第43話 カルシウムが足りない……そうだ、釣りに行こう!

「ヴィオラーム?」


 大勢の冒険者による山狩り・森狩りが行われた翌日、11月23日の土曜日の朝。

 モア家の館を出てクラウリー邸に向かう馬車の中で、護衛のカイトとライラから怪鳥ガルバーナ探索の結果を聞いていると、参加していたベルディーン最強と謡われる術士の話のくだりで、耳慣れない言葉が飛び出した。


「大陸の古代語で『紫』という意味よ」

「それと魔法とどういう関係があるの?」

「そっからかよ」

 カイトが呆れた顔でツッコミを入れてきたが、無視だ無視。


「魔力には、火、土、水、風という四つの属性があるけど、その内の火と土が赤魔術、水と風が青魔術に分類されているわ」

「あ、だからルディは火と土の魔法が使えるんだね」

「そうよ。私の魔力の主属性は風だから、水の魔法も使えるというわけ」

「お前の水術は使えるというほどのもんじゃねーがな」

 ライラはもう言い返しもせず、黙ってなさいとひとにらみしてから続けた。


「赤魔術がルーフス、青魔術がエルレームと呼ばれているわ」

 赤と青、そして紫・・・なるほど、そういうことか。

 俺がやっと分かったという表情をしていると、ライラはニッコリと微笑む。


「ご名答。普通の術士は、赤と青どちらか一方の魔術しか使えないのだけど、ごくまれに両方とも使える術士がいるの」


「それが、赤と青を混ぜた紫の魔法使い、ヴィオラームなんだね」


 この世界や魔法に疎い俺には実感が湧かないが、相当に凄い存在なんだろう。

 しかし、なぜ冒険者なんてやってるのか・・・


「そのヴィオラームの青い魔女バルドヒルドが、ガルバーナ探索の責任者として山を登って行って、あの洞窟に目を付けたわけさ」

 青い魔女?

 この話の流れなら、『紫の魔女』なんじゃないのか。

 まあ今はそれどころじゃないな。


「もしかして、洞窟の中に入られちゃったの!?」

「ヒャヒャヒャ、さすがの魔女もあの悪臭には勝てなかったみたいだな」

「それでも、洞窟の入り口に薪を積ませて火をかけたの。タペタイン油を撒いてたから真っ黒な毒性のある煙がモクモクと上がったそうよ」

 おおっ、いぶり出しにしたわけだ。


「しかもバルドヒルドさんは、悪臭が届かない森の中から風術を使って、黒煙を洞窟内に送っていったわ」

 あの臭いがしない場所って、100mぐらい離れないと駄目だろ。

 そんな所から的確に洞穴に向かって強風を叩き込んだのか。とんでもないな。


「そこまでして出てきたのは巨大コウモリだけってオチさ。ザマーねーぜ!」

「ハァ~、アンタはどうしてそうバルドヒルドさんを目の敵にするのよ?」

「なんの努力もしねーで、才能だけで一等冒険師になった奴だぞ! 好きになれるほうが冒険者としてどうかしてるぜ」


 一等冒険師!!


 人口10万を超える都市ベルディーンにたった3人しかいない超レアキャラじゃないか。是非お近づきになって俺の仲間にしたい。


「もぉ、同じギルドで働く仲間じゃないの」

「なに言ってんだよ、俺たち上級冒険者はみんなライバルだろ」

 この狭い馬車の中の空気がちょっと悪くなってきたな。

 話題を元に戻させてもらうぞ。


「それで、結局、他のガルバーナは見つからなかったの?」

「ハッ、そーゆーことさ。ギルドも骨折り損だよ」

「でも無駄じゃないでしょ。あの辺の森と山は安全だと確認できたんだから」

 ライラの言う通りだな。

 そのお陰で、また俺も自然に囲まれてトレーニングできるんだから。

 さて、今日は何をしようか?



