第44話 ストーカーと偽学生

「一体どんな冒険者が来るの? 二人の代わりが務まるの?」


 ライラに明日からは護衛が交代すると言われ、俺は素で焦っていた。

 いつの間にか、この三等冒険師の二人の存在が自分の中で大きくなってたんだな。

 それなのに、いきなりお別れだなんて酷いじゃないか。

 

「同じ三等冒険師のヘルガとイヴァンよ。腕は立つから安心して、ロビン君」

 俺が言いたいのは、君たちとのように仲良くやれるかどうかなんだが。

 ま、カイトはちょっと問題ありだったけど・・・

「ヘルガの相手は大変だぜ~。覚悟しとくんだな。ヒャヒャヒャ」

 おいおい、どういう意味なんだよそれは。

 カイトに訊いてもしょうがないと思った俺はライラに視線を移す。


「馬鹿の言うことは気にしちゃ駄目よ。ヘルガは真面目で曲がった事が嫌いなとっても良い娘だから、きっとロビン君も気に入るわ」

「融通がきかねーただの怒りんぼだろ。年中、怒鳴ってばかりじゃねーか。お前も森に行きてーなんて言ったら、絶対にどやされるぞ」

 それは正直キツイな。

 今は護衛がついてるから、逃げ足を磨かなくても危険はないだろうが、学校復帰をしたら護衛が入れない校内は危険地帯になる。

 逃げるにしろ闘うにしろ、今の内に少しでも鍛えておきたいんだが・・・


「どやされるだけならいーが、下手したら電撃喰らわされるからな」

 雷娘ラムちゃん

 まさか、『うちがヘルガだっちゃ』とか自己紹介しないだろうな。


「そこまでヘルガを怒らせるアンタが悪いだけでしょ」

「最初に喧嘩を売ってきたのはアイツの方だぞ」

 はぁ、何となく想像がつくわ。カイトが悪いのは。

 しかし、ヘルガが杓子定規な仕事しか出来ないタイプなら、もう一人の護衛に期待するしかない。


「イヴァンていう人はどんな冒険者なの?」

 こいつが話が分かる奴なら何とかなるかもしれん。

「実力も性格も申し分ないわ。経験豊富な冒険者でもあるし」

 ふむ、じゃあリハビリの為と言えば、外でトレーニングさせてくれそうだな。

「ま、変態だけどな」

 変態!

 まさか、そっちの気があるとかは勘弁してくれよぉ。


「またアンタはそんなこと言って、ブランカのことで恨んでるだけでしょ」

 んん、ブランカって誰だ?

 もしかして、カイトは好きだったその女をイヴァンに取られたってことか。

 ちょっと興味あるな。ここは素直に訊いておこう。


「イヴァンさんはカイトさんの恋敵なんだね?」

「えっ、まぁそんなところよ。ウフフフフ」

「ちげーよ。つかオカシイだろ。ブランカはイヴァンの妹だぞ、妹!」

 シスター・コンプレックス!

 そうきたかー。

 話では聞いたことあるが、リアルでは会ったことないんだよなあ。

 実際にどう対応していいか分からんぞ。

 これは下手したらヘルガより付き合いづらいんじゃないか。

 やっぱ、この二人のままが良かったわ。


「・・・寂しくなるよ。これで二人とお別れなんて」

「なに言ってんだお前? たった三日のことで大袈裟すぎんだろ」

 はぃぃ?

 三日ってどういうことだ。俺はすかさずライラを見つめる。


「勘違いしてるわよ、ロビン君。貴方の護衛任務は、週三日当番の交代制なの。明日から三日はヘルガたちが護衛に付くけど、その後はまた私たちが戻るわ」

「なーんだ。そうだったんだぁ」

 ふぅ、ちょっと安心したぞ。

 風術師として能力が高くて信頼もできるライラは確保しておきたいからな。

 カイトも戦士として線は細いが、ある種の嗅覚を持ってて頼りにはなる。サッカーで表現すると、美味しい所を持って行く『ごっつぁんゴーラー』系だな。


「交代制は当たり前だろ。専属者任務ミッションを毎日やらされたら、クエストをやってる暇がなくて三等冒険師なんて干上ひあがっちまわー」

 そういや、三等の契約年棒は低いから生活がかつかつとか言ってたな。

 クエストで稼がないと、装備代やら遊ぶ金がないって感じか。


「じゃあ、カイトさんたちは明日から普通のクエストをやるんだね。それってどんな仕事をやるつもりなの?」

「俺はちょいと懲らしめてやるつもりさ。下種げすなストーカーをよ」

 ストーカー退治!

