第39話 怪鳥ガルバーナの弱点を撃て!

「本当にいいのかよ? 俺たちだけで討伐に行っても?」


 洞窟探索で1時間が経過した頃、俺たちは最初の取り決め通りに外へ出た。

 入り口で新鮮な空気を魔法で送ってくれていたライラに内部の様子を説明しながら休憩した後、今度はルディとカイトだけでダイオウコウモリを狩ってくればと俺が提案したのだ。


「もちろんだよ。カイトさんたちだってこんなに苦労したんだから手ぶらじゃ帰れないでしょ?」

「ま、そうだけどよ」

「ロビン様が心配です。私はここに残ります」

「それはダメだよ。コウモリ退治にはルディの魔法が必要だもん。あの火の鳥でコウモリを追い立てて誘導してカイトさんが倒すんだ。それにルディにはもう一つ大事な仕事をお願いするからね」

 それでも不安顔のアマゾネス嫁を何とか言い聞かせた。

 カイトはとっくにやる気満々で素振りに余念がない。


「ライラさん、換気は最小限でいいのでロビン様のことをお願いします」

「お任せください。それが本来の任務ですから」

 その言葉に頷くと、ルディはストーン・ゴーレムの方に身体を向けた。

「ベザレル、膝をついて頭を下げなさい」

 おおぅ、ゴーレムが石の集合体とは思えない俊敏さで命令通りに動いたぞ。

「ロビン様、後頭部のスリットに手を差し込んで下さい」

 言われるがままに手を突っ込む。

 ローマの休日を連想したが、ひんやりと冷たいだけで噛まれることはなかった。

「そのまま『隷属セルヴァス』と唱えて下さい」


隷属セルヴァス


 んん、この感覚は、魔力が少し吸われたか・・・?

「これでロビン様にも従います。ベザレルと名前を呼んでから命じて下さい」

「ベザレル、立て」

 ゴリゴリゴリガガガガガと石をきしませながらゴーレムが立ち上がった!

 うおおおお、これは震える、燃える、たかぶる。

 前世でもこんな防御力の高そうなセンターバックが欲しかったぞ。

 よし、こいつがいればルディと少しぐらい離れても安全だ。

 俺が大丈夫だと力強くアイコンタクトすると、巨体の女戦士は未練を振り切り、荷車から道具を取ってカイトと一緒に再び洞窟の中へ侵入して行った。



「ライラさんはどうして冒険者になったの?」

 ぼうっと立ってても仕方ないので、寂しそうにしていたジローと遊んでやりながら、ライラと雑談しつつ情報収集をすることにした。


「・・・わたしはツキの無い女だから・・・」

 

 えっっっ、イキナリ地雷踏んじゃったか!?

 ごく普通の当たり障りのない質問だと思ったのになぁ。

 ツキが無いのはむしろ俺の方だろ。

 とりあえずフォローするしかない。ない。


「高名な魔法使いの家系に生まれたのに、ハズレ属性の風に当たってしまったから、真っ当な職につけないのよ。フフフフ」


 ライラが自虐ネタで薄笑いしてる!

 こ、これは、この世界の常識や文化慣習を知らない俺にはどうフォローしていいかサッパリ分からん問題だな。だがとにかく何か言わないと・・・


「え、でも、有名な魔法使いの家に生まれただけでもツイてるじゃない、ね?」


「出来の良い家族の中で一人だけ落ちこぼれるのは本当に辛いものよ・・・」

「か、家族っていうと?」

「祖母は魔法協会ソサエティベルディーン支部長、母親はベルディーン魔法学院アカデミーの副院長、そして姉は・・・学院の美人生徒会長で絶賛妊娠中・・・」


 生徒会長が妊婦!


