第10鬼 少しだけ、先っちょだけで……

「この辺で失礼します」


 俺たちは今日の所はお暇することにした。病室を抜けた途端、


「ほら、やっぱり! このお守りが鬼を呼んでるってことでしょ!」


 山内さんは、証拠が見つかるとすぐさま彼女を糾弾した。学校にいるときから海和が怪しいと勘ぐっていたこともあって、強い口調になっていた。


「いやまあ、たまたま持っていただけということもあるし、何より持っている人が狙われるのならもっとたくさんの人間が襲われているはずだ……」


 自分も一瞬そのお守りに疑念を抱いたが、どう考えても、これだけで判断するのは早計だ。


「中には何が入ってるの?」


「特に変わったものは入っていないはずだけど……」


 本来これもしてはいけない行為だったが、海和は自身の責任で、実家のお守りを開封した。中には、海和神社と書かれた白い厚紙が入っていただけだった。


「ほら見て、何も入ってないでしょ?」


 身の潔白を証明できた海和はどこか安心した表情だった。自分でも何が入っているのかは確認していなかったらしい。


「じゃあ……鬼はお守り持ってる女子高生が好きだとか?」


 メイはふざけて言っているのかどうか分からなかったが、メイの言う通り、そのくらいの制限がないと俺たちとこの葉勢森・瑠璃垣の前に現れた理由付けができない。


「もしくは……黒髪ロングが好きとか?」


 葉勢森も瑠璃垣も肩より長い長髪で、海和のように美しい髪をしていた。


「じゃあ、私たちには興味ないって?」


 その理論でいくと、ショートカットの山内さん、セミロングのメイは鬼の眼中にないことになる。


「そんなわけないでしょ! あたし、こんなに可愛いのに!」


 メイがふくれっ面で反論する。年齢や髪で鬼が集まって来るとも考えにくかった。


「そもそも、あの二人は鬼に会っていないとか……?」


 まあ、事件に巻き込まれた二人の証言がないので鬼の仕業かどうか結局のところ断定することはできなかった。今回のことが全て無駄足と言うことだってあり得るのだ。


「でも、何も外傷なしに高校生二人が道に倒れる? しかも意識が戻らないなんてある?」


 海和の言う通りだ。これは明らかにおかしい。俺たちの推測はきっと間違っていない。


「今度、この中の誰かが鬼にやられてみるってのが手っ取り早いんじゃない?」


 山内さんは物騒なことを言っていたが、そうでもしない限り鬼にやられて意識不明と言うことも証明できなかった。


「ま、今日のところはこの辺で……」


 俺がとりあえずこの場を収めようとしたところ……


「それよりさ、みんなでさ、アレ食べに行かない?」


 海和が俺の言葉を遮って唐突に言った。一体彼女は何を考えているんだ……


「アレ……?」


 皆で向かったのは、クレープ屋さんでもタピオカミルクティー屋でもない。


「やっぱり、これだよね!」


「海和さん、完全におっさんだよ。それ」


 向かったのは焼き鳥屋。俺たちは、ひたすらに、ただ、レバー串を注文していた。


「なにこれ! おいしい! ゲンの血よりもおいしい!」


 メイが目を輝かせながらバクバクとレバーを頬張っていた。俺の血の上位互換なのは納得いかなかったが、たしかにこのレバー、美味い。


「どうしてだろう、手が止まらない」


 本能的に血を欲している俺たちは無意識に、串に手が伸びた。同時に、食べても食べても、満たされない何かがあることを感じた。


「これ、焼肉屋のレバーとかを焼かずに生で食べたらもっと……」


 じゅるりと舌を鳴らす山内さんだったが、それを想像して俺も校内に涎が溜まってきたのが分かった。


「ちょっと! 二人ともずるい!」


 俺たちの様子を見たメイが、嫉妬する。またメイと一緒に焼肉屋に行こう。そしてこっそり生肉を貪ろう。


「でも……やっぱり、生の血液なんだよなぁ」


 山内さんが鬼の本分、鬼の本来のあり方を思い出させてくれた。そうだ、俺たちはレバーで満足してはいけないんだ! 


「はぁ、野蛮な山内さんは、まだそんなこと言ってるの?」


 ふと、海和が山内さんを煽るように言った。


「私……吸血衝動抑えてるんで、この中で唯一、血を吸っていない『人間』なんで」


 周りに誇示するように彼女は言った。


 彼女はそれを言っていいだけのことはある。


 俺も、山内さんも、メイも、血を欲する衝動に負けて眷属を増やしてしまった罪人たちだ。その点、海和はまだそのようなことは起こしていない。彼女自身が言うように、自分の事を人間と言っても差し支えないのかもしれない。


「食生活、気にしながらやってるんで」


 そう言って海和はおもむろに、自身の食事のメニュー表を取り出した。そこには鉄分を摂取するための食材がたくさん書かれていた。


 俺たちは、彼女に貧血防止の食べ物、血液を直接摂取しなくとも満足できる食事などについてご教授頂いた。


「いや私、ひじきとか無理……」


 山内さんが一蹴する。


「だからって私の血は二度と吸わないでね」


「吸わないでって言われると、吸いたくなるんだよね」


 そう言って酔っ払ったふりをして、山内さんは海和の首筋に忍び寄る。ボタンを外し、大きく空いた首元から、海和の首筋のほくろが露になる。それが妙に色っぽく見えた。


「噛みつきたい、少しだけ、先っちょだけで……」


「ちょ! 待って、待って、待って! って先っちょってどこよ!」


 ツッコミを入れる海和、それに俺たち皆で笑った。


「海和さん、真面目で固い人だと思ってた」


「湊でいいわ」


「じゃ私も緋莉で」


 山内さんと海和の間の溝がなくなったように見えた。二人とも他を拒絶し、気高く孤高に生きてきた人間だ。どこか心で通じ合うところがあるのだろう。


「ゲンも緋莉の血、吸いたそうにしてる~」


「あ、赤在くんは緋莉って呼んじゃダメだから。もちろん、血を吸うのは一生禁止だから」


 メイが不意に話題を振ったことで、とばっちりを受ける俺。冷たく当たられるこの構図にも慣れて来た気がする。


「そこをなんとか! 期間限定、十ミリリットル無料とか、なりませんか?」


「なりません。一滴も分け与えるつもりはありませんー。お金払ってでもあげませんー」


 楽しく談笑する四人。束の間の休息。


 昨日は生き死にを賭けて、正体不明の鬼と戦っていたとは思えない。


 数日までただの人間だった四人。


 俺たちは、元は混じり合うことのなかった関係だったと思う。


 この鬼の件がなければ、一度も話すことなく卒業し、散り散りになっていただろう。


 帰宅部で毎日学校と家の往復で、味気ない生活をしていた俺に面白味が出てきた。ほんと鬼になって良かったとはいかないが、この繋がりは大切にしたい。


 今、思えば、この事件の解決に向かって皆で活動していた、あの時間がかけがえのない時間だったことを痛感する。


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