第50話 日本発祥クリームシチューの破壊力
「許しません! 三カ月も便りを寄こさない様な娘は家に帰ってもらいます!」
孤児院でマーヤと面談した翌日、11月28日の風曜日。
俺たちはマーヤの両親を説得するために、実家のアルカディア農場を訪れた。
心配していた家族は一様に無事を喜び安堵したが、その分、怒りも大きくマーヤの進学についてほぼ全員が否定に回った。その急先鋒が母テレサである。
今もまた本日何度目かの雷が応接間に落ちたところだ。
「落ち着いて下さい、テレサさん。マーヤも決して悪気があった訳ではなくて不可抗力だったんです。不慮の事故に遭ってしまったんですから」
もちろんこれはシナリオだ。平たく言うなら嘘だ。
しかし、真実がいつも人の為になるとは限らない。
「怪我をして入学手続きに間に合わなかったことを言えなかったの。嘘をつき続けるのが苦しくて手紙も書けなくなって・・でも、来年また受験して合格したら本当のことを言うつもりだったのよ!」
マーヤちゃん迫真の演技がさく裂。その攻撃力やいかに?
「おだまり! 家族を騙すような娘に育てた憶えはないわ!」
ノーダメージ。あっさりと弾き返されてしまった。
話には聞いてたが、想像以上に手強い相手だ。
しかし、ここでマーヤの唯一の見方が援護射撃を行った。
「まぁまぁ、テレサもそう興奮しないで。マーヤだって反省してこうやって謝罪にきたんだから、ちょっとぐらい話を聞いてあげようよ」
マーヤの父親であるジークフリートだ。
夫の言う事なら少しは耳を傾けるはず。それをとっかかりにしよう。
「ジークは黙ってなさい。貴方がそうやってマーヤを甘やかすから、こんな不埒な真似をしでかしたのですよ」
猛犬が唸って威嚇するような低く恐ろしい声だった。
マーヤの父親はヒィッとすくみ上がりガタガタと震え始める。
ダメだこりゃ。夫のくせに妻と対等に張り合えないとは情けない。
まぁ、テレサさんは某宇宙戦艦アニメのキャラとは真反対で、マフィアの女ボスみたいな体格と迫力だから無理もないんだが・・・
「13歳の若さで名門ベルディーン大学に合格したマーヤさんの才能をこのまま枯らしてしまうのはあまりにも勿体ないと思いませんか?」
おおぅ、ライラが強敵にひるまずに食い下がって行ったぞ。
「名門大学といっても、娘が合格したのはグレースピアではなく格下カレッジの聖セシリアです。貴方の買いかぶりでしょう」
しかし、大農場を切り盛りしてきた剛腕ママは取りつく島もなかった。
冒険者とはしてはエリートだが、16歳のライラでは説得は無理か・・・
そろそろ援軍を頼むと俺はルディにアイコンタクトを送った。
「お言葉ですが、貴方の娘マーヤさんには特別な才能があると、私は治癒の奇跡を扱える修道女として確信を持って言えます」
アマゾネス嫁が静かに力強く断言してくれた。
とてつもない存在感のある修道女の言葉は、難敵テレサにも響いたようだ。
「百歩譲ってマーヤに私たち家族ですら気付かなかった才能があるとしても、また大学進学を目指すのであれば、家に戻って受験勉強をすれば良いのです。何故ベルディーンに残る必要があるのですか?」
よし、予想した通りの流れになった!
ここからが俺の出番だ。
満を持して立ち上がり、暗記したセリフを言おうとしたその瞬間、これまで沈黙を守ってきた長姉シルヴィアと次姉レベッカが動いた・・・!?
「どうでもいいけど、腹が減ったなあ」
「ひとまず昼食にするべきではないか」
ちょっとぐらい待ったらんかーい!
