第40話 悪臭の漂う黄金

「とんでもないことやっちまったなあ! かぁぁぁマジでスゲーよ!! これでもうツキの無い女の名は返上だぜ!」


 俺とライラとゴーレムが怪鳥ガルバーナを倒してから10分ほどでルディとカイトが洞窟内から戻ってくると、荷車の上で眠っている真っ赤な巨鳥を見てカイトが大騒ぎを始めた。

 そんな相棒を冷めた目で見ながらライラはやれやれとため息をつく。

 きっと、この後の処理が大変だと憂鬱になってるんだろうな。


「ロビン様、お怪我はありませんか?」

「平気だよ。僕はライラとゴーレムが戦っている間、ずっと洞窟の中に隠れていただけだからね」

「ライラさん、本当にありがとうございました」

 ルディは心からお礼を言って深々と頭を下げた。

「え、ええ、私は自分の仕事をしただけですから・・・」

 心苦しそうな風術師がチラと俺を見て何か言いたそうにしているが、『さっき打ち合わせした通りにお願いします!』と強烈にアイコンタクトすると、ライラは両目を閉じて小さく頷いた。


 大興奮してひとしきり騒いでいたカイトだったが、今は一転して黙々とある物を拾い集めだした。

 戦闘中にたくさん落ちた怪鳥ガルバーナの赤い羽根だ。

 戦場の後始末も冒険者の仕事なのか・・・冒険者って割と制約が多いのかもな。

「カイトさん、何をしてるの?」


「お宝を回収してるに決まってんだろ」


「え、そんなただの赤い羽根に価値があるの?」

「赤い羽根をした鳥なんてこの世界に数えるほどしかいねーからな。それもガルバーナの羽とくりゃあ一枚だけでディナーとは言わねーがランチはイケるぜ」

 へぇ、それは凄いな。俺も二三枚拾っておくか。

 そして換金して募金でもしよう。赤い羽根だけにな。


「しかし参っちまうよなぁ。俺が臭い洞窟の中で気色悪いコウモリと戦ってるときに、ライラはこんな大物と遭遇して捕獲しちまうんだからよー」

「このガルバーナってそんなに凄い魔獣だったんだ」

「そりゃそうさ。ギルドに持ち込めば一年は遊んで暮らせる金がもらえらー」

 年収ゲット!

 それは確かに凄いな。

 カイトたちが戻る前に全てライラの手柄にしてくれと頼んだんだが、困惑してオロオロしていた風術師の気持ちが少しわかったわ。


 

