第47話 プリズムと魔性紋
「ヨッシャー!! 実験大成功だぜ!」
真っ先に裏庭へ飛び出して行ったカイトの雄叫びが鼓膜を痛いほど刺激する。
当然、俺の直ぐ後ろにいる事情を知らないイヴァンにも聞こえてしまった。
今度はギエッというアホ戦士の悲鳴が飛んできた。
『これ以上、余計なことを言うな』とライラに後ろから蹴られたのだ。
「実験というのは、この臭い土のことかな?」
やるな。ちょっと臭う程度なのに実験と聞いて直ぐそれを指摘するとは。
この鋭い男には下手に隠さない方が得策かもしれん。
「凄いよ。どうして分かったの?」
「俺も川向うに小さな畑を持ってるんでね」
農業経験者かぁ。どうりでな。しかし、冒険者が畑いじりってどうなんだ。
「これは驚きました。通常、ワルディッシュは発芽まで六日です。それが僅か三日で芽を出すなんて聞いたことがありません」
そんなにか!
期待はしてたが、冷静なルディが仰天する程だとメチャクチャ嬉しくなるな。
ただ、肥料って発芽促進の効果まであるもんなのか・・・
ま、素人の俺が考えてもしゃーないな。あるがままを甘受しよう。
「ヒャヒャヒャ、つまり効果は二倍ってことじゃねーか」
そうそう。こいつみたいに単純に喜んでおけばいーのさ。
「おめでとう、ロビン君。貴方の予想は見事に当たったわ。今度もね」
ライラの賭けも当たったよと言ってあげたかったが、イヴァンがいるので薄幸の風術師の手をキュッと握ることで返事に変えた。
「日光が少ない冬直前のこの時期に三日で発芽とは恐れ入るな・・・」
あらら、昨日の孤児院に続いてこの件も口止めしておかないと駄目だ。
「あのぅ、これも秘密にしておいてください」
「もちろんさ。任務で知りえたクライアントの秘密は洩らさないのが、冒険者の鉄則だからね」
「ありがとう」
相変わらず話が分かるんで助かる。出来ればこの男も仲間にしておきたいな。
その為になら、いつかこの極上の肥料を分け与えてもいい。
「お前は仲間に入れてやらねーよ」
ドッキンコ!
心を読まれたかと思って焦ったじゃないか。
「どこまで馬鹿なの。アンタはもう黙ってなさい」
ライラに完全に同意する。この肥料はまだ極秘にしないとイカン。
単に商売のことだけじゃないんだ。
この極上の肥料は、内戦にまで影響する。恐らく非常に大きく。
それを1ミリも分かってないKY戦士を早く退場させないと。
俺はアホな相棒を持った風術師に『撤収して』とアイコンタクトを送る。
彼女はそれを正確に読み取ってくれたようだ。
「さあ、話は済んだんだからさっさと帰るわよ」
「お、おぅ、じゃあなロビン、例の件も頼むぜ」
だから余計なことを言わずにとっとと帰れ。頼むから。
KY戦士はライラに引っ張られるようにして街へと帰って行った。
「この識別番号って何なの?」
裏庭に植えたワルディッシュの芽が出ていた、11月25日の月曜日の昼食後。
リビングでイヴァンの冒険者手帳を見せてもらっていた俺は、住所や年齢をチェックしながらふと目に付いた数字の羅列に興味を惹かれた。
「それは、
「ま、魔性紋?」
「魔力には人それぞれ固有の紋様がある。それをプリズムで調べて個人を特定する識別番号にしているのさ」
「どうやってそのプリズムで調べるのかな?」
「見せてやった方が早いじゃろ。マディ、持ってきてくれんか」
「承知しました」
アマゾネス嫁があっという間に取ってきたブツは、地球の何かに似ていた。
あ、砂時計だ。
両端に丸い木製の板があってその間に透明な水晶が嵌ってるから、イメージ的には砂時計に見える。だが、中央の六面体の水晶には砂など入っておらず、この国の数字がどの面にも所狭しと書かれていた。
「天板の真ん中のくぼみに血を垂らすんじゃ」
血ぃぃぃ!?
