第52話 今、片を付けるべき最大の問題

「極上の肥料の販売先が難しいってどういうこと、ロビン君?」


 11月29日の土曜日の午後。

 お泊りしたマーヤの実家、アルカディア農牧場で朝食を頂いてから船でアフロン川を下りベルディーンのクラウリー邸へ帰ってきた俺たちは、ちょうどお昼時だったのでランチにして、食後の紅茶を飲みまったりとしていた。

 そして、そろそろ頃合いだなとグアノ共同出資者の二人に説明を始めたところだ。


「カイトさんとライラさんも内戦の話は知ってるよね?」

「ああ、三年後にエレノア王女が攻めてくるってやつだな」

「・・・言いたいことは分かったは。だけど、今はあくまで噂の段階よ」

 察しの良いライラは俺の懸念を悟ってくれたようだ。

「ちょっと待て。何が分かったのか俺にも教えろ」

 カイトは、まあカイトだ。


「この国で本格的に内戦が始まったら必要になるでしょ」

「何が?」

「食料よ! それも大量の食糧!」

「そりゃそうだろ。だけどそれの何が困るんだよ? そうなったら極上の肥料は売れまくるだろうから、逆に販売先なんてより取り見取りじゃねーか」

 いや、その通りなんだよ。でもね、世の中ってそんな単純じゃないんだって。


「馬鹿ね、アンタ、国王派と女帝派のどっちに売るって言うのよ?」


「あ? そりゃお前、高い値を付けた方に決まってるだろ」

 ナイスボケ! さすがカイト、期待を裏切らない。

「そういう問題じゃないのよ。アンタもさっき裏庭で見たでしょ。アレを使っただけで食物の成長にあんなに差が出るのよ。極上の肥料は内戦の結果を左右する秘密兵器と言っても過言じゃないわ」

