第5鬼 鬼が来たら来たで迎え討とう

 鬼になってしまった時、感じた。


 これが本当のあたしなのかって。


 鬼が鬼と戦っていいのかって。


 自分が何者なのか余計に分からなくなる。テンション上げて、全てを忘れるぐらい楽しくやっていかないと、不意に寂しくなる。


 一体自分は何者なんだろうか。


 どうしてこの赤在煉の元にやって来たのか。自分には果たさなければならない使命があったんじゃないか。


 考えても仕方のない問いが、あたしの頭の中でぐるぐると回る。


 このまま人間として、鬼の自分を捨てて生活できるのだろうか。


 鬼の方の自分が暴れ出さないだろうか。


 自分で自分が分からない怖さ、誰も証明してくれる者がいない辛さ、あたしはそれを背負って生きるしかない。昨日みたいな鬼だけじゃなくて、きっとあたしのことを 知っている鬼だってやって来てくれるかもしれない。


 考えていたって仕方がない。


 今日もまた、精一杯生きよう。



 ニュースが流れる。


「昨夜未明、蒼守あおもり市内で人が倒れていると通報がありました。二人は市内の高校生ですぐに病院に運ばれましたが、未だ意識不明の状態です。外傷はなく、警察は何者かに襲われたとして、事件の究明を急いでいます」


 食べていた食パンをのどに詰まらせそうになり、急いで牛乳を注ぎ込んだ。


「これ……」


 言葉にしなくとも、メイにも伝わったようで、メイも何も言わず頷いていた。


――鬼の仕業だ。


 どうやら鬼は夜に現れて、無差別に人を襲うらしい。加えて、俺たちが出会った鬼の他にも鬼がいると言うこともたしからしい。


「いってきます」


 玄関を出て学校に向かう。メイと出会って随分と物騒な世の中になってしまった。常に死と隣り合わせの人生なんてやってられるか。


 さっさと鬼退治して、元の生活を取り戻してやる。


――まあ、昨日既にその鬼にやられて、死にかけてるんだけど……


 そう考えると、鬼を退治するよりもメイに守ってもらいながら生活する方が良い気もしてきた。


 まあ、それはそれとして、メイにはきっちりとこの責任を取ってもらわないといけない。俺を鬼にした責任をとってもらうんだ――ってこれまた、俺、嫁フラグ立ってる?


 教室はいつも通りの喧騒で、同じ市内の女子高校生がたった二人意識不明になったところで何も変わることはなかった。


 ただ一人を除いて。


「赤在くん、ちょっと」


 海和に廊下に呼び出される。眉を顰めて、彼女は言った。


「昨日のアレ、一体何なの?」


 まあ、そうなるよな。海和は途中まであの光景を間近で見ていた。言い逃れできるはずもなかった。


「起きたら何事もなかったけど、アレ、夢じゃないよね……」


 表情には夢だったら良いのにと言う微かな期待があった。俺に夢だと言って欲しいと言う強い願望だ。でも、俺、嘘はつけない性質たちなんだ。


「悪い、海和、あれは夢じゃない。俺にも分からないが、あれは現実だ」


 ああ、やっぱりそうだよね。とだけ言って彼女は去った。もっと色々聞きたいこともあっただろうし、もっと確認もしたかっただろう。だけど、それ以上詮索をしなかったのはこれ以上関わるのは御免だと言う彼女の意思表示のように思えた。あんな現実、早く忘れた方が幸せだ。俺だって、周りの人間を巻き込む気は毛頭ない。


「えー! 音新乃さん外国から来たの!?」


「飛び級したって聞いたけど、それもほんと?」


 俺の複雑な心境に構うことなく、相変わらず俺の隣の席は賑やかで、メイはここに来る前の話をあれこれと創作して皆を楽しませている。


「ほんとほんと、ほーんだけに」


 もうそれ「本当」って言葉聞くだけで反射的に言ってるじゃねーか。クラスの皆はメイが角を出す仕草を手品だと思っているようで、つまらないギャグを披露したメイに対して拍手をしていた。


 昨日の今日でまた不測の事態が発生するかもしれないと不安だったが、何事もなく、穏やに、本日の学園生活が終了した。


 放課後、俺は図書館に足を運ぶことにした。


 やっぱり本は良いよな。本は俺たちに知識を与えてくれる。生きる指針を示してくれる心を清め耕してくれる。色々な娯楽が発達した現代だが、時間を浪費するくらいなら一冊でも多く本を、書物を、読むべきだ。俺はそう思う。何よりこの静寂、安寧、同じ目的の者たちが集う場所、ただその本に没頭できる環境、雑音が最小限に抑えられた図書館と言う聖域、素晴らしい。


 しかし、俺が今回この空峰学園に併設された大図書館に出向いたのは、読書を楽しむためではない。


「ゲン! ここに美味しそうなお菓子の作り方の本が! こっちには可愛い猫の本!」


 相変わらずテンションの高いメイを窘めて、目当ての本を探す俺。


「お、あったあった」


 俺は鬼に関する書籍を片っ端から探していた。少しアナログかもしれないが、調べ物をするには先人の知恵を借りるのが一番だと思っている。インターネットで検索すれば一発でヒットするんだろうが、その情報が真か偽かなんて誰が分かるんだ。ネットに転がっている情報なんて、ただの噂かもしれないし、誰かの戯言かもしれないだろう。


 まあ、本にも迷信だとか、風説だとかそう言う類のものも多いけど……


「やっぱり日の光だよな……」


 鬼の弱点で一番多かったのは太陽光。それは分かっている。そんなくらい知っている。だけど、夜に奴らがやってきたらどうしろって言うんだ。ってか俺たち普通に生活できてるし、日光だってたいした効果ないかもしれない。


 ページを繰るうちに、俺は新たな鬼の弱点を発見した。


「菖蒲か……」


 古びた民俗学の資料には、鬼は菖蒲を嫌うと一言書かれていた。理由はこの菖蒲の葉が剣に見えることからだと言う。


「こんな葉っぱで撃退出来たら苦労しないよな……」


 しばらく本を漁ってみたものの、その日はこれ以上に有益な情報を得ることはできなかった。今夜また再び別の鬼が来たらどう対処すれば良いのか分からず、とりあえず俺は帰り道菖蒲の花を買って帰った。


「あら、あんたが花を買って来るなんて珍しい!」


 母さんには心底驚かれたが、俺だって好きで買ってきたんじゃない。保身のためだ。


――保身になるか分からないけど。


「メイ、今日もやってくると思うか?」


「あたしに聞かれても分かんないんだよな~ 風にでも聞けば?」


 あしらうように適当に返答したメイだったが、俺はあの鼻がひん曲がるかのような強烈な臭いを思い出した。あの風が吹いた時、鬼が現れる。風のにおい、あの劇薬を鼻に近づけた時に感じる刺激臭こそがサインなのかもしれない。


 まあ、あれが来る予兆とかが分かれば良いんだが……


 結局のところ、地震の直前に来る緊急地震速報のようなもので、あのアラームに気が付いたところでもう遅い。もっと根源的な、鬼を召喚する条件のようなものが分かれば良いのだが。


「ま、考えても仕方ないか」


 鬼が来たら来たで迎え討とうと言う気持ちで、俺たちは眠りについた。


 俺たちの心配虚しく、その日、鬼が来ることはなかった。


 鬼除けで買った菖蒲が、安直な考えの俺たちを皮肉るように、部屋の片隅で美しく咲き誇っていた。

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