「カルシウムが足りてない気がする・・・」

 クラウリー邸に着いてからも、今日の予定を考えていた俺は、ふと気付いた。

 成長期に摂取するべき大事な栄養素を満足に口にしていないじゃないかと。

 この世界に来てから、まだ牛乳を飲んだことが無い。

 食卓に上がった乳製品といえばチーズだけだ。これはいけない。

 それに、魚料理もあまり出てこない。

 白身魚のフライが何度か姿を見せた程度だった。


「というわけで、今日は小川に行って釣りをしようと思います」

「どーゆーわけか知らんが、俺も一度やってみたかったから乗るぜ」

「えっ、冒険者なのに釣りをやったことないの?」

 アウトドア職業だったら食糧確保の技術ぐらい持ってるべきだろ。


「冒険者は釣れるかどうかも分からねー運次第の方法を頼ったりしねーよ」

 んん、一理ある・・・のか。

「だけど、一度は経験しておいた方が良いと思うわ」

 ライラもやったことがなさそうだな。

 冒険者云々はおくとしても、趣味とか遊び感覚でやればいーのに。

「まあ、ほとんどの都会っ子は釣りなんぞやったことないじゃろ」

「だってここは港町でしょ。海で釣りとかもしないの?」

 ちょっと有り得んだろ。何のための海なんだよ。


「漁業権を持っとらん者が勝手に海で魚を獲っちゃダメじゃよ」


 そうきたかー。

 言われみればその通りだな。ぐうの音も出んわ。

 あれ、海はダメってことは・・・


「川で魚を釣るのはOKなんだ?」

「大きな川も漁業権があるんでダメじゃが、そこの森に流れとる小川なら大丈夫じゃ。今の時期ならヒメマスあたりが釣れごろかの」

「ヒメマスって美味しいの?」

「ちと小骨が多いが味は最高じゃな」

 カルシウムが欲しい俺にとって小骨が多いのはむしろご褒美かもしれん。

 それに、もともと川魚は海の魚よりカルシウムが多いと言われてるしな。


「よし、すぐに出発しよう!」

 あ、でも釣り道具はあるのか? 

「道具なら倉庫に揃っとるよ」

 さすがドクター。ツーと言ってないのにカーときたもんだ。

 あとは、そうだ、エサだ。エサが問題だ。

 情けないが虫系のエサは触りたくないし見たくもない。ライラも同じだろう。


「初心者ばかりじゃから、餌はイカの切り身でえーじゃろ」

 そんなので釣れるのか!

 実は俺も釣りは付き合い程度でほとんどやったことはなかったりする。

 ともかく、この世界の川魚がイカ好きで良かった。


「ワシも同行させてもらうぞ。久しぶりに釣りがしたくなったでな」

「経験者がいてくれると心強いよ」

「誰が一番釣れるか勝負しようぜ」

 お前、釣り初体験なのにどっからその自信が出てくるんだ?

「カイトにだけは負けたくないわ。後で何を言われるやら・・・」

 大変だね。こんなヤンチャ坊主が相棒で。

 ルディが釣り道具などを荷車へ積み込み、ドクターがストーン・ゴーレムを連れてきて荷車を引くように命令する。

 こうして準備が整った俺たちは、意気揚々と森の小川へ向かった。



「フィーッシュ!」

 うららかな秋風が吹き抜ける静かな河原。

 あたたかい陽光をキラキラと輝かせる小川の水面から、大きなヒメマスがしぶきをあげて飛び出してきた。

 ドクター、本日3匹目の釣果だった。


「げぇ、また博士かよ。違うエサでも使ってんじゃねーか?」

「ほっほっほっ。皆と同じイカしかつこーとらんよ」

「アンタはもう1匹釣ってるんだからいーじゃないの。ねぇ、ロビン君」

 そうなのだ。俺とライラはまだ坊主だった。

「ハハハ、ハハ、ハァ~」

 乾いた笑いとため息しか出てこんわ。

「ご安心下さいロビン様。いざとなれば私が炎で・・・」

 止めろ! 小川を沸騰でもさせる気かっ。生態系が壊れる。

「ありがとう、ルディ。気持ちだけもらっておくよ」

 美少年ロビンの極上スマイルで活力を得たアマゾネス嫁は、それが自分の役目とばかりに周囲の警戒を再開した。



「フィーッシュ!」

 初老の博士がまた仕留めた。

 これでもう6匹目の筈だ。

「くっそー、引き離される一方だぜ」

 そういうカイトも既に3匹釣り上げていた。

「やっぱり経験者は違うわね」

 そういうライラも実は2匹釣っていた。

「・・・・・・・」

 釣りを始めてから約2時間、俺の坊主ぶりはますます磨きがかかっていた。

「ロビン様、ただの遊びですからお気になさらずに・・・」

「やってもらうぞ、ルディ」

「えっ、本当に大火炎で水温を上げますか?」

「そうじゃない。君にはあの岩を使ってもらう・・・」


 俺の指令を受けたアマゾネス嫁が動いた。

 裸足になり小川の中へと入り、大きめの岩が二つある場所へ近づいて行く。

 ルディはおもむろに一つの岩を持ち上げると、もう一つの岩の上に叩き落した。

 

 ガチコーーーン!!


「キャッ」

「うおぃ、何してんだよ!?」

「驚いたぞい。一体そりゃ何の真似じゃ?」

「・・・ククククク」

 すぐに分かるさ。

 さあ、見ろ! そしてさらに驚け!!


 プカー プカー プカー プカー プカー プカー プカー プカー 


「あぁぁぁぁ、魚が浮き上がってくるぅ!」

「ど、どうなってんだこりゃ!?」

「お、お前さん・・・やりおったな!」

「今だっっっ」

 既にサッカーシューズと革靴を脱いで裸足になっていた俺は、たらいを持って川の中へ突っ込んで行く。望外の大漁だった。


「やったね、ルディ!」

「さすがです、ロビン様」

「ちょ、お前それ反則だろ!」

「私もそれはどうかと思うなあ」

「ワシも見るのは初めてじゃが、恐らくそれは禁断のガチンコ漁と言われとるタブーじゃぞ。使うのは非常時だけにしておけ」

「分かってるよ。本当に効果があるのか試してみたかっただけなんだ」

 ルディのパワーが凄すぎるせいか8匹も獲れてしまった。

 確かにこれは禁じ手にしないと駄目だな。魚がいなくなってしまう。



「ヒメマスってこんなに旨かったっけ?」

 荷車からバーベキューセットを下ろして設置し、釣り上げたヒメマスや持ち込んだ野菜、ソーセージをルディがテキパキと調理してくれる。

 焼きあがったヒメマスはカイトが言った通り、掛け値なしに美味かった。

 塩をふっただけなのにな。小骨もまったく気にならないし。


「釣りたてをその場で焼いとるからのお。本当に旨いわい」

「やだ、とっても美味しい。困っちゃう・・・」

「ライラはダイエットなんて気にしなくていいんだってば」

「そーだぜ。もう手遅れだって言ってるだろ」

 お前は黙って食ってろ。話がこじれるだけだ。


「カイト、そんなところで何をやってるんだよ?」

 んん、誰だ? 見た感じはカイトの冒険者仲間かな。

 お、ルディはとっくに気付いていたみたいだ。

 問題ありませんとアイコンタクトを送ってきた。


「見ての通り、護衛の任務の真っ最中さ」

「どう見てもバーベキュー満喫中だろそれは」

「お前の目は節穴かよ。そこにちゃーんと護衛対象の坊ちゃんがいるじゃねーか」

「いや、そういうことじゃなくてだな・・・」

「お前の方こそ仕事は終わったのかよ?」

「ああ、探索は昨日で完了してるからな。今日は念の為の見回りだけさ」

「それで、何か収穫はあったか?」


「ガルバーナの羽根があの辺の河原にまだ1枚残ってたよ」


 男はポケットから赤い羽根を出してくるくると回してみせる。

 ふふふ、その羽根はルディが偽装工作でばら撒いたものだけどな。

 しかし、二匹目のガルバーナを狙った探索組の冒険者の一人だったか。

 俺たちのために大変だったよな。ここは労をねぎらってやるべきだろう。


「よかったら、魚でも食べていきませんか? 美味しいですよ」

「え、良いのかなぁ」

「お前が遠慮するガラかよ」

「せっかくだから、ご馳走になったら、カミル」

「ちょっと魚が獲れすぎての。食いきれんから協力してくれると助かるわい」

「じゃあ遠慮なく・・・うわっマジで旨いなこれ」

「そーだろそーだろ。俺が釣った魚だからな、味わって喰えよ」

「それロビン君が獲った魚だから」

「ハハハハハ、あ、そうだライラ! 凄い活躍だったなぁ、おめでとう」

「え、うん、ありがとう」

「今朝、ガルバーナの売却先が決まったことはもう聞いたか?」

「おっ、ついに決まったのか。俺たちは直接任務に向かったから知らねーんだよ」

「そうか、ベルディーン大学に決まったよ。売値はなんと3万ギリングだ」

「3万行ったか!!」

「嘘ぉ・・・」

「そりゃあ大したもんじゃのお」

「良かったですね、ライラさん」

 あぁ、通貨価値の分からない俺だけ置いてけぼりになってる。

 えーと、たしか1ギリングがこれまで過ごしてきた感覚的にザックリ200円ぐらいだから、3万ギリングっていうと・・・・・・600万円かっ!!


「2万は余裕だろうと思ってたが、3万となるとさすがにビックリだぜ」

「だよなぁ。ツキの無い女の看板は完全に下したってわけだ」

「本当にそうだと良いんだけどね」

「大丈夫。これからはきっと良いことばかりに決まってるよ」 

「その心意気が大事じゃな。人間、気の持ちようで道は開けるからの」

 そういうこと。地球風で言うならポジティブシンキングだな。


「おっと、俺はそろそろ行かないと。皆さん、ご馳走様でした」

 俺やドクター、ルディに礼を言ってカミルは立ち上がった。

「おう、じゃあまたな」

「お疲れ様」

「また会おうね、カミルさん」

「はい。じゃあ、これで失礼します」

 一つ頭を下げて、爽やかな青年は河原から森の中へ消えて行った。

 なかなか礼儀正しい男だったな。カイトが比較対象だけにかなりの好印象だ。


「こりゃ、ギルドに戻ったら出るな、マスター賞が」

「それってライラさんがギルマスから何か貰えるってこと?」

「ああ、通常は記念メダルだけなんだが、今回は金一封もあるだろ」

「やった。凄いじゃない」

「さすがに、それは無いでしょ・・・」

「あるって。今回のは高く売れたってだけじゃねー。レアな大物をほぼ無傷で生け捕りにしたってのが、マジででけーんだよ」

「ギルドの実力を示したってことだね」

「分かってんじゃねーか。カネよりその名声の方がギルドには大事なのさ」

「確かにそれはあるわね」

「ま、明日は休みなんだから今夜はその金で女子会でもしてパァっと騒ぐんだな」

 んん、そうか明日は日曜日だった。

 ギルドの護衛も日曜はお休みか・・・

 てことは、悪人も日曜は律儀に休んで襲撃はしてこないのか?

 

「やっぱり冒険者でも日曜はちゃんと休むんだね」

「んなわけねーだろ」

「え、でも明日は休みだって言ってたよね?」

「たまたま俺とライラは専属者任務ミッションがないだけでギルドは年中無休だぞ」

 年中無休!

 この世界にもその恐ろしいシステムがあったのか。くわばらくわばら。

 ん、んんん、てことは、もしかすると・・・


「そうよ。だから明日からは別の者がロビン君の護衛につくわ」

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