第51話 マーヤ、恐ろしい子・・・

「マーヤを差し出す代わりに、この坊やをうちに貰うのはどうだろうか?」


 ランチタイムでマーヤの家族の説得に成功した俺たちは、昼から今後協力して仕事をすることになる牧場を時間の許す限り見て回った。

 夕暮れ時になると農場の事務所に戻って、またマーヤの家族と夕食を共にした。

 文字通り産地直送の肉と野菜のディナーをご馳走になった後、俺はデザートを作り皆に振舞うと、これまた大好評で次姉レベッカにロックオンされたようだ。


「坊ちゃん、アンタこのままうちでコックやりなよ」

 むむむ、長姉シルヴィアまで俺を獲物として認識し始めた。

 新鮮な果物をふんだんに盛り込んだフルーツサンドを頬張りながら、油断ならない目で俺を見ている。ヤバイな、気を許したら一瞬で俺も喰われる。ゴクリ


「それはいい考えね。どうかしらお坊ちゃん? 今なら、俸給の他にピチピチの若い美女を二人つけるわよ」

 母親のテレサまで乗っかってきた!

 しかも行き遅れてそうな娘まで俺に押し付ける気マンマンかよ。

 マーヤの分は仕事で返すから俺の身柄は勘弁してくれ。

 

「ここへ婿入りというのはさすがに無理だと思います。ごめんなさい」

 

「あらそうなの。残念だわ。でも気が変わったらいつでも言いなさい」

 うわ、あの目は諦めてないな。護衛を連れてきて本当に良かった。

「こんな辺鄙へんぴな山奥に婿に来いなどと酷なことは言わん」

 お、シルヴィアは現実というものがちゃんと分かってるじゃないか。

「だから、子種だけ仕込んでゆけばいい。頼んだぞ」

 そ、それは・・・正直、ちょっとアリかも。

 アマゾネスのルディを一回り小さくして人間にしたような良い身体をしてるんだよなぁ。まるでカレンの様で、そそられるのは確かだったりする。


「ロビン様は死ぬ程の大怪我から回復している最中ですので、お体に負担のかかるような真似は絶対にさせられません」


 ビクビクッ!

 ルディが俺の浮気心を見抜いたかのように、静かに激しくお断りの返事をした。

 アマゾネス嫁は言葉の嘘だけじゃなく心の揺れ動きまで分かるのかもな。


「そうかい。じゃあ完全に治ってからお願いするよ」

「えっ?」

「私たちはこれから一緒に仕事をして行く仲だろ、種付けも協力しておくれよ」 

「その通りだな。業務提携を強固なものにする為に一つ私も体を張ろう」

「お坊ちゃんの会社とこのアルカディア農牧場の絆となる子を作るのは、むしろ当然と言えるでしょう」

 げぇ、女三人にビシバシと畳みかけられて、返す言葉が思い浮かばない。

 頼みのルディもこいつらの強引さとエゴイズムにただ呆然としてるし。

 ここはマーヤに頼むしかないと思った俺は必死のアイコンタクトを送る。

 お前の身勝手なファミリーに何か言ってやってくれ!


「私もロビン君が家族になってくれたら嬉しいかも」

 マーヤ裏切った!

 酷いじゃないか。誰の為にこんな状況になってるか分かってる?

 まさかお前が背中から撃って来るとはな・・・マーヤ、恐ろしい子・・・


「ウヒャヒャヒャ、羨ましいぜロビン、モテモテじゃねーか」

 クソ、お前が助けてくれるとは思ってないが、せめて黙ってろ。

「私は別にアンタでも構わないんだよ」

「「「 えっ? 」」」

 俺とカイトとルディの声が綺麗なユニゾンで食堂にこだました。

「坊ちゃんのことが羨ましいならアンタにしてあげると言ってるんだよ」

 思わぬ流れ弾にヤンチャ剣士は口をパクパクさせるだけだった。

「良かったわね、カイト。子供ができたらお祝いを送るわ」

 ライラの口から出た声は本当に楽しそうな響きがしていた。


「・・・わ、ワリーな、俺にはもう決めた女がいるんだ!」


 固まっていたカイトがやっと口を開いて自己弁護を始めた。

 だけどお前、本当にそんな相手がいるのか?