「私が直ぐに治癒を使いますから大丈夫ですよ」
いや、そう言われてもどうやって血を流せばいいんだよ?
どうしていいか戸惑っていると、ルディが俺の人差し指をチクっと噛んでから天板の上に置いた。
ピカーーーーー!!
俺の血を吸ったプリズムの全ての面から幾筋もの光が飛び出してきた。
おおぅ、どういう仕組みか分からんが、ちょっと感動的ではあるな。
「その光が抜けて行く場所にある数が君の識別番号だよ」
「へぇ、こんな便利なものがあったんだね。血はちょっと嫌だけど」
既にルディが治癒してくれた人差し指を見せながら言うと、魔法戦士パメラから驚きの情報が寄せられた。
「髪の毛でも大丈夫ですよ」
えっっっ!
いやだってドクターが血を流せって、ルディだって率先して・・・
あ、アマゾネス嫁は俺の指を噛みたかっただけか。
最近、昼間は冒険者たちがいるからイチャイチャできないもんな。
そういうことなら許してあげよう。
「髪の毛って、抜いて置けばいいだけですか?」
「ええ、それだけですわ」
俺はプチッと一本抜いて天板のくぼみに詰めるように置いてみる。
すると、血の時よりは弱いが十分に判別できる光が出てきた。
「ドクター、酷いじゃない」
「まあそう言うな。血の方が確かじゃから一般的な方法なんじゃよ。それに、髪の毛だと一日もすれば魔力が完全に抜けて使えんようになるしの」
いやいやいや、一日持てば十分だろ。普通は抜いたその場で使うんだから。
「ところで、今日は森へ出かけないのかい?」
昨日は昼からトレーニングさせてもらったが、今日は夕方にストーカー探索があるからな。念の為に体力を温存しておくのだ。
「今日は早く家に戻ってやりたいことがあるんだ」
もちろん嘘だが、正直に話すことはできんので仕方ない。
「そうかい。その後に外出の予定は?」
「ないよ。だからイヴァンさんたちは早上がりってことで」
その方が、護衛の二人も楽で良いってことで納得してくれ。
「ハァ、残念ですわ・・・」
あぁ、ドクターの研究を夢中で調べているパメラさんは不服か。
「おいおい、仕事を早く終わらせてくれるのに、そんな事を言うもんじゃないだろ。また明日やればいいじゃないか」
「その本なら別に持って帰っても構わんぞ」
「本当ですか!?」
「おおぅ、ちゃんと返してくれるなら問題ないわい」
「心から感謝致します、クラウリー博士」
パメラはまるで王女のように優雅に立ち上がり一礼した。
「それでは早速、モア家へ向かいましょう」
「いや、さすがにまだ早いよ。あと2時間ぐらいで出発します」
「そうですか・・・ではそれまで他の魔道具を検分させて戴きます」
カイトみたいに、この女もありのままの自分になり過ぎだよなぁ。
だが、パメラにはそれが異常なまでに似合っていた。
実際、ドクターもやれやれと重い腰を上げて従者のように魔法戦士の後について行ったしな。そうさせるだけの魅力があの女には備わっている。
「すまないな。相棒が本当に我儘で」
「だけど、パメラさんはそれが自然過ぎてちっとも嫌にならないです」
「あれは彼女が持って生まれた天稟だろうな」
「はい、僕の母や妹もああいった優雅さを持ってるけど、それは努力して身にまとったエレガンスなんです。パメラさんの場合はエレガンスそのものが服を着て歩いてるみたいですよね」
「ハハハ、君は上手いことを言うなあ」
「そんなことないですよ」
日本ではごくありふれた表現だったからパッと思いついただけだ。
「そんなことあるさ。俺はゴーレムより、よっぽど君の方に興味が湧くけどな」
おっと、一瞬、イヴァンが獲物を狙う冒険者の目になった。話を変えよう。
「僕も川向うに興味があるんだ。今度イヴァンさんの畑も見せてよ」
「お安い御用さ。機会があれば必ず案内しよう」
ふむ、畑をやっているというのは嘘じゃなさそうだ。
ストーカーと孤児院のマーヤの件が片付いたら見せてもらうとしよう。
「素早いカイトから逃げおおせたという点は軽視できませんね」
夕日の射す中央公園のベンチで隣に座るルディがストーカーの能力を客観的に分析してみせた。実は俺もそこが気になっていたので、カイトから状況を詳しく聞いたのだが、あまり要領を得なかった。
「分かっているストーカーの特徴が長めの黒髪にマントだけじゃ厳しいよなあ」
