第38話 ダイオウコウモリの洞窟に眠るクソ凄いお宝

「えええっ、僕も冒険者だったの!?」


 俺の護衛任務の依頼書にサインし、正式に雇うことになったカイト&ライラから情報収集を続けていると、若い戦士から驚きの事実を告げられた。


「いや、普通に冒険者登録されてたぞ。俺たちはギルドにあるお前の書類を見て予習してきたんだから間違いねーよ」

「本当にごく普通のことですよ。国民の9割は12歳の新成人になったら最寄りのギルドで冒険者登録しますから」

 9割だと!?

 何だそれ、国民総冒険者ってか。

 一体どこに向かってるんだこの国は・・・


「どうしてみんな冒険者になるの?」


「冒険者手帳は簡易の身分証明書になるので便利だからですよ」

 なるほど。車の免許と一緒か。

 それなら納得だ。一瞬で腑に落ちた。


「そーゆーこと。手帳は持ってるが一度もクエストを達成したことがない、やったことすらないっていうペーパー冒険者が山ほどいるんだよ」


 ペーパー冒険者!


 漠然と恐ろしいな。そんな冒険者には命を預けたくないもんだ。


「ま、俺らみたいにギルド専属上級冒険者の『深紅の手帳レッド・ノート』を持ってる奴は滅多にいねーってことさ」

 カイトが自分の手帳をポケットから出してドヤ顔で見せびらかす。

 俺が同じ10代だったらイラっとしただろうが、中年になった今ではむしろ微笑ましく感じる。その若さが、青さが、ただただ眩しいよ。


「その若さで専属になるなんてカイトさんは凄いんだね」

「まあな。同期じゃあ一番出世さ」

「でも、契約年棒はまだ低いですし、義務依頼もこなさなくてはならないので生活は割と大変だったりしますよ」

「だよなあ。早く二等に昇格して年棒上げてもらわねーと」

 へぇ、エリート冒険者でも生活苦とは悲しいものがあるな。

 しかし、悪いがそういうことなら俺にとっては好都合だ。


「僕の護衛は専属冒険者の義務依頼なの? それとも普通のクエスト?」


「義務である専属者任務ミッションです」

「だから成功報酬は無いし失敗もできねー」

「それは辛いね。じゃあ早速、洞窟の探索に行って一稼ひとかせぎしようよ!」

「えええっ、今、これからですか?」

「うん、何か問題ある?」

「だって何の準備もしてませんよ。治癒を使える神官もいませんし・・・」

「治癒ならルディができるから大丈夫だよ」

「はぁ? アンタ治癒も使えるのか、アマゾネスなのに?」

「少し心得があります」

 一騎当千のアマゾネスの中身が別の人間ということを知らないカイトとライラはひたらすら驚いてる。やはり俺の絶対的守護神は偉大だな。


「こんなことなら助手を連れてくれば良かったですね」

「助手?」

「倒した魔獣やらお宝なんかを持ち帰る人手と道具が必要だろ」

 ああ、確かにそうだな。

 カイトやライラが大荷物を背負ってたらイザという時に即対応できない。

「だから下級冒険士マイナーの奴らを何人か雇って助手にするってわけさ」

 うーん、単純労働の助手かぁ。

 そんな人員が必要だとは思いもつかなった。参ったな。

 まぁ困った時はドクターだろ。一つ何とかしてくれないか?