 どんなエロビデオだよ。親だって泣いてるだろ。

 なんでそれで出来の良い家族扱いなんだ・・・あ、そうだった・・・

 この世界の結婚適齢期は14から16歳だとドクターが言ってたな。

 てことは、学生結婚が当たり前だってことか。


「ちなみに、お姉さんは何歳なのかな?」

「高等学院の最上級生なんだから18歳よ」

 18か、ライラはその妹だから16歳あたりか。

 恐らくこの世界の女性では微妙なお年頃になるんだろうなあ。

 年のことはもう触れない方が良さそうだ。話題を変えよう。


「お姉さんのことは知らないけどライラさんだって十分美人じゃないか」

「私が美人・・・フフフフ、記憶だけじゃなくて美意識も無くしてしまったのね」

「そ、そんなことないよ。ライラさんは魅力的だよ」

「ありがとう。でもそんなこと言ってたらまたカイトに笑われるわよ」

 うーん、別にお世辞を言ってるんじゃないんだがなあ。

 従姉のブリジットもゾクっとするような美貌なのに自己採点が異常に低かった。

 きっと何か俺がまだ知らないこの世界の美における常識があるんだろうな。

 この際だから探っておくか。ライラをあまり刺激しない程度に・・・


「分からないなぁ。一体ライラさんの何がいけないっていうの?」

「そうね。このままだと何も知らないロビン君が悪い女に騙されちゃうかもしれないから、私が教えておいてあげるわ。これも護衛の一環よ」

 上手いこと言うなあ。やっぱりこの娘は頭が良くて機転が利く。


「私の目を見て」

 ずいっとライラの顔が迫ってくる。

 言われた通りにすると、俺たちは見つめ合う形になった。

 俺の瞳にライラのワインレッドの瞳が映る。

 年相応のキラキラ感は無いが逆に冷静さや落ち着きを感じさせる目だ。

 そして文句無しに綺麗だった。これの何が悪いんだろうな。


「赤い瞳は不吉だとして敬遠されるのよ」


 迷信だっ。そんな下らない理由なのかよ。

「そんなの馬鹿げてるよ。不吉の証拠も実害も無いんでしょ?」

「そうなんだけど、昔からの言い伝えだから無条件で信じてしまってる人がとても多いの。我ながらつくづく不運だと思うわ」

「僕はそんな言い伝えを聞いても気にしないからね!」

「ありがとう。でもそれだけじゃないから・・・」

 まだ何か欠点があるってのか。見た感じ俺には全く分からないが。


「太ってる女は嫌われるのよ」


 はぁ? 全然太ってなんかないだろ!

 ちょっとだけムチっとしてるけど、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでる。むしろスタイル良いじゃないか。ていうか全て俺好みだ。

「僕にはライラが太ってるようには見えないよ」


「この胸の贅肉が見えないの?」


 それはオッパイだ!