この街の住人はやたらとマントを付けている。
それに男も長髪が多いから、後ろからだと男女の区別さえつきにくい。
「何でこんなにマントが流行ってるんだ?」
「雨具ですからね」
「ああ、そういうことかぁ」
「この国はあまり大雨は降りませんが、パラパラとした小雨がよく振りますからフード付きのマントは必需品なのです」
「高級住宅街で特に目立つのもそのせいってわけだ」
「ええ、上等な服や高級な装飾品は濡らしたくないでしょうから」
「騎士や冒険者がつけているのは、剣や鎧や魔石を雨から守るためかな」
「それも重要な役割ですね」
なるほど。傘が無さそうなこの世界はマント天国なわけだ。
ストーカーの体型も特徴の無い中肉中背だったらしいから、マント姿ばかりの高級住宅街で見失ってまかれてしまったのは理解できる。
だが、妙な嗅覚を持っているカイトを振り切ったのは侮れない。
細心の注意を払って事に当たるべきだろう。
「来ました、被害者のガートルードさんです」
南北を走る大通りの北側から広い中央公園に女性が入ってきた。
ただ、あれって制服のように見えるんだが・・・
「ルディ、被害者は大学生じゃなかったか?」
「カレッジと同じ敷地内にある付属の高等学校に通う女子高生です」
JKだったか。古い記憶が蘇ってしまうな。
だが今は感傷に浸っているときじゃない。
「了解。周囲に怪しい人影はいるか?」
「少し後ろに彼女を意識しながら歩く学生がいますが、護衛のカミルですね」
カイトが助手に雇った
ちゃんと仕事をしてくれてるようで一安心だ。
これでガートルードの身に危険は及ばないだろう。
あとは俺がストーカーを発見して逆に尾行してやり居所を突き止めればいい。
中央公園のど真ん中にある噴水前まで来たガートルードは左に曲がり東西に走る大通りを東へと進んでいく。
その噴水前のベンチに座っていた俺たちは、ガートルードの後ろを歩くカミルと一瞬だけ目を合わせてお互いの認識を共有した。
どうやら、カミルもまだストーカーを察知できてないようだ。
そのカミルの後にも学生や社会人がわらわらと家路に急いでいる。
この時間帯は特に人が多いのでその中に紛れているであろうストーカーを特定するのは難しい。だがとにかくやらないとな。
「ルディ、俺たちもそろそろ行こう」
ガートルードは中央公園をとっくに出て100mほど先の人波を歩いている。
ストーカーがいるなら、彼女と俺たちの間にいる誰かだろう。
中肉中背で黒髪にマントという特徴はその中に結構いた。
俺が頷くとアマゾネス嫁は小柄な俺の身体を抱き上げて歩き始めた。
「なるほどね。こういうトリックだった訳だ」
ストーカーはあっさりと見つかった。
中央公園からガートルードの家まで歩き、通り過ぎたストーカーの特徴を持つ男たちだ。そのまま上空から4人の動きを監視していると不思議な事が起こった。
いつの間にかその男だけ金髪でマント無しになったのだ。
その金髪男をターゲットに絞り上空から尾行して自宅を突き止めた。
そして今、変装を解いた場所に移動して歩道の植込みに隠されていたマントと黒髪のカツラを回収したところだ。
「・・・ロビン、どうしてこの場所が?」
「夢で見・・・るヒマはなかったな、今日はまだ」
イヴァンを騙した与太話は使えないか。
「はい、どの道あの話は嘘だということは分かっていました」
「そうだね。ルディに嘘は通用しないからな」
「無理には聞きませんよ」
「でも俺が聞いて欲しいんだ。近い内にね」
「はい、待っています」
「ありがとう、ルディ」
アマゾネス嫁の大きな手をギュッと握って俺は歩き出した。
「なんでもうカイトさんが来てるの?」
モア家の館に戻ってみると正門前にカミルとカイトが立っていた。
「僕たちが尾行に成功したらカミルさんが呼びに行く手筈だったよね?」
「その通りだよ。だけどこいつが勝手に来てしまったんだ」
ヤレヤレと両手を上げてカミルが首を振る。
「お前なら成功すると分かってたらな。手間を省いてやったのさ」
ヤンチャ戦士は『見つけたんだろ』と熱い目で問い質してくる。
「もちろん、見つけてあげたよ」
「ほらな、俺の思った通りだ!」
いやいやいや、別にお前の手柄じゃないからな。
つかお前はミスしかしてないからな。何でそんなに偉そうなんだよ?
