第8鬼 私だって鬼なんだから。
角の生えた、俺の想い人はふふっと笑った。ああ、俺はこの笑顔が見たかったんだ……
山内さんが右手を大きく振る。刀にこびりついた赤鬼の血潮が勢いよく飛び散り、辺りは血だまりで満ちていた。
恐るべし、山内さん。
首をしっかりと斬ったはずだったが、手抜かりなく、二撃、三撃とピクピクと痙攣する鬼に向かって容赦なく、慈悲なく、攻撃を続けていた。
「敵将、討ち取ったり!」
鬼の首を手にして豪語する様はさながら戦国武将のようだった。勇ましい山内さん、さすがだ……
「にしししししししし!」
隣で、満面の笑みで戦う少女メイがいた。最初からフルパワーで青い鬼を弄っている。その姿は猛獣。自我を失ただ暴虐の限りを尽くす、化け物。
「ヴアアアア!」
あの筋骨隆々の鬼がペラペラの紙のようにいたぶられ続けている。一切の抵抗もできずに、ただなされるがままの状況。
やっぱりメイは強い……!
青い鬼が血で真っ赤に染まるまで何度も殴打し、なお、その手を休めることはない。何かに憑りつかれたかのように延々と殴る蹴るを繰り返す。どうやら自分でもその力を抑えることができないように見えた。その凄みに圧倒され、俺たちはただただ見守ることしかできないでいた。
ほどなくして、体内の血を使い切ったのか、鬼が動かなくなっても動き続けていた両手の動きが止まった。バタリと、前回貧血で倒れた時のように、その場に膝から崩れ落ちるメイ。
「おい! 大丈夫か!」
二体の鬼を討伐した後、俺の家の玄関は血飛沫一つない、元の状態に戻っていた。
山内さんと俺で今判明していることを全て、海和に伝えた。海和は前回のあの状況も見ているので、動揺はなかった。
「私も、鬼になってしまったわけね」
――ってことは、私、祓われちゃう?
冗談も言いながら、穏やかな様子の海和。彼女は長い髪を右手でかき上げながら微笑する。
もうこんな状況、笑うしかないだろうが、内心はどう感じているのか分からない。今まで悪も邪も、穢れも呪いも、良くないもの全てを排除してきた彼女自身が、排除されるべき側になってしまったのだ。きっと辛苦もひとしおのことだろう。その境遇を考えると、こんな面倒ごとに巻き込んでしまい本当に申し訳ないと思う。
「海和!」
俺がは海和の名前を呼んだ。どうしてかは分からない。掛ける言葉があったわけではない。でも、彼女のことを思うと、何かしなければと言う思いだけが先立ってしまった。
「分かってるわよ。赤在くんたちに、協力する。私だって鬼なんだから。祓ってる場合じゃないでしょ」
海和からは予想外の返答が返ってきた。協力? それは俺たちの仲間になるということなのだろうか。頭の中が整理できないうちに、彼女は続けた。
「明日、また学校で」
海和湊は笑いながら、手を振った。
「ってことで、私も帰ります」
――いやはや、鬼なのに鬼に狙われるなんて、おかしなこともあるもんだね。
山内さんは一体このことをどう受け止めているか分からなかったが、飄々と海和を見送った後、少し機嫌良さそうに帰って行った。
「鬼、次は何匹やってくるかな……」
メイはそう呟いていた。俺にだってそんなことは分からない。ただ、言えるのは俺たちの戦いはまだ終わっていないということだ。
何事もなかったかのように復元されている玄関で靴を脱いで、俺たちはしばらく二人で話し合った。
「血を吸わないで生きていたら、もしかしたら俺たちは元に戻ることができるんじゃないか?」
「あたしは無理だろうけど、少なくとも人間だったゲンとかは戻ることはできるかもしれない」
――あたし、こんなことになるなんて、知らなくて……ごめん。
メイは、自分がいればなんとかなる、そう思っていたところもあったが、あの鬼になるたびに自分と言う存在が揺らいでくるのを感じていた。そして次から次へと湧いてくる鬼。自分には何ができるのか、自分は何がしたいのか。分からなくなってきていた。
「でも、あの鬼たちを倒していかないと、この間のように犠牲者が増え続けるだろう。俺たちが元に戻るのもそうだが、それは根本的な解決にはならないな……」
しばらく考えた後、また明日、他の二人にも意見を求めることに決めて床に就いた。
「メイ、おやすみ、また明日」
俺は電気を消して、メイに言った。だが、メイが言葉を返すことはなかった。疲れて寝てしまったのだろうか……
夜、メイは心臓がズキリと痛んだ。
あたし、本当に人間と共存できる鬼か分かんなくなってきた。
あと少しで、周りのみんなにまで危害を加えることになってしまっていた。自分でもこの強大な力を制御することが難しくなっている。次、またあの状態になった時に、正気を保つことができる自信がない。
メイは自分が怖くなった。一向に自分のことが分からないことにも恐怖を感じたが、薄々自分が何か悪い者だと判明していくのも怖かった。真実を知った時に周りの人たちは自分を見捨てないでいてくれるのか、それを想像するのも怖かった。
どうして、あたし、鬼なんだろ……
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