第49話 牛乳は飲み物じゃなくて食べ物です

「牛の乳は飲むものじゃなくて、食べるものですよ」


 11月27日の水曜日の朝。 

 今日から交代でまた俺の護衛に付いたカイト&ライラと馬車に乗り、いつものクラウリー邸ではなく、マーヤのいる孤児院へ向かった。

 先日の寄進が効いたようで、中年の修道女は快くマーヤとの面会を許し応接室へと案内してくれる。一通り自己紹介を済ませると、ライラはマーヤの緊張をほぐす為にまずは世間話から入っていく。彼女の実家は農業や畜産を手広く営んでいると言うので、俺は以前からの懸念事項だった『この都市の食卓に牛乳が出てこないのは何故か』と質問してみたところ、衝撃の事実を宣告されてしまった。


「ウヒャヒャヒャ、牛の乳をそのまま飲んでどーするよ!」

 カルシウム摂るんだよ。俺のいた世界ではごく普通のことなんだよ。

「で、でも、面白いアイデアだと、私は思うわよ、ロビン君」

 必死でフォローしてくれるライラの顔にはドンマイと書いてあった。


「牛の乳はバターにして食べるものですよ。残りの部分をチーズにすることもありますが、うちではほとんど捨てていますね」

 マジかっ!?

 何て勿体ないことを・・・バターを取った残りにも一杯栄養があるのにぃ。

 豚に食わせたらホエー豚になるんだぞ。


「ロビン様、ヤギや羊の乳なら飲まれていますよ」

 おおぅ、ミルクを飲む習慣はこの世界にもちゃんとあるんだな。


「修道女のマティルダさんはさすがに博識ですね。私も実家でよく飲んでいました。味や匂いにちょっとクセがありますけど、とても美味しいですよ」


 やっぱりマーヤは子供の頃からミルクを飲んで育っていたか・・・

 だからこんなに発育が良いんだよ!

 マーヤの身長はカイトと同じぐらいという話だったが、今はさらに3cmほど伸びていたし、胸もお尻もライラより大きくてムチムチしている。

 そんな身体をしていながらマーヤは何とまだ14歳。

 大学生なら18か19歳だと思い込んでたから仰天させられた。


 結局、何が言いたいかというと『俺にもミルクが必要』だってことだ。

 

 俺は何者かに命を狙われてるので、強く大きく逞しい体が欲しい。

 その為には、マーヤが効果を実証したカルシウムが不可欠だ。

 何とか入手しなくては・・・


「ヤギや羊の乳をベルディーンで売る予定はないのかな?」


「それは難しいですね。乳は日持ちしませんし、ここまで運んでる途中にどんどん味が落ちていきますから。そもそも商売として厳しいと思います」

「そりゃそーだろ。獣の乳をそのまま飲もうなんて奴はいねーよ」

 それがいるんだなぁ。お前の目の前に。

 ま、俺だけじゃ商売にならんのは分かりきってるが、そのまま飲まなくても料理に使えることを周知すれば、いくらでも利用価値と商機はあると思うぞ。

 

「僕が商売にしてみせたら、マーヤさんは協力してくれますか?」


「お前また面白そうなこと考えてやがるな。俺にもまた一枚噛ませろよ」

「もちろん私も乗るわよ、ロビン君」

 ルディは口では何も言わず、俺の手をキュッと握って賛同の意を示した。

 みんなノリが良すぎる。何だか妙な一体感が出てきたな。

 そんな俺たちとは裏腹に、当のマーヤは急に元気が無くなっていた。


「・・・ごめんなさい。私は協力できません」


「理由を聞いてもいいかな?」

 恐らく、その辺に失踪した原因があるんだろう。

 しばらく躊躇ためらっていたマーヤは意を決して自分から本題に飛び込んで行った。


「冒険者の人が私に会いに来たのは、捜索依頼があったからですよね?」


「そうよ。私がその依頼を受けたの」

「私、大学に行きたくないし、家にも帰りたくないです」

「私もアナタに嫌なことはして欲しくない。だから、ギルドに報告する前にここへ来てアナタと話しがしてみたかったの」

「私の望みを聞いてくれるんですか?」

「ええ、ちゃんと話し合ってみんなで解決策を考えましょう」

「みなさん、本当にありがとうございます」

 ちょっと目を潤ませながらマーヤはぺこりと頭を下げた。

 

