第46話 シスコン戦士イヴァン・ストールの朗報
「それはつまり、失った記憶の夢を見ている、ということかな?」
クラウリー邸に到着するとこの国の文化習慣ゆえに、家に上がってください、いや上がれないでひと悶着があったが、この家に入れないなら護衛依頼書にサインできないと告げると、観念したように招待客となり昼食の席にも着いた。今はルディの料理を食べながら午前中の出来事の説明をしていたところだ。
もちろん本当の事は言えないからでっち上げの与太話だが。
「そう。昨晩も船とたくさんの人、その近くにある孤児院を夢で見たんだ」
「それで記憶を取り戻す為に、探しに行ったわけか」
「うん、だけどシスターや子供たちは僕のことを知らないみたいだった」
「顔見知りではなかったわけだ」
「残念だけどそうみたい」
よし、これで俺の
「しかし、そんな不思議なことがあるものなんだなあ」
「このことは誰にも言わないでほしいんだ」
「構わないよ。理由も訊いたりしない」
「ありがとう。本当に助かるよイヴァンさん」
いやマジでこの男は当たりだな。話が分かりすぎて怖いぐらいだ。
カイトがKYのヤンチャ坊主だっただけに安心感を半端なく感じる。
「パメラもそれで構わないよな」
「ええ、ですがギルドへの報告書やライラたちへの口頭伝達はどうしましょう」
「なーに、俺たちの任務は護衛だ。それに関わりの無い事柄は伝える必要なんてないさ。『襲撃者なし、異常なし、問題なし』これでOKだよ」
そう言ってイヴァンは魔法戦士に向かってバチンとウインクした。
「それでしたら結構です」
パメラは何とも思ってないようだが、絶対にこの男モテるだろ。
あ、シスコンだったっけ。本当に残念なイケメンだ。
それはともかく、こんな好都合な男を逃がすわけにはいかない。
「じゃあ、早速、僕の護衛依頼書にサインするよ」
「それは有難い。退屈な守衛には飽き飽きしていたところだったんだ」
「あぁ、私も本当に嬉しいですわ」
おぉ、いつも澄ましているか気難しい顔をしてるパメラの笑顔を初めて見た。
「ところで、その守衛っていうのはどんな仕事なの?」
サインした依頼書をイヴァンに手渡しながら情報取集を始める。
「ギルド銀行の金庫番さ」
ギルド銀行!
何で冒険者たちが銀行なんてやってるんだよ。
アウトローな冒険者とお堅い銀行マンなんて真逆の存在だろうに。
「冒険者ギルドは銀行までやってるんだ?」
「いや、そうじゃないんだ。ギルド会館の2階を銀行に貸し出して賃貸料と護衛費を貰っているんだよ」
「へぇ、冒険者たちに守られていれば銀行も安全だね」
「そういうこと。お陰で繁盛していてね。大金を預かっているんでギルドも俺たち専属冒険者に守衛の任務を割り振るようになったのさ」
「ギルド専属の信用できる強い人じゃないと任せられないもんね」
「まあ、カイトじゃまだ務まらないがな。ハハハハハ」
茶目っ気たっぷりに笑うイヴァンにつられて俺も笑った。
だが、視界の端に映るパメラはまた仏頂面をしている。
しかも、こっちを見ていて、そのシャンパンゴールドの瞳には俺を
あ、午前中に約束した件があったな。
魔法剣士がキレない内に果たしておこう。そのプロミス。
「ドクター、後でストーン・ゴーレムをパメラさんに見せてあげてよ」
「ほ、構わんぞ。ワシの技術はもう古くなっとるが、それでも良ければ好きなだけ見るがええ」
「ご謙遜ですわ。最新のゴーレムより優れていますのに」
「そうなんか。ま、お前さんの気が済むまでいじって構わんよ」
「ご親切に感謝致します」
大きな丸いメガネの奥の金眼がギラリと光った。
美少年の
いや、ルディにも興味があるみたいだから、巨体フェチか・・・
あ、レズビアンという線も考慮しておくべきだ。
ともかく、下手に地雷を踏まないようにしないとな。
イザという時にこの魔法戦士にも仲間になってもらう為に。
「この手紙をライラに渡したいんだが・・・」
11月24日の日曜日の夜。
イヴァンとパメラにモア家の館まで護衛してもらった後、家族と一緒に夕食を終えた俺はカレッジに戻るマックスとキャシーを見送って
