や表情からも、海和と同様の余裕が感じられた。


「いいですよ、いいですよ。二人は普段からしっかりやってるコツコツタイプなんですよね。俺は違うんで……」


 この二人に一泡吹かせてやると言う強い思いがたぎってきた俺、すぐさま隣のメイに呼び掛けた。


「メイ、帰ったら勉強だ」


「りょーかいです! ゲン!」


 学生の本分は勉強、それをおろそかにするつもりはない。鬼がどうとかはひとまず置いておいて、勉強に力を入れよう!


 そう意気込んだすぐ後だった。


羽凪はな、なんか昨日事故にあったらしいよ。しばらく入院だってさ」


 出席番号二十四番、舞草まいくさ羽凪。その舞草が事故に遭って入院と言うことだった。


「舞草さん、どうなったって?」


 メイがクラスの女子二人が話をしているところにお構いなしに割って入っていった。二人は少し驚いた表情だったが、こう続けた。


「なんか他の学校の子と遊んでたんだって」


「他の学校?」


「なんか、地曳じびき学院の子らしいよ。聞いた話だけど……」


 地曳学院は空峰学園のすぐそばにある私立学院だ。素行が悪いなどの悪い評判はないが、逆に良いと言うことも特に聞かない。


 内部の情報が俺たちの耳に入ることは少なく、謎の多い学校である。受験する層も一体どの層がこの学校を目指しているのか分からない。調べてみると、科目も、神道コースがあったり、独自の「聖地曳会せいじびきかい」と言う団体がバックにいると言う噂があったり、オカルトじみている気風もあるようだ。


「これはこれは、灯台デモクラシーってやつですな」


「下暗しな。やっぱり、メイ、一緒に勉強しような」


 あまりにも近すぎて考えもしなかった。怪しすぎるものは、逆に怪しさがなくなる現象なのだろうか。少し考えれば分かるはずだったのに、この発想はなかった。


「いや、言われるまで意識できなかった感覚ね」


「たしかに、意図的に思い浮かべないように、何者かに操作されていたような違和感」


 海和と山内さんは自分の脳を、思考回路を、訝しんでいた。二人の言う通り、真っ先にこの怪しい学院のことを考えても良かったはずなのに、少し異様な気がした。


「と、言うことで、赤在くん、これは潜入ミッションするっきゃないってことですね。あー私、鬼の次はスパイになっちゃうのかー」


 いつものように山内さんはふざけながら、俺に向かって潜入の提案をしてきた。


「私も、緋莉の意見に賛成。これは確実に何かあると思う」


 普段、判断を急がずに慎重な海和が「確実」だと言った。それを言わせるだけの条件が揃っているのだろうか、それだけの確信があるということなのだろうか。いずれにせよ、これは地曳学院に行けば、一層、真相に近づくことができそうだ。


「ぶっちゃけ、地曳学院に、あの鬼がいると考えるのが妥当なところじゃないかしら……」


 普段は深謀遠慮なはずの海和湊さんが、ぶっちゃけてくれた。地曳学院にいけば、鬼がいるらしい。ってことは、鬼が島は空峰学園のすぐそばにあったってことか。


「行くしか、ないか……」


 すっかりテストどころの話ではなくなってしまった。鬼が鬼の巣窟へ行くんだ。きっと招かれざる客と言うことにはならないだろう。むしろ、同志として歓迎されるんじゃないだろうか。そうだ、俺たちも仲間なんだ。今までのような鬼ではなくて、話の分かる鬼だっているかもしれない。


 そう思うと、少し希望が持てた。


一方で、俺たちは知らぬ間に引き返せない道を突き進んできている気がした。これから大きな事件に巻き込まれるかもしれないと言う一抹の不安があった。ここで深入りすることを止めれば、大きな渦に、真っ黒の闇に、足を踏み入れることもないのかもしれない。


 そう直感した。


「ゲン! 行くっきゃないよね!」


「おう」


 もやもやと悩んでいる俺の横で、メイが元気よく声を掛けた。その呼びかけに反射的に返事をする。メイが背中を押した気がした。不安に思っていても仕方がない。ここで止まっても意味がない。そう言う思いが伝わってきた。


「にしし」


 彼女は迷いなく、ニカっと笑った。


 メイが落ちて来たあの日も、こんな笑顔だったな。


 メイを元居た空に返してやるのが拾った俺の役割だ。チャンスがあるならそれにすがるしかない。


 俺は静かに心の中で自分に言い聞かせた。

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