 そんな懇願をアイコンタクトするとクラウリーは仕方ないのおと立ち上がる。

「裏庭でちょっと待っとれ。たぶん何とかなるじゃろ」

 さすがドクター頼りになるぜ。これも恩返しノートに書いておくからな。



「嘘だろ!? 本物のストーン・ゴーレム・・・マジかぁぁぁ」

「こんな完成度の高い魔人形は初めて見ました・・・」

 三等冒険師の二人が本日三度目と思われる驚愕に目を見開いていた。

 かく言う俺も結構ビックリしてる。


「機能性と機動性を重視した小型スリムタイプじゃ。それでも防御力と戦闘力はそこそこあるからな。護衛にもなるじゃろ」

「なるなんてもんじゃねーだろ。ますます俺たちの意味がなくなってきたぜ」

「あそこの荷車をゴーレムに引かせるとええ。少し遠回りになるが山道を使えば洞窟まで行ける筈じゃ」

「よし、これで準備は整ったね」

「本当に行くんですね・・・」

「行くに決まってんだろ! ここまでお膳立てされた美味しいクエストなんて滅多にねーぞ。やらなきゃ罰が当たらぁ」

「でも、護衛対象を危険に晒すことになるのよ」 

「ハッ、お前はキモいダイオウコウモリが嫌なだけだろが」

 ああ、そういうことなら話は簡単だ。


「ライラさんは洞窟の入り口で魔法を使ってくれるだけでいいですよ。中の探索は僕とルディとカイトさんでやりますから」

「え、しかし、そういう訳には・・・」

「いえ、洞窟の入り口に見張りは必要ですし、僕たちが入った後にも新鮮な空気を送り込んでもらおうと思ってましたから」

「ロビン様の仰る通りです。探索中も換気してくれると助かります」

「ま、そういうこったな」

「分かりました。クライアントの要望に応えるのも護衛の仕事ですから」

「ありがとう、ライラさん」

 俺は女の子のように可愛いロビン必殺の極上スマイルを風術師に見せる。

 ところが、ライラは全く感情を揺るがせずに笑顔で返すだけだった。

 うーむ、どうやらライラは年下に興味はないらしい。




「ロビン、お前見かけによらず足腰がしっかりしてるな」


 ルディがメイド服から動きやすい軽装に着替え、俺が必要不可欠なペストマスクを応接間から持ち出してからクラウリー邸を出発した。

 森に入ると荷車を引くストーン・ゴーレムは山道へ向かい、俺たちは山の洞窟に向けて最短距離を取り木々の隙間を進み、道なき斜面を登って行った。

 もちろん、俺はサッカーシューズを革靴の上から履いているので、足を滑らせることなく無難に歩を進めていた。それがカイトの目に留まったようだ。


「このスパイクシューズのお陰だよ」


 俺はひょいと足を後ろに上げて、即席パーティーの最後尾で殿しんがりを務めるカイトにシューズの裏側を見せてやった。

「おおっ、鉄の爪を靴底に打ち込んだのか。どうりで滑らないわけだ」

 まあそうなんだが、足腰がしっかりしてるのも間違いじゃないぞ。

 何しろ日々鍛えまくってるからな。

 足はランニングとダッシュで。

 腰はルディとの種付けで!

 そんな親父心満載のネタを考えていたら急にバランスを崩した。


 えっ、何かスパイクが効かない柔らかい物を踏んづけた!?


 倒れそうになる俺の身体をカイトが素早く支える。

「おいおい、言ってるそばからミスってんじゃねーよ」

「いやでも今・・・」

 そう言いながら問題の足元を見ると何か居る!

 緑色のアメーバのような物体だ。

 もしかしてこれ、ドラクエとかに出てくるスライムかっ?

 そう思った瞬間に俺はパッと横に飛びのいて危険を知らせた。


「ス、スライム、魔獣が出たよ!」


 しかし、カイトは剣を抜こうともせずにプッと吹き出した。

 そして俺を指さしてウヒャヒャヒャと笑っている。

 何だこれ、また俺が何かやっちまったか?

「ロビン君、スライムは魔獣は魔獣でも人の役に立つ益獣ですよ」

 見かねたライラが教えてくれた。

 だけど、スライムが役立つってどういうことだ?