「じゃあまず、どうして合格したカレッジに入学しなかったの?」

「大学進学は家を出るための方便だったんです」

「なぜそこまでして家を出たかったのかしら?」

「・・・人と、人間と会話がしたかったぁ」

「「「 えっ? 」」」

 ライラとカイトと俺のユニゾンが応接間にこだました。


「広い牧場には家畜しかいないんです。寂しかったんです」

「か、家族の人たちはどうしてたのかな?」

「うちは農場がメインなんで両親やお姉ちゃんたちはみんなそっちへ」

「牧場はマーヤさんだけだったの?」

「おじいちゃんがいたけど、黙々と仕事をするだけでしゃべらないんです」

「そ、それは辛かったわね」

「もうそれが嫌で嫌で絶対に家を出ようって決めて猛勉強しました」

「13歳で合格するなんて本当に立派だわ」

「人の話し声のしない静かな牧場は勉強に最適でした・・・」

「そ、そう。だけど、人と触れ合いたかったのなら大学に行っても良かったんじゃないかしら?」


「両親が受験させてくれた聖セシリア・カレッジは神学部で有名なんですが、私を治癒の使える神官にさせるつもりなんです。家畜を癒す獣医をやらせるために」

「ということは、3年後には・・・」

「はい、卒業したら牧場に逆戻りです」

「それで入学手続きをしなったのね」

「でも他に当てなんてなくて途方にくれている時に、この孤児院のシスターに拾ってもらいました」

「そうだったの」

「ここでの生活は本当に充実してるんです。子供たちは貧しいけど元気一杯で、もう見てるだけで私まで元気になれるんです」

「アナタはここで幸せなのね」

「はい、だから私を元気にしてくれる子供たちのために何かをしてあげたい。居場所と幸せを与えてくれたシスターに恩返しがしたい。心からそう思ってます」

 キラキラと目を輝かせてそう語るマーヤを見てると、やはりこのままここで幸せに暮らさせてやるべきだと強く感じる。

 しかし、そうするとライラはクエスト失敗で評価を落としてしまう。

 うーむ、どちらも敗者にならない折衷案はないものか・・・


「大学に通いながら孤児院での奉仕を続けることはできないの?」


「そうね。そうすれば、少なくとも卒業まで時間が稼げるわ」

「ライラもクエスト達成できるしな」

「私の事は今は良いの。それよりマーヤさん、どうかしら?」

「無理です。私は川岸の食堂で仕事もしてますから」

「おいおい、なんでそんな仕事までしてんだよ?」

「この孤児院の運営費を稼いでいるんだね」

 これしかないだろ。ここのオンボロぶりを見て気付けよな。


「そうです。幸い私は火の魔法が使えますから」

「厨房で料理を作って働いているのね。偉いわ」

「逆に言やあ、食堂の仕事が無きゃ大学に行く時間はあるってわけだ」

「それは、そうですけど・・・」

 そうするには、マーヤの稼ぐ分を補填しなきゃならないよな。


「この孤児院から巣立って働いてる人たちから援助はしてもらえないの?」


「それこそ無理です。孤児院出身の12歳の新成人にはまともな働き先がないから、ずっと自分のことだけで精一杯なんです!」

 そうか、この国の法的な成人年齢は12歳だから、その年になったら孤児院から出て行かなきゃならない訳だ。

 教育も栄養もろくに与えられていない名ばかり成人の子供たちの末路は想像に難くない。それこそ港や川岸の最底辺労働者になって日銭を稼ぐのがやっとか。

 俺も馬鹿なことを訊いちまったな。カイトを馬鹿にする資格ないわ。

 マーヤに悲痛な顔をさせてしまった。辛いことを言わせてしまった。

 よしっ、俺がすべての責任を取ろうじゃないか!


「僕がマーヤさんの才能と遺産に投資するよ」

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