今はお前の妹の人生を左右する大事な家族会議中だろがっ。
クソ、こいつらもう完全にランチ・モードに入ってやがる。
今、俺が長々と演説しても右から左だろう。
仕方ない・・・ここは何とかアドリブで切り抜けるんだ・・・
「ゴホン、さっきテレサさんの話に上がったグレースピア・カレッジの学寮長は僕の父親になります」
「こんな田舎まで名が知れ渡っているグレースピアの・・・それは本当ですか?」
「はい。それで父から聖セシリアに問い合わせてもらったところ、マーヤさんのような優秀な人材は来年と言わずいま直ぐにでも入学して欲しいとのでした」
嘘だけどな。現在はまだ交渉中だ。後付けでゴリ押しするしかない。
「良かったじゃないか、マーヤ!」
父ジークは単純に喜んでいるが、母テレサはまだ厳しい顔で思案中だ。
だが、迷っているなら脈はある。ここでさらに背中を押してやる。
「マーヤさんは確かに酷い過ちを犯しました」
ちゃんと非は認めてますよと、テレサにまず表情で伝えておく。
「でもまだ13歳の女の子なんです。やり直す機会を与えてあげてくれませんか」
アナタだって慈悲の心はお持ちでしょと目で熱く訴える。
「マーヤさんの中に特別な才能が眠っていることは僕にも分かります」
それを母親のアナタが気付かないのかと、俺は首を振って挑発した。
「私に見えなかったものが、お坊ちゃんの貴方に見えると言うの!?」
フィーーーッシュ!
狙い通りにエサに喰い付きやがった。
後は一気に釣り上げるだけだ。
「はい。今からそれを証明してみせます」
テレサだけではなく応接間に座るマーヤの家族全員を見渡しながら宣言した。
「まさに貴方たちが捨てている牛の乳で、その可能性を見せてあげます!」
「大きく出ましたね。嫌いじゃありません。良いわ見せてもらいましょう」
「君、そんなこと言って駄目だったら後が怖いぞ・・・地獄だぞ・・・」
「何でもいいから、早く食わせてくれ」
「腹が減っては良い知恵も浮かばんのでな」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
爺さんと長男は一言もしゃべらないから全く手ごたえがないな。
ただ、ずっと渋い顔をしているので、まだ反対の立場なんだろう。
やはりここは牛乳の力で引っくり返すしかない。
「ロビン君、アナタなら大丈夫だと思うけど勝算はあるの?」
「あると言いたいけど、やってみないと分からないね」
「やっと飯か・・・ロビン、筋書きが変わったみたいだが、まあ頑張れや」
お前は飯を食いに来ただけだな。お気楽で羨ましいよ。
「私のために無理をさせちゃってゴメンね、ロビン君」
「マーヤさんの才能と遺産に投資するって言ったでしょ。だからこれは僕のためでもあるんだ。それに無理なんてしなくても普通に勝つから安心して」
「ありがとう、ロビン君」
「お礼はまだ早いよ。それより、頼んでいた牛の乳は用意できてるかな?」
「うん、言われた通り、1時間ほど弱火にかけて直ぐ氷冷箱に入れておいたよ」
「ルディ、食材の方は問題ない?」
「はい、下準備はしてきましたから直ぐに料理できます」
よしっ、それじゃあやるとするか。
お前たち全員を唸らせて『旨い』とは何かを教えてやる!