 断じて贅肉なんかじゃないっ。

 それどころか、たまらなく美味しい果肉だっ。

 だがどうやらこの異世界では価値観が違うようだな・・・

「胸の大きな女の人は好かれないの?」


「胸に限らず、お腹やお尻や太ももに脂肪が多い女性は毛嫌いされるわ」

「そ、そうなんだ・・・」

 有り得ん。

 腹はともかく豊満ムチムチ系が男全体から嫌われるとか有り得ん。

 これまでも散々驚かされてきたが、これまでで一番のカルチャーショックだ。


「ついでに言っておくと、背の高い女や頭の良い女もモテないわね。あと今の私みたいに髪の短い女もよ」

「背が高いってどのぐらい?」

「私の身長がギリギリ許容範囲って感じかな」

 170cmぐらいか。

 あぁ、でもライラはまだ若いから更に伸びてしまいそうだな。

 そんな考えが顔に出てしまったのか風術師に読まれてしまった。

「言ったでしょ。私はツキの無い女だから」

 頼むからそんな寂しそうに笑わないでくれよ。


「だけど、髪は伸ばせばいいんじゃないの?」

「だって冒険者だもの。見栄えのために危険はおかせないわ」

 ライラの髪は肩にやっと届くほどで俺よりも短い。

 確かにそれ以上伸ばすと戦闘や逃走の邪魔になるだろう。

 だけど、冒険者は辞められない。

 需要が少ない風属性の術士ではまともな職が無いから。

 うーむ、八方塞がりというかいろいろ詰んでるな。可哀そうだけど・・・


「私の為にそんな顔しないで。元気を出して、ロビン君」

 俺が励まされてどうするよ。

 中身はいい中年だってのに情けない。

「うん、ライラさんも元気出してね。いつか僕が何とかするよ。ハズレと言われてる風属性をみんなが見直すようなアイデアを考えるから。僕が必ず!」

「・・・期待して待ってるわ。ロビン君は本当に優しいのね」

 ライラは少しだけだがやっと嬉しそうに笑った。

 ただ、こんな会話を若い男女がしていれば、普通はちょっとぐらい良い雰囲気になるものなんだが、ライラに限っては1ミリもそれが感じられなかった。

 とことん年下には興味がないのか、それとも俺に全く興味がないのか・・・


「残念だわ。ロビン君があと十・・・」

 お、あと10歳、上だったら22歳になってタイプだったのにってことか。

「・・・八歳、年上だったら良かったのに・・・」 

 それだと俺30歳だぞ!?

 こいつ年上好きっていうか、もうオヤジ好きだろこれ。

 どうりで美少年のロビンにちっともなびかないわけだ。


「本当に私って不運な女だわ」

 うれいを帯びたライラの横顔が不幸に酔ってるように見えてきた。

 賢くて頼りになる風術師という評価を少し修正する必要があるかもな。

 


剛烈風プロケロス・ヴェント

 杖の魔石から生じた強風がうなりをあげて洞窟内に飛び込んで行く。あの勢いなら洞窟の広場で巨大コウモリと戦っているルディたちに新鮮な空気が届いた筈だ。

 ライラの代償は最初の大技ほどではないが、少しふらついてよろけていた。


「あまり無理はしないでね」

「大丈夫よ。それにこれで私たちが無事だとカイトたちにも伝わったわ」

 なるほど。さすが上級冒険師、やる事にそつなく無駄がない。

 だが、今回ばかりは裏目に出てしまった。


 グァァァアアアアア!!!


 山頂の方から翼の羽ばたく大きな音がしたと思ったら、あっという間に俺たちの頭上付近に巨大な鳥が現れて威嚇するように鳴き叫んだ。

 何だこの真っ赤な鳥は・・・まるでルディが出した魔法の鳥みたいだ。いや、あれよりも大きくて鋭いクチバシと爪を持ってる。こいつはヤバイ。

 本能が危険信号をガンガン鳴らしまくる。俺は無意識に能力を発動させた。

 

「怪鳥ガルバーナだわ・・・とうしてここに?なぜ襲ってくるの?」

 上空から観察していた怪鳥は俺たちのことを敵だと認識したようだ。

 予備動作もなく滑空しクチバシを向けてきた。

「ベザレル、僕たちを護れ!」

 即座に前に出たストーン・ゴーレムがクチバシを弾き返した。

「ライラさん、あのガルバーナって鳥のこと知ってるの?」

「ええ、ガルバーナは自分か巣が攻撃されない限り襲ってくることはないのに」

 じゃあどうして俺たちは攻撃されてるんだ・・・・・・あ、アレか・・・


「たぶん、洞窟に繋がる細い縦穴から空気が噴き出て巣を壊しちゃったんだよ」

「私の魔法で!? やっぱりツキの無い女だわ・・・」

「今はそれどころじゃないよ。とにかく山肌を背にして防御しよう」

 怪鳥のクチバシと爪の攻撃は何とかゴーレムが防いでいたが、ジリジリと後退させられて洞窟の入り口から5mほど遠ざけられていた。

 何とかルディたちのところへ辿り着ければと一歩前に出た途端、それをあざ笑うかのようにガルバーナは炎の息を吐いてきた。

 熱い! ゴーレムがかばってくれたが熱風が肌を刺激する。

 クソ、そんな武器まで装備してるのかよ。これじゃあ近づけない。


旋風刃ヴェルテクス・レミーナ

 ライラが鋭利なつむじ風を怪鳥に放ったが、奴は真っ赤な翼をたたんで体を覆って防御した。そして地面に両足を付けて立つとまた翼を広げて上空を舞い始める。

 攻撃力だけじゃなく防御力まで高いのかよ。これもうボスキャラだろ。

 異世界に来てはじめての戦闘なのに酷くないか?