「カイトさんもたくさん倒したんだね。凄いじゃない」

 怪鳥が眠る荷車にダイオウコウモリの死体とルディが洞窟の広場でパンパンに膨らませてきた6つの麻袋も載せて俺たちは帰路につき山道を進んでいた。

「まだまだイケたんだけどな。マティルダが戻るって言うからよ。だからキリの良い12匹で今日はやめといた」

 キリが良いなら10匹だろと思ったが、この世界では6という数字が基本だから、その倍数の12ってことだなこれは。


「ダイオウコウモリ討伐の報酬はどのぐらいなの?」

「一匹で赤い羽根3枚がいいとこだな」

 つまりランチ3回分か。この国の外食事情は割と格安だった。日本円だと300円ちょいぐらいの感覚だ。ということは1匹で1000円ぐらいの報酬か。

「生け捕りにすれば倍額になるんだがな。そのガルバーナみたいに」

「えっ、そんなに違うの!?」

「そりゃそうだろ。生きてりゃいろんな研究ができるし、見世物にもなる。うまくやりゃ繁殖もできるからな。大学とかが高く買ってくれるんだよ」

「なるほどぉ、そういうことかぁ」

「ほんとラッキーだぜ。うまいこと気絶させて捕獲できたなんてよ。なあ?」

 カイトが同意を求めたライラは内心の葛藤をごまかすように説明を始めた。


「そ、そうね。私の魔法で牽制してゴーレムに打撃させる作戦が功を奏したわ」

「だいたい、ガルバーナが人前に現れて襲ってくることがレアだしなあ」

「そ、そうね。洞窟に送り込んだ風が細い縦穴から圧縮空気になって吹き出したみたい。それがたまたまガルバーナか巣に当たって攻撃してきたみたいよ」

「そもそも、こんな都市に近い小さな山にいたこと自体が激レアすぎんだろ」

「そ、そうね。どういう事情か分からないけど、ラッキーすぎて怖くなるわ」


「おいおい、大金星をあげたからってテンパりすぎだろ。討伐した獲物をギルドで査定してもらって換金するまでがクエストだぞ。シッカリしろよ」

 おっ、カイトのくせに良いこと言うじゃないか。

 だが、いろいろあって呆けている今のライラには酷だな。フォローしておこう。


「魔法を使って換気した直後の大戦闘だったから、凄く疲れてるんだよ」

「そうだったな。よし、俺とマティルダで獲物はキッチリ護送してやるからお前はノンビリと歩いてればいいさ」

 実際カイトは荷車に怪鳥を見つけてから気合いのレベルがMAXになっていた。

 誰にもこのお宝は渡さねーというオーラが滲み出てる。

 俺の護衛にもそのぐらい本気を出してもらいたいもんだ。


「獲物の護送ではなく、ロビン様の護衛が貴方の仕事ですよカイトさん」

 ストーン・ゴーレムが引く荷車の前を行くアマゾネス嫁から、荷車の後ろで俺と一緒に歩く三等冒険師に注意が飛んできた。

「おっと、すっかり忘れてたぜ」

 おいおい、大丈夫かよ。本当にこいつは評価が難しい男だな。



「おおぃ、とんでもないことになっとるのお・・・」

 洞窟からの帰路は何事もなく平穏無事にクラウリー邸に到着した。

 裏庭で出迎たドクターは、まずクチバシと爪で削られ炎で溶けていたストーン・ゴーレムを見て驚き、荷車に載せられた怪鳥ガルバーナを見てさらに仰天した。

 そしてガルバーナを収容できる鉄製のゲージを探しに走る。

 カイトは討伐したダイオウコウモリ12匹を荷車から下して水洗いを始める。

 ルディは俺が頼んだブツが入った麻袋を片付けに行く。

 護衛対象の俺と心身ともに疲労しているライラは先に休ませてもらった。


「本当にこれで良いの、ロビン君?」

 俺の後に風呂で身体を洗ってきたライラが応接間のソファーに腰を掛ける。

 洞窟の奥深くまで入った俺は服にも臭いが移っていたので着替えたが、洞窟の外にいたライラは裏庭で外していたマントと帽子が少し臭う程度で済んだようだ。

 

「もちろんだよ。そのことは洞窟前で説明したじゃないか」

 ライラの対面のソファーに座る俺はもう一度説得をするハメになりそうだ。

「だけどガルバーナなのよ。前代未聞の大手柄なのよ。表彰ものなのよ」

「そうかもしれないけど、僕にはデメリットの方が大きいんだよ」

「そんなにロビン君のお母さんは心配性なの?」

「そうなんだ。魔獣と戦ったなんて知られたら、もう家から一歩も出してもらえなくなるに決まってるよ!」

「確かにそれはちょっと過保護かもしれないわね」

「それに、ルディだって心配して二度と探索なんかさせてくれなくなりそうだし」

「護衛としては私もその方が有難いのだけど」

「もう、そんなイジワル言わないでお願いだから、ね?」

「・・・仕方ないわね。じゃあギルドに提出する報告書になんて書くのか打ち合わせしましょう。ロビン君も後で事情聴取されるからちゃんと覚えておいてね」

「了解! ありがとう、ライラさん」

「お礼を言うのはきっと私の方よ。ありがとう、ロビン君」

 俺たちはルディとカイトに説明したストーリーを基本にして、いくつかのディティールを付け足し確認する作業に入った。



「なんだこの報告書? デタラメもいいとこじゃねーか?」

 俺とライラで作文した報告者の下書きを見せると、最後に風呂に入って患者用の白衣に着替えたカイトが予定通りにツッコんできた。

 そこで俺も筋書き通りの説明をすることにする。


「ありのままじゃ困るんだよ。一応、ドクターのところには治療のために通ってることになってるから、そんな僕が洞窟探索した挙句に、魔獣に襲われたなんてバレでもしたら大変なことになるよ」