「いや、だから高く買ってくれる方に・・・」

「国王派と女帝派で奪い合いになるの!」

 カイトの言葉に被せるようにライラが叫んだ。

 この二人は放っておくといつまでもこの調子だからそろそろ仕切るか。


「そういうこと。一方に売れば、もう一方に恨まれる」

 話を進めるのは僕だよ、という声色で二人の言い争いを止めた。

「じゃあ、両方に売ればいいだけのことじゃねーか」

「上手くやれれば、それが最良の選択だろうね」

 だが俺たちは商売なんてやったことがないド素人だ。

 海千山千の大人たちを相手にそんな真似が出来る訳がない。


「だけど、下手をすれば両方から恨みを買う最低の選択になるよ」


「その通りだわ。リスクが大き過ぎる」

「確かにな。それに、国王派だ女帝派だと言っても、内戦が本格化したら旗色次第で裏切りや寝返りは日常茶飯事だ。どこに売っていいか分かんなくなっちまう」

 お、一度理解したら、その先はちゃんと読んでくれたか。

 でもまぁ、実は、ここまでの話はただの建前なんだけどな。



 だって、俺はもう女帝に味方すると決めている。



 マックスが女帝派と組んだ時点で、俺も一蓮托生なんだ。

 という訳で、この極上の肥料グアノは女帝派に売る。これは決定事項だ。

 それを共同出資者のカイトとライラにも承諾してもらう。事情を知らせずにだ。


「そこで、僕から提案があるんだ」

「なんだよ、だったら最初からそれを言えばいいじゃねーか」

「ロビン君、馬鹿は放っておいてその提案を聞かせてちょうだい」

 ごめんなライラ。カイトはともかく、君を騙すのは気が引けるよ。

 でもまだ言えないんだ。女帝の軍船がこの街に来ることは。


「僕の父親マックスに、グレースピア学寮長に全て売ろうと思う」


「・・・そうね。あのカレッジなら自前の農園で大量に消費できるでしょうし、余所へ転売するにしても最良の判断をしてくれると思うわ」

「よく分からねーが、損はしないんだな?」

「うん、身内だからって買い叩くような真似はさせないよ」

「もしかして、グレースピア・カレッジを隠れ蓑にもするつもり?」

「実はそうなんだ。あの極上の肥料はカレッジが開発したものだって噂を流す予定だよ。それはマックスにも話を通しておく」

「そいつは上手いな。お前の父ちゃんが否定も肯定もしなけりゃ、カレッジの極秘案件なんだなって勝手にみんなが誤解してくれるぜ」

 それを狙ってるんだが、期待通りになってくれると助かる。


「じゃあ、僕たちの極上の肥料はグレースピア学寮長マックスに全て売る、ということでみんな賛成してくれるかな?」

「私は賛成するわ」

「俺も文句はねー」

 ルディとドクターは黙って聞いてるだけだが異論はないんだろうか。

 二人も出資者なんだから、ちゃんと決に加わってくれないと。


「ドクターとルディもそれでいいかな?」

「お、ワシは何でもええぞ。お前たちの好きなようにやってみぃ」

「私もロビン様のお考えに賛同致します」

 よし、これで満場一致で決定だ。すぐに実行に移そう。


「販売先は決まりだね。次はあの洞窟のある小山の購入を進めよう」

 購入準備は爺さんに任せてたがちゃんと調べてくれたかな。

「ドクター、小山の価格はいくらだったの?」

「2万ギリングじゃったよ」

 1ギリング200円として、400万円か。

「あんな小さな山でも結構するのね。私一人だと買えないところだったわ」

「あれ? ライラさんは3万ギリングでガルバーナが売れたんじゃないの?」 

「おいおい、全部ライラがもらえるわけねーだろ」

 あ、そりゃそうか。当然ギルドが中抜きするよな。


「私が受け取るのはその半分の1万5千ギリングよ」

 ハンブン!

 マジかぁ、割とギルドも阿漕あこぎな真似をしてやがる。

「半分というのはちょっと酷いですね」

「だよなー。こっちは命がけだっつーのにボリすぎだろ」

「そんなことないわよ。ギルドには有形無形で色々と助けられてるの。査定や販売交渉、捕らえた魔獣の管理に運搬、積立保険と挙げたら切りがないわ」

 ふむ、確かにそうだな。前言は撤回しよう。


「でもよー、ギルドなんてクソ儲かってんだぜえ」

「そうなの?」

 メチャクチャ依頼をこなしまくってたのか。さすが有能ギルドだな。

「まぁクエストに関係ない定期収入が大きいものね」

 え、それってヤバイ不労所得ってことかよ。

「そんなものがあるの?」

「冒険者登録の更新料よ。一人の額は少ないけど大勢いるから」

 なるほど。そういうカラクリか。

 この国では人口の9割が12歳で成人になったら登録するもんな。

 ベルディーンは10万都市だから、低く見積もっても6万はいるだろ。


「更新の間隔はどのぐらいなの?」

「毎年だぞ、毎年!」

 それは太いな。毎年6万人が更新料を払ったら2000円でも1億2千万、3000円なら1億8千万、5000円なら3億だぞ。

 それだけで年商ウン億円の企業じゃないか。

「更新なんてほとんどのケースが冒険者手帳にハンコを押すだけだものね。効率の良い仕事もあったもんだわ」

 ふふふ、やっぱりライラもちょっとギルドに不満があるのかもな。

 さて、そろそろ軌道修正して話を進めるか。


「小山購入の出資比率だけど、僕とライラさんが35%ずつで、他のみんなが10%ずつとするよ。これについて意見はあるかな?」


「ロビン君と私が同じで本当に良いの?」

「全然構わないよ。ライラさんには社長をやってもらうから、むしろ40%にしようかと思ったぐらいだもん」

「分かったわ。ロビン君は本当に欲がないわね」

「カイトさんはどう? 今なら増やすにしろ減らすにしろ検討するよ」

「分かってる? 10%だから2000ギリングになるのよ?」

 そこで悩んでた!

「わ、分かってらー、俺はこのままでいい。問題ねー」

 本当かなぁ。こいつこれから金を作るとか言ってただろ。

 ま、最悪の場合は俺が貸し付けてやる。そして借金で縛ってやる。


「ドクターとルディは───」「それでええ」「異論ありません」

 さいですか。じゃあこれも決まりだな。

 実際の購入も爺さんに任せるとしよう。

 個人で買うにしろ、会社を作ってその名義で買うにしろ俺には無理だ。


「出資比率もこれで決定。極上の肥料の件はこんなところかな」


「マーヤの面倒といいお前もいろいろご苦労さんだな」

 マーヤの実家の牧場から牛乳を買って販売する会社の設立。


「まったくよね。それに他にもまだ何かやるつもりなんでしょ?」

 極上の肥料を売る会社の設立とマックスとの販売交渉。


「こいつは冒険者ギルドマスターを目指すんだよ!」

 内戦に備えて冒険者の抱え込みと可能な限りのギルド私物化。


「本当のところ、次は何をするつもりなの?」

 やらなきゃならない事は山ほどある。


「とりあえず、僕は来週から・・・」

 だが、その前に片を付けるべき最大の問題がある。

 今、俺が一番考えて実行しなければならないのはこれだ。

 

「高校生に戻るよ」

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誰がロビン・モアを殺したのか? イクゾー @eichieye

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