「スライムは動物の糞尿や老廃物を吸収してくれる天然の掃除屋さんです」

「お前んちやクラウリーの家の便所の下にもいるだろ」 

 そうだったのか。汲み取りはどうしてるのかちょっと気にはなってたけど、まさか便座の下の穴倉にスライムがいたとはな。また一つ勉強になったよ。



豪突風グラン・テンペスタース!」

 防臭効果抜群のペストマスクをつけたライラが洞窟の入り口で大技を使った。

 その激しい突風は洞窟内の空気を奥へ奥へと無理やり押し込んで行く。

 んん? プシューという音が山肌のいくつかの場所から漏れているな。

 恐らく、洞窟と繋がっている細い横穴・縦穴から空気が排出されたんだろう。

 うむ、これなら良い感じで換気ができてる筈だ。


「空気がかなり改善されました。いけると思います」

 悪臭を避けて少し離れたところで見ていた俺とカイトのもとへ、ライラを抱えたルディが戻ってきて朗報を伝えてくれた。

「お疲れ様です、ライラさん。身体の状態が回復したら探索を始めます」

「・・・はい。3分だけ、待って、下さい。ハァハァ」

「ええ、大丈夫ですよ。それにまだゴーレムが到着してませんから」

 ストーン・ゴーレムにはライラと一緒に洞窟の入り口にいてもらう。

 探索中に空気を送り込むライラの護衛が必要だからな。

 お、荷車が進む音が聞こえてきた。そのゴーレムが来たようだ。


「付いて来ちゃったのかぁ」

 ゴーレムが引く荷車の上にはロープや麻袋などに紛れてジローが載っていた。

 危険だから留守番するよう強く態度で示してきたのにしょうがない奴だ。

 そのアルマジロそっくりの魔獣マルマーロの子供はクォーンと甘えて鳴いた。

 くっ、あざとい。だが効果抜群だ。

 まあ来ちまったものは仕方ないだろ。

 ライラとゴーレムと一緒に見張り番をやらせるか。



「それじゃあ、無理をしない程度に微風で空気を送ってくださいね」

「了解しました。カイト、護衛は任せたわよ」

「安心しろって。コウモリ相手に遅れなんかとるかよ」

「1時間ほどで一度戻ってきます。万が一2時間経っても戻らないようなら、決して中には入らずに救援を呼びに行って下さい」

「分かりました。マティルダさんもお気を付けて」

「ジロー、ライラさんを守るんだぞ。迷惑かけちゃダメだからな」

 俺について洞窟に入りそうな魔獣にクギを刺しておいた。

「マルマーロと聞いて驚いたけど、子供はこんなに可愛いのね」

「それに大人しくて従順ですから邪魔はしないはずです」

「そうみたいね。こちらのことは大丈夫よ。ロビン君も気を付けて」

「はい。じゃあ行ってきます!」

 俺たちはルディを先頭にダイオウコウモリの巣へ侵入して行った。


獄炎鳥フラム・ファルカーヌ

 20mほど進み洞窟内の薄暗さが闇に近くなった時、ルディが赤い指輪をした左手を前方に突き出して何か唱えた途端、魔石から三つの炎が飛び出していく。

 炎はすぐに鳥の形へと姿を変えて頭上を飛び回ると、二羽が前方に一羽が後方へ向かい俺たち三人を挟むような配置を取った。


「ちょ、お前、何だよこれ? アマゾネスが魔法戦士なのは知っちゃいたが、獄炎鳥を同時に三羽とかありえないだろ!」

 確かに凄い、凄すぎる。思わずグヘヘっと変な笑いが出た。

 ライラの魔法を見た時も感動したが、これはもう幻想的で感動を超えちゃってる。

「私の魔力は炎が主属性ですから」

「いや、そーゆーことじゃなくてだな」

 おや、ルディの声がほんのちょっぴり震えてた・・・あ、ライラと同じか。大量の魔力を一気に放出すると快感に襲われるってやつだ。

「いーじゃない。お陰でこんなに明るいんだから」

「ま、そうだな。今はありがてーで済ましておくか」

 ふむ、細かいことに拘らず切り替えが早いのカイトの長所だな。


「注意して下さい。大きな空間に出ます」

 洞窟を200mほど進んだ頃、ルディが落ち着いた声で警告を出した。

「おっ、やっと討伐対象のご登場か」

 後ろでカイトが剣の柄に手をかける気配が伝わってくる。

 ふぅ、この二人が前後にいれば危険はほぼないだろうけど緊張するな。

 俺は戦力にはなれんが、せめて足手まといにならんように立ち回らんと。


 前を行く二羽の獄炎鳥が急に高度を上げて二手に分かれた。

 ここはまるで、この山の胃袋のような場所だな。

 縦幅が10mほど、横幅は100mぐらい、奥行きは300m近くありそうだ。

 地面はいびつに盛り上がっていて所々に胃液のような水溜りがある。

 そして、天井には山が飲み込んだダイオウコウモリの群れが張り付いていた。

 体長が1mはありそうなその巨大コウモリたちが騒ぎ始める。

 