 あ、そういえば、一人の女を巡ってイヴァンと三角関係だったっけな。

「別に良いじゃない。どうせブランカにはフラれたんだから」

「フラれてねーよ!」

「はぁ~、アンタが鈍いだけなのよ。いい加減に気付きなさいよね」

 その後もカイトとライラの応酬が続き、種付けの件はうやむやになった。



「このフレンチ・トーストという料理、私たちに見せて良かったの?」

 お、さすがにテレサは気付いてくれたようだな。

「はい、牛の乳の可能性をもっと知ってほしかったんです」

「ロビン君、この料理に何か秘密でもあるんですか?」

 マーヤにはまだピンと来ないか。14歳じゃ仕方ないよな。


「実はフルーツサンドで使ったパンとフレンチ・トーストで使ったパンは少し違うんだよ。何が違うか分かるかな?」


「それはないと思いますよ。どっちもうちで焼いた同じパンだもの」

「そうなんだけど、ちょっと違うんだなあ」

「もぉ、意地悪しないで教えてくださいよぉ」

 ふふふ、さっき後ろから撃たれたお返しさ。


「フルーツサンドで使ったのは焼きたての柔らかいパン、フレンチ・トーストで使ったのは焼いて数日後の固くなったパンだよ」


「あっ、そういうことなんですね!」

「実際に食べた今ならこの意味が分かるよね」

「はい、これなら古くなったパンでも美味しく食べることができます」

「これまで固くなったパンは粥に入れたりしていたけれど、あまり美味しいものではなかったわ。でもこの料理なら直ぐに広まるでしょうね」

 主婦であるテレサさんなら分かってくれると思ってましたよ。

 フレンチ・トーストと共に牛乳の需要も急速に広がることもね。


「固いパンしか食べられない孤児院の子供のことも考えてくれたのね」

 それは偶然だ。でもそういうことにしておこう。

 俺はもちろんだよという表情でニッコリと笑っておいた。

 するとマーヤの目が潤んできて、ポロリと涙が流れ食卓に落ちた。


「良い友達ができたな」

 しゃべった!

 これまで一言も話さなかった長男がしゃべった!

 渋くて良い声してるじゃないか。まぁ、まだ名前さえ知らんがな。


「ゼウス兄さん・・・」

 ゼウス!?

 そんなハタ迷惑なヤリチン神様みたいな名前だったのか。

 実物とは真逆の名前にも程があるな。

 ともかく感動的に見つめ合う兄妹というフィナーレで夕食は幕を閉じた。



「孤児院の子供たちを雇ってくれるんですか!?」

 俺が考えていた孤児院救済の草案はスイーツじゃなくてこっちの方だ。

 ベルディーンに牛乳を売る会社を作るし、安定して牛乳を仕入れる為にこの牧場にも人手が必要だ。孤児だろうと何だろうとやる気と良識のある人材は雇う。

 

