第7鬼 あ、噂をすれば、鬼がやって来たわよ


  放課後、俺と同じ帰宅部だった彼女を家に連れ込んで事情をあれこれと説明した。


「と言うことは、これからまた本当の鬼がやって来るかもしれないということ?」


――ピンポーン。


「あ、噂をすれば、鬼がやって来たわよ」


 そんな礼儀正しい鬼がいるかとツッコミを入れつつ、不気味なタイミングでインターホンが鳴る。俺は不安な気持ち一杯で、インターホンのカメラを覗き込んだ。


「海和!?」


 海和湊が、再び俺の家の玄関に姿を現した。


「なになに、赤在くんの本妻って感じ~。意外とやることやってたのね。なのに私に手を出すなんて」


――心底、見損なったわ。


 さらに山内さんは俺に軽蔑の眼差しを向ける。いや、違う、海和はそう言う関係じゃないんだ!


「一体何の用だ」


 海和湊に向かって俺は素直に疑問をぶつけた。あの話以来、話しかけてくることはなかった。てっきり、これきり話をすることなんてないと思っていた。なのに、また俺と話をしにわざわざ家までやって来た。本当に意味が分からない。


「あの、これ……」


 差し出してきたのは小さな古びた桐箱。一目見ただけで、大切なものが入っている箱あだと分かった。


「開けてみて……」


 中には錆一つない切れ味の良さそうな小刀が入っていた。年季が入っていて、周りの装飾からも、これが高価なものだろうと言うことが容易に想像できた。


「これ、うちに伝わる宝刀ってやつ。内緒で持ってきちゃった」


――ほんとは、触ることすらダメなやつなんだけどね。


 規則違反にうるさい海和が、親に黙って、しかも持ち出しが禁じられている物を持ち出してくるなんて考えられなかった。それほどこれを、俺に、渡したかったのだろう。


「そんなの、受け取れないよ……」


「それで、鬼を退治できるって言っても?」


 人間とは愚かなもので、問題を解決することができる道具があると、たちまちに考えることを止めてしまう性質がある。現に今、俺の脳内では一瞬にしてこの刀の価値が高騰し、これさえあれば、今まで通り、いや、今まで通りにはいかないにせよ、平和な生活に戻ることができると想像してしまった。とどのつまり、この小刀は、喉から手が出るほど欲しい代物になってしまった。


「あー、海和がそこまで言うなら、受け取ってやらなくもなくもないって言うか……」


「欲しいですって顔に書いてあるわよ」


 山内さんが、横から俺の内心を見透かして言ってきた。


「海和さん! どうもありがとう!」


 メイがもう既にスーパーアイテムを受け取っている。さすが、空からいきなり落ちてくるだけのことはある。


「音新乃さん……」


――この間は、助けてくれてありがと……まだちゃんとお礼言ってなかったし……


 小さな声で海和は言った。海和なりに考え、俺たちに協力してくれる気になったのだろう。あれほど怖い目を見たのに、それでも俺たちを助けようと考えてくれたのだ。海和の優しさに触れて、俺は心が温かくなるのを感じた。


 これが、単なるほっこりする良いエピソード、心温まるお話で終われば良かった。


 だが、彼女が帰ろうと振り返った途端……


「マズいッ!」


 夕刻、まだ日も沈んでいない時間にも関わらず、あの強い刺激臭が襲ってきた。強い風に海和の長い黒髪が大きくなびく。


「鬼だ……」


 またもや俺の玄関の前に鬼が襲来する。しかも、先日とは違い、今回は二体の鬼だ。色も赤色と青色の鬼。赤い鬼は前回の黒い鬼よりも小柄でスラっとしている。一方の青い鬼は黒い鬼よりも一回り大きな鬼で、どっちらも一筋縄では倒せそうにない。


「あー、これ私、死んじゃうやつだわ。本ばっかり読んでないでもっと楽しい事もやっとけば良かった……」


 早くも山内さんは諦めモードだった。


「ゲン、あたし一人じゃ鬼二体は無理だから」


 二体は無理、と言うことは、メイは、一体しか相手できないということだ。つまり、メイは暗に、俺に一匹の鬼退治を依頼していた。もう命がいくつあってもあんなの倒せないってのに……


だが、今回はメイが最初から無事だし、腕を持っていかれていないだけマシだと考えることもできる。俺は目の前の赤い鬼を見据え、対峙していた。一瞬でも目を離せばやられる。その矢先、


「やッ……」


 海和のか細い声を聞き、すぐさまそちらを見遣る。しまった、俺がしっかり彼女を守ってやるべきだったと言う悔恨の念がすぐさま襲ってきた。


 だが、それは杞憂だった。


「あ、ごめん。私もやっちゃった……」


 山内さんが、隣にいた海和の血を吸っていた。


――ごくごくごく。


「私、やれちゃう気がするなぁ~」


 血を得たことで、無事(?)に彼女もまた立派な角を生やしていた。だが、彼女は俺のようにすぐさま相手の方に向かうことはなかった。


「あ~なるほどね。なるほど、分かった分かった」


 独り言を繰り返し、掌でグーパーを続けていた。山内さんは自分の身体能力の上昇を自覚した上で、今できる最善の策を模索しているようだった。


「ちょっと! あたしだけじゃ手がたりないって言ってんじゃん!」


 いまだに動き出さない俺と山内さんとは対照的に、メイは俺の血を吸ってすぐさま目の前の鬼二体と格闘している。


「おっけ、私も行くわ」


 借りるねと言って、俺が先ほど海和から受け取った刀を手にし、長すぎる前髪を左右に揺らしながら前進する。


 鬼の目の前でフェイントをかけて、鬼の首を真一文字に切り裂いた。鬼の首からはまたどす黒い泥水のような混濁液が噴出する。ドロドロとしたその液体を顔に浴びながら、山内さんはクールに言った。


「私、今、最高にカッコいいよね!」

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