「あー、それでリハビリの散歩中に襲ってきたダイオウコウモリと戦闘になって、そのコウモリを狙ったガルバーナとも仕方なく抗戦することになっちまったっていう話をでっち上げたわけだ」


「そういうこと。ルディとカイトさんが戦っている間に僕はライラさんとゴーレムに守られながら逃げたけどガルバーナが追ってきた。それをライラさんが見事に返り討ちにした。これでどうかな?」

 

「ま、いーんじゃねーの。俺も小遣い稼ぎで離れてる間に護衛対象が襲われちまったっていう致命的なミスをやらかしてるからな。助かるっちゃー助かる」

「素直に認めたわね。そういうことだからアンタも協力して口裏合わせなさい」

 ふむ、どうやらライラは精神的に持ち直したようだな。俺も助かるわ。

「よし、じゃあこれで決まりだね」


「ただ、一つ気に入らねーことがある」

「んん、何のこと?」

「お前が本当に隠したいのは別のことなんじゃねーか?」

「・・・というと?」

「ごまかすんじゃねー。マティルダに洞窟から採ってこさせたもんがあるだろ」

 こいつやっぱりただのお調子者じゃないな。かなり鋭い。

 上級冒険者だけあってある種の嗅覚が優れてる。


「さすがギルド専属の冒険師だね。カイトさんの読み通りだよ」

「ハン、気持ちわりいゴマすりはいいから、とっとと吐け」

「何のこと? 私には話が見えないわ」

「ワシにもサッパリじゃ。ちゃんと説明してくれんか」

「残念ですが、私にもロビン様の意図が分かりませんでした」


「ああぁ、良い結果が出てからみんなに話すつもりだったんだけどなぁ」

「もったいつけてないで、早く話せっての」

「持ち帰った麻袋の臭い中身に秘密があるのね?」

「あの洞窟が黄金の山とはどういうことなんですか?」

 まだ確定じゃないから期待を持たせることは言いたくなかったんだが。

 でもこの状況じゃあ、もうゲロるしかないか。



「あの糞の山はね、極上の肥料になるんだよ」



 地球では、グアノと呼ばれてたな。

 世界中で奪い合いが起こるほど効果がある肥料だった筈だ。

 ディスカバリーチャンネルか何かで見た記憶がうっすらとある。


「肥料? 肥料ってなんだ?」

「たしか、畑に撒いている焚火の灰がそうじゃなかったかしら・・・」

 え、この世界には肥料という概念がないのか?