そして、ギルドに捜索依頼が出ているマーヤを見つけたことを簡潔に手紙にしたためルディに託した。
「住所は分かっていますので直ぐに届けてきます」
「どうして住所を知ってるんだ?」
「彼女の冒険者手帳に住所も記載されていましたから」
「なるほど。で、ライラはどこに住んでる?」
「北西の商業地区にある
独身寮か・・・
14~16歳が結婚適齢期のこの世界で、16歳のライラはこれからどんどん住みにくくなって行くんだろうなぁ。近い内に俺が何とかしてやろう。
「ここから徒歩20分ほどの距離ですが、私なら3分で行けます。しかし、不在の場合は時間がかかりますので、少し戻るのが遅くなるかもしれません」
「分かった。気を付けて行ってきてくれ」
「絶対に家から出ないで下さい」
アマゾネス嫁は俺をギュッと抱き締めてから使いに走って行った。
「なんでカイト・・・さんまで、来たのかな?」
ライラに手紙でマーヤ発見を知らせた翌日、11月25日の月曜日の朝。
イヴァンとパメラの護衛でクラウリー邸に到着し、リビングのソファーで紅茶を飲みながらまったりとしていると、予定通りにライラがやって来た。
それは良いんだが、何故かカイトまでくっ付いていて驚かされた次第。
「そいつの前じゃあ言えねーなあ」
カイトが俺の対面に座っているイヴァンを睨みつける。
そういやこの二人はイヴァンの妹を巡って三角関係だったけな。
だがまぁ、大人のイケメン戦士は軽くあしらってくれるだろ。
「カイトぉおおお、まさかお前ぇ、ロビン君を利用してブランカに近づこうとか考えてるんじゃないだろうなぁぁあああ」
うわぁ、いつも落ち着き払っていたイヴァンの理性が飛んでやがる。
こいつのシスコンは末期まで至ってるわ。
やっぱり冒険者になるような人間はどこか壊れてるのかもしれん。
「ふざけんなよ変態野郎!俺がそんなことするかよ!」
駄目だこいつら。俺が何とかしないと。
「イヴァンさん、ブランカさんのことはよく知らないけど、僕は絶対にそんな企てに加担したりしませんから安心してください」
「・・・おっと、俺としたことが、クライアントの前で取り乱してしまうとは。ロビン君、すまなかったな」
「良いんです。でも、悪いんだけど、ライラさんと話があるので少し席を外してくれませんか?」
「OK、じゃあ俺は庭でジローと遊ばさせてもらうとするよ」
落ち着きを取り戻したイケメン戦士は颯爽と裏庭へ出て行った。
いちいち絵になる男だ。あれでシスコンとは神様も悪戯が過ぎる。
「ロビン君、マーヤさんを見つけたって本当なの?」
「とりあえず座ってよ。ルディ、二人のお茶を用意してくれるかな」
「承知しました」
ルディがキッチンへ行くのを見届けると、ライラとカイトはソファーに腰をかけた。パメラとドクターは二階の書斎なので、この場には俺たちだけだ。
「失踪者のマーヤ・ラモールさんは聖オズワルド孤児院にいたよ」
「孤児院に・・・でも、たった1日でどうやって見つけたの?」
「田舎から出てきた人でもすぐに働けそうな場所を散歩がてら探してみたんだ」
「つーと、港か川岸のどっちかか?」
「当たり。川岸の露店市場で買い物をした帰りのマーヤさんを見つけて、その後をつけていったら孤児院に入っていったんだよ」
「ロビン君、貴方って本当に凄いわ」
いや、こういうのは刑事ドラマや探偵小説で割とお馴染みだからな。
その手のものが無いこの世界の住人には直ぐにピンとこないだけだろう。
「そのマーヤさんのことで相談があるんだ」
「何かしら?」
「孤児院で奉仕していたマーヤさんはとっても幸せそうだった。ただ単に大学に落ちたからって訳じゃなさそうなんだよ。何か事情があるんじゃないかな?」
「・・・それも当たりだわ。聖セシリア・カレッジに行って調べてみたら、マーヤさんは受験に合格してたの。だけど入学手続きをしなかったそうよ」
んんん・・・ということは、大学よりも孤児院を自分で選んだってことか。
だからあんなに充実した良い笑顔をしていたんだな。
「偽学生じゃなかったのかよ。受かったのに行かねーとか何がしてーんだ?」