 この世界にもいるんだな。その手の下劣な輩が。

 知らんぷりして詳しく聞いてみるか。


「ストーカーってなに?」

「好きになった女をこそこそと付け回すモテねー野郎のことだよ」

「えー、それは気持ち悪いね」

「高級住宅街に住んでる良いところのお嬢さんだから怯えちまってな。可哀相だから俺が依頼を受けてやることにしたのさ」

「ちょっと話し過ぎよ、カイト。守秘義務があるんだからね」

「どうして秘密にするの?」

 分かりきったことだが、ギルドの規律レベルを探る為に知らんぷりだ。


「上級市民にしてみりゃー表沙汰にしたくねーさ。この手の依頼はな」

「変な噂になって評判に傷がついたりするものね」

「だから、そーゆー依頼は秘密が守れるギルド専属冒険者しか受けられないのさ。下の奴らはそんな依頼があることすら知らされねーって寸法だよ」

 ふむ、冒険者ギルドの倫理観は割としっかりしてるようだ。

 今後、俺が冒険者を雇う必要に迫られても信用できるな。


「ライラさんはどんな依頼を受けるの? 言える範囲で教えてよ」

「私は人探しよ。ベルディーン大学に合格して田舎から引っ越して行った学生さんが、音信不通になったと実家の人から依頼があったの」

「ふーん、でも大学に問い合わせればすぐに分かるんじゃないの?」

「ギルドが聞いたら、そんな名前の人間は大学にいないって言われちまったのさ」

 んんん、つまり、どういうことなんだ?


「偽学生でしょうね、たぶん・・・」

「不合格だったのを親に言えなくて嘘ついちまったんだなぁ」

 あぁ、それは辛いな。

 親に隠してこの都会で一人寂しく浪人生をやってたわけだ。


「見つかりそう?」

「失踪者が合格したと言っていた聖セシリア・カレッジで張り込んでいれば、必ず姿を現すと思うの。まだ、入学を諦めていなければだけど」

 あ、確かにそれはあるな。いつかここに入ってやるとモチベーションを上げる為にやって来る可能性は高い。やっぱりライラは賢いわ。


 あとは、生活の為にどこかで働いているはずだ。

 ぽっと出の田舎者をすぐ雇ってくれそうな所は・・・港だな。

 あそこはいつでも日雇い人夫がごった返しているし、そいつら目当ての商売もたくさんやってるから、いくら人手があっても足りない筈だ。

 よし、ここは俺も一枚噛ませてもらおうか。


「ねぇ、僕も探してみるから依頼書の似顔絵を見せてよ」

「それは、ちょっと・・・不味いと思うの」

「もちろん明日から交代する護衛の人たちには言わないし、他の誰にも言わないよ。もし見つけても何もせずにライラさんに伝えるから」

「うーん、それって良いのかしら・・・」

「いーじゃねーか。それに、こいつには何か勝算がありそうだしな」

 おっ、持ち前の嗅覚で何かを嗅ぎ取ったか。

 カイトのこういう所は油断ならないし、頼もしくもある。


「分かったわ。でも決して危ないことはしないでね」

「うん、ライラさんの信用を裏切るようなことは絶対にしないよ」

 赤魔術ルーフスの使い手であるルディが使えない青魔術エルレームが得意なライラは、ガッチリとキープしておきたいからな。

 俺が偽学生を見つけてさらに恩を売っておけば後々の為になるだろう。

 誰かに命を狙われてるうえに、内戦まで起きようとしている今の状況では、一人でも多くの強い味方が欲しい。ライラのように信頼ができる者は特に。




「そういえば、カイトの実力はどうだった?」

 昼間に明日から護衛が交代すると告げられた11月23日の土曜日の深夜。

 今日もキャシーのいないモア家の館の自分ロビンの部屋で大ハッスルした俺は、事後のピロートークで思い出したようにヤンチャ戦士のことを訊いてみた。

 ルディはカイトと一緒に洞窟内の広場でダイオウコウモリを討伐してるから、その時にアマゾネス嫁が感じたものを知っておきたい。


「目が良いですね。それを活かせる反射神経も素晴らしいものがありました」

 ほぅ、動体視力が優れているということか。

 野生のカンだけじゃなかったのは朗報だ。

「非力な部分を、反応力と当て勘で十分に補っています」

「俺の護衛としては適任ってことかな」

「そうですね。貴方を狙っているのは、巨大な魔獣ではなくて人間ですから、咄嗟の一撃に対応できるカイトのようなタイプが至当でしょう」

 そういうことだな。

 あとは、能力以外の信頼性の問題だ。


「カイトの言葉に何か嘘はあったか?」


「カイトの言葉には、嘘が全くありません」

「見たまんまの人間ってわけだ」

「はい、驚くほど裏表のない人物ですね」

「まぁ、頭で考えたことがそのまま言葉になって出てるような奴だもんな。口は悪いけど信用できるのは間違いないか。それだけに護衛交代は痛いな」

「ええ、ですが二人の話では真面目な実力者ということでしたから心配いらないと思います。それにイザとなれば私が貴方を守りますから」

 そう言いながら俺を見つめるルディの目が情欲で溶かされたようにトロンとしている。たっぷりと可愛がってあげた直後だから仕方ないか。


「ありがとう。でもヘルガって娘は面倒かもしれないな」

「行動を制限されるのは厄介ですね。もし酷いようなら代えてもらいますか?」

「あ、そうだ。気に入らない場合はチェンジできるんだった」

「はい、依頼者の当然の権利です」

「でも、ライラの話だと融通が利かないだけで真面目なことには変わりないみたいだから、ちょっと可哀相な気もするなあ」

「とにかく、明日、直接会ってみてからの話ですね」

「そうだな。まずヘルガと会って話してみないことには悩んでも仕方ない」

 そう結論付けた俺は、ルディの大きな胸の谷間で眠りについた。


 一夜明けた11月24日の日曜日の朝。

 カイトとライラに交代したヘルガとイヴァンがやって来た・・・筈だった。


「私、ギルドから護衛の依頼で参りました、パメラ・ゼリオンと申します」

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