「おーい、ここはお前がふんぞり返るところじゃないだろ」
カミルが俺の代わりに突っ込んでくれた。良い奴だ。
「カミル、お前はもういいぞ。帰ってくれ」
「まったくお前って奴は・・・まぁ俺は貰うものさえ貰えれば良いけどな」
「振込は足がつくから明日現金で渡すよ。だから分かってるな」
「ああ、ギルドには報告しないし、誰にも言ったりはしないさ」
「じゃあまた頼むぜ」
「おう、こっちこそまた仕事を待ってるよ」
カミルは俺たちにも丁寧に別れを告げてから去って行った。
俺たちもそろそろ家に入っておかないとな。
ボチボチ、マックスとキャシーが帰って来る時間だ。
さっさと用件を済ませてKY戦士にお引き取り願わないと。
「これがストーカーの住所と証拠のマントとカツラだよ」
俺はメモと証拠を手渡して最低限の説明をした。
「だけどよぉ、このマントとカツラは自分のもんじゃねーと白を切られたら、こっちはお手上げだろ?」
「カツラの内側をよく見てよ」
「は? 別に何も入ってねーぞ」
「金髪が何本も残ってるでしょ」
「あぁん、確かにあるけどそれがどーしたって言うんだよ?」
こ、こいつ、こんなアホで本当に上級冒険者か・・・
なんでギルドは専属にして雇ってるんだ・・・コネか?
「プリズムで分かるでしょ。魔性紋が!」
「マジかよ!? あれって血じゃなきゃダメなんじゃねーのか?」
「髪の毛でも大丈夫だよ。だけど1日で魔力が抜けるから明日の夕方までには、住所から本人の素性を調べて決着をつけてね」
「おぉ、任せとけ!」
全然任せられないから心配なんだよなぁ。
「ストーカーは高級住宅街の大きな家に住んでたよ。きっと身分や地位の高い人の息子さんだと思うから、事を荒立てないように穏便にね」
「ああ、手が出せないほどのボンボンだったら、最悪、消すしかないな」
そうじゃないだろ!
はぁ~、もう良いわ、お前の好きにやってくれ。
「じゃあ、僕はこれで家に戻るよ」
「どうやって見つけた?」
正門から敷地内に入ろうとした俺はその言葉で振り向く。
「俺でさえ、まかれて見失った野郎をどうやって尾行したんだ?」
なるほど。自分の嗅覚を確かめる為にこの仕事を俺にやらせたのか。
「それは教えられないね」
「ちっ、まあ当然だな」
「もちろん僕は今日のことを誰にも話さないけど、その代わりカイトさんも僕のことは秘密にしておいてよ」
「言えるわけねーだろ。クライアントに逆に助けてもらいました、なんてよ」
そりゃそーだ。
駆け出しの冒険者じゃなくてギルド専属の上級冒険師だから尚更な。
という訳で、今度こそ話は終わりだ。
しかし、モア家の敷地に足を入れようとした俺は再びカイトに止められた。
思ってもみない予想外の言葉で。
「だからさあ、お前もなれよ、冒険者に!」
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