 まぁ現実なんてこんなもんだ。こっちの事情なんてお構いなしだ。


「アイツには何か弱点はないの!?」

「魔法も剣もあまり効きません。有効なのは物理攻撃です」

「打撃ってことだね。やっぱり頭が弱いのかな?」

「いえ、ガルバーナの頭蓋骨は頑丈ですから弱点は柔らかい腹部です!」

 弱点があるのは朗報だが、どうやって飛ぶ鳥の腹部を攻撃するんだ?

 それに魔法も剣も通用しないんじゃお手上げだろ・・・


 ライラは他に手が無いのか、また同じ魔法を使った。

 俯瞰視バードアイを発動させていた俺には、さっきと同じように防がれる予知イメージが見えて、実際にその通りになった。

 その間にもガルバーナの炎でゴーレムが少しずつ溶け出している。

 このままだとジリ貧だな・・・ゴクリ

 焦る俺の足元で臨戦態勢になり丸まったジローがクォーンと鳴いた。

 

 その時、俺の脳裏にこの戦闘に勝つイメージが鮮明に浮かんだ!


「ライラさん、もう一度同じ魔法を使ってください!」

「良いけど、何をするつもりなの?」

「いいから僕を信じて!」

「・・・分かったわ」

 その言葉を聞いた俺は足元で丸くなっているジローを足の甲に乗せるとポンポンと軽く蹴り上げた。 


旋風刃ヴェルテクス・レミーナ

 ライラさんが怪鳥に向けて渦巻き状に回転する風を巻き起こした。

 ガルバーナはまたそれかと余裕で防御し地表へと落下してくる。

 そして地面に両足が届きそうになる瞬間、今だっっっっ!


「マルマーロ・シュート!!」


 今のロビンの身体で撃てる全力のボレーキックを叩き込んだ。

 完全に芯を食ったシュートによりジローの体はほぼ無回転で小さくブレながらロケットの如く凄まじい勢いで飛んで行く。

 翼を畳んで顔や胴体を覆っていた怪鳥はまだ何も気づかない。

 そしてガルバーナが再び飛び上がるために翼を開いた・・・


 ドゴォォォオオオオオ!!!


 完全に意表をつかれた弱点への激しい衝撃。

 何が起こったのか分からないまま怪鳥はグウェと唸って崩れ落ちた。

 そのままヒクヒクと痙攣して白目を剥いている。

 よしっ、イメージ通り!

 今の内に制圧して無力化するんだ。急げ。


「ベザレル、あの鳥を押さえつけろ!」

 ゴーレムは瞬時に反応してガルバーナへ向かって行く。

 俺も荷車に走りロープとナイフを持ってから怪鳥へと走り寄る。

「ライラさん、足と翼を縛って!」

 呆然と立ち尽くしていた風術師が俺の声でやっと自分を取り戻す。

「わ、分かったわ」

 俺はライラに道具を渡すとポケットから小瓶を取り出して中身をガルバーナの口に突っ込み無理やり飲ませた。キャシーで実証済みの凄い効き目の眠り薬だ。

 僅か数秒で痙攣していた怪鳥の頭がカクンと項垂うなだれた。

 よしっ、落ちた・・・

 後は、危険なクチバシもロープでぐるぐる巻きにして捕獲完了っと。

 ふぅ、これで完全勝利だな。この湧き上がる充実感、最高の気分だ。


「やったね!」

 俺は興奮冷めやらぬという感じでライラに笑顔を向け、この達成感を喜びを一緒に分かち合おうとした。

 ところが、薄幸の風術師は強敵を倒した高揚感に酔うのではなく、常識と現実の乖離かいりに戸惑うばかりだった。

「信じられない・・・あのガルバーナを討伐するなんて・・・それも生け捕り?」

「ま、まぐれだよ。細かいことはいーじゃない。上手くいったんだから。ね?」

「まぐれで倒せる相手じゃない。東の大陸では神鳥と呼ばれる程の魔獣なのよ」

「えーと、僕だけじゃなくてライラさんとゴーレム、皆の力のお陰だよ!」


「・・・ロビン君・・・アナタ一体、何者なの・・・?」


ありゃりゃ、これは別の意味で、また俺やっちまったか。

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