第9鬼 鬼の出現条件
自分は常に脇役だと思っていた。枯れ木も山の賑わいなんて言う言葉もあるように、自分は山の一部としての枯れ木だと、そう思っていた。いてもいなくても関係ない、どうでもいい人間。少女Aでしかない。誰の目に留まることもなく、誰にも知られず朽ちるのを待つ枯れ木。
目立つやつはそう言う役回りで生まれてきて、最期まで人に影響を与え続けて死ぬ。一方で脚光を浴びずに一生を終える、私のような人間もいるだろうと思っていた。事件は常に自分の外で起こっていて、自分はそれをただ眺めて見つめるだけだった。
もしも、あそこに自分がいたらなんて最初は考えていたけれど、それが哀しい事だと分かってからは、それを考えることもなくなった。自分とは別の世界だと割り切って生きてきた。前髪で顔を隠し、世界を隠し、何も見ないように努めてきた。それが……
――鬼だって? 鬼になったって?
いつも読んでる本より面白い展開なんだけど。自分にも何かできることがあるのかもしれない。ようやく、私も物語の一部になって良いと言うことなのだろうか。私にしかできないことがあると言うことなのだろうか……
まだ答えは出ない。
だけど、自分が必要とされているなら、精一杯頑張ってみよう。
※
赤在煉、鬼。音新乃萌生、鬼。海和湊、鬼。山内緋莉、鬼。この蒼守市内で既に四人の学生が鬼として生活するようになってしまった。このペースでいけばあっと言う間に世界は鬼で満ちてしまうかもしれない。
「状況から考えると、赤在くん、山内さんと言う鬼が二人いたから、赤鬼、青鬼の二体が出て来たと考えるのが妥当じゃない?」
海和は自分の推論を自信ありげに俺たちに聞かせてみせた。
「いや、二回とも玄関で、しかもあなたが来た時に現れたと言うことだったら、海和さんが元凶とみるのが正しい考え方だと思うのだけれど。しかも、鬼は音新乃さんも含めると三人だし」
それに対してすぐさま山内さんが反論していた。それに続けてメイが言った。
「とにかく、鬼の出現条件は、何かが揃った時ってのが可能性高いね!」
俺たちは一蓮托生と言うことで、今校内で作戦会議を開いている。今のところ校内は安全だと言う考えのもと、こうして解決策を考えている。
「まあ、委員長ソードさえあれば、私は一匹くらいならやれるけど」
「あれを、そんな低俗な名で呼ばないでください! あれは歴とした名前があって……」
「白々しい剣ね」
「
山内さんが海和をからかいながら、あの剣について話をしていた。
「音新乃さんが記憶を取り戻せば手っ取り早いのだけど……」
「何か思い出せそうにないの?」
二人がメイに向かって質問をしたが、メイは、
「そうなんですよね。ぜーんぜん、思い出せないんです!」
笑って答えていたが、どこか辛そうな表情に見えた。メイの記憶が戻ったら、メイはどうするのだろうか。俺はいまだに怖くて聞くことができないでいた。
「他に、この一連のことで手掛かりになる出来事はないの?」
「ああ、そう言えば……」
俺はニュースの件を二人に伝えた。
「それはたしかに怪しいわね……と言うかどうしてそれを先に言わないのよ!」
海和は今日一番の大声で言った。まあ俺たちもすっかり忘れていたし、その二人の身元を特定する術を持っていなかった。
「私のお母さん、看護師やってるから、聞いてみようか?」
急展開も急展開。山内さんの母親のおかげで、あっさりと意識不明の高校生が入院している病院が分かった。この鬼の事件の真相に早くも辿り着くことができるのだと思うと、あっさりしていると言うか拍子抜けと言うかそう言う思いも込み上げてきた。
「じゃ、赤在家、玄関に集合!」
「いや、玄関はパワースポットっぽいので、駅の母と子の像前にしましょう」
冷静に海和が言った。たしかに今四人で俺の家の玄関に集まるのは不吉な予感がした。
※
と、言うことで、放課後、四人で例の高校生がいると言う病院に行った。
「すみません。
「どういったご関係でしょうか」
「友人です」
友人と名乗る高校生が四人で見舞いに来た体を装い、受付で二人の病室を聞き出した。
「404号室です」
受付の看護師は目の前のパソコンで二人のいる病室を検索し、何の躊躇いもなく教えてくれた。
「案外簡単にいったね」
メイが、そう言って上機嫌になっている様を横目で見守る俺。たしかに、うまくいきすぎている。
部屋に入ると、先客がいた。
「あなたたち……」
どうやらこの葉勢森と言う少女の母らしかった。俺たち四人は葉勢森・瑠璃垣の友人と言うことにして、話を合わせた。
葉勢森は俺たちよりも背が高くすらっとしている。一方の瑠璃垣は少し小柄で華奢な少女と言う印象を受けた。二人とも艶やかな長い黒髪で、数日前までたしかに生きていたと言う痕跡が感じられた。
「ありがとうね。来てくれて。でも、今は見ての通りなの……」
二人は、眉一つ動かさず、魂が抜かれたかのように、ベッドの上でピタリと静止している。時間が止まったかのようにと言う比喩があるが、本当にこの二つのベッドでは時が流れていないと錯覚するほどに穏やかだ。静寂がこの病室を包み、俺にはなぜかは分からないが、ただ「終わった」と言う印象を受けた。
ただ二人を眺めるばかりの葉勢森の母。話を聞けば聞くほど、二人がどこにでもいる普通の高校生と言うことが露になるばかりだった。
「あの日二人に、何か変わった様子があったりは……?」
「特には……あの日もいつものように登校して、いつものように家に帰ってくるはずだった……」
泣きたい気持ちを押し殺して、母は語ってくれた。
「あ、これ……」
かばんについていたお守りに目がいった。
「ああ、これ祖父からもらったお守りらしくて……」
母が静かにそして優しく答えた。
「あ、これ私も持ってる」
かばんから同じお守りを取り出す海和。赤色の生地に、金色の文字で御守と刺繍されている。俺にはいたって普通のお守りに見えた。
「これどこのお守り?」
そう言って裏を見てみると、裏にははっきりとこう書かれていた。
――海和神社。
「うちのお守りよ」
平然と海和は言っていたが、この共通点は偶然とは思えなかった。
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