第11鬼 人間に戻れなくなるぞ……


 帰り道、メイと話をしながら帰った。


「ほうれん草とか、切り干し大根とかちょっとジジくさいよな~」


 本当に、鉄分豊富なメニューで吸血衝動を抑制できるのだろうか。ただ海和湊の自制心が俺たちよりも強いだけ、もしくは、鉄分を摂っているから大丈夫だと自己暗示をかけ偽薬効果を狙っているだけなのかもしれない。


「そう言えば、あのレバーってどこの部分の肉なの?」


 メイは興味津々で俺に尋ねてきた。


「レバーってのはな、肝臓だ」


「あの鳥のレバーでさえあれだけおいしい……ってことはさ……」


 メイが悪魔的発想をしていることを瞬時に見抜いた俺は、


「いけない、それ以上は言っちゃいけない……」


――人間に戻れなくなるぞ……


 機先を制して言った。


「ゲンはあたしの栄養源、ってことは、あたしに食べられても……」


「文句は言えない、なんてことはないからな。文句も言うし、必死で抵抗するぞ」


 まあ、そうだよね、と少しがっくりするメイ。


「いやいやそう露骨に落胆するなよ。俺だって本当は、山内さんの肝臓が食べたい」


「そういやこの間テレビでやってたね、『あなたの肝臓が食べたい』的なやつ」


「膵臓な」


 感動モノの話を茶化すんじゃないと窘めつつも、俺はメイの言ったことに一緒になって笑っていた。


「ねぇ、ゲン……」


メイは少しの間、俺の方を見つめた。何かを伝えたいが、伝えるかどうか迷っている風だった。


――……お互い、血吸ってみない?


 しばらくの沈黙の後、メイは面白い提案をしてきた。主と眷属、両者が各々の血を吸って血を与える。理論上、二人同時に幸福となれそうな方法に思えた。


「なるほど、一回やってみるか」


 今まで何度か見てきたはずなのに、改めてうっすら血管の浮き出たメイの首筋を見ると少し恥ずかしくなった。


 夕日が暮れ始める。


 人通りの少ない路地で、男女がお互いの首に甘噛みしながら、快楽を得ている。


「んッ……」


 目を瞑る。メイの喘ぎ声だけが微かに聞こえる。吹きすさぶ風が、メイから香る甘い何かを運んでくる。こんなに女子と密着するのはやっぱりドキドキする。だが、その面映ゆい感覚よりも、メイの血を貪り啜る快感が勝っていた。


 血をゆっくりと啜る感覚は、彼女をゆっくりと舐め回しているようで、非常に心地が良い。それでいて、血を啜られている感覚はメイが俺を包み込むような、抱きしめるようなそんなぬくもりを感じる。


 二人の隔たり、境界線が取っ払われて、自分と言う存在がメイと一体化しているような錯覚に陥る。ああ、キスをするってのもこんな感覚なのだろうか。ねっとりとした唾液がメイの首をゆっくりと這う。


 こうしてずっと二人でお互いの血液を吸い合っていたい。こうやって、永遠に気持ちよくなっていたい。脳が完全にとろけきってもう難しいことが何も考えられなくなる。意識が朦朧として、額が熱くなる。


 鬼であるメイの血を吸っていることで、鬼の血が体の中を循環する。角がメキメキと肥大化し、体中の筋肉が活性化して疼くのが分かった。


「気持ちイイね……」


 ぼそりと言ったメイ、その落ち着いた声を聞いて俺の心が動くのが分かった。


「これが……恋……」


 体の力がふっと抜けて、目の前が突如真っ暗になる。自分で立っていられなくなり、その場にへたり込む。俺の体は一体どうしてしまったんだ……


「いや、貧血でしょ」


 冷静にメイは言ってのけたが、既に果てていた俺に、その声は届かなかった。


 意識を失ったまま、朝を迎えることになった。


 メイに後から聞けば、鬼は来なかったらしい。


 やっぱり、あのお守りなのか、それとも海和自身のせいなのか、はたまた俺の家の玄関の力だったのか……



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