「うっま、うっま、うっまぁぁあああああああああ!!」
カイト、お前が唸っても意味ないわ。ま、この世界でも通用するってことか。
アルカディア農場の食堂では、俺とルディが作ったカルボナーラとクリームシチューを多人数が夢中になって食べる音が鳴り響いていた。
「本当に凄く美味しいよ!」
お、マーヤも満足してくれたようだな。
「やだ、これ美味し過ぎる・・・ダメなのに・・・」
体重が気になるライラもため息をつきながら食べるのは止められない。
「驚きました。そのままの牛の乳がこんなに料理と合うなんて」
博識のルディも仰天の味か。これは自信持って良いだろ。
「たしかロビン君と言ったね、これは文句なしに美味しいよ!」
うむ、マーヤの父親ジークも絶賛ときたか。
これで俺たちの味方は全員、牛乳料理に屈服した訳だが、肝心のテレサたちの反応はどうかな。素直に評価してくれるといいが・・・
「坊ちゃん、おかわりあるかい?」
おおっ、長姉シルヴィアが俺にシチューのお代わりを所望してきた。
「ありますよ。この料理の味はどうでしたか?」
「そんなもん旨いに決まってるだろ。でかい口を叩くだけのことはあるじゃないか」
母テレサに負けず劣らず巨体で迫力のある女がニッと笑った。
「私ももう一杯頂こうか」
今度は次姉レベッカから注文きたっ。
「よろこんで。レベッカさんの好みに合いましたか?」
「ああ、美味だ。これは今後の食卓を変えるかもしれん」
そうだろう、そうだろう。ぜひ食卓に牛乳を乗せてくれ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
爺さんと長男が無言で空の皿を突き出してきた。
これは余計なことを言わずにお代わりだけ渡した方が良さそうだ。
さっきまで渋い顔してたのに今は明らかに頬が緩んでるからな。
そういえば、この食堂の雰囲気もメシを出してから一変した。
人間、旨いもの食ってれば穏やかになって争いを忘れるもんだな。
これで後は最後の砦の母テレサだけだ。
このカルボナーラとクリームシチューは俺的に絶対の自信がある料理だ。
離婚してから自炊を始めた俺には料理のレパートリーが少ない。
だが少ないだけにヘビーローテで作り続けてきた。
つまり、何百回も作り込んで来てるんだよ。フフフフフ
さあ、感想を聞かせてもらおうか。
この期に及んで嘘を吐き、一人だけ不味いとは言えまい・・・
「確かに料理は美味しいですね。私も驚きました」
認めたっ。ただ、このまま引き下がる女じゃないだろ。
「でも、それが何だと言うのです? 牛の乳が素晴らしい料理になる可能性は見せてもらいましたが、それは搾りたてが利用できるココだけの話ですよ」
ふん、言外にマーヤの才能もここでしか発揮できないと言ってる訳だ。
「お言葉ですが、貴方は間違っていますよ、テレサさん」
「私が何をどう間違っているというの?」
「今日の料理に使った牛の乳は日持ちします。それも5日間」
「5日!? そんなこと有り得ないわ」
「牛の乳にパストリゼーション(低温殺菌)という処置を施しました」
「それは何なの?」
「乳を腐らせる毒素を殺す方法です」
「長年牧場も経営してきたけど一度も聞いたことすらないわ」
「パストリゼーションした牛の乳を氷冷箱に残しています。5日後に僕の言ったことが嘘ではないと証明されるでしょう」
「本当にそんなことが可能なの?」
「できます。その意味がテレサさんには分かるはずです」
大農場と付属牧場をマネージメントしてきた剛腕ママは、俺の言葉を聞くなり目を閉じて頭脳を高速で回転させていた。
そのまま1分が経過した頃、テレサは静かに両目を開けて俺を見据える。
「そのパストリゼーションという技術、当牧場に頂けるのかしら?」
「差し上げます。もちろん、条件がありますが」
「お伺いしましょう」
「僕と業務提携してください」
「具体的には?」
「この牧場で生産される牛の乳を僕に独占的に売ってください」
「良いでしょう」
「僕はベルディーンに牛の乳を売る会社を作ります」
「当然必要になるわね」
「マーヤにはそのアルカディア乳業の社長になってもらいます」
「・・・そういうことですか」
「承知していただけますか?」
俺は頼むからウンと言ってくれと懇願するうようにテレサを見つめた。
マーヤが見つけた幸せを奪わないでくれと目で訴え続けた。
それが効いたのか営利を計算し尽くした結果なのかは分からないが、四児の母はふっと表情を緩ませると、初めて聞く慈愛に満ちた声で返事をくれた。
「良いわ。私には見えなかったものが見える貴方に大切な娘を預けましょう」
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