「本人に訊いてみないと分からないわね」
「実家の人に教える前に、僕たちで話を聞いてあげようよ」
マーヤが自分で見つけた居場所を奪いたくない。
何とか本人と家族が折り合いのつく解決策を見つけてやりたい。
「そうね。マーヤさんが不幸になるような報告は私もしたくないわ」
「ありがとう、ライラさん。それじゃあ、二日後の水曜日に一緒に行こう。その日からまた護衛が二人に代わるでしょ」
「ええ、そうしましょう」
ライラは慈愛に満ちた聖母のように微笑んだ。優しくて良い娘だよな。
肩身の狭い独身寮を出て良いアパートに住めるようにしてあげたい。
マーヤだけじゃなくライラの為にもこの依頼を上手く成功させてやらないと。
「ところで、カイトさんはどうして来たの?」
「俺もお前に手伝ってもらおーと思ってな」
「何か変だと思ったらアンタそんなつもりで付いてきたの!」
「お前だってコイツに助けてもらったんだから堅いこと言うなよ」
「そういう問題じゃないでしょ」
「まぁまぁ、とにかく聞いてみないと分からないから話してみてよ」
こいつのクエストはたしかストーカー撃退だったよな。
戦闘力ゼロの俺に何をさせるつもりなんだ?
「実はなぁ、昨日ストーカーの野郎に逃げられちまったんだよ」
「ギルドの人間に追われてることがバレてしまったってこと?」
「ああ、俺はたぶん顔を見られちまったと思う」
「それならそれで、もうストーカーは諦めるんじゃないの?」
「それは甘いわよ、ロビン君」
え、ライラが厳しい顔をして腕を組んで首を振っているぞ。
どうしたんだ・・・まさかライラも被害に遭ったことがあるとか。
「そうだ
「その通りよ。エスカレートして暴行にまで及ぶかも」
その点は大丈夫なのかとライラはカイトを目で問い詰める。
「カミルを助手に雇って護衛を任せてきた」
たしか河原で釣りとバーベキューをやった時に会った青年だな。
三等冒険師のカイトが助手にするってことは、カミルはまだ四等以下の
「それで僕に何をしてほしいの?」
「面が割れちまった俺の代わりに奴の居所を突き止めてくれ」
なるほど。これもライラと同じで人探しか。
そういうことなら力になれるだろう。
「無茶だわ! アンタ何を言ってるの?」
「いいよ。僕がやるよ」
「お前らならきっとそう言うと思ったぜ」
やはりこいつの嗅覚は侮れんな。
マーヤを1日で見つけた俺からまた何かを嗅ぎ取ったんだろう。
「急いで見つけないと被害者が危ない目にあうかもしれないからね」
まだ不服そうだったライラにそう言って納得してもらった。
「このままだと俺の評価や貯金も減っていく一方だしな」
助手を雇ったもんな。しかし貯金があったことだけでも驚きだよ。
「それで、被害者の通学ルートはどこかな?」
カイトは用意していたザックリと描かれた手書きの地図を出して指でなぞる。
「ここの大学から中央公園を通って高級住宅街のこの自宅までだ」
ふむ、これなら中央公園で待ち伏せて対象を見つけて、離れた場所から
「お茶が入りました」
ルディが紅茶を二人にサーブして自分も俺の隣に座る。
そのアマゾネス嫁にもストーカー捜索の作戦を説明し了承を得た。
あとは、その迷惑男が現れかどうかだな。
「昨日、見つかりそうになったのに、今日またストーキングするかな?」
「周りに俺がいなきゃ必ずやる。奴からはそういう臭いがした」
「またアンタはそんな適当なこと言って。だからヘルガも怒るのよ」
いや、カイトがそう感じたのなら恐らく現れるだろう。
不謹慎だけど、ちょっとワクワクしてきたな。
「おーい、そろそろ俺もそっちに行っていいかな?」
あ、イヴァンのことすっかり忘れてた。
「どうぞー。お待たせてしてすみませんでした」
裏口から入ってきたイケメン戦士は俺たちがいるリビングに続くドアを開けて入ってくると、仲間外れにされた恨み言ではなく、思わぬ朗報を口にした。
「裏庭の小さな畑に芽が出てるぞ。何故か真ん中の畝にだけだったがな」
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