第2鬼 猫もそうだけど、鬼も家では飼えないわ


「母さん、すまん、拾ってきちゃった」


「また猫? そんなの誰が世話するのよ。母さんいつも言ってるでしょ、早くもといたところに戻してきなさい。」


――って猫じゃない!?!?


 母さんは豆鉄砲を食らった鳩のように驚き、硬直していた。


「どうも! 空から落ちて来た鬼のメイって言います」


――よろしくニャン。


 空から落ちて来た鬼、メイは全力で愛嬌を振りまきながら言った。


「やっぱり、レン、返してきなさい。猫もそうだけど、鬼も家では飼えないわ」


「むしろ、息子をあたしが飼ってるんだけど」


 メイは母さんにそう言って、説得しようと試みていた。


「は?」


「いやだから、もう息子のレンちゃんはゲンちゃんになって、つまりはもうさ、あたしの眷属になったってわけ」


 一体何を言っているのか分からない風の母さんだったが、百聞は一見に如かず、目の前の目を疑いたくなる光景を見て彼女の言うことを信用する他なかった。


「ってえ? え?」


 彼女がまた俺の首にかぷりと噛みつくと、俺の頭からタケノコのように角がニョキっと現れた。


「レン、どうして……こんな姿に」


 動揺する母、実の息子の変わり果てた姿を見て、悲しみにくれないはずもな……


「……いいじゃない! それ! メイちゃんって言った? これからレンをよろしくね!」


 さっきまでと言ってることがまるで違う。母さん、一体どうしてしまったんだ。母は息子の変わり果てた姿を見て悲しむより、家に鬼とは言え年頃の女の子を連れて来て嬉しいと言う感情が勝ったようだった。


 メイが俺に向かって綺麗なウインクをする。母さんが認めたって俺は認めないからな、こんな素性も知れない女。つか、早くこの角を戻してくれ

「その角はもう戻りません、ほーんとにね」


――角だけに、ほーん(horn)とね。


 自分のギャグの解説までつけて、悲劇的な情報を突きつけて来たメイ。俺、もうこんなになって、お嫁にいけないじゃない!


――お嫁にはいかないけどさ。


「言ったじゃん、あたしの眷属になるって。その角は眷属の証」


――せいぜい、鬼殺隊に殺されないようにしなさいよねッ!


 彼女はびしっと人差し指を俺に向けながら豪語した。にしても、現代にもいるのか鬼殺隊……







 赤在あかざい  れん、十六歳、趣味読書、帰宅部、空から落ちて来た謎の少女メイに噛まれて鬼となった。


 最後のはほんと理解に苦しむプロフィールだよな。鬼となったってなんだよ、桃太郎に退治されちまうぜ。


「今日から新しくこのクラスに転入してきた、音新乃おにの 萌生めいです! よろしくお願いします」


 平然と、鬼のメイは俺のクラスへと入ってきた。よくある展開ってやつだ。もうみんなも見慣れてるよな?


「席はええっと……」


「あたし、あそこがいいです!」


 指さしたのは窓際の端っこの席なんかじゃなくって、俺の隣の席だった。クラスの人数が奇数だったので、俺の隣に席はない。よって、メイはその空いた席を指定した。


「まあ、そこが良いな……赤在、しっかり面倒見てやってくれよ」


 担任の左貝さかいはそう言って、新しい机を俺の隣に置いた。


「よろしくね、ゲン!」


 またそうやって彼女はウインクを決めた。鬼と言うことと、空からいきなり落ちて来たと言うことを除けば、ただの可愛らしい女の子だ。鬼のくせして角はどうやら隠せるらしい。まったく都合のいいやつだ。


 教室を満たす春風、時折窓から見える桜の花びらが出会いの季節をより一層と際立たせていた。


「ねぇ、ねぇ、音新乃さんってどこから来たの?」


「音新乃って変わった名前だね!」


「放課後ヒマ?」


 俺の通っている私立空峰そらみね学園では、学年が上がってもクラス替えがない。よって高校二年生になっても特に変わり映えすることのない日常が待っているはずだった。なのに、突如としてこの音新乃萌生がやってきた。だからこそ、このクラスの特異点、音新乃に対して皆興味津々になる他なかった。


 引っ張りだこの音新乃は、目をぐるぐるとさせながら、


「順番に聞きますから、順番に聞きますから」


 と必死に唱えていた。まあ、友達が増えるのは良い事だろう……


 昨日の夜にメイから聞いた話では、メイは本当にどこか別の場所からやってきたことはたしからしかった。自分が鬼で、誰かの血をもらわないと生きていけないのも本当らしい。


 どうして、全てらしいと推定の助動詞がついているのかと言うと、メイの記憶が途切れてしまっているからだ。この地球に辿り着いてしまったことが事故なのかどうかすら分からず、自分がいた場所のことも鮮明に覚えているわけではないらしい。


 記憶の手掛かりになることも今はまだ分からないので、しばらくは俺の家で遠い親戚の子として住まうことになった。


 ただ、メイが鬼である、そのことだけは隠さないといけないだろう。きっとみんなが怖がってしまうだろうか……


「あたし、鬼なんだ! ほら、これ見てみ、角。ほーんとにね、鬼なんだよ」


 あっさりと、秘密を暴露していた。しかもあのサムいギャグつきで。


「おいおいおい、メイさん、そんなことないでしょ、これ前いた学校では絶対つけないといけなかったんだよなー、うん。そうだよなー」


 訳の分からない言い訳をして、俺は誤魔化そうとするも墓穴を掘ってしまったようで……


「は? どうして今日転校してきたばかりの萌生ちゃんのこと、煉が知ってるんだよ!」


「おかしいだろ!」


「そうだそうだ!」


 余計にクラスの皆は混乱した。謎の転校生と俺が知り合い、これじゃまるで主人公じゃないか。どうか、メイ、あとはなんとかうまくやってく……


「あー、それはあたしとゲンが一緒に住んでるからー」


 予想はしていたが、もうこれは炎上するしかなかった。はいはい、そうですよ。俺がきっと何言ったって信じてはくれないんだろうよ。


 しばらく俺への非難が続いたが、チャイムが鳴って難を逃れた。鬼の角のことはうやむやになってくれたのが不幸中の幸いだと思った。



――しかし、それが俺の思い違いであることをすぐさま知ることになった……



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