 キチキチィキチキチィキチキチィ


 光と熱を持った獄炎鳥に刺激され興奮しているようだ。

 これは戦闘になるか・・・・・・と、身構えていたが一向に襲ってこない。

 獄炎鳥の周りを警戒しながら飛び回っているだけだった。

 うーん、これはラッキーということで良いんじゃないか。


「よし、今の内にこの場所を探索しよう!」

「ちっ、ここでボケッと立ってても仕方ねーからそうするか」

「警戒を怠らずにロビン様は私とカイトさんの間にいて下さい」

「分かってるよ」

 こうして俺たちは洞窟内の広場の調査を始めた。



「やっぱりクセーなぁ」

 水溜まりや壁を調べながらカイトが不満を口にする。

「これって何の臭いなんだろ?」

「ダイオウコウモリの体臭か、変な瘴気でも湧いてるのかもな」

 瘴気ってガスかな。それが事実だったらヤバくないか。

「これは主にコウモリの糞の臭いです」

「マジかよ」

「はい、私の故郷の近くに海鳥しかいない島があるのですが、鳥の糞が堆積して山となり悪臭を放っています。ここはその島とそっくりの臭いがしていますから」

「へー、動物のクソってのは大量に放置するとこんな臭いがするんだなぁ」

 冒険者のお前が知らないのかよ・・・あ、ちょっと待てよ。

 この世界はスライムが糞を掃除してくれるからか。

 しかし、それならどうしてこの場所にはスライムがいないんだ。


「スライムはコウモリの糞が嫌いなのかな?」


「ここにスライムがいねーのは、塩のせいだな」

「外皮のない液状生命体のスライムは塩に弱いのですよ」

「この洞窟の穴は海に向いてるからな。入り口付近なんて吹き込んだ潮風の影響で真っ白だったろ」

「そのせいで洞窟内に入ってこれなかったのでしょうね」

 なるほど。そういう理屈だったか。

 しかし、体育会系の陽キャだと思っていたカイトが意外に冴えてるな。

 伊達に上級冒険者じゃないってことか。これは嬉しい誤算だ。


 ビューーーー!!


 入り口に続く横穴から風が入ってきた。

 奥まで侵入した俺たちの為にライラが新鮮な空気を強めに送ってくれたようだ。

 ちょうど、この広場にまたこもり始めた悪臭がキツイと感じてたところなのでナイスタイミングだったよ。あの風術師は本当に気が利いてる。

 この三等冒険師コンビ、当たりだな。やはりマックスが選んだだけはある。

 


「分かっちゃいたが、お宝は無さそうだな」

 残念だがカイトの言う通りだ。

 ここにあるのは凸凹に堆積たいせきした大量の糞の山と酷い悪臭だけ・・・

 コクラン王の金山や失われた宝具とは言わんが、何かあるような予感がビンビンしてたんだがなぁ。俺の勝負勘も鈍っちまったもんだ。トホホ


「黄金やレガリアはありませんでしたね」

 ルディが俺を励ますように柔らかい笑顔で軽口を叩いてきた。

「お前、そんな夢みたいなこと考えてたのかよ!」

 カイトが容赦のないツッコミを入れてきた。お前はボケだけでいいのに。

「いや、まあ万が一ってこともあるかなぁと」

「ねーよ。ていうかロビン、そんな発想ができるお前は逆に大物かもな」

「えーそうかなぁ」

「ヒャヒャヒャ、本気にすんじゃねーよ。冗談に決まってんだろ」

 こ、こいつ・・・ありのままの自分になりすぎだろ。

 もしかしたら中にボブが憑依ひょういしてるんじゃないだろうな。


「ロビン様、そろそろ1時間になります。一度外に出ましょう」

 もうそんな時間か。この世界の1時間は36分だからあっという間だな。

 仕方ない撤収するか。

 風術師が換気してくれてるとはいえ、それでもまだ臭いことに変わりはない。長時間ここにいたら身体に異変が起きそうだ。


「分かった。ライラさんのところに戻ろう」

 そう言って歩き始めた俺のつま先に何かが当たって転がった。 

 んん、これは果物の芯か。ダイオウコウモリの主食はフルーツだもんな。

 あぁ俺も何だか小腹がすいてきた。

 この世界のメシって意外と美味いんだよなぁ。

 まだ環境汚染が無くて農産物が健康的だからだろうか・・・ん、んんん、

 食い物・・・農業・・・悪臭・・・コウモリ、いや鳥の糞・・・・・・

 あ、あああああああ!!!

 

「思い出した・・・」

「おい、どうしたんだよ急に立ち止まって」

「ロビン様、大丈夫ですか?」

 ルディ、大丈夫どころの騒ぎじゃないぞ。

 もし俺の予感と想像が当たっていたら・・・

 

「ここは本当に黄金の山かもしれない」

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