「ただし、誰でもいいってわけじゃないよ」

「分かってます。私がちゃんと教育します」

「会社だけじゃなくて、この牧場にも人を割り振りたいんだけど」

「はい、都会よりも自然の方が合っている子たちを選びますね」

「うん、あとテレサさんに言ったように、マーヤさんにはアルカティア乳業の社長をやってもらうよ」

「え、あれってシナリオじゃなかったんですか!?」

「急な思い付きではあるけど本当だよ。そうしないと、マーヤさんが卒業後もベルディーンに居続ける理由がなくなっちゃうでしょ」

「そうなんですけど、私には無理ですよぉ」

「今すぐってわけじゃないから。大学に行って商業も学べばきっと大丈夫」

 たぶんな。俺は大学に行ってもサッカーしかやってなかったから良く分からん。


「うーん・・・ライラさん、一緒にやってくれませんか?」

「悪いけど私はギルド専属の冒険師だから無理よ」

「あ、ライラさんも社長やってもらうよ」

「えっ?」

「ほら、ワルビッシュのアレを売る会社も作らないといけないから」

「でもどうして私なの? ロビン君が見つけた商売なのに」

「僕は他にも手を広げるつもりだから社長業はできないんだよ」

 具体的に何をやるかは決まってないが、恐らくそうなるだろう。


「そうだぞ。こいつは冒険者にもなるつもりだからな」

 あ、そんな話も出てたな。

「冒険者をやるつもりなのロビン君?」

「まだ決めてないけど、冒険者ギルドという組織には興味があるんだ」

「お前、まさかギルドマスターの座を狙ってやがったのか?」

 ハハハ、やっぱりカイトのボケは面白いな。 

 だが、あながち悪い話じゃない。もしなれるならなっておいて損はない。

 あれだけ実力者が揃っていて倫理観も確りした組織なんだ。

 自由に使うことが出来たら、内戦になった際に大きな戦力になるだろう。

 ふむ、ちょっと探りを入れてみるか。

 

「ギルマスなんて狙ってなれるものじゃないでしょ?」

「実はな、ギルドマスターになるのに一番必要なのは政治力だ。その点ではギルドの誰よりもお前に分があると思うぜ」

「・・・そうね。市長に次いでベルディーン・ナンバー2の座であるグレースピア学寮長と名門モア家の息子だもの可能性は十分あるわ」

 慎重で賢いライラがそこまで言うか。

 これは本気でギルマスになるという選択肢を考慮した方が良いのかもしれん。

 だが、今日はもういろいろあって疲れた。

 そろそろ床について続きはまた明日だな。


 俺は牧場の事務所の2階にあるこの宿泊所の一室をぐるっと見回した。

 ワラで作られたベッドに羊毛布団が敷かれて薄手の毛布が畳んで置いてある。

 ただし、4人分だ。

 この部屋には俺とルディ、ライラ、マーヤ、カイトがいる。

 一人あぶれちゃうけど、どういう話になってるんだこれ。


「ベッドが一つ足りないよね?」


「俺は寝ないからいーんだよ」

「寝ない?」

「お前の護衛だからな。外に立って徹夜で見張りだ」

「そこまでする必要があるの?」

「ロビン君、今日のお泊りは周りの反対を押し切って来てるから、絶対に万が一があってはいけないのよ」

 そうだよな。ロビンを溺愛する母キャシーの説得は大変だった。

 緑豊かな高原でリハビリ療養するんじゃとドクターに言ってもらってやっとOKが出た。これで何かあろうものなら二度と遠出なんて出来なくなるか・・・


「分かった。じゃあ悪いけど見張りを頼むね」

「なにも悪くねーよ。お前は今日自分の仕事をキッチリやった。今度は俺が自分の仕事をやる番だってだけさ」

「そうだね。僕の身の安全をよろしく」

「任せとけ。その為に朝からじっとして体力を温存してたからな」

 それで今日は比較的大人しかったのか。

 ちゃんと考えていたんだな。さすが上級冒険者だ。

「マーヤ、このランプ借りていくぜ」

 カイトは魔獣の油を使ったランプに火を付けて部屋を出て行った。

 俺たちもベッドに入ってすぐに眠った。


 その数時間後、夜這いに来た長姉シルヴィアとカイトの間で死闘が行われたらしい。俺はぐっすり眠っていたので気付かなかった。

 翌朝、朝食の席で『役立たずが』とシルヴィアに罵られるカイトを見ても、何のことかサッパリ分からない俺だった。

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