第41話 薄幸の風術師ライラの栄冠

「ちょ、ちょっと待て・・・これは、壁を通過させる訳にはいかんぞ・・・」


 極上の肥料グアノとなりそうなダイオウコウモリの糞の相談が終わった後、俺たちは街へ戻る準備を始めた。ルディは森に偽装工作に走り、カイトとライラは洗って乾かしていた装備へ着替えに、ドクターは別の荷車とそれを引く馬を用意しに行き、俺は影の殊勲者ジローとたわむれた。

 全ての準備が整ってクラウリー邸を出発し、市壁の第二北門に到達したところで、狼狽ろうばいした門兵に止められた。まあこれはドクターたちの想定内ではあったが。


「ストーン・ゴーレムが街に入れねーのは分かってるよ。だが俺たちも護衛の任務中だから自分で荷車を引くわけにもいかねーんだ。この手紙をギルドへ届けてくれ。見ての通り、積み荷が積み荷だからな。全速で頼むぜ」


「ああ、ゴーレムよりも、その積み荷の恐ろし気な魔獣の方が問題だ。一番足が速くて信頼のできる小僧に持たせよう」

 カイトから手紙を受け取った門兵は、市壁の中に入って用を済ませ戻ってきた。

「あいつなら3分の内に届けるだろう。しかし、よくこんな魔獣を捕獲したなぁ」

 それなりに腕の立ちそうな中年の男は荷車の上を見てしきりと感心している。

 俺も改めて馬車の中から高さ1.3m、横幅2mほどの鹿猟の罠を見た。

 その鉄の檻の中には、体長1.5mはありそうな真っ赤な巨鳥が横たわり、片足には鉄のかせが嵌められ檻に繋げられていた。


「まあな。でもこいつを生け捕ったのは俺じゃなくてそっちの風術師だぜ」

「はぁ~、その若さで凄いもんだ。あんた名前はなんて言うんだい?」

「え、私ですか?」

「そうだよ。こんな大手柄を立てた冒険者の名前は知っておかなきゃな」

「・・・ライラです。三等冒険師です・・・」

「おいおい、これから大騒ぎされるんだから、ちっとは慣れとけよ」

「違いない。良かったら捕獲した時の話でも聞かせて欲しいねぇ」

「おう、いいぜ。俺がたっぷりと聞かせてやらー」

 そんな感じでカイトは、寄ってきた他の二人の門兵たちも一緒にガルバーナを倒した武勇伝(俺とライラの作文)を語り始めた。

 本当にお調子者だなと思うが、この半日でそれだじゃないのは分かった。

 あれは、ギルドでの報告と事情聴取の為の予行演習のつもりなんだろう。

 まだ少しテンパっているライラの練習の為ってのも考えてるなきっと。

 カイトにはそういう抜け目がない所もあると分かったのは朗報だ。

 ただのKYじゃなくて本当に良かった。



「どこをどう見ても、ガルバーナですわね」

 カイトのノリノリ武勇伝がクライマックスを迎えようとしていた正にその時、馬を早駆けさせた二人の男女が現れた。

 ライラと同じような術士のローブの上からベルトをして二本の剣を下げた女が、真っ先に馬を降りて荷車の上に載った鉄の檻へ走り、検分を開始した。

 その結論はアッサリと出たようだ。


「間違いないか、パメラ?」

 鍛えられた長身の男が、まだどこか信じられないという風に質問した。

「私を疑っているの、ズラーキン?」

 リボンを使って後頭部でまとめ上品なシニヨンにしたプラチナグリーンの髪と大きな丸いメガネが目立つ女は、眉を少し吊り上げて一歩詰め寄った。

「ただの確認だからそう怒ってくれるな」

 詰め寄られた分、一歩下がった男がとりなすような声を出した。

 屈強な身体の割に中身は気が弱そうな男だな。


「おいおい、上級冒険者メジャーならだれが見たってガルバーナだって分かんだろーが。それとも何か、俺たちがイカサマを企んでるとでも思ってたのか?」


「お前まで突っかかって来るなよ、カイト。それこそ上級なら規定通りの確認が必要だってことは知ってるだろ。特にこんな大物にはな」

「ま、いいさ。それより確認ができたんなら、とっととギルドへ護送して査定を始めてくれ。俺たちはまだ護衛の任務が残ってるからよ」

 その言葉でズラーキンと呼ばれた男は、ハッとして俺の方へやって来た。


「挨拶が遅れて申し訳ありませんでした。私はギルド専属の二等冒険師でズラーキンという者です」

 二等冒険師!

 カイトの話では10万都市のベルディーンでも僅か9人というレアキャラだ。

「僕はロビン・モアだよ。任務お疲れ様です」

「護衛が二人もいながら危険な目に遭わせてしまったことも併せて謝罪します」

「その必要はないよ。僕の我儘わがままから起きたことだから、むしろ僕の方こそ謝らせてください。ギルドには命を救ってくれたお礼に改めて伺いますね」

 ズラーキンは俺の言葉にホッとして固い表情を緩めた。


「そーだぞ。俺たちはクライアントの要望に応えただけだからな」

「ちょっと黙ってなさいカイト、話が進まないでしょ」

「ねえ、このゴーレムも連れて帰れないものかしら?」

 おや、空気を読まない人間が一人増えてるな。

 そんな仲間たちのせいでまた胃が痛そうな顔をしているズラーキンに、俺は胃腸薬を渡してやることにした。


「僕のことはお構いなく。ガルバーナの護送を急いでください。眠り薬の効果は夜まであるはずだけど、個体差があると思うんで」

「ご配慮ありがとうございます。しかし、こちらへ徒歩で向かっている仲間を待たねばなりませんので」

「そうなんだ。まず僕が一緒にギルドへ向かえばカイトさんたちだけでも護送できたんだけど・・・」

「だからそれはダメだってーの。さすがに護衛対象をガラの悪いギルド周辺に連れてくことはできねーよ」

「お前にしては良い判断だったな。いや、ライラか」

「ちっ、信用ねーなー」

「でも事実でしょ。私が止めなかったら門兵を振り切ってでも行ってたでしょ」

「助かったぞ、ライラ。本当に今日は大活躍だな」

「え・・・はい、ありがとうございます」

「礼を言うのはこっちだ。きっとマスター賞が出るぞ。期待してろよ」

 マスター賞!

 何だそれ? ポケモンマスター的なやつか・・・あ、ギルドだから当然アレだ。

 ギルドマスター賞だ。

 きっとギルマスからGJグッジョブと表彰されるんだろう。良かったな、ライラ。


「あの見事なストーン・ゴーレムの製作者はどなたかしら?」

 パメラと呼ばれていた女がいつの間にか馬車のそばに来ていた。

「僕を診てくれているドクター・クラウリーだよ」

「おい、パメラ。まずは挨拶が先だろ」

 正論を言ったズラーキンをひとにらみしてから、女はそれに従った。

「・・・これは失礼致しました。私はパメラ・ゼリオンと申します。ギルド専属の三等冒険師を務める魔法剣士です」

 魔法剣士!

 魔法使いのローブを着て腰に剣を差してるからそうじゃないかとは思ってたけど、やっぱりそうか。これまたレア・キャラだ。是非お友達になりたい。

「ロビン・モアです。よろしくね」

 少女の様に可愛いロビンの極上スマイルをお見舞いした。

 しかし、完全な空振りだった。俺には1ミリも興味なさそうだ。

 聞きたいことは聞いたとばかりに、すぐゴーレムの所へ戻って行った。


「どうやら、仲間たちが到着したようです。今日はこれで失礼しますが、後日、ギルドの者が事情聴取にお伺いしますので宜しくお願いします」

「分かりました」

「カイト、お前たちはロビン様を家まで送ったら直ぐにギルドへ戻ってくれ」

「分かってるよ」

「了解しました」

 ズラーキン一行がガルバーナの檻を乗せた荷車と、ダイオウコウモリ12匹を乗せてシーツをかぶせてある荷車を、馬に引かせて市壁の中へ消えて行くのを確認してから、俺たちはモア家の館へ向かった。



「明日は12時に迎えに来てほしいんだけど大丈夫?」

 何事もなく家に到着した俺は、馬車から降りると明日の予定を確認した。

 1日が36時間で正午が18時になるこの世界において、12時は地球の朝8時ぐらいに相当すると思う。

「9時に来いって言われたらキツイが12時なら余裕だって」

「でも、これからギルドに戻って報告しなきゃいけないんでしょ」

「お前とライラがもう報告書を作っちまったからな。あとは聞かれたことに答えりゃいいだけだから楽勝だよ」

「本当に大丈夫よ、ロビン君。それにカイトが寝坊でもして遅刻したら、置いていけばいいだけのことだから」 

 お、冗談が出るくるようならライラも大丈夫かな。

 門兵やズラーキンに褒められて、またテンパってたけど回復したようだ。


「ちっとぐらい寝坊しても、ここまで走って3分だから問題ねーし」

「へぇ、そんなに近いところに住んでたんだ?」

「何言ってんだよ。お前んとこの共同住宅アパートだぞ」

「えっ、ウチの物件に住んでたんだ!」

「そーだよ。お前の母ちゃんは俺の大家さ」

「うわぁ、何かメチャクチャ意外なところで繋がってたんだねぇ・・・」

「心配しないでロビン君、家賃滞納なんてさせないから」

「しねーよ。三等冒険師なめんな。てかお前も同じ給金だろが」

「フフフフ、それはどうかしらね」

 うん、玄関の前での漫才はそろそろ止めようか。


「とにかく、明日の12時の迎えはOKってことだね?」

「ああ、任せとけ」

「威張って言うようなことじゃないでしょ」

「じゃあよろしく。ギルドでの報告頑張ってね」

「おう、お前こそ事情聴取でボロ出すんじゃねーぞ」

「分かってるよ」

「じゃあ、また明日ね、ロビン君、マティルダさんも」

 正門から出ていく二人を見送った俺の心にふと寂しさがよぎった。

 まだたった半日一緒に過ごしただけなのにな。



「今日もキャシーたちはカレッジに戻って行ったね・・・」

 昨日と全く同じ繰り返しだった。

 昼間に帰宅した二人は引っ越しの続きをして、ディナーを家族と一緒に食べて、またカレッジへと戻って行った。

 4トン大型トラックなどないこの世界では、小さな荷車で何度も往復する必要があるようだ。俺には大変だなとしか言えん。

 マックス夫妻は、引っ越し作業だけでなく、関係者への挨拶回りにも忙殺されていた。ベルディーン大学を構成する他の11のカレッジだけでも大変なのに、市長や各ギルド長、魔法協会支部長、ベルディーン司教などなど来週一杯までスケジュールが詰まってるようだ。

 それに付き合うキャシーもマックスと同じく夜は学寮に泊まり家にいない。

 という訳で、今夜もまたロビンの部屋でアマゾネス嫁と過ごすことになった。


「はい、今夜も・・・ですね・・・」

 いつも慎み深いルディも既に欲望を隠そうとはせず、ライトグリーンの瞳は期待で輝いていた。夫としては妻の望みに全力で応える所存である。

 俺たち夫婦の営みにはもう最初から安全対策の手錠は必要なくなっていた。

 濃厚なディープキスをしただけで一騎当千の女戦士の身体から力が抜けていき、悦楽に酔ってうっかり俺をサバ折りにする心配もなくなったのだ。


「今日はルディが上になってくれ」

「え、でもそれでは・・・」

「声が我慢できない?」

「だ、大丈夫です」

 本当かなあ。昨日も一昨日も喘ぎ声が漏れそうになる度に、俺を抱き締めて堪えていたから、騎乗位だと辛いんじゃないかなあ。ふふふふふ。

「じゃあルディの好きに動いてよ」

「・・・はい」

 アマゾネス嫁は、恥ずかしそうに、でも嬉しそうに俺の指示に従って上にまたがり、ゆっくりと腰を振り始めた。

 夫によって開発された敏感な肢体は、無意識に強い快楽を求めて腰の上下運動を加速させる。ルディの顔が愉悦に歪みギリギリで声を押し殺した瞬間・・・


 俺が動いた。


「ヒィッ」

 短い悲鳴が薄闇の部屋にこだまする。

 壁を越えて両隣の部屋で寝ているアリスとアイリーンに聞こえたかも。



 

「昨日のギルドは大騒ぎだったぜ! ライラはもうヒーローだよヒーロー」


 洞窟前の死闘で怪鳥ガルバーナを倒した翌日、11月22日の風曜日の朝。

 時間通りに迎えに来た護衛のカイトとライラと一緒に馬車へ乗り込むと、御者台に座るルディがクラウリー邸に向けて出発させた。

 その道中で、あれからどうだったと訊いたら、カイトがその時の興奮を思い出したかのように熱く語りだした。


「なんせギルマスがわざわざ外まで迎えに出てきたからよ。みんな何事だってわらわら出て来ちまって、ありゃあちょっとした凱旋だったぜ。なあ、ライラ」


「ちょうど私たちがギルドに戻った時に、鑑定士の査定が終わって、正式に健康体のままのガルバーナだと認定されたところだったのよ」

「だもんで、飛び上がって喜んだギルマスがライラを祝福しに現れたわけさ」

「へぇ、本当に良かったね、ライラさん」

「ありがとう、ロビン君」

 その言葉と柔らかい笑顔には色んな思いが込められていたのが分かった。


「まあ、まだ換金はできなかったけどな」

「え、どうして、査定は終わったんでしょ?」

「あれだけの大物だとギルドが買い手を選べるからな。一番条件の良いところへ売るために、ちっと時間がかかるんだとさ」

「そうなんだぁ。とっても期待できそうだね」

「ああ、1年どころか2年は遊んでくらせるかもしれねーぞ、ライラ」

「馬鹿ね。もうそのお金の使い道は決まってるでしょ」

「そうだった。博打に使うんだったな」

 博打って・・・まぁ確かに、投資なんてギャンブルではあるか。


「私のことより、アンタは極上の肥料に投資する資金がちゃんとあるの?」

「ま、これから何とかするさ」

 これから!

 こいつ、やっぱりカンと勢いだけかもしれんな。

 本当に判断の難しい男だ。使う方として悩ましくて仕方ない。

 ゴリ監督の苦労がちょっとだけ分かったわ。




「ストーン・ゴーレムの石臼いしうすってのは地味に豪華だよな」

 

 クラウリー邸に着いた俺たちは、昨日の戦闘の傷跡がすっかり修復されていたゴーレムが、口から入れたダイオウコウモリのフンの化石を腹から粉末状にして出している光景に思わず見入っていた。

「ロビン、昨日言うとったワルディッシュの種をもらっといたぞ」

「ありがとう、ドクター。よし、早速、種をこう」

「あっちのジローの小屋の近くに植えるとええぞ」

 あっ、いつの間にか犬小屋ならぬ、マルマーロ小屋が出来てる!

 ジローも気持ち良さそうに中に敷かれた藁の上で寝てるよ。

 

「マルマーロは野菜につく害虫を食べてくれるでな」

 そこまで考えてたのか!

 この爺さん有能すぎるだろ。本当に感謝しかないわ。これもメモっとかないと。

「さすが魔獣博士だね、ドクター」

「この程度は誰でも知っとるよ。ほら、これがその種じゃ」

 ふむ、何の変哲もないありふれた種だな。

 とても18日で成長して収穫できるような凄い力を持つ種には見えない。

 ま、素人の俺が考えても仕方ない。実践あるのみだ。


「ルディ、土を耕す道具はどこにあるかな?」

「道具は必要ありません。どこをどう耕したいのですか?」

 えっ、まさか手で掘り返すつもりか・・・

 いくらアマゾネスでも女性に、嫁にそんなことして欲しくないなあ。

 俺のそんな気持ちを察したのかルディは説明を加えてきた。


「畑を耕すぐらいなら私の魔法でもできますので」

 そういうことか。

 まったくドクターといいルディといい引き出しが多すぎるよな。

 こんなに有能だと離れる時が怖くなる。頼むからずっといてくれ。


「それじゃあ、ここからこの辺りまで、高さがこれぐらいで幅がこれぐらいの畝を平行に3本作ってほしい」

「分かりました」

 ルディは履いているブーツのかかとをカツンと鳴らすと、まるでムーンウォークの様に地面をこすりながら後ずさりして行く。

 俺が呆然としていると、さらに異様な光景が目の前に展開された。


「土が注文通りに盛り上がっていく・・・」

「スムーズで均等で歪みの無い魔力の放出、見事ですねぇ」

 系統は違うが同じ術士であるライラが感嘆のため息をもらした。

「モグラが土を掘って進んでるみたいでオモシレーな」

 お、カイトはやっぱりボケてる方が輝いてるよ。

 そんな感じで、あっという間に2mの畝が3本できた。


「お疲れ様。あと、真ん中の畝にだけ、粉末肥料を混ぜてくれる」

 ルディは、肥料を畝の上に手で撒いてから魔法で攪拌を始めた。

「なんでケチって真ん中だけなんだよ?」

「馬鹿ね。肥料の有り無しで効果を比較するために決まってるでしょ」

「そういうこと」

 カイトがまたボケてる間にルディの作業が終わったので、ワルディッシュの種を皆で蒔いた。ちゃんと丁寧に等間隔で。肥料よ効いてくれと祈りながら。


「ライラさん、畝に魔法で水を撒いてもらえますか?」

 ルディの何気ないお願いに風術師は少し弱った顔をみせた。

「・・・ジョウロを貸してもらえますか」 

「こいつ水術は初段止まりで上手く扱えねーんだよ」


 水術初段!


 この世界の水芸は段位制度だったか。

 突っ込んで聞きたいけど、ライラが情けなそうな表情をしてるんで、また別の機会にしよう。今は栽培実験に集中だ。


 ガヤガヤガヤガヤ ドカカドカカ ガラガラガラガラ


 んんん? クラウリー邸の前の道が騒がしいぞ。

 人だけじゃなく馬や荷車が進む音まで聞こえてくる。

 その喧騒は街から森の方へと向かっていた。

 そして俺たちのいる裏庭からもノイズの主たちの姿が見えてきた。アレは・・・


「森へ向かう冒険者たちですね」

 しかし、またどうしてあんな大勢で?

 あっ、もしかしたら、そういうことなのか。


「二匹目のドジョウなんていやしねーのに、ご苦労なこった」

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