第45話 孤児院の魔法少女マーヤ・ラモール
「どうしてパメラさんが? ヘルガさんが来ると聞いてたんだけど」
モア家の館の玄関前でゴタゴタやるのは嫌だったので、予定外の魔法戦士とイヴァンを連れて俺とルディは日曜日の慣例になりつつある港への散策に向かった。
慌ただしい船着場がそばで見える大衆食堂のテラス席に座り、注文した紅茶を一口飲んでから俺は家からずっと引っ張ってきた疑問を口にした。
「ヘルガに頼んで交代して戴きました」
「どうして?」
「とても興味が湧きましたので」
残念だが
先日、食い入るように見ていたストーン・ゴーレムとそれを作ったドクター、そして今、チラチラと熱い視線を送っているアマゾネスのルディが目当てか。
「あのゴーレムってやっぱり凄かったんだね」
「ええ、是非また検分させて戴きたいものですわ」
ふむ、それならそれで交換条件に使えるな。
ヘルガって娘は融通が利かないそうだから、むしろこのパメラが来てくれて良かったのかもしれない。
「あ、そういえば、二人ともミサには行かなくて大丈夫なの?」
「俺たちは早朝のミサに参加してきたから心配無用だよ」
「貴方こそ、まだ教会に行ってないのではないですか?」
「うん、僕はしばらく出ないようにしてるんだ。知らない人がたくさん集まって込み合う場所は危険だから」
その理由だと、この港周辺もヤバイことになるけどな。
「あら、それでしたらここも危険なことに変わりはないですわね」
ありゃ、やっぱり突っ込まれたか。
「そうなんだけど、ココでちょっとやりたいことがあって・・・」
ライラが探してる偽学生がこの辺で働いてるかもしれんのだ。
「そうですか」
パメラは右手を頬に当ててハァと小さなため息をついた。
ああ、早くドクターの所に行ってゴーレムが見たいってことか。悪いな。
「そんな顔をするなよ。ロビン君だって気晴らしが必要さ」
おっ、イヴァンは大人だな。
見た目はまだ20代半ばっぽいが、立ち振る舞いに余裕がある。有難い。
「ルディ、僕はちょっと
「承知しました」
何も訊かずに受け入れてくれるアマゾネス嫁が本当に愛おしい。
その好意に素直に甘えて俺は
魂の一部が抜ける感覚がした後、上空30mほどの高さから見下ろすもう一つの目が俺に
よしっ、今日も視界良好だ。
このまま、ライラに教えてもらった失踪者の特徴に一致する女性を探そう。
たしか、身長はカイトと同じ165cmぐらいで、髪はブロンドで三つ編み、顔にはソバカスがあるということだったな。
都会っ子で三つ編みにしてる女性は少ないそうだから、いれば目立つ。
ただ、家を出て既に1年ほど経っているのでお洒落に目覚めて髪型を変えている可能性も十分にある。
さらに言えば、ここベルディーンから何処かへ去った可能性もあるんだよなぁ。
「ふぅ、ちょっと休憩」
10分近く能力を鳥の目のようにして付近を見て回ったが、見つからなかった。
やっぱりこの時間帯は教会でミサに参加してるのかもな。
それとも、港地区じゃなくて別の場所にいるのか・・・
「あの、二人に聞きたいんだけど、ベルディーン暮らしは長いの?」
「パメラは2年程度だけど、俺はもう6年以上になるかな」
「じゃあイヴァンさん、この街はどこに何があるか教えてくれないかな」
俺はルディが持っているカバンから紙とペンを出してテーブルに置いた。
「お安い御用だ。まずこの街の外郭は人の顔の形に似ている」
イヴァンはそう言いながら指で虚空に線を引いた。
ふむ、ホームベースみたいな形だな。紙にその線を書いておく。
「そのど真ん中にあるのが、大きな中央公園だ」
俺が死んでいた場所か。今日もそこを通り抜けてきた。
「公園を中心にして南北・東西に大通りが走ってる」
公園でクロスする道を紙に書き加えた。
これでこの街の図は四分割されたわけだ。
「この大通りで区切られた南西の部分がここ港地区で、港湾都市ベルディーンの大元になった小さな漁村があった場所だ」
「じゃあこの辺りが街で一番古い歴史があるんだね」
「その通りさ。だから古い建物がゴチャゴチャとひしめいてるんだな」
都市計画なんて考慮される以前の町並みってことか。
「俺たちの冒険者ギルドもこの港地区にあるんだ」
「それでライラさんたちは僕が行こうとするのを止めたのかぁ」
「フ、この辺はガラの悪い場所が多いからな」
確かにさっき上空から見えたよ。娼館とかいろいろな。