 スライムが動物の糞を掃除してるからその可能性はあるな。


「肥料というのは土に栄養を与える物質のことじゃな。草や木を燃やした灰もその一つじゃ。まあ都市で生活しとると知らんでも仕方ないがのお」

 おぉ、この世界にもちゃんとあるようだ。

 それなら誤解されずに理解されるし、商売にもなるだろう。

 ま、それもこれもダイオウコウモリの糞がグアノになればの話だが。


「あの糞には、灰なんて目じゃないほど抜群の効果がある・・・と思う」

「なんだそりゃ? 黄金やレガリアと一緒でまたお前の妄想かよ?」

「だから、結果が出るまでは話したくなかったんだよ」

「でも、ロビン君がそう思ったのには何か根拠があったんでしょ?」

 スカパーで観た、とは言えんな。誤魔化すしかない。


「ドクターの持ってる蔵書に載ってたんだ」

 乗って来いと初老の博士に強くアイコンタクトした。

「お、おぉ、そういえば、確かにそんな話を読んだ記憶があるわい」

「へー、それなら期待できるかもしれねーな」

 ふぅ、何とか納得してくれたか。あとは実践あるのみだ。


「という訳でドクター、今から裏庭で育てられるものってあるかな?」


「もう直ぐ冬じゃからなあ。これから種を蒔くとなると何があるかのう・・・」

「ワルディッシュが良いでしょう。冬の寒さにも耐えられますし、僅か18日で育つことから半月大根と呼ばれるほど直ぐに収穫できます」

「それに決定! たった18日で結果が分かるなんて最高だもん」

「おいおい、野菜にまで詳しいのかよ。アンタってほんと得体が知れないな」

「こらカイト、余計な詮索をしたらダメでしょ」

「まいっか。まだ初日だからな。これからのお楽しみだ」

 カイトは持ち前の嗅覚でルディから何かを嗅ぎ取ったようだ。

 まぁ、これほどの能力を持ったアマゾネスなら誰でも興味が沸くがな。


「ワルディッシュの種は手に入るの?」

「明日にでも市壁の前で畑をやっとる友人からもらっておくわい」

「ありがとう。じゃあ次はその先の話だね」

「先というと何のことじゃ?」


「あの小山を確保しておく必要があるでしょ」


「おお、そうじゃな」

「今は誰が所有してるの?」

「数年前にあの山を含むこの辺の森は全て市が買い上げた筈じゃ」

「またどうして?」

「そりゃ、住宅街計画があったからじゃろ」

 あっ、そうだった!

 計画にあった都市の近隣の森ってのはこの辺のことかぁ。


「それを市から買うってのは難しいのかな?」

「いや大丈夫じゃろ。マックスがグレースピア・カレッジの学寮長になったことで、今週中にも住宅不足対策に市壁拡張案が採用される。そうなれば、ひと先ずは用済みじゃからな。人が住みそうにない山は特にのお」

「つってもよお、小さな山でも買うなんてことになると大金が必要だろ」

 カイトが話に入ってきた。意外にこういう事にも興味があるのか。


「その購入費は私が出すわ」


 ライラまで話に乗っかって来た!

 しかも金を出すとか、手柄を譲られたことをまだ気にしてるのか・・・

「そんなことさせられないよ」

「あら、どうして? だって極上の肥料の山なのよ。直ぐに回収できるわ」

 そうきたかー。

 俺が言い始めたことだから否定はできないし、実際にその通りだもんなぁ。

「いーじゃねーか。ライラにもやっとツキが回ってきたんだ。ここで賭けなきゃいつ賭けるんだって話さ」

 んんん、もしかして、ライラもそう考えているのか。

 俺への気兼ねでじゃなくて、このツキが本物かどうか知りたがっている?

 ふむ、そういうことなら協力してやるべきだな。


「ダメだよ。だってこれは僕が見つけた儲け話だからね」


「ま、それを言われちゃお仕舞だな」

「・・・・・・」

 ライラは何も言わずに残念そうな顔をしている。

 

「だけど、僕への出資なら受け付けるよ!」


「えっ、それじゃあ・・・」

「うん、山の購入費の半額を負担してよ。儲けは僕と折半しよう」

「ありがとう、ロビン君」

 ライラは俺が依頼書にサインした時よりも自然な良い笑顔で喜んでいた。


「おい、その話、俺にも一枚噛ませてくれよ」

「せっかくじゃからワシも乗っからせてもらうかの」

「私もロビン様の才覚に賭けさせて戴きます」

 だからまだ、あの糞がグアノかどうか分かってないってのに。


「ちょっと待ってよ。みんな気が早すぎるって。まずは裏庭で栽培実験して成功したらの話なんだからね」


「それは分かってるけどよー。なんか成功しそうな匂いがすんだよなー」

「私はガルバーナを引き寄せたロビン君と自分に賭けてみたいわ」

 そうだね。ツキの無い女というコンプレックスを完全に解消したいんだよね。

 俺が異世界人だと知っているドクターとルディは、極上の肥料グアノの根拠に気付いてるんだろうな。うんうんと訳知り顔で若者たちを見守っていた。


 そういう訳だから頼むぞ、ダイオウコウモリの糞よ。

 俺たちみんなの為に、悪臭の山から黄金の山へ変わってくれ!

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