「この港が栄えて村が発展し拡張されたのが南東部分、今の低級住宅街だ」
イヴァンは俺が書いている大まかな地図に指を置いた。
「ここに流れるアフロン川まで町を広げていって上流の町と交易を始めた」
良港があるうえに大きな川まであるんだから発展待った無しだな。
「お陰でますます栄えたこの町は市となり、北西部分に商業地区を作った」
マックスのいるグレースピア・カレッジもそこにある。
「蓄えた富で市壁や市庁舎、大聖堂、大学を作ったことでさらに人が増えた」
中央公園に面した場所にある大聖堂には、今頃モア家の住人とドクターがミサに参加してる筈だ。
「富裕層の為に北東部分には高級住宅街が作られた。君の家がある地区だ」
イヴァンはモア家の場所は大体この辺だと指で示してみせる。
「そうやってベルディーンは更に発展して都市となり今に至ったわけさ」
んん、そういえば、市と都市の違いって何なんだろうな。
「市と都市って何が違うんですか?」
「納税人口が3万6千人を超えると
納税者が基準か。まぁそうだよな。生産性の無い難民ばかりいてもダメだし。
あ、納税って、12歳で成人になってる俺も払わなきゃいけないんじゃないか。
「ルディ、僕の税金はどうなってるんだろう?」
「ロビン様は、新成人になったばかりで収入もありませんので人頭税だけになります。年間120ギリングですね」
1ギリング200円として、2万4千円か。
富豪っぽいモア家からしたら微々たるもんなんだろけどな。
そうだ、この話題から人探しに繋げるか・・・
「早く自分で払えるようになりたいなぁ」
「君は高等学校の生徒だから仕方ないさ。それに大学に進んで弁護士になったら嫌でも高額納税することになる。今は気にすることないさ」
おおぅ、
その点も掘り下げたいところだが、今は他に目的があるんでスルーだ。
「でも、この港では僕と同じぐらいの年の人がたくさん働いてるよね」
「地方から職を求めてくる新成人が多いのは確かだよ」
そうそう、その話題に繋げたかった。
「そういう人たちは、港の他だとどこで働いてるのかな?」
「低級住宅街にあるアフロン川の船着き場も若い労働者が多いよ」
それだっ!
失踪者はいわゆる素朴な田舎者の女性だ。
港の退廃的な雰囲気は苦手だろうからな。
行くならきっと牧歌的な川の船着き場の方だろう。
「よし、そこに行ってみよう!」
「えっ」
パメラの頭痛が痛そうな顔の眉間にシワがよっている。
そんな嫌がられたら俺もやりにくいな。
仕方ない、エサをちらつかせておくか。
「船着き場を見て回ったらドクターの家に行くよ。そしたらゴーレムを調べさせてくれるようにドクターに頼んであげるから」
「早く行きましょう」
魔法剣士は音もなく優雅に立ち上がった。
「まったく現金なもんだ」
「イヴァンさん、案内をお願いします」
「ああ、任せてくれ」
俺の我儘に文句ひとつ言わずに付き合ってくれる本当に良い男だ。
これで、シスコンじゃなければ最高なんだが。
「とりあえず、肉眼では見当たらないか・・・」
低級住宅街に面した船着き場の周辺は市場と化していた。
野菜や果物を売る露店がズラッと並んでいて買い物客で賑わっている。
その朝市をグルッと見て回ってみたが、探している失踪者はいなかった。
しょーがない。また能力を使って捜索範囲を広げよう。
「パメラも結構楽しそうにしてるじゃないか」
「たまにはこういう場所も悪くありませんね」
ふむ、護衛の二人はこの光景を割と楽しんでくれてるようだ。
今なら少しぐらい大丈夫だろう。
「ルディ、3分ほど僕の体を頼むよ」
アマゾネス嫁の巨体に背を預けて、俺は
直ぐに頭上からの映像が俺の脳内に映される。
まずは市場からはみ出した水上マーケットへ鳥の目を移動させた。
しかし、小舟の上には売り手にも買い手にも該当者は見当たらない。
今度は逆に川岸の市場から低級住宅街の方へと目を動かしていく。
宿屋、肉屋、靴屋、仕立て屋、物乞いなどが、共同住宅や通行人に交じって視界に映っては消えていった。
でも、いないなぁ・・・と諦めかけていたその時、チラッと金髪が目に入った。
そちらに意識を向けると、修道女が買物かご持って歩いている。
さらに近いづいて前方から見ると、頭は黒いベールで隠されていたが、首もとから三つ編みにされたブロンドが飛び出していた。
あっ、顔にソバカスがある。間違いない!
だが、俺たちのいる場所から結構離れているな。
このままでは能力の限界値に達して見失ってしまうぞ。
「移動するよ!」
そう言葉を発しながら俺は歩き始めた。
うわ、動きながらだと俯瞰視の視界が乱れるな。
まだロビンの体と完全にシンクロできてないせいかもしれん。
クソっ、このチャンスは絶対にものにしないと・・・
「ルディ、僕の体を抱えて歩いてくれ」
巨体の女戦士は間髪入れずに反応して指令を実行する。
修道女姿のルディが俺を抱えて歩いているので、行き交う人たちは怪我人か病人かとざわめいていたが、今は見栄えなど気にしてる場合じゃない。
「次の路地を右に入って」
移動を任せて俯瞰視に集中できた俺は対象を完璧に捉えていた。
「3つ先の十字路を左に曲がって」
アマゾネス嫁は何も訊かずに黙って指示通りに動いてくれた。
イヴァンとパメラの二人は状況が把握できてないが、護衛対象の俺に危害が及ばないようにと警戒しながらついてくる。
「あそこか・・・」
ライラの探す失踪者と思われる者がある建物の敷地へと入って行くのが見えた。
次の路地を右に入って真っすぐ進めばその場所に到達できる。
その目的地の少し手前に来たところでルディに合図して下してもらった。
「ロビン君、一体どうしたんだい?」
「すみません、後で説明するので今はもう少しつきあってください」
「そうかい。危険が無いのなら好きにするといい」
「ありがとう、イヴァンさん」
俺はそのまま歩を進めて行き追ってきた女性が入った建物の前で立ち止まる。
「ここは、孤児院のようですわね」
パメラが言う通り、敷地の中では孤児と思われる少年少女と、中年の修道女が花の手入れや掃除をしていた。
さて、ここからどう切り出そうかと考えていると、門のところで突っ立っている俺たちに気付いた修道女が近寄ってきた。
「何か当院に御用でしょうか?」
「いえ、たまたま通りかかったところ、この孤児院が目に入りましたので、僅かばかりですが寄進させていただきたく思い立ち寄りました」
「あぁ、それはとても尊いお考えでございます」
「それでは、これをお受け取りください」
俺は母キャシーからもらっていた小遣いを巾着ごと渡した。
300ギリング(6万円)ぐらい入っていた筈だ。
「心より感謝致します」
40代に見える尼僧は本当に有難そうに両手で受け取った。
どうやら、この孤児院は経営が厳しいみたいだな。
年季が入っているレンガ造りの建物は修繕が必要な部分が多々ある。
子供たちが来ている服もところどころツギが当てられていた。
「もうすぐお昼ですからねー。手を洗ってから手伝ってちょうだーい」
裏口から現れた若い修道女が声をかけると、子供たちは元気に返事をして家の中へ飛び込んで行った。こちらに気付いた、そのブロンドの少女は一つ頭を下げてから子供たちの後を追っていく。
「あんなに若いのに孤児院で奉仕されているとは素晴らしい人ですね」
「ええ、マーヤはとてもよくやってくれています」
マーヤ!
名前も依頼書と一致した。ビンゴだな。
「マーヤさんですか。もしかしてこの孤児院で育ったのですか?」
「いえ、彼女は地方の農家の娘だと聞いております。火の魔法を扱えますので他に道はたくさんあるのですが、ここで子供たちの面倒を見てくれております」
魔法使いだったか!
その情報は捜索依頼書に無かったぞ。
もしかして、その辺に失踪の原因があるのか・・・?
事情が分からない今は下手に動いたり探ったりするのは不味いな。
今日のところは怪しまれない内に退散しよう。
「お勤めの邪魔をしてはいけませんから、僕たちはそろそろ失礼します」
「主の祝福が、あなた方にありますように」
修道女に見送られながら俺たちはクラウリー邸に向かい歩き出す。
俺はさっき肉眼で見たマーヤのことが気になっていた。
とても充実した良い笑顔をしてたよな。
ライラに報告すれば喜ばれ感謝されるだろう。だが良いのかな。
このままそっとしといてあげるのがマーヤの為じゃないのか・・・
ふぅ、発見すればハッピーエンドだと思ってた俺がアホだった。
さあどうしようか、